第90話 デート(?)の始まり
皇都に到着してから3日目の朝。イオたちは宿で4人そろって朝食をとっていた。
「さて、今日はどうしようか?」
アルバートがスプーンを空になった皿の上に置いて訊ねた。
昨日、一昨日は長旅の疲れを癒すためにそれぞれ自由行動となっていたのだ。すでに十分なほど英気は養われており、冒険者として活動も可能だった。
「依頼は……イオがパーティー入らないと非効率よね」
その言葉は暗に早く戻れという催促が意味してのものだった。中途半端な立場であることを自覚しているだけにイオも反論ができない。
「急かしたらダメだよ、カナリアちゃん。ゆっくり、決めてもらわないと」
それを窘めるルーも言葉の裏には別の意味を含んでいた。シャーリーを含めた女性同士の話の中で決められた、イオを買い物に誘うという案件を達成してもらう前に決められるのは彼女にとって些か都合が悪い。
ゆっくりという語を強調したのはそのためだ。
「別に達成者の中に入れなくてもいい。せっかくなんだからCランクの依頼でも受けたらどうだ?」
イオは依頼を受ける方向に話を持って行く。
アルバートたちが依頼を受けた場合、イオはその依頼を達成したということにはならない。報酬はあとで調整すればいいが、昇格などを決めるギルドの評価を上げることはできないのだ。
しかしイオは昇格の意志がないどころか、ドロシアやヴァナヘルト達によって一報するだけでBランクに上がれる権利をもっているのだ。それもあって特にギルド側の評価に拘る必要はなかった。
対して1ランクずつ昇格した他の3人はそのまま依頼の難易度も一つ上がった状態にある。ここしばらく移動続きだったため、勘を取り戻す意味でも依頼を受けてみてはと提案したのだ。
「うーん……それもそうなんだけど」
唸るアルバートの脳裏ではドロシアとの賭けが浮かんでいた。
本格的に活動を再開するのなら怪我を治してほしいと思うのがアルバートの本音である。Bランクとなったアルバートは下位ランク者のためにできるだけDランクの依頼は避けなければならない。
そうなると必然的に依頼はCランクのものが多くなり、イオの戦力ではさらに厳しくなってしまうのだ。毒を使えばその限りではないのだが、毎回の戦闘で使うべきものではない。
憂いを取り払って完全な状態で依頼を受けたい。それが首を縦に振り切れない理由だった。
「あ、あの、それなら……」
アルバートが依頼に乗り気でないと分かった途端ルーがそわそわし始める。カナリアはまさかここで言うのかと戦慄した思いでその姿を見守る。
ルーはアルバートと向き合いおぞおずと口を開いた。
「わ、私とお、お買い物に付き合ってもらえませんか?」
やや丁寧な口調で詰まりながらもなんとか言いきった。デートとはっきり言えないのは彼女の性格を考えると仕方のないことだろう。
それに対してアルバートはーー
「いいよ。ついでに皇都を案内しようか」
ーー見惚れるような笑みを浮かべ文句のない返事を返した。ここで「みんなで」などと言わないところも好感が持てるだろう。
アルバートは決して鈍感ではない、というのがイオの見立てだった。おそらくルーの気持ちにも気づいている。
「みんなにはまた別の日に案内するよ。特に急ぎの用事もないしね」
そして他のメンバーへのフォローも忘れない。皇都の案内をするのは到着前に決まっていたのだ。先走ってしまったルーは二重の意味で顔を赤くしている。
「なら俺は散歩ついでに情報でも集めて来る」
初々しい光景を無感情に傍観しながらぼそりとイオも予定を述べた。こうした温かい空気にはまだ入り込むことができない。
そんなイオを顎で指し、必死にカナリアに目で訴えかけるルー。それを受けてカナリアはやけくそ気味に口を開いた。
「私はイオに着いて行くわ。いいでしょ」
イオの目を見ることもなくなされた勝手な決定は控えめに言ってもいい態度とは言えない。しかしイオはそっけなく、
「好きにしろ」
そう告げて同行を許可した。カナリアに咎めるような目を向けていたルーも胸をなで下ろしている。
そんなどこかおかしな空気のまま、一行は一度解散してそれぞれ支度をするのだった。
♢ ♢ ♢
宿の前で待ち合わせていたイオは慌ただしい足音に振り返る。
「ごめん、遅れた」
「いい」
短く返して歩き出す。カナリアもその背中を追った。
カナリアの服装は余所行きとまでは言わないが、それでもいつも依頼を受ける時に着ているものとは違っていた。
派手さはなくラフで動きやすい恰好。しかしそれは粗野だとか、ずぼらだとかいった印象を与えず、活発さという彼女自身の魅力を際立てていた。
またいつも後頭部高くでまとめているエメラルド色の髪をサイドポニーにしているため、いつもの厳しめな雰囲気も和らいでいる。正真正銘の田舎育ちであるカナリアだが、今の彼女はこの華やかな皇都の中でも全く埋もれていなかった。
対するイオはいつもの通り軽装にローブ姿。フードを脱いでいるため紺色の髪が日の下に晒されているが、それもきちんと切りまとめられてはいない。鬱陶しいとまでは言わないが、女性から見ればアウトだった。
そして着ている若草色のローブも所々が汚れたり焦げたりしており劣化が目立っていた。よく見ればほつれなどは自分で直したような跡が見られ、裁縫もできるのかとカナリアを少し驚かせる。
それでも文句を言わざるを得ないのだが。
「イオ、もっとマシな服はないの?」
冒険者だからと言ってもそれ用の服しか持っていないことはありえない。今のカナリアのように、休暇の際に着るような服は持っているものである。
しかしイオはそうではない。彼は安めの服を何着か買い、それを着まわしているだけなのだ。ローブは常に着ているため休日もそれ以外の日も変わりがない。
「これでマシだと思っている」
イオの言い分はこれである。カナリア以上に貧乏生活をおくっていたイオは見た目よりも機能性を重視していた。
安く丈夫で長く使える。動きやすさもあればなお良し。多少の破れ程度なら自分で直すこともできるので、それで満足できるのだ。
「はぁ、そうよね。あんたはそういうやつよね」
カナリアは嘆息して頭を抱える。彼女は同室のルーからダメ出しを受けて自分なりに着飾ったにもかかわらず、同行する相手がこれでは気合を入れた意味がない。
ましてやここは皇都。そんな場所をローブ姿のイオといっしょに歩くなど、許せることではなかった。
「ねえ、今日はどこに行くか決めてる?」
「いや、適当に歩くつもりだ」
「それなら服を買いに行くわよ。その恰好、見てられないわ」
「別にいい」
そっぽを向くイオをカナリアが叱る。
「いいじゃないでしょ。お金が入ったんだから少しはいい恰好をしなさい」
「俺はこれでいいと……」
「私が嫌なの! なんなら買ってあげるわよ?」
「……自分で買う」
結局はイオが折れた。いくらイオでも女性に服を買わせるほど落ちぶれてはいないつもりだ。
傍から見ていれば親子のやり取りだろう。ルーやシャーリーによってイオのことを意識させられていたカナリアも、これでは手のかかる弟のようだと緊張は霧散する。
しかしげんなりとしながらも、その頬が隠しきれぬほど楽しそうに緩んでいることに彼女自身まったく気づいていなかった。
♢ ♢ ♢
「すみません、お待たせしました」
「いや、俺も今来たところだよ」
一方で北区のある広場で待ち合わせていたアルバートとルーは、他の2人より遅れて合流していた。
アルバートも冒険者として独立した以上、騎士時代のように着飾って過ごすような時間は一切なくなった。当然私服も町で買えるような普通のものなのだが、アルバートが着ることによってその価値は変わる。
素材が良いことに加えて彼は服の着こなし方を知っているのだ。シャツに上着にズボン。その三点だけでも彼が着れば価値が高く見える。
そんなアルバートをデートに誘ったルーだが、彼女は自分というものをよく理解していた。
背の低さ、体の細さ、顔立ちの幼さ。どれも大人の魅力とは遠いものである。そんなルーが精一杯に着飾ったとしても、それは子供が背伸びしようとしているようにしか見えないだろう。
だから彼女は必要以上に飾らない。そんな表面上のものに目を引かれないアルバートの嗜好を読んで、いつものように自然で、おとなしめな印象で決めていた。
「さあ、行こうか」
「はい、お願いします」
アルバートが慣れた様子でエスコートし、礼儀正しくルーが応じる。ルーは言うまでもなく、アルバートもこの外出の趣旨をしっかりと理解していた。
カナリアと違ってルーは最初からアルバートの内面を見ていた。困っている人を見過ごせない優しさ、心の中に抱えている苦悩や後悔、そして目標や夢見る未来。そのすべてに目を向けていた。
結果、元貴族という想定内でも驚愕の過去を知ったのだが、それでもアルバートへの想いは変わらなかった。今でも変わらず、いや、これまで以上に好きになっていくのを感じている。
だが望む未来は遠かった。この容姿にかつての身分があれば、過去に言い寄られた女性は数え切れないだろう。今でも人通りを1人で歩いていると女性に声をかけられることがあるのだ。
そんな高い競争率を勝ち抜くためにルーも努力を惜しまなかった。同じパーティーで並び立つために苦手な戦闘も頑張ってきたし、身の竦むような恐怖にも抗ってきた。もちろん自分を磨くことも怠らない。
今日はいわばその集大成なのだ。努力の成果を確かめ、自分に自信を持つ。
アルバートの横に立って恥ずかしくないように、周囲から見て不釣り合いだと思われないようにする。エスコートされれば自然に受け入れるし、どんな時でも落ち着いて対処する。
背筋を伸ばしてアルバートの隣をしずしずと歩くその様は、どこかの貴族令嬢と比べても普通の人には見分けがつかなかった。




