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第81話 イオの手掛かり

テスト前ほど筆が進む謎。

 雪が薄っすらと降り積もる北の大地。


 人々の吐く息は白く、肌を刺すような寒さが目に見えるようだが、これは例年に比べるとまだマシである。


 なぜなら雪が積もりながらも、こうしてなんとか列をなした馬車が移動できているのだから。


 そのうちの1つに乗るフィリアは、水滴に曇った窓を手のひらで拭い外の景色を眺めていた。


「何を見ている?」


 そんなフィリアにこう訊ねたのは、今代の「魔導士」であるアストラだった。

 他にこの馬車に同席しているのは、世話役のクレシュだけである。


「いえ……特には」

「気が逸るのは分かるけど、今から気を張ってちゃ最後までもたないよ」

「……はい」


 フィリアの内心はあっさりと見抜かれていた。

 実際に彼女は、白く無機質なまま変わらない景色に焦燥を募らせていたのだ。

 とは言っても、それを表に出すようなことはしていないのだが。これもクレシュによる教育の賜物だ。


 事情を知らぬ者が見れば、まるで絵画のように「聖女」が世を憂いている姿が映っていたことだろう。


「言ってどうにかなるものでもないですしね……」


 アストラの忠言がそれほど功を成していないことに気づいたクレシュはため息混じりにぼやいた。


 彼女もフィリアの感情は理解しているつもりだ。

 探し求めていた人間の手掛かりが得られた今、居ても立っても居られなくなるのは仕方のないことだと納得している。


 そう、まったく掴めていなかったイオの足取りに関する情報がつい数日前に手に入ったのだ。

 それは女神教の教皇であるメルフィスという意外な人物から得られた。






 ♢ ♢ ♢






「イオ、とな? 無属性の?……もしや」

「知っておられるのですか!?」


 アストラに勧められたものの全く期待していなかったフィリアだったが、この瞬間は立場も忘れてメルフィスに詰め寄った。

 今この場にクレシュはいないため、そんな彼女の行動を諫める人間はいない。


 だがもちろんこの教皇がこんな些細なことで目くじらを立てるはずもなく、記憶を手繰りながら手元の書類を探り出した。


「少し待て。……これではない。これでも……」


 メルフィスが一体何を探しているのかは分からないが、お預けをくらった状態のフィリアは気が気でなかった。

 これまで大勢の人間にイオのことを訊ねてみたものの、このような反応が返ってくることは一切なかったのだ。メルフィスが目的のものを見つけるまでの長い一瞬を彼女はひたすら耐えた。


 やがて。


「……これかの」


 メルフィスは一枚の紙を紙束から引き抜き、素早く目を通し始めた。


「教皇様……」

「待っておれ……ふむ」


 焦れたフィリアはつい催促するように口を開く。しかし真剣な表情のメルフィスが再び顔を上げるまでにそれほどの時間はかからなかった。


「イオ、という名前で間違っておらぬな?」

「はい」

「無属性で、Cランクの冒険者というのも?」

「えっと……はい」


 ランクが記憶にあるものと違ていたことで一瞬戸惑ったが、無属性で名前まで一致するなどということは考えにくいため、素直に昇格したのだろうと思い頷いた。

 それを確認したメルフィスは一つ息をついて同情と安心がないまぜになったような目をフィリアに向けた。


「あの、イオさんは……」

「これは人魔に関する報告書の一つである」

「えっ」


 待ちきれずに自分から切り出したフィリアは、それを制するように告げられた一言に驚きを隠せなかった。


「これにも半年前に起きた人魔による被害が書かれておるが……案ずるでない。お主の探す人間は死んでおらぬ」

「で、でも、何かあったんですよね?」


 人魔に関する報告書の中にイオの名前が出たとなれば、何かしらの被害を受けていると考えるのも当然だった。なぜならフィリアの知る限り、人魔は証拠を消すために目撃者のほとんどを殺しているのだから。


 この場合生きていると言われても完全に安心できる材料にはならない。フィリアはさらに詳細な情報を求めた。


「すまぬな、ここには重傷を負ったということしか書かれておらん。ただ他に死者が出た中で生きていることだけは間違いない」

「そんな……イオさんが……」


 フィリアの胸が激しく痛んだ。

 死んだと言われるよりは間違いなくいい。もしイオが死んでいるとなれば、フィリアはまたかつてのように引きこもるほど心に大きな傷を負っていただろう。


 だが苦しみを遠ざけるためにハルフンクを出たイオが、その先で命の危機に陥っていたなどと聞いてしまうと、その不平さに信仰の対象であるはずの「天の女神」を恨まずにはいられなかった。


 どこが平等なものか。どれほど過酷な運命を負わせれば気が済むのか。

 心配や悲しみはいつしか怒りに取って代わられ、肉付きの薄い両手を膝の上で力強く握りしめた。


 そんなフィリアの眼前にハンカチが差し出される。


「泣くでない。気持ちが分かる、とは言えぬが……」

「あっ……」


 フィリアはいつの間にか自分の頬を涙が伝っていることに気づいた。

 淑女の仮面は剥がれ落ち、残るのは恋する相手を思うどこにでもいる普通の少女。


「すみません……」

「よい。それよりもイオという少年の居所を知りたいのではないか?」

「……はい」


 ここでフィリアも悲観している場合ではないと思い至る。

 重傷を負ったとはいえ生きているのだ。まだ会って話をすることはできるのだ。


「どうか教えてください。イオさんのことを」

「うむ。多くはないが、知ることをすべて教えよう」


 そうしてメルフィスは語り始めた。


 セントレスタ皇国東の町、アビタシオンで未知の魔物が現れたこと。

 それは後に人魔と分かることになるが、そのうちの一体がイオと一つの冒険者パーティーを襲撃。Bランク冒険者2人を殺して残るイオともう一人も瀕死に追いやったこと。

 Aランク冒険者が救援に来たことで何とか命は助かったが、2人とも治るまで数カ月を要する大怪我を負ったこと。

 結果、イオは人魔と遭遇して生き残った生き証人として、こうしてメルフィスの手元までその名前が伝わることになったこと。


「そうですか……イオさんは、セントレスタ皇国にいるんですね」


 全てを聞き終えてフィリアが最初に発したのはこの言葉だった。


 そこはイオの行き先として十分に考えられる場所だった。イーストノット王国と国境を接している上に、ノルス教国よりは住みよい気候であるためだ。


 フィリアの旅は自分で行き先が決められなかったため、全く的外れの方向に向かっているという予感はあった。

 だがこうして思わぬところから情報を得られたとなると、彼女のやって来たことは決して無駄ではなかったのであろう。


「うむ。だが時間が経ちすぎておる。今もアビタシオンにいるとは限らんぞ?」

「十分です。また手掛かりを探しますから」


 そう言いつつフィリアは頭の中で計算を重ねていた。


 イオが人魔と遭遇したのはおよそ半年前。そこから怪我の治療のために数カ月アビタシオンに止まっていた。

 となると、可能な行動範囲は自ずと限られてくる。


 フィリアはかつて見た大陸の地図を脳内に広げた。


(セントレスタ皇国にいるのは前提として……東の国境から数カ月の距離にある街。イオさんは冒険者ですから、ギルドのない場所は選択肢から外れますね)


 そうして短時間で候補地を見出した後、正面のメルフィスに向き直った。


「教皇様。本日は私事にお付き合いいただきありがとうございました」

「妾は役に立てたかの?」

「はい、それはもう。今だけでかなり前進しましたから」

「それはよかった」


 互いに満足げに言葉を交わし、一拍置いてフィリアは真剣な表情を作り述べる。


「魔女討伐については全力を注ぐことをお約束します。決して個人的な事情に捉われるようなことは致しません」


 使命を負っている身として本来ならこのような相談をすることさえご法度だっただろう。

 クレシュとアストラの口添えがなければフィリアもこのような場を作ることはなかった。


 彼女も公的な立場を得た人間として、自分のことばかりではいけないのだ。時には本心を押し殺して他人のために動かなければならないこともある。


 しかしメルフィスはその固い決意表明にふっと笑ってこんなことを言うのだった。


「個人的な目的を持たぬ者などおるものか。気にせずとも道中で存分に探すといい」

「ですが……」

「それを言うとアストラなどはもっとくだらぬ目的で動いておるぞ」

「そのようなことはないように思えますが……」


 フィリアはアストラの行動を思い返した。

 自分に対して親身に接してくれた今代の「魔導士」。彼女も「勇者」のリアンに劣らず強い使命感を持っているように感じられる。


「あやつは女神教と言うよりも初代の「勇者」たちを信仰しておるのだ」

「初代の……?」

「そう。歴史家と言い換えた方がいいかもしれんの。女神教の教えを説いた初代「聖女」の軌跡を追って、あやつはここまで来たのだ」

「あの……今聞いてはいけないことを聞いた気がするのですが」


 フィリアは耳を疑った。

 だがメルフィスはその疑いを確信に変えるようにきっぱりと言い切った。


「ああ、女神教の開祖は初代の「聖女」である。一般的に知らされてはおらぬがな」

「そ、そんな。ではもしかして、「天の女神」様は初代「聖女」様……?」

「それは違う。このことについては手記に残っておるからの」


 フィリアはあながち間違えていないように思えたが、それは違うらしい。

 初代勇者の一行については知られていないことが多いのだが、ここに来て次々と新事実が発覚していく。そのことに眩暈を覚えるフィリアだった。


「まあ、それは置いておこう。アストラは勇者たちに熱烈な信仰心を持っておる。あやつの目的はその後継となって自分の名を歴史に残すことよ」

「そのようなことを……」

「だが妾はそれを咎めるつもりはない。結果を期待できる分、むしろ好感を持てるほどだ」


 要するに目的が一致しているのだ。

 メルフィスは魔女を討伐してほしい。アストラは偉業を成して「魔導士」としての名を残したい。

 アストラの目的を叶えるためには魔女討伐は不可避なので、彼女は全霊をかけて討伐に挑むだろう、ということである。


「だからお主も気にせず探してくるとよい。それが活力となるのならなお良い」


 こうしてメルフィスのお墨付きも得たフィリアは、背中を押されるようにして教都を旅立ったのだった。






 ♢ ♢ ♢






「そういえば、アストラさんは初代「勇者」様たちについて詳しいと聞いたのですが」


 メルフィスとの会話を思い出したフィリアは、馬車に揺られる中おもむろに訊ねてみた。


 打ち解け合ってからは様付けをやめている。アストラたっての希望だ。


「そうだよ。自慢じゃないけど、知識は誰にも負けないと自負している」


 自分が好む話題だからだろう。アストラは表情を輝かせながら答えた。


「もしよろしければ何かお話していただけませんか?」

「もちろん。ずっと座っているのも退屈だからね」


 逸る気持ちを落ち着けるためにフィリアは会話に興じることにした。

 だがそれもただの気分転換ではない。メルフィスやアストラによって、彼女自身も謎多き初代「勇者」一行について知りたいと思うようになったのだ。


「クレシュさんも聞いてくれる?」

「……ええ。私が聞いて良いのか迷うところではありますが」


 この中で一番地位が低いクレシュはそれほど2人の会話に混ざることはない。

 それでいてタイミングよく適切な反応を返すので、話す側をうまく乗せられる聞き上手なのだ。


「皇都までの道のりは長い。到着までに4人についてすべて語らせてもらうよ。まずはーー」


 黙々と進む馬車。そのうちの一台の中では、フィリアが根をあげるまで延々とアストラの語りが続くのだった。


 次なる目的地はセントレスタ皇国の中心地、皇都ディアハイデ。

 その道の先に立ち込める暗雲を、フィリアも今だけは気にせずに進む。



これで第四章は終了です。ここまで読んでいただきありがとうございました!


今度こそお時間を頂戴することになると思います。

それと、次は人物紹介を挟みます。これから再登場する人とかいますので、参考のために。


完全な復活は2月11日を予定しています。それまではちびちび更新ということで。

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