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第88話 恋愛相談(?)

「ねぇ、ルー」

「なに、カナリアちゃん?」


 カナリアが隣に座るルーに話しかけたのはドロシアとの話が終わった後、アルバートを待つ間ベンチに座って休憩していた時のことだった。


「イオってさ、ヴァナヘルトさんたちとは仲が良いと思わない?」

「そうだね」


 2人の視線の先ではイオがヴァナヘルトを交えてグロックと何やら話し込んでいた。楽しく団欒しているというわけではないが、それでもイオが自分から話しかけに行くことは珍しいように思えた。


「いまだにイオとどういった関係なのかは分からないけど、やっぱり古い仲なのかしら」

「そうだね」

「って、ルー。ちゃんと聞いてる?」


 変わり映えのしない反応を不満に思ったカナリアはルーの顔を覗き込んで咎める。

 ルーはきょとんとした表情をしながらもしっかりと頷く。


「聞いてるよ」

「ならもうちょっと何か言いなさいよ。聞いていないのかと思うじゃない」

「うーん……だってさ、私たちがいくら考えても分かるわけないじゃん。直接訊くでもしない限りさ」


 直接、という言葉にカナリアはたじろぐ。


「あいつが自分のことを言うはずがないじゃない」

「確かにそうだけどね、だからって遠慮してたらいつまでも分からないままだよ?」

「でも……」


 カナリアには過去にいくつか苦い経験がある。話を誘導するようなことなどできないため、彼女が訊こうとすればどうしても直接的な言い方になってしまうのだ。

 その結果、イオに面倒がられたことも一度や二度ではない。訊かれたくないことを事前に察することはできるようになったが、実際に訊きだすことはまだできないでいた。


 その姿勢をルーは叱る。


「そんなんじゃ、いつまで経っても距離が縮まらないよ。ただでさえイオ君は奥手なんだから」

「そうね……って、今何の話!?」

「イオ君をもっと知りたいって話でしょ?」


 それはそうなのだが、どこか2人の間に認識のずれができているような気がしてならない。どう返したものかとカナリアが悩んでいると、ルーが意を決したように語り出した。


「私ね、カナリアちゃんに言っておかなきゃならないことがあるの」

「なによ、改まって」

「皇都にいる間に私、アルバートさんをデートに誘う!」

「ええぇ!?」


 そんな一大決心に叫び声をあげた直後ーー


「話は聞かせてもらったよ!」

「シャ、シャーリーさん!?」


 ーー一番聞かれたくない相手が乱入してきたのだった。



 ♢ ♢ ♢



「うーん、つまりルーちゃんはアルバート君が好き。カナリアちゃんは分からない。そこでルーちゃんは「こいつは私がもらう」宣言をしたというわけだね」

「そんなんじゃありません!」

「でもデートに誘うんでしょ?」

「うぅ……そうですけどぉ」


 カナリアとルーの間に堂々と座るシャーリーは、餌を得た魚のように意気揚々とルーを弄って楽しんでいた。

 カナリアは心の中で一言詫び、ルーを犠牲にしてこの場を去ろうとする。


「逃がさないよー」

「ひぇっ、許して……」

「カナリアちゃん、私を置いて逃げるなんて許さないよ」


 悪魔の笑みを浮かべるシャーリーと、涙目で怒るルーに捕まり逃走はあえなく失敗。カナリアはシャーリーの腕の中に囚われるのだった。


「カナリアちゃん、ルーちゃんが言ったことどう思う?」

「どうって……いいんじゃないですか?」

「アルバート君をルーちゃんに渡してもいい、と。たしか前はカナリアちゃんもアルバート君のことが好きだったと思うんだけど?」


 この先輩はどうでもいいことをよく覚えて……とふつふつと怒りが湧いてくるが、ルーが不安そうな目を向けているのを見て仕方なくと言った風に口を開く。


「……そうですね。前はそうでした。でも今思えばそれは、偽物だったと思います」


 2人とアルバートの初対面は鮮烈なものだった。

 劣情を隠そうともしない冒険者の男たちに囲まれていたところを、鮮やかに救出してくれたのだ。その容姿も相まって初対面ながら魅了されてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。


「あの時は目が曇っていたから……他の男の人と比べて全部が優れているアルバートを見て、一般的な常識(・・)に従って好きになった」


 まだ無属性を全否定していた頃のことだ。あの時のカナリアはアルバートがすべて正しいと思っており、彼の言ったことは無条件で信じた。

 頂点に立つべきアルバートが無属性のイオを目にかけるのは許せなかったし、彼を差し置いて意見を述べるなどもってのほかだった。


 今のカナリアはそれがどれだけ愚かなことだったか理解している。

 強く優しく勇ましいアルバートは依存しやすく、そんな存在と結ばれれば対外的に(・・・・)優位に立てる。そんな顔と実力と上辺の性格、それに付随する名誉だけでカナリアはアルバートに好意を持っていたのだ。

 そこに自分の好みや相性、ましてや相手の気持ちなど微塵も含まれていない。


「だからあれは偽物。都合の良い願望を押し付けようとしていただけよ。だからルー、私に遠慮することはないわ」

「カナリアちゃん……」


 自分の心情を整理したことでカナリアは心からそう口にすることができた。自分とは違って一途にアルバートという1人の男を見つめ続けるルーを本心で応援することができる。


「いやー、友情だねー。いいものを聞かせてもらったよ」

「シャーリーさん……!」


 だからこそこの場にこのような部外者がいたことを残念に思わずにはいられない。両手で自分たちの頭を撫でる彼女に、カナリアは苛立ちを込めて少し意趣返しをすることにする。


「シャーリーさんこそどうなんですか? ヴァナヘルトさんと仲が良いようですけど」

「愛称で呼んでますもんね」


 さすがは長年連れ立った親友というべきか。シャーリーに水を向けた瞬間、ルーもすぐさまそれに便乗してきた。


「うーん、私?」

「そうです。ぜひ聞いてみたいです」

「お願いします!」


 2人にせびられシャーリーも困ったような顔をする。眉を下げて「仕方がないなあ」ともったいつけながら、彼女ははっきりと言い切った。


「私とヴァナに恋愛関係は一切ないよ。もちろんグロックにもね」


 それは思いのほか低く冷たい声だった。


「たしかに仲は悪くないと思うけど、なんて言うのかな。私とあの2人は相棒みたいなものなんだよね」

「相棒、ですか?」

「そ、背中を預け合う仲」


 彼女に似合わぬ真面目な声音に、カナリアとルーは意趣返しの意欲も減衰してしまう。

 シャーリーの語りは続く。


「私も向こうから言い寄られたことはないし、多分同じ認識じゃないかな。あ、ヴァナは娼館に通ってるから必要ないっていうのもあるけど」

「しょ、娼館ですか」


 カナリアはヴァナヘルトの方を少し冷めた目で見た。ストレスの溜まりやすい冒険者にそういった処理が必要なのは分かるが、女性から見てあまりいい気分がするものでもない。


 その視線の先にはいまだにイオ、グロック、ヴァナヘルトの3人が顔を突き合わせて何かを話し続けていた。

 先輩冒険者として頼れる存在なのだろうが、それでもあのイオが素直に頼る姿勢を見せることにも少し思うことがある。


「あれ、カナリアちゃん。イオ君の方じっと見てどうしたの?」

「わ、私は別に……!」


 思いのほか長く見つめていたらしく、それをシャーリーに指摘されてしまう。次の餌が決まった瞬間だ。


「カナリアちゃんは、イオ君のことどう思っているの?」

「どうって、そんな」

「見たところいい感じに思えたけどねー。ルーちゃんは何か知ってる?」


 カナリアは首を振ってルーに助けを求めた。これ以上この先輩に話題を提供してはならないと。

 だがここでルーが驚きの裏切り行為に出る。


「最近は仲が良いみたいです。カナリアちゃん、いつもイオ君のこと気遣っていますし」

「ちょっと、ルー!?」

「お、これはいいことを聞いた。そこのところどうなのかな、カナリアちゃん~?」


 べったりと体重をかけてくるシャーリーを押し返しながらルーに抗議の目を向けると、彼女は逆にカナリアに向かって呆れた表情を見せた。


「私としてはいい加減はっきりしたほうがいいと思うよ」

「何をよ?」

「イオ君のこと、好きなのかどうか」

「私はあんなやつ……」


 反射的に否定しようとしたところでシャーリーのからかうような声が耳に届く。


「じゃ、私が貰っちゃうね」

「シャーリーさん!?」

「だってかわいいじゃない。普通の冒険者ってごつごつしたのばっかりだから、あんな子はなかなかいないよ」

「うぐ……!」


 胸の内にもやもやとした何かが広がる。うまく言語にはできないのだが、シャーリーがイオをもらうと言った瞬間に名状しがたい感覚が身の内からあふれ出したのだ。

 それがルーの問いに関する答えなのだが、彼女にはまだ結論を出すことができないのだった。


「別に急かすつもりはないけど、この機会にイオ君を買い物にでも誘ったらどうかな?」

「買い物?」

「うん。私はアルバートさんと行くから、カナリアちゃんはイオ君を誘うの。それでゆっくり答えを出したら?」

「私は……」


 なおも渋るカナリアにルーは諦めて別の切り口から責めることにした。


「イオ君はまだパーティーに戻るかどうか悩んでいるの。戻ってもらうには何か後押しがいる。もし何もしないで放っておいて、やっぱり戻って来ないってなったら後悔すると思う」

「それは、たしかに」

「だからカナリアちゃんはイオ君と仲良くなって、パーティーに戻りたいなって思わせる。これなら大丈夫でしょ?」


 ルーはカナリアが行動に移れるように正当な理由を作ったのだ。案の定カナリアはその口車に乗ってきた。


「分かったわ。せっかくの皇都なのに何もしないっていうのももったいないしね」

「そうだよ。しばらくは休みと思って楽しまないと」


 所持金はしばらく働かなくても済むくらい多く持っている。期せずしてアルバートの怪我は完治したが、それでもしばらく休養に充ててもいいだろうというのが共通の思いだ。


 そしてシャーリーが最後に茶々を入れるのも忘れない。


「若いね~。その調子で2人とも意中の相手をものにしちゃいなさい!」


 その言葉につい想像を広げてしまった2人は少し顔を赤らめる。成人しているとはいえ、彼女らはまだその手の話に慣れていなかった。


「カナリア、ルー」

「あああ、ア、アルバートさん」

「ん? 待たせてごめん。昇格の手続きをしてこようか」

「は、はい……」


 やっとのことで戻ってきたアルバートはルーの挙動不審さに首を傾げつつも、一言謝って受付への移動を促した。

 やっとのことでシャーリーから解放された2人は疲れを滲ませながらもその場を後にするのだった。


「シャーリー」

「ん、ヴァナ。どうしたの?」


 遅れてイオを伴ったヴァナヘルトとグロックがやってくる。名前を呼ばれたシャーリーはどこかつやつやとした表情を浮かべて満足気である。


「……シャーリー、後輩をいじめて遊ぶな」

「ごめんごめん、あまりにも初々しくてさ。それで何?」

「ああ、こいつにお前のつけてる「変色の指輪」をくれてやれ」


 グロックに軽く謝ったシャーリーはヴァナヘルトの言葉を聞いて目を丸くする。


「え、なんで?」

「いろいろあったんだわ。俺の分はもうやったから、お前がつけてても意味ないぞ」

「んー、よくわからないけど、いいよ」


 悩んだそぶりも見せずに指輪を抜き取ろうとすると、台座の石の色が赤く変色していることに気づく。


「あれ、ヴァナ使った? まあ、いいけど。はい、イオ君」

「ありがとうございます」

「誰かにあげるの?」


 シャーリーはイオの指に対となる「変色の指輪」がはめられていることに目敏く気づいた。その性質上、別々の人間がつけていないと意味をなさないがためのこの質問だった。


「いえ、魔力の放出の練習に使うのでその予定はありません」

「魔力の放出?」

「はい。詳しくはグロックさんに訊いてください」


 ヴァナヘルトとグロックに知られている以上、シャーリーにも隠す意味はあまり感じられなかった。話さない方がいいならばグロックがうまく誤魔化してくれることも期待している。

 そんなイオの答えにシャーリーはにんまりと笑って告げた。


「じゃあ、あげた人からのお願い。その指輪は誰か女の子にあげてね。両方持ってても意味ないでしょ?」

「いえ、それならアルバートに渡しますけど」

「ダメ。それならあげない。今度見た時にアルバート君がつけてたら返してもらうから」

「……考えておきます」


 面倒だと思いながらもイオはそうひねり出して指輪をしまうのだった。



しばらくは恋愛タグが仕事をしそうです。

とは言ってもその後ろでダークタグが爪を研いでいることもお忘れなく(笑)。

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