第70話 皇国の騎士
慎重を期しながら2度の野営を経て、アルバートたち3人はついに目的地となる高原の麓に到達した。
「ここが……」
アルバートが唾をのみ込んでその光景を見渡す。
森というほど木々が生い茂っているわけではないが、概ね緑に覆われている。ところどころ岩場も見受けられ、人の手が入っていない自然の雄大さをまざまざと感じさせるような地形だった。
さらに目線を上げるとそこには壁のようにそびえる山。思わず心奪われるような眺めだが、あの上に存在するのは魔物にとっての楽園、人にとっての地獄に近い。
この先ここに人間の開発の手が伸びることはそうそうないだろう。
3人は意を決してその地に踏み込んだ。
「アルバートは、ここに来たことはないの? イクアシスに住んでたんでしょ?」
歩きながらカナリアが控えめに尋ねた。初めて訪れる自分と同じようにアルバートも目を奪われていたので気になったのだ。
アルバートは目的の魔物がいる場所として気を張り詰めていたのだが、それだとこの先もたないと思い直し雑談に付き合うことにした。
「これが初めてだよ。俺がイクアシスに住んでいたのは8歳までで、それからはずっと皇都にいたからね」
「皇都ですか?」
「そう。騎士になるためにおくられたんだ」
もう10年も前のことだ。アルバートは懐かしそうに語る。
「皇都には貴族が通う学校があって、俺はそこで6年間騎士としての心得や戦い方を学んだ。あの頃はただ言われたことを真面目にやってたからね……14歳で予定通り騎士団に入ることができたよ」
「改めて思うとすごいわよね。騎士なんてなりたくてもなれるものじゃないし」
セントレスタ皇国の武を象徴する騎士団。たとえ貴族でコネがあっても実力がなければ入ることは叶わない。
女性は入団できないのでカナリアは入りたいなどと思ったことはないのだが、この国に住む以上一定の憧れは持っている。
しかしアルバートはその称賛の言葉に自嘲する。
「……結局、俺は耐え切れずに2年で逃げ出してしまったんだけどね」
「……何かあったの?」
カナリアもルーも、今に至ってもアルバートの過去に何が起きたかなどということは完全に理解できていない。アルバートがなぜ栄誉ある騎士団から脱走したのか、その理由を知らないのだ。
「2人の夢を壊すようで申し訳ないけど……」
アルバートはそう前置きをして話し出す。ここまで付き合わせてしまっている以上隠し通すべきではないと思ったのだ。
「騎士団の裏側はそんなに綺麗なものじゃない。皆が功を競い、他を蹴落とし合う、人間の欲にあふれた場所なんだ。騎士団には3つの部隊があることは知っているかい?」
その問いに答えたのはルーだった。
「はい。『鷹』の隊、『鷲』の隊、『隼』の隊の3つですよね?」
「そう。その中で俺は『鷹』に所属していた」
騎士団が大きく3つに分かれていることは有名なことだった。
「派閥が3つもあると当然争いが起きる。特に『鷹』と『鷲』の隊長は自己顕示欲が強く、他の2つの隊よりも一歩前に行くために裏で熾烈な争いをしていたんだ」
「あんなに正義を語っている裏で?」
「うん。民の信頼を得るためには外面もよくしておかないといけないから」
「……確かにイメージが崩れますね」
ルーが額に手を当てて呟いた。
裏表のない人間はいないとはいえそこまで欲を漲らせていては、守られているとしても素直に感謝することができない。武の象徴であってもやはり人間なんだと感じずにはいられなかった。
「でも本当に問題なのはむしろ各隊の中なんだ」
だがアルバートの話はそこで終わりではなかった。
♢ ♢ ♢
「……で、問題っていうのは?」
3人はちょうどいい休憩場所を見つけたので、そこで一旦休むことにした。さすがにあのままずっと話し込むことはできなかったので、話の続きはここまで持ち越されていたのだ。
岩でできた天然の屋根があり、茂みの多いこの場所は格好の隠れ家だ。彼らはヘルフレアタイガー変異種の討伐までここを拠点とすることを決定していた。
「各隊の隊長というのは騎士団長である皇帝の一つ下の地位だ。皆がなりたいと思うのも当然だ」
この国の特殊なところであるのだが、騎士団を率いる団長の地位は代々皇帝が就くことになっている。
他国であれば王が騎士を兼ねるなどありえない。ましてや前線ではないとはいえ自ら魔物と戦うなど真似できることではないだろう。
しかしこの国の初代皇帝はあの「聖騎士」である。「勇者」と共に魔女を封印した救世主だったのだ。
そもそもが騎士だった彼は王となった後も戦うことを止めはしなかった。多くの魔物が巣くう未開地を国土としたのだから、国の発展と魔物の討伐は切っても切れない関係だったのだ。
しかしそこは人類の希望である「聖騎士」。ただ民を戦わせることに我慢ならなかった彼は、自分を騎士団長の位に就けると積極的に魔物との戦いに身を投じていった。
皇帝と騎士団長が同じ人物になるというのは、このような歴史がもとになっているのだ。
「他の団と争うだけに止まらず、騎士たちは次の隊長の座を狙って先輩や同輩、酷い者は隊長までも引きずり降ろそうと裏で画策していたんだ」
「同じ隊の仲間にまで……!」
「俺もその中の1人だった」
憤るカナリアだったが続くアルバートの言葉を聞いて硬直する。
あのアルバートがそんなあくどいことをやっていたなど、まさかという思いだった。
「といってもほとんど父上の言う通りにやってただけなんだけどね。父上が掴んだ仲間の不祥事をもとに交渉して隊長争い場から退かせたり、時には直接的な脅しをしたこともあった」
これまで浮かべていた自嘲はなりを潜め、代わりに深い後悔を表情に出してアルバートは語る。
「幸いと言うべきなのかどうか、俺は年の割に実力もあったから隊の中での地位もどんどん上がっていったよ。16歳の時には父上の目論見通り、将来の隊長候補にまで登りつめた」
「アルバートが隊長……」
「その頃の俺は何て呼ばれていたと思う? 「冷血の騎士」だよ? 魔物はおろか仲間に対してまで血も涙もない。地位を上げるためには手段を択ばない恐ろしい子供だってね」
今の温厚なアルバートしか知らない2人にとっては「冷血」という言葉は似合わないと思える。だが、それを告げたところで慰めにもならないことは2人にも分かっていた。
「あの時の俺には誰も近づいてくる人がいなかったよ。関わればすぐに弱みに付け込まれるからって。自業自得だけど俺にはそれが悲しかった。もうこんなことは止めたいと思った。それでも父上からは仲間の弱みやそれを使った指示なんかが次々と送られてくる。逆らうことはできなかった」
明かされていくアルバートの過去。人々にもてはやされる騎士団の裏で繰り広げられていた汚れた現実。
すでにカナリアとルーは数え切れないほど多くの衝撃を受けていた。
「あのままいけば本当に『鷹』の隊長になっていたんだろうけど……その前に俺はこれ以上耐えられなくなった。だから……」
「……出奔したってわけね」
「そう。といっても未練たらたらの中途半端な家出だよ。昔の繋がりを残そうと騎士剣を持って行ったせいで、今やこんなことになっている」
こんな、とはAランク級の魔物にたった3人で挑むという愚行を冒そうとしている現状のことだ。
騎士だったころBランクの魔物との戦闘もそれなりに経験しているアルバートだったが、さすがにこの少人数で戦いに臨んだことはない。
それぞれ今の話を受け止めている2人に、アルバートは改めて問う。
「この話を聞いた今でもまだ俺の戦いに関わろうと思うかい? 今ならまだぎりぎり引き帰せる」
これは最後通告だった。ヘルフレアタイガー変異種のいるこの場所まで来てしまったが、今からでも帰ろうと思えば帰れるだろう。
この状況を作り出したのは親の言いなりになり続け中途半端な形でそれを投げ出したアルバートに依るところが大きい。かつての所業を知った今、カナリアとルーの2人が心変わりをすることもないとは言えないのだ。
しかしーー
「何言ってるのよ。関わるに決まってるでしょ」
「はい、私たちはどこまでも一緒です」
貴族でありアルバートの父親であるロナルテッドに真っ向から刃向かった彼女たちが、この程度で身を引くことはなかった。
このことをある程度予想していたアルバートは2人を危険に晒させることに罪悪感を覚えつつも、同時に嬉しさを感じずにはいられなかった。
(……これが、今の俺。俺には信頼できる、信頼してくれる仲間がいる)
隙を晒すこともできず腹に一物を抱えながら人と接していたあのころとは違う。汚点となる過去を打ち明けても、彼女たちはこうして変わらぬ信頼を向けてくれる。
地位も立場も責任も、すべてを擲ってまで欲しかったものは、今目の前にあった。
♢ ♢ ♢
イクアシスから遥か北の国。
最大級の教会である女神教本部の一室で、2人の男が地図を睨みあっていた。
片方は今や世界中でその名を知られている「勇者」、リアン・エストレッチェ。もう片方は右頬の傷跡が目立つ30歳ほどの男だった。
男の筋肉は衣服の上からでも見えるほど膨れ上がっており、およそ誰の目から見ても戦いに身を置いている人間だと分かるだろう。
リアンはそんな威圧感のある人物を目の前にしても臆した様子はなく、視線を下の地図に向けたまま口を開いた。
「ディラード殿、やはり正面からしか踏み入ることは難しいのでしょうか」
ディラードと呼ばれた男は考える素振りを見せたが、やがて首を横に振ってきっぱりと告げた。
「厳しいでしょうなぁ。「嘆きの跡地」の周りは深い谷で囲まれていますし、道無き道を進むのは、我々はともかく「聖女」様には不可能でしょう」
やや間延びした声で「嘆きの魔女」が封印された場所について語るのは、今代の「聖騎士」に選ばれたディラード・ザクバトスである。
彼がリアンと語り合っているのは、魔女がいる「嘆きの跡地」に踏み入る際の侵入経路についてである。
「しかしそれではあちらに先手を許すことになります。罠でも仕掛けられていては後手に回ってしまうのでは?」
ディラードの言葉にリアンが反論する。
来る方向が分かっていればそれに応じて対処することが可能である。リアンは「嘆きの魔女」や配下の人魔に待ち伏せされることを怖れていた。
しかしディラードも譲らない。緊迫感の抜けたゆったりとした口調で語る。
「そこは、仕方のないことと割り切るしかないでしょう。こちらは攻め入る側。多少の危険はどうしても及ぶものです。なにしろ正規の道を進むことさえ、普通の騎士にはできませんからねぇ」
「……貴殿らの中でどれほどの実力が必要となるのでしょうか」
「さて……各隊の隊長以下、数名と言ったところでしょうなぁ。『隼』では私を含め、4名ほどでしょう」
錬度の低下には悩まされています、と頭を掻いて付け足すディラード。その温厚な様子からは彼に「聖騎士」として人々を導くようなカリスマは感じられない。
しかしこの男は「聖騎士」であるだけではなく、セントレスタ皇国で『隼』という騎士隊を率いる隊長でもあるのだ。カリスマ性という意味では神殿騎士のリアンと並ぶか、それ以上かもしれない。
なぜ他国の重役に就くディラードが「聖騎士」となったのかについては理由がある。
まずいくら女神教だからと言っても、魔女を討伐した際の名声を独占するのはあまり良いことではない。「平等」を謳う以上は、勝手にそこだけで完結させてはならないのだ。
さらに現場を知らない人間だけで敵の本拠地に向かうなど自殺に等しい行為である。冒険者ギルドで案内役を頼んではいるものの、核となるメンバーの中にも実情を知っている人間がいた方が良いのだ。
最後に、教皇であるメルフィスは「聖騎士」はセントレスタ皇国から出したいと考えていた。「聖騎士」の選別は、その子孫に任せたいと思ったのだ。
以上の理由からセントレスタ皇国の皇帝に打診し、結果選ばれたのが騎士隊の一つ、『隼』の隊長であるディラードだった。
メルフィスもまさかこれほどの大物が来るとは思わず、驚くと同時に皇帝に感謝していた。
ところで『隼』といえば、ただ1つだけ勢力争いに加わっていない隊の隊長である。争いに参加しなかったためにその人柄を評価され、皇帝から「聖騎士」の役を任じられるとは何とも皮肉な話だった。
「……私はまだ隊を率いる者ではありませんが、いずれはそうなれればと思っています。時間があれば、お話を聞かせていただきたいのですが」
騎士の話が出たためだろう。リアンが珍しく個人的な申し出をした。
それを聞いたディラードは目を丸くして突然笑い出した。そしておかしそうに言うのだった。
「リアン殿はすでに我々を率いる将ではありませぬか。気にせずとも、あなたは既にその器を持っております。自分の信念に基づき行動すれば、自ずと皆ついて参りましょう」
ブクマ、評価等ありがとうございます!




