第91話 ひとつの区切り
イオとカナリアは東区にやってきていた。
ここは一般市民が多く住む区域で、そのためか日用品が多く揃っている。目的はイオの新しい服を買うことだ。
「これなんていいんじゃない?」
「動きにくいだろう」
「別に戦うわけじゃないんだからいいのよ」
買い物ということでカナリアは大いに張り切りイオを連れまわしていた。
当初の予定であった情報収集は完全に忘れ去られ、2人は仲良く買い物をする恋人同士……ではなく、振り回される弟とその姉のようになっていた。
「ほら、これ着てみなさい」
「やめろ、絶対に似合わない」
「それを確認するために着るんでしょう。早く!」
試着ができるのも治安の良い皇都ならではなのだろう。押されるがままに試着スペースに入れられたイオは仕方なく手に持った服に着替える。
そしてそれを見せた時のカナリアの反応がこれである。
「……ぶふっ」
「おい……」
「だって……ぜんぜん似合ってない……くふっ」
「こいつ……」
思わずイオのこめかみにも青筋が浮かびそうになる。着ろと言われて着てみたのに、選んだ本人が似合わないと腹を抱えて笑っているのだ。イオでなくても怒って当然である。
しかし似合っていないのもまた事実。イオという人間は根本的にきちんとした服との相性が悪かった。
「はいはい、ごめんってば。あとでお昼奢るから」
「それで許すとでも……」
「ちょっと、ズボンの裾踏んじゃダメでしょ。それと次はこっちね。大丈夫、もう笑わないから」
いつもとは違ってイオがカナリアのペースにのまれているのもこの状況を作る要因となっていた。
それはイオの心境が変わったためだけではない。カナリアも変な遠慮を一切捨て去り、まるで本物の弟を相手にするように裏表のない態度でイオに接しているからのだ。
その急な変化について行けず、イオは謎の頼りがいを見せるカナリアに終始圧倒されていた。
カナリアは生まれ育った村にいる頃から子供たちの取りまとめ役をすることが多かった。弟分たちのけんかを仲裁し、ルーのように気弱な妹分を守る。生まれつき行動力が高く物怖じしない性格だったため、自然と多くの子供たちに頼られるようになっていったのだ。
今思えば彼女の本質とはこういうものだったのだろう。アルバートのような何でもできる存在に頼るのではなく、少し不安定さを感じさせる相手を支え、守る。
そう、守りたいのだ。どんなにつらい過去があって、今もそれに苦しめられているとしてもその体を、心を守りたい。支えられるように、手を取り寄り添って歩きたい。
完璧じゃなくていい。その欠点を補い、そして互いに補完し合うことができればそれでいいのだ。
優しくなくていい。口喧嘩くらいなんとでもない。たまに躓いて転ぶくらいがちょうどいいのだ。その後に手を引っ張りあげ、また歩きだせばいいのだから。
「あははは!」
「……お前な」
「ご、ごめん。でも、本当に……はは……!」
涙まで浮かべて笑うカナリアに、イオはもう呆れてものも言えなかった。
しかし心底楽しそうに笑いながらも、カナリアの涙は別の想いから来るものだった。
良い態度ではないと分かっている。また許しを請わなければと思う。それが、彼女にある種の感傷を呼び起こしていた。
無属性差別という最悪の関係から始まった2人。何度も衝突を重ねてきたし、もう限界と思ったことも一度ではない。
しかし誰よりも素をさらけ出してきたのがこのイオなのだ。さすがのカナリアも相手がアルバートならこうはならなかった。
そのことを嬉しく感じてしまう自分に呆れつつ、そしてなぜか泣けてくる。
(私、イオのことがーー)
カナリアはありえないと無視していた感情をやっと自覚した。この厳しく、ぶっきらぼうで、弱くて、だけど強くて、それでも脆く消えてしまいそうなこの年下の少年への想いを、初めて認めたのだ。
目じりに浮かんだ涙をそっと拭い、カナリアはやっと笑いをしずめるーー。
♢ ♢ ♢
「本当に、ごめん!」
そして好意を自覚したカナリアがまず初めに取った行動が謝罪だった。
「いや、別にいいんだが……」
やけに真剣みを帯びたその謝罪にイオも少し押される。
そもそもイオはそれほど怒っていたわけではない。たちの悪い悪意に晒されてきたこともあり、この程度で怒っていてはやっていけなかったのだ。
そしてなんだかんだできちんとイオにも似合う服を選んでくれたことに感謝もしている。自分だけではこうはいかず、おそらくまた安物を買って終わっていただろう。
だからこの程度で気を荒立てるほど器が小さいつもりはないのだがーー
「昼も奢ってもらっただろ。あれで十分だ」
「私が満足しないの」
なぜかカナリアの方が一向に譲らない。広場の石段に背を預け、どうしたものかと頬を掻く。
そうした時に思いついたのが、今朝のルーについてだった。大体の予想はできるが、謝罪代わりに少し情報をもらうことにする。
「それなら聞きたいことがある。今朝のルーだが……あれはそういうことだよな?」
「……ええ。勝負に出るみたいよ」
「そうか」
イオの思った通りだった。結果がどうあれ、パーティー内の不和につながらないのかと心配するが、今のイオに文句を言う権利はない。
「大丈夫だと思う?」
「知らん。が、アルバートならうまくやるんじゃないか」
意図したことではないが、カナリアの意識がうまく逸れた。ルーとアルバートの関係については彼女も気になっているらしい。
「大切なのは、結果がどうなっても下手な行動はとらないことだ」
「どうして?」
「このまま同じパーティーでいたいのなら、そういう事情を掘り返すべきじゃない。最悪、解散にもつながる」
信頼関係が連携に影響を及ぼすパーティーで、恋愛事は不和や不満を生み出す理由のひとつだ。過去に恋愛で揉めて解散となったパーティーの数は枚挙に暇がない。
「だから一部ではパーティー内で恋愛を禁止するのが暗黙の了解となっているところもあるそうだが……」
「なにそれ、初耳なんだけど」
「あくまで一部では、だ。ほとんど意味はない」
粗野な輩がいる男女混合のパーティーでは欲望を抑えきれずに肉体関係に発展してしまう場合も多い。自重のできない男が野営など近くで寝泊まりを共にすればどうなるか。想像に難くない。
実際にカナリアもそういった目的でパーティーに誘われたことがあったのだ。
「だから真面目にのし上がろうとするところでは恋愛を禁止したり、そもそも異性をメンバーに加えないと決めているらしい」
「詳しいのね」
「いろんなパーティーを見てきたからな」
まだイオが未熟だったころ、雑用として臨時でパーティーに入れられたことは何度かあった。待遇に関してはマシなものからほとんどタダ働きなものまで様々だったが、彼が冒険者について深く学んだのはその時期だ。
「ひどいやつは金も女も本当に見境がない。下劣な手にかかった連中は何人もいた。お前とルーは運がよかったんだぞ。なんたってあのアルバートに拾われたんだからな」
「拾われたって……まあ、運が良かったのは認めるけど」
「そうだ。あれだけ真面目で面倒見がよくて、それで実力もあるなんてやつはいない」
本心から運が良かったと思う。
まだ駆け出しだった頃のカナリアとルーには何もかもが足りていなかった。地力、知恵、常識、経験、自衛手段、すべてが不足していたのだ。
あのまま冒険者を続けていてもすぐに行き詰まり、運が悪ければ早々に下劣な輩の手に落ちていただろう。実際にあの時アルバートがあそこにいなければそのまま無理やり男たちに連れていかれたかもしれない。
アルバートがいたから。彼が行動を起こしたから、2人は助かった。
身体的な意味だけでなく、戦闘を教え、安全を与え、万全の状態で経験を積ませた。その結果が現在のランクに表れている。
実際は運の要素も大きく劇的なランクアップだったが、18歳でCランクというのは十分に将来有望株だ。もう簡単に他の男になめられることもないだろう。
「でもね、それはイオも同じよ。イオもいたから私たちは強くなれた」
「やめろ。俺は何もできなかった」
「そんなことない。イオも色々教えて、助けてくれたじゃない」
当然、アルバートとカナリアとルーだけではまた別の問題も生まれていただろう。冒険者として辛酸をなめてきたイオがいたからこそ4人は成功してこれたのだ。
パーティーを組む前も、イオがいたからA、Bランクのベテランと知己を得ることができ、ハルディンという指導役も得られた。
またヘルフレアタイガー変異種の討伐はイオがいなければ叶うことがなく、そのまま3人の命は潰えていたことだろう。人魔の情報を持ち帰ることができたのもイオがいてこそ。
本人が思う以上に彼の成したことは大きい。
「だからイオがいてくれて私たちは……」
「違う。そういうことじゃない」
しかしイオは強くカナリアの言葉を否定した。前提が間違っている、と。
「俺はクズな冒険者と変わらない。あのときあの場所にいたにもかかわらず、お前たちを見捨てようとした」
知っていたはずだ。あのような男たちに捕まった女性がどんな悲惨な目に遭うのかということは。
その目で見てきたはずだ。それなのに、見捨てようとした。Cランクという優位に立てるカードをもちながら、それを切るようなことはしなかった。
もちろんイオが2人を助ける義理はない。あの場は何とかできてもアルバートほどの甲斐性は見せてやれなかっただろう。
それでも過去を振り返ってみると思うのだ。あの頃の自分は自分が嫌っていた存在とどう違うのか、と。
手を伸ばしてもとってもらえなかったイオは、その手を伸ばすことを諦めた。そして手を伸ばされても見て見ぬふりをするようになった。
なまじアルバートという強い光が隣にいたために、イオは自分の闇の深さを感じるようになったのだ。そんなアルバートと同列に語られることが、何よりイオの胸を苦しめる。
「いざこざに巻き込まれた時はアルバートを恨みさえした。結局は俺も自分勝手な冒険者の1人だったんだ」
「でも今は違う。そうでしょ?」
そんなイオの自嘲を間髪入れずに叩き切った。
「昔のことを言えばキリがないわ。私も似たようなものだったし」
カナリア自身、過去の自分を悔やんで乗り越えてきた。過去は越えられると知っているのだ。
「イオ、パーティーに戻って来なさい。大丈夫よ、みんなが受け入れてくれるのはもう知っているでしょう?」
本来の目的であった勧誘の言葉は、カナリアの口からするりと出てきた。
打算はない。ただ本心を口にしただけだ。
それに対してイオはーー
「……悪い、その前にやりたいことがある」
「……そう」
「それができたら、パーティーに戻る。ついでにBランクに昇格してくるよ」
「! イオ!」
ついに確約した。過去を振り切り、パーティーに戻ってくると。上を目指して歩き出すことを決意したのだ。
カナリアは我がことのように喜んだ。
「それで、何をするの?」
「それはあとのお楽しみだ。アルバートとルーにもさっきのことは言わないでくれ」
「別にいいけど……それより、イオって指輪なんかしてたっけ?」
かすかに動いたイオの視線を追って、カナリアはその先にある指輪を見てとった。服を選ぶ間は外していたため、今まで気づいていなかったのだ。
「ああ、ちょっと特訓に使う」
「特訓? 何の?」
「だからそれが成功させるのが、やりたいことだ」
イオの目的、それは「感覚延長」を自由に使えるようにすることだった。これがあれば今まで以上に索敵範囲を広げられる上に、ひとつの区切りになるのではと感じている。
好奇心を必死に抑えているカナリアを見て、ふとイオはシャーリーの言葉を思い出す。
そして懐から対となる指輪を取りだした。
「カナリア、これをやる」
「これも指輪? しかもイオのと同じ……まさか!?」
「言っておくがシャーリーさんからだ」
そういうことにしておいた。イオに色恋沙汰はまだ早い。
「魔道具で「変色の指輪」という。俺もヴァナヘルトさんからもらった」
「魔道具って、イオは使えないじゃない」
「使えるようになるかもしれないんだ」
その言葉にカナリアは驚愕に目を見開く。それは世の常識が覆る事実だった。
「詳しいことはまだ分からないから伏せてくれ。それと、そっちから魔力を流すようなこともしないでほしい」
「あとでちゃんと言いなさいよ。それと、さっさとやりたいことっていうのをやってしまいなさい」
隠し事をされてついぶっきらぼうに言い放ってしまうカナリア。しかし、その指先ではイオからもらった「変色の指輪」を落ち着きなくいじっているのだった。




