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第69話 北の国での一幕

今回からフィリアの話も本編になります。

 大陸中に魔女復活と勇者の存在が知らされた日の翌日、ノルス教国の中心地であるシーネルンに滞在していたフィリアは街の中を歩いていた。


 公的に「聖女」という称号を得た彼女は、本来なら気軽に街をうろつくことさえも推奨されていない。しかし人々の注目の的は神殿騎士であり同時に「勇者」でもあるリアン・エストレッチェであるため、まだ彼女の知名度はそこまで高くなく、こうして出歩けているのだった。


 もちろん一人で、などということは許されない。フィリアの両隣りには上司兼、世話役のクレシュと黒の外套を身に纏った長身の若い女性が一緒に歩いている。

 女性の頭髪は茶色で、肩にかかる長さのそれをびっしりと編み込んでいた。


「さすがは教都。通り一つを見ても住民の心の温かさが伝わってきます」


 辺りを見回しながらクレシュが感心した様子で言った。その言葉に長身の女性が反応する。

 頭上に疑問符を浮かべているフィリアと違って、この女性はクレシュがどこに着目しているのか分かっているようだ。


「だろう? ここシーネルンは一番きれいな街と言われているほどだからね」

「きれいな、ですか?」


 女性の言葉に今度はフィリアが疑問を呈し、改めて街の光景を見てみる。

 たしかに寒空の下で白い雪が太陽光を反射して輝く様子はきれいという言葉が似合うかもしれない。しかし建物の色は灰色や白色が多く、きれいというには色彩が足りていないような気もする。


 素直にきれいだと思えず困っているフィリアを見て外套の女性は苦笑した。そして勘違いを正すように片手を振って詳しい説明を始める。


「きれいというよりも清潔な、と言った方が正しいかもしれないね。見てごらん、どこにもゴミが落ちていないだろう?」

「あ……本当ですね」

「この街の通りにごみを捨てる人間なんかいないし、定期的に住民たちが清掃活動もしている。だからシーネルンはいつも“きれい〟に保たれているわけさ」

「なるほど……」


 意識して見てみるとフィリアにもよく分かった。

 故郷のハルフンクを含め、基本的にどこの街も通りの片隅にゴミが落ちていることが多い。目に余るというほどではないが、見ていて気持ちの良いものではない。

 しかしこの街には小さな紙屑でさえ見当たらず、さらには壁などの掃除もしっかりと行き届いているのだ。


「街だけじゃない。進んでそのような行動をとれる人々のことも含めてきれいと言われている。決してすごしやすい気候ではないが、各地から移住者が現れるのはそういう理由もあるのさ」

「たしかに、とても居心地がいいですからね。分かります」

「フィリアも、魔女を倒した後に移り住んでみてはいかがかな?」

「それは……故郷に家族もいますので」

「そうかい。いや、家族思いなのはいいことだ。忘れておくれ」


 そこでいったん会話が途切れる。フィリアは遠く離れた両親のことを思い出して少し哀愁を漂わせていた。

 その感情を察したクレシュは間をつなぐように外套の女性に話しかける。


「それにしても、アストラ様。本日は個人的な用事につき合わせてしまい申し訳ございません。それに街の案内までしていただけるとは……」

「クレシュ殿。この程度、大したことではありません。むしろ2人にこの街の良さを知っていただけて嬉しく思うほどです」


 アストラと呼ばれた女性は年上のクレシュに対して柔らかな敬語で答えた。

 彼女は今日、フィリアの外出中での護衛を担っているのだが、2人の関係はそんな浅いものではない。


 というのもアストラはリアン、フィリアと共に魔女の討伐へ向かうメンバーの一人なのだ。「魔導士」の称号を与えられた彼女は稀代の名魔法使いとして一部ではよく知られた存在だ。

 加えて敬虔な女神教の信者でもあり、信仰心ゆえにこの街まで旅をして以来3年近く住み続けている。

 年は23歳。貴族ではないため姓はないが、教皇のメルフィスが直々に見出した人格者である。


「ところで用事とはどのようなもので? 私でよければお手伝いしますけど」


 アストラが聞いたのはフィリアが街に出たがっているということだけだ。何を目的としているのかまでは聞いていない。

 善意で申し出たアストラだったが、視線の先のクレシュは困ったようにフィリアを見て、尋ねる。


「フィリア、アストラ様に訊いてみてはどうですか?」

「えっと、クレシュ様? 訊いてみる、とは……」

「探し人のことです。名前はたしか、イオと言いましたね」


 イオの名前が出たところでフィリアは肩を強張らせた。その反応は図星だと言っているようなものなのだが、事実だと知っているクレシュからしてみれば今更だった。

 フィリアも薄々感づかれていると知っていたのだろう。観念したように話し始めた。


「やはり、気づいておられましたか」

「ええ。別に怒っているわけではありませんよ。ただ、水臭いとは思いますが」


 クレシュはそう言うが、フィリアにとってはそうやすやすと打ち明けられることでもなかった。

 フィリアの負っている使命は国に関係なくすべての人間の未来を左右する重大なものである。そんなものを抱えていながら旅の先々で人を、それも男を探しているとなれば、使命を軽んじていると思われても仕方のないことだ。


 たかが男一人、と思えるかもしれないが、フィリアにとってはイオの動向は世界の行く末と比べられないほど大切なものだったのだ。

 今日も街を観光するという名目で冒険者ギルドまで赴き、それらしき人物がいないかそれとなく探ったり、あわよくば聞き込みをするつもりだったのだ。


「私はアストラ様なら協力していただけると思いますよ」

「……」


 クレシュがフィリアの事情を知っていたとしてもそれほど役に立てることはない。目と耳が増えるだけで各街について知らないのは彼女も同じなのだ。

 聞き込みをしようにもアストラの目があってはやりにくいことこの上ない。もし彼女が使命を第一に考えるような人物なら、出発前に仲を違えてしまう可能性もある。


 だがクレシュの目から見てアストラは個人的な事情も蔑ろにしない、信用に足る人物だと思えた。だからこうしてフィリアに打ち明けることを勧めているのだ。


 ややあって、フィリアがこれまで空気を呼んで2人のやり取りを静観していたアストラに向かって口を開いた。


「アストラ様、失礼ながら一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「いいよ、何でも聞いてくれ」

「では……アストラ様は、無属性についてどう思われていますか?」


 フィリアは初めからすべて打ち明けるようなことはしなかった。彼女が本当にこの問題について信頼できるのか試したのだ。


 大陸中に知られている女神教だが、各地に散らばればその教義の解釈も様々に分かれてくる。

 その中でもひどいものの一つが、「魔法の使えない無属性は純粋な人間に含まれないから、平等という理念からは外れる」というものである。このように解釈する人は、女神教であっても無属性に対して厳しく接している。

 同じ女神教の中でもこうした曲解が存在するために、無属性への差別はなかなか消え去らないのだ。


 この問いの答え次第でフィリアのアストラに対する好感は大きく変わることになる。嘘を許さぬその強い視線を受け、アストラは口を開いた。


「……無属性でも人であることに変わりはない。見下す理由は一切ないし、差別は消えてなくなるべきだと思う」


 少し間を置いて、アストラはしっかりと断言した。彼女はまっとうな女神教の信者なのだと強く確信できる重みが言葉に乗せられている。

 フィリアも少し間を置いてアストラに言う。


「……ありがとうございます」

「満足のいく答えだったかな?」

「はい。試すような真似をして申し訳ございませんでした。すべて、お話しします」


 そうしてフィリアは自分の過去と裏の目的について簡潔に話した。イオという不幸な少年がいること、彼が苦境に耐えかねて街を出たこと、旅の間にその足取りを探していること。

 すべてを語り終えた後、アストラは難しそうな顔をして唸った。


「うーむ……そんなことがね……」

「はい。大切な使命を負っていながらこのようなこと、罰当たりだとは思っているのですが……」


 目を伏せながら申し訳なさそうにするフィリアの声は次第に小さくなっていく。

 しかしアストラは気にした様子もなく彼女に向けていった。


「なら、まずは冒険者ギルドだね。こっちだ」

「え?」

「そのイオって子、探しに行くんだろう? なら一番可能性があるのはそこだろうからね」


 そう言ってアストラはさっさと歩き出してしまった。その後を追いながらフィリアが尋ねる。


「あ、あの……よろしいんですか? こんなことを手伝っていただいて」

「もちろんさ。大事な人なんだろう?」

「そ、そうですけど……」

「ほら、着いた」


 どうやらちょうど冒険者ギルドの近くまで来ていたようで、目的地まで時間はほとんどかからなかった。

 荒くれ者が集う地であるこの建物だが、アストラは恐れることなく堂々とその扉を開いた。


「ちょっといいかな」


 その声にギルド内にいた冒険者たちの視線が集まる。他の街ならいきなり来て不遜な態度をとるアストラに突っかかる者が一人や二人いてもおかしくはないのだが、冒険者たちの反応はむしろ歓迎的だった。


「おっ! アストラさんじゃねぇか!」

「なんだ? 困ってることがあるなら手伝うぜ」

「ああ、俺もアストラさんには世話になったからな」


 粗野な人柄は他と変わらない。しかし皆一人残らずアストラに協力的な態度をとっていた。

 ちなみにギルドの中もゴミの類は一切ない。


「そんな大したことじゃないよ。この子が人を探してるんだ。聞いてやってくれ」

「え、ええ!?」


 突然前へ押しやられたフィリアに冒険者たちの視線が集中する。フィリアはそれに射(すく)められながらも全員に聞こえるように尋ねた。


「この中にイオという名前の冒険者を知っている方はおられませんでしょうか!? 年は16で、見た目は……」


 そうしてイオについての情報を言い連ねていったフィリアだったが、冒険者たちの反応は芳しくはなかった。


「知ってるか、お前?」

「いや……聞いたことねぇな」

「16っていやぁまだ新人だろ? いちいち名前まで覚えてられねぇよ」


 新人という言葉を聞いてフィリアが慌てて付け足す。


「あ、その人のランクは1年ほど前にはDでした!」

「てことは……15歳でDランク!? すげえ有能じゃねぇか!」

「ああ……だが、そんなやつならなおのこと記憶に残ってるはずだ。どうやらこの辺りには来ていないらしい」

「そうですか……ありがとうございました」


 フィリアは気落ちしながらもしっかりと礼を告げた。最後にアストラが冒険者たちに声をかけ、3人はギルドを出る。


「……アストラ様、助力していただきありがとうございました」

「ああ……それほど役には立てなかったけど」

「いえ、それは仕方のないことですから」


 フィリアは弱々しい笑みを浮かべてかぶりを振った。あれほど大々的に聞いて手掛かりがないということに彼女も気を落としているのだ。


「アストラ様は冒険者の方々に慕われているのですね」

「まあ一時期は冒険者として活動していた時期もありましたから。今も時々手伝いに行ったりしています」

「そうなんですか」

「はい。それと……フィリア」


 クレシュと話していたアストラはおもむろにフィリアに呼び掛けた。


「もしよければ、教皇様にも相談してみてはどうかな? イオって子のこと」

「でも……それは」


 使命を負っている身で、と言おうとしたフィリアに先駆けるようにしてアストラは語る。


「問題はないと思うよ。なにしろ500年前の「聖女」も、男を追いかけて旅に出たんだからね」

「そ、そうなんですか!?」

「そうだよ」


 衝撃の事実にフィリアは驚きを隠しきれなかった。

 世界を平和に導いたとされる「勇者」一行の中で、仲間を体力的にも精神的にも支えたとされている「聖女」がそんな不純な動機で旅立ったなど、そう簡単に信じられることではなかったのだ。

 となりのクレシュも同様に驚いているようだったが、続く言葉に彼女らはさらに驚くこととなる。


「当時普通の町娘だった「聖女」は、魔女に脅かされている世を憂いた「勇者」が無鉄砲に旅立ったのを受けて、自身も彼を追いかけた。公には知らされていないけど、どうも「勇者」は「聖女」の尻に敷かれていたらしいね。そんなエピソードがいくつも残っている」


 知られざる真実を告げられてフィリアもクレシュも開いた口が塞がらない。

 あの「聖女」がただの町娘だったということもそうであるし、力関係が「勇者」よりも勝っているというのだ。英雄的な所業を成した「勇者」が一気に身近になった2人だった。


 アストラはそんな2人に苦笑して言う。


「だからフィリアが男を追っているというのを聞いて、私はむしろ歴史の再現のように感じたね。教皇様も同じように思うんじゃないかな」

「お、男って……私とイオさんはそのような関係ではなく……」

「500年前は「勇者」がその身を犠牲にしたことでハッピーエンドとはならなかった。だからフィリアには、ぜひとも幸せなラストを飾ってほしいんだよ」


 少し頬を赤くしてぼそぼそと言うフィリアを遮って告げられたその言葉に、彼女は口を閉ざした。


 実際は、フィリアがイオを探している理由はそんな高尚なものではない。イオがしっかりと生きていることを確認し、親友だったガート、ハック、ミリの近況を告げ、もし再び不幸に見舞われているなら手助けをしたいという、いわば罪滅ぼしの延長のようなものなのだ。

 たしかに蓋をして封じ込めた恋心はある。しかしイオにその思いを押し付けることはできないし、仮にすでに幸せな人生を歩んでいるのならフィリアは身を引くつもりだった。


 しかもかつての「聖女」と違って、フィリアは旅立つイオを追いかけることができなかったのだ。使命のついでのように今更イオの行方を捜している自分を、果たして自ら行動を起こし偉業を成した「聖女」と同列に並べることができるとは思えない。


 しかし善意からここまで協力をしてもらったアストラの提案を無碍にはできず、


「……分かりました。教皇様にもお伺いしてみます」


 どうせ有効な手掛かりは手に入らないだろうと思いつつも、フィリアはそう答えたのだった。







 だからこそ半ば投げやりにイオのことを相談したフィリアに、メルフィスの示した反応は完全に予想外だった。


「イオ、とな? 無属性の? ……もしや」


 真剣な表情でなにやら呟いているメルフィス。それは明らかに心当たりのある反応である。


 探し人の情報は、意外なところから得られた。

遅れましたが、新年明けましておめでとうございます。

今年は本作と並行して新作も投稿できたらと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

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