第89話 「勇者」一行の問題
昇格は滞りなく受理された。
アルバートはBランク、カナリアとルーはCランクに上がり、「不死鳥の翼」のランクは変わらずにCのままである。
イオはCランクソロのまま変更はない。
ギルドマスターでもあり「魔女」討伐にも一枚噛んでいるドロシアへの報告も終わり、イオたちが皇都ディアハイデにやってきた目的の大半は終わったことになる。
特に金で困っているわけでもなく、緊急性の高い依頼もない。この皇都にはヴァナヘルトたちを始めとして高ランクの冒険者はたくさんいる。
Bランクとはいえアルバートが駆り出されるようなことはないと言っていい。
また、本来なら大火傷を負ったアルバートの療養を予定していたのだが、それもドロシアの魔法によってあっさり回復してしまった。
あれほど痛々しかった傷痕を下級を生み出すような手間で治してしまったのだから、聖属性の有用性はやはり計り知れない。各国がこぞって確保に動くのも納得だった。
結果として彼らに差し迫った問題は今のところない。
ただし、各個人にとっては違う。
アルバートはイオの怪我の治療をどう納得させるか。
ルーはアルバートをどうデートに誘うか。
カナリアも同じくイオをどう買い物に誘いに誘うか。
そしてイオは過去とどう決別するか。
それぞれ程度は違えど悩みは抱えていた。
されどそれもこの広い皇都の中では埋もれてしまう。とりあえずは観光を目的におき、彼らは冒険者ギルドが置かれている北区で宿をとるのだった。
♢ ♢ ♢
場所は変わって皇都の遥か北。切り立った山岳にできた細い道を進む馬車と騎乗した騎士の集団がいた。
ノルス教国とセントレスタ皇国は山脈に遮られている。かつてはそこを超えるのにも一苦労だったのだが、今では商人が護衛付きで行き来できるほどには道もできている。
先頭で騎乗して進むのは今代「勇者」のリアン・エストレッチェ。その横には「聖騎士」ディラード・ザクバトスもいる。
本来、護衛をする側の役職に就く彼らは馬車に乗ってのんびりと進むのは性に合わなかった。そのため本当の護衛である神殿騎士団に囲まれながらも外に出ているのだ。
「下方から敵影! イービルアイです!」
その声と同時に崖下から飛び上がってきたのは目玉に翼を生やした魔物だった。
イービルアイ。ランクはⅮ。体当たりしか攻撃手段のない比較的弱い魔物である。
しかし空を飛べるという点だけは脅威である。この狭い場所でぶつかられでもしたら転落の可能性もある。
「数は10と少ない。魔法で狙ってください」
しかし指揮を執るリアンの落ち着きは崩れない。たかがⅮランク程度の魔物に「勇者」が後れを取るはずはないのだ。
そして空を飛ぶという利点も魔法の前では意味をなさない。固まって突進してくる様は彼らにとって格好の獲物でしかなかった。
「『水尖槍』」
リアン自身も魔法を行使する。ぎりぎりまで圧縮され螺旋に渦巻く細い槍は、いっぱいに張られて弦から解き放たれた弓矢のように勢いよく飛び出した。
他の神殿騎士の魔法に先行して放たれたそれは、たったの一発で多くのイービルアイを穿ち小さな風穴を開けた。その後ろから魔法の追撃がなされ一匹残らず撃ち落されたのだった。
「さすがですなぁ」
間延びした声でリアンを称賛するのはディラード。彼は戦いに参加していないが、それは必要ないと判断してのことである。
本来ならリアン一人でも瞬殺できる程度の敵である。
「これで誇るつもりはありませんが、どうもと言っておきます」
「謙遜もほどほどに」
このやり取りも初めてではない。ここに至るまでに魔物と遭遇することは度々あった。
そのどれもをリアンは指揮を執って一瞬で終わらせている。その腰に差されている「魔断の聖剣」が抜かれることは一度としてなかった。
かく言うディラードも背に背負う大きな盾を構えることはなかった。この盾は「反魔の楯」といって教会から貸し出された初代「聖騎士」の装備である。
「魔法の方はお父君譲りだと耳にしましたが」
「……そうです。あまり認めたくはないのですが」
「仲はよろしくないと?」
リアンの父親は「荒波」の異名を持つ人類最高峰のSランク冒険者である。今なお現役の彼は騎士さえも一目置く存在だ。
「そういうわけではありませんし、尊敬もしています。ただ……あまり戦い方が好きになれないと言いますか」
「ああ、そういうことですか。たしかに、リアン殿はそういったところがありそうですな」
「強いのはその通りなのですが、もう少し被害を抑えられないものかと常々思っています」
そう語るリアンの表情は複雑だが、それでも父親に対する親しみのようなものは感じられた。親子の中が悪くないというのは本当のことだろう。
Sランク冒険者。それは名誉であると同時に一種の危険人物を示す称号でもある。
強力な魔物、それもAランクを越える魔物は往々にして周囲に甚大な被害をもたらす。Sランクの魔物ともなれば一刻を滅ぼすことすらたやすい。
そんな魔物には畏怖の念を払って異名がつけられることもある。
ならばそんな魔物に対抗できる人間は、同じように単独で国を亡ぼすことができるのではないか。
答えはイエスである。Sランク冒険者は強大すぎる力をもつがゆえに各国が気を遣わなくてはならない人間なのだ。
「父はいい人ですが、良くも悪くも豪快です。あの人が戦った跡はいつも周囲が水浸しになりますから」
「「荒波」と呼ばれるだけのことはありますなぁ」
「その異名には後片付けが大変だという恨み節も込められていると思いますよ」
それはリアンにとっては珍しい冗談の類だった。やはり父について話すときは少し気分が高揚するのか。
10も歳が離れたディラードはそれを微笑ましく思った。
「だから私は周囲に被害を出さないやり方を探しているんです。それができてこその完全勝利で、父を越えた証になると」
「ご立派な心がけです。それで神殿騎士に?」
「ええ。もちろん女神教の理念に共感したという理由もありますが」
崖に面した狭い道を行きながら2人はそんな会話をする。気を抜いているわけではないが、ずっと気を張ってばかりいても周りの人間を疲れさせるだけである。
影で騎士たちの心労を減らす手法はディラードによるものだった。
「そういえば、わが国でも新たなSランクが誕生するようです」
「お聞きしております。討伐に同行してくれるそうですね」
「はい。まだAランクですが、戦功次第ではすぐに昇格すると」
話しはヴァナヘルトに移る。
彼もSランクに昇格間近だということは、すなわち一国を亡ぼすほどの戦力を個人で保有しているということだ。名はよく知られているものの、その実力の全容まではほとんど明らかになっていない。
「頼もしいものです。父も含めてSランクはほぼ隠居生活ですからね」
「世代交代ということでしょう。これからはリアン殿たちの時代です」
今いるSランク冒険者はすでに半ば冒険者を引退した状態である。すでに一生を優に遊んで暮らせるほどの稼ぎもあり、特別な理由がない限り自ら戦いに赴くことは少ない。
Sランク冒険者が「魔女」討伐に参加しないのは、皆セントレスタ皇国外にいることも含めそのような理由によるものだった。
そんなとき、一行は再び魔物の影を発見する。上空を滑空するように向かって来る影はーー
「あれは……」
「ワイバーンです! 数は4!」
Cランクに分類される亜竜種の魔物、ワイバーンだった。
討伐に並の冒険者が数人必要となる魔物が群れで襲い掛かろうとしているのだ。警戒の度合いはイービルアイの時とは段違いだった。
「魔法の準備。無理に落とす必要はありません。一体ずつ確実にいきましょう。それからディラード殿、もしもの時はお願いします」
「任されました」
リアンは冷静に無理のない戦術を選択する。そして迎撃に失敗した時に備え、ディラードにも短い指示を出す。
「続いてください。『水尖槍』」
先ほどと同じく激しく渦巻く水の槍が5本同時に放たれる。リアンにとって1本も5本も大した違いではなかった。
しかし今回は相手も違う。ワイバーンは巧みに空を滑り槍を躱していき、2体は直撃を避けた。
続く騎士たちの魔法も躱したワイバーンが先頭のリアンに襲い掛かろうとする。
「通せませんなぁ」
「ギャッ!?」
ワイバーンの進路を遮ったのはディラードの魔法だった。
「鉱岩壁」。土ではなく、簡単には砕けない鉱石の壁である。
その突然の出現に対応することができず、2体のワイバーンはそのまま激突する。「聖騎士」ディラードにとってこの程度の相手は自ら盾を構えるまでもなかった。
「さらに7体! 追加できます!」
しかしここで敵側の増援がやってくる。撃墜したワイバーンにとどめを刺したリアンは少し厳しい声で指示を出した。
「近づかれるまでに数を減らします。魔法を範囲重視で!」
この狭い場所で乱戦は避けなければならなかった。騎士たちが訓練通りに魔法を放とうと準備をしたところでーー
「『炎爆』」
背後からの短い一言で、空中のワイバーンが次々と爆発していった。
火球などが当たったわけではない。何の前触れもなく、ワイバーンたちが勝手に体を破裂させていったのだ。
リアンが魔法の主に非難の目を向ける。
「アストラ殿。独断での攻撃は連携を乱します」
馬車に乗っていたはずのアストラがいつの間にか外に出て戦闘に参加したのだった。後ろには肩を小さくしたフィリアの姿も見える。
しかしアストラは悪びれもせずに呆れた声を出す。
「それは悪かった。でも、「勇者」ならこの程度の敵に手こずってはならないと思うんだけど?」
Cランクの魔物ではあるが、事実彼らにとってはこの程度でしかなかった。たとえ7体いようがその評価は覆らない。
「何がご不満で?」
「なぜ手を抜く? リアン殿ならもっと確実な手を打てるでしょうに」
アストラが言っているのはリアンに戦闘での手抜きがあったのではないかということだ。
最初の襲撃でリアンはワイバーン2体に突破を許している。ディラードが備えていたといってもあまり「勇者」として見栄えの良い戦い方ではなかったのだ。
「全体の戦力を見積もったうえで最良と考えたまでです」
「あなた、「勇者」としての自覚はある? あんまり舐めてるとうっかり死ぬわよ?」
「ご心配なく。逆にこの程度の相手にムキになるのもおかしな話でしょう」
その切り返しにアストラはリアンを厳しい目つきで睨み、リアンは氷のように冷たい瞳でそれを見返した。
「……はぁ」
「……」
先に目を逸らしたのはアストラだった。そのまま背を向けた彼女は自分が乗っていた馬車にさっさと帰っていく。
このような話で時間を無駄にするのも馬鹿らしいと思ったからだ。
取り残されたフィリアはおろおろと辺りを見回し、そして控えめな声でリアンに訊ねた。
「あの……お怪我などはありませんか?」
「ええ、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「……そうですか」
平坦な声にそうつぶやいたフィリアもアストラの後を追ってそそくさと退散していく。
ワイバーンの死体を焼き払い、一行は微妙な空気のまま出発するのだった。
♢ ♢ ♢
「あ゛ーむかつく!」
馬車に戻ったドロシアの一言目がこれだった。
発進し始めた馬車に揺られながら残っていたクレシュは気遣わしげに訊ねる。
「どうされたんですか?」
「納得いかない! 騎士とは考えが合わない!」
アストラは今代の「魔導士」であると同時に、初代「勇者」の足取りを追う歴史家でもある。「勇者」に注ぐ熱意と求める姿勢はリアン本人よりも真剣なものだった。
そのため先ほどのように不必要な危険を作るリアンに良い思いをしていないのだ。「勇者」ならワイバーンぐらい一瞬で倒してほしいと思ってならない。
当然リアンにも個人の考えというものがある。神殿騎士としての経験を活かすなら、部下をうまく運用して少ない労力で勝利を収めるべきなのだろう。
しかしその名に拘るアストラにはその行為が「勇者」に不適合なものだと思えてしまう。
「アストラさん、落ち着きましょう。ほら、お水です」
「ああ、ありがとう。フィリアを見てるとなごむよ」
フィリアから水筒を受け取ったアストラは少し落ち着きを取り戻す。
「でもこれは良くないね。本当なら私が「勇者」に従うべきなんだろうけど」
主力であるリアンとアストラには小さくない溝があった。ディラードは騎士であるためかリアン寄りで、フィリアは一線退いている状態である。
なまじ様々な方面から集まっただけに全く意思の統率ができていない。そのことをアストラは懸念していた。
もちろん「勇者」であるリアンに従うべきだということも頭では解っている。
フィリアも同じようなことを感じていた。
特に彼女はまったく戦闘とは無関係だったのだ。リアンもディラードも戦力とは数えておらず、どこか余所余所しさが気になっていた。
「嘆きの魔女」を倒すために皇都ディアハイデに向かう一行。しかし彼らはまだ、信頼と呼べるような深い関係を築ききれていなかった。




