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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第一章 生まれの地からの逃避
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第8話 忠告

 当初の予定通りに新しい剣の使い心地を試せなかったものの新しい無属性魔法というかなり有益な情報を得ることができたイオは、併設された酒場を出てギルドの出口にいた。目の前にはヴァナヘルトたち「雷光の槍」の3人がいる。


「今日はとても有意義な話を聞かせてくれてありがとうございました」

「おうよ。まあ俺様の武勇伝が聞きたければまた来い」

「いえ、そっちではなくて……」


 丁寧に礼を言ったイオに対しヴァナヘルトはあくまでマイペースだ。反論はむなしくスル—され、ヴァナヘルトは思い出したかのように聞いてきた。


「あ、おい、ガキ。そういやお前イーストノット王国から来たって言ってたよな」

「? はい」

「ここに来るまでにおかしな魔物を見なかったか?」

「おかしな魔物、ですか?」


 イオは道中を思い浮かべる。だがイオは国境を越えてから魔物には一度も遭遇しなかった。当然ヴァナヘルトの言うような存在は見ていない。


「いえ、特には」

「そうか……」


 ヴァナヘルトにしては珍しくどこか落胆した様子だった。


「何かあったんですか?」


 気になったイオはそれについて聞いてみた。尋ねられたヴァナヘルトは少し迷ったようだったがきちんと答えてくれた。


「いやな、2週間前にこの辺で正体不明の魔物が出たらしい。俺様たちは指名依頼を受けてその正体を探るためにこの町に来たんだ」


 なるほどとイオは思う。彼らのような優秀な冒険者たちがこんな辺境に来ていたのは依頼を受けてのことだったというわけだ。


「それでね、その魔物が出たっていうのはここだけじゃないの。他の所でも確認されていて、そこでも高ランク冒険者が調査に駆り出されているの」


 後ろからシャーリーが付け足す。


 はるか昔から、それこそ人間が生まれたのと同じくらい前から存在すると言われている魔物の種類はすでに調べ尽くされている。そんな中で新たに未確認の魔物が現れるというのはとても珍しいことである。過去にそのように騒がれた時もほとんどの場合は勘違いか、既存の魔物の亜種かのどちらかであった。


 それでも正体不明の魔物を相手にする恐れがあるためこのような調査依頼は多くの場合高ランクの冒険者が請け負うこととなっている。


「どんな魔物なんですか?」


 イオは気になって聞いてみた。遭遇したいとは思わないが、知っておくに越したことはないし純粋に興味もあった。


「俺様も人から聞いた話なんだが、人間と同じくらいの大きさの人型で、力が強いらしい」

「……それって小型のオーガなのでは?」


 ついイオは口をはさんでしまう。

 オーガは強靭な体をもつCランクの魔物である。体の大きさは人間よりも大きいが、赤っぽい皮膚を除いて比較的人と似た容姿をしている。

 説明を聞いてそんな姿を思い浮かべたイオだったがヴァナヘルトは首を横に振った。


「いや、肌は黒いらしい。それだけでもオーガとは違うんだが、奴らは共通してある習性をもつ」


 答えを待つイオに真剣な口調でヴァナヘルトは言った。


「奴らは人間が持つものを盗むんだ。襲われたやつは死体に手を付けられず荷物がない状態で見つかった」


 それを聞いてイオは訝しく思う。魔物は例外なく人を襲い、殺した後はその肉を食らう。知能の高いもので死体を食らわずにもてあそぶ魔物もいるが、殺した相手の死体に手を付けずその人のもつ荷物だけを奪い去るというのは聞いたことがない。

 ヴァナヘルトもそう思っているのか自分の説明にどこか自身がなさそうだ。


「盗賊ということは?」


 イオは思いついた可能性を口にした。

 すべての人が裕福とは言えないこの世界では盗賊業を営む者もいる。彼らは旅人や商人を襲い、その荷を奪い女子供を連れ去っていく。そうして得たものを売りさばいて生活しているのだ。

 盗賊の討伐は冒険者のというよりも国に所属する騎士の仕事である。もちろん冒険者が協力することもあるが、基本は騎士隊の管轄である。もし正体が盗賊であるのならこれは彼らの仕事なのだが、ヴァナヘルトはこれにも首を横に振った。


「襲われた唯一の生き残りが、それはありえねえってよ。殴って人の首を吹きとばしたらしい。そんな盗賊がいるわけがねえってな」


 再び思案するイオに、後ろでこれまで黙っていたグロックが詳しい事情を説明してくれた。


「……これまでで確認されたのは5件。王都付近で2件、南の町で2件、そしてこの町で1件だ。犠牲者は6人でかろうじて生き残ったのは1人だけ。それぞれ1人か2人でいたところを狙われ、死体を残し荷物のみを奪われるというのは共通している。すべてここ2か月で起きたことだ」


 これは魔物の被害というよりはやはり人によるものだろう。そう思うイオだが、ここで唯一の生き残りによる証言が引っ掛かる。人の頭を吹きとばすほどの腕力をもった人間などいるだろうか。仮に「身体強化」を使っても無理である。しかもそれが少なくとも3人以上。いたとしてもこれらの人たちが短期間でまったく同じような事件を起こすとは考えにくい。


「しかも旅の途中を人の少ないところで襲うんだからすごく賢いよ。そのせいで今までほとんど情報がなかったんだから」


 シャーリーも付け加える。

 たしかに聞いた限りでは犯人はとても狡猾な性格のようだ。人の少ないところで誰にも見られないように襲う計画性。本能優先の魔物には持ち得ないものだ。


 2人の補足説明を受けてヴァナヘルトはこう締めくくる。


「それで共通点に目を付けたギルド本部が、未確認の魔物であるかもしれないって結論づけたわけだ。まあつまり何が言いたいかっていうと、十分気をつけろってことだ」


 ヴァナヘルトはぽんとイオの頭をたたいた。子ども扱いされた気がしたイオだったが忠告はありがたく受け取ることにした。


「ああ、このことはギルドからも呼びかけていることだ。今日お前と話したのも、情報を集めるのと忠告を促すためだ」


 そう付け加えるヴァナヘルト。

 たしかにこのような事情があるのなら、まだ若いイオに彼が最初突っかかってきたのも納得がいく。未知の危険があるかもしれないこの近辺でさらなる被害を防ぐためだろう。


「何から何までありがとうございました」


 イオは改めて礼を言う。今日1日で教えてもらったことは多く、役に立つものだった。そのことにイオは感謝したのだ。


「まあこっちも楽しかったからな。俺様たちは依頼でしばらくこの町にいる。なんかあったら遠慮なく言え」

「はい」

「じゃあね、イオちゃん」


 そう言って3人はギルドから去っていった。


 イオももう少しギルドの様子を観察し、壁に貼られた依頼に目を通してギルドを後にした。



 ♢ ♢ ♢



「ふう……」


 宿のベットに転がりイオは息をつく。

 時間はもう夜。この宿で出された夕食はとてもおいしいものだった。頭を働かせて疲れていたイオには特に美味しく感じられた。


(新しい魔法と、未知の魔物か……)


 イオは今日得た情報を整理する。主なものは2つ。無属性の新しい魔法「感覚強化」と、この国を脅かす謎の存在についてだ。


(「感覚強化」を覚えない手はない。問題はどうやるかだが……)


 魔法には難易度がある。簡単なものなら自力で習得することも可能だが、難しいものはきちんとした教えを請わなければならない。

 今回の「感覚強化」は難しい部類に入る。

 例えば「身体強化」や「身体硬化」は体をまんべんなく変化させる魔法である。そのため自分の体に流れる魔力を意識することで比較的簡単に発動することができる。

 しかし「感覚強化」は目や耳、鼻などの一部の器官だけを限定して強化する魔法である。そのような魔法は往々にしてコントロールが難しく、必然的に難易度は高くなる。

 イオができるのは、ファングベアとの戦闘後に使ったように「回復促進」を全身に使った上で一部の箇所に魔力を集めるくらいである。今すぐ「感覚強化」は使えない。


 ちなみにほかの属性では「火球ファイアボール」や「火矢ファイアアロー」などのボール系、アロー系が初級にあたり、規模を大きく狙いを精密にするごとに難易度が上がっていく。


(地道に練習するしかないな)


 結局イオはそう結論づけた。幸い今日グロックからコツなどを聞くことができた。それを基に自力で練習すればいい。あまり気は進まないからグロックに頼るのは最終手段にする。そう決めてイオはこのことに関して思考を打ち切る。


 そしてもう1つの情報。


(未知の魔物か……)


 そう、不可解な事件を引き起こしている謎の魔物。奇しくも詳しい事情を聞くことができたが、その正体はさっぱりわからなかった。

 別にイオが気にかけることではないのだが、自分が滞在する町であるし今後に支障をきたすかもしれない。


(絶対に遭遇しないようにしなければならない。そのためには……)


 イオは今日聞いた話を整理する。

 見た目は人と同じで肌が黒い。加えて人を殴って頭を吹きとばすほどの腕力をもつという。

 さらに特徴的なのはその習性。人を襲って殺すがその死体には手を付けず荷物のみを奪い去る。魔物の修正を否定するような行動だ。加えて人目のないところで襲う頭の良さ。これも魔物らしからぬ特徴だ。


(「身体強化」を使っても勝てない。目をつけられたら終わりだな)


 イオが魔法を使っても未知の魔物ほどの力は得られないから、もし対峙してしまえば確実に負ける。さらにイオはソロの冒険者。そんなイオが依頼を受けて町の外にでも出たら目をつけられかねない。

 それを防ぐためには、誰かとパーティーを組むか、それとも——


(その魔物がいないところに行くか、だな)


 今のところ確認例は5件。場所が偏っていることから多くても5体、少なければ3体しかいない。おそらくほかにもいるだろうが、これほどの魔物がそう何十匹もいるとは思えない。

 今日ヴァナヘルトたちと別れた後で得た情報から、その魔物が出たのはこの町の西側の森らしい。イオが来た方向とは逆だ。おかげで1人旅でも襲われることはなかった。

 だが、この町から離れるというのはリスクが大きい。イーストノット王国に戻るという選択肢がない以上、イオが向かえるのはここから北、西、南。しかし北に向かうにしても南に向かうにしてもそこに行くための街道は西側にしかない。そのため未知の魔物に出会う可能性は否定できない。

 また商隊などの護衛任務を受けて大勢で移動するという手もあるが、そのような依頼は基本パーティー単位であって今のイオが受けることはできない。


 結局イオが出した結論は——


(ヴァナヘルトさんたちが魔物の正体を暴くか、パーティーが見つかるまではこの町の東側で採集とゴブリン討伐だな)


 このような安全性重視なものだった。

 Cランクになったというのにこれまで通りの依頼しか受けないのもどうかとは思ったが、Cランクの依頼を一人で達成できるとは思っていないので妥当なところだとイオは考える。


 これからの方針が決まったのでイオはもう寝ることにした。今日は慣れないことが多く疲れもしたが、いい出会いがあった。魔物のことがあるので最高とは言えないが、セントレスタ皇国ではいいスタートが切れたと言えるだろう。


 そう思いながらイオはベッドに身をしずめ眠りにつく。


 こうしてイオの、この町アビタシオンでの最初の1日が終わった。

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