第68話 道中の様子
いつものことながら地の文が多いですが悪しからず。
イクアシスの南部にある高原地域。本来ならそこは資源の豊富さや土地利用のために開発が進んでしかるべき地域だった。
セントレスタ皇国の建国はおよそ500年前。それまでその領土の大部分は未開地のままだった。
理由は色々とあるが、一番の理由というのが四方を固める他の国が手を伸ばす前に「嘆きの魔女」とその配下が住み着いてしまったことだ。領土は魔物であふれかえり、侵入しようとすればたちまちに大きな被害が出てしまう。
しかし、「勇者」一行がその領域の深部まで踏み入り、嘆きの跡地で「魔女」の封印を果たすと状況は大きく変わった。あれほど幅を利かせていた魔物は弱体化して数を減らし、その大元となる魔女や人魔も姿を消したことで誰のものでもない新たな土地ができたのだ。
そうなれば当然、あらゆる国がそこを手に入れようとする。魔女が消え去りようやく平和が訪れたにも関わらず、今度は人どうしで争いが起こるのだと誰もが予想した。ただでさえ疲弊している国民や兵士にそんな余裕はない。
皆希望を失い現実に絶望していたその時、そんな彼らを救うように「聖騎士」が各国に対して言ったのだ。
『この土地は、魔女討伐の報酬として戴こう。ここに新たな国を作る』
そうなればもちろん各国も大騒ぎだ。トップの人間からしてみれば勇者たちは、人類の希望であると同時に都合のいい道具でしかなかった。どの国も支援と称して彼らを我が国に引き入れようと様々な恩恵を与えてきたのだ。それなのに手のひらを返したような聖騎士の要求をのむことなどできなかった。
しかし、そこはさすが人類の希望と言うところか。戦乱の世を終わらせ新たな争いの種も潰そうとする聖騎士の声明は万民の心を打った。次々と各国から亡命者が発生し聖騎士の下に集い始め、大きな勢力を築き上げるに至ったのだ。
同時にその国のトップを非難する声も殺到し、これでは自分たちの身も危ういと思ったトップたちは泣く泣く新たな国の建国を認めたのだった。
その国の名が「セントレスタ皇国」。皇帝の座についた聖騎士の血脈は500年経った今でも続いている。
さて、そんな歴史を持つこの国にはある問題があった。魔女がいた頃の名残か、マシになったとはいえこの国には一部の地域で強い魔物が現れるという傾向がある。
エイデン男爵領にあるこの高原もそのうちの一つ。登ることが不可能とは言わないが、魔物の強さから開発の手が伸ばせないのだ。
そしてその最たる例が「嘆きの跡地」。この地はとてつもないほど多くの魔物が生息しており、冒険者で言うとAランク以上は立ち入りすら認められていない魔の地なのである。
今回そこから降りてきたヘルフレアタイガーの変異種も、その傾向に沿って現れた魔物である。本来なら住み心地の良い高原から降りて来る魔物でここまで強いものは珍しい。
それがただの偶然なのか、それとも復活したと言われている嘆きの魔女の影響なのか。それは誰にもわからない。
♢ ♢ ♢
「はっ!」
短く息を吐くと同時にアルバートが剣を振るう。その対象となったグレイウルフは首を切り裂かれて血を噴き出しながら倒れた。
イクアシスを出発してから丸一日。3人は今襲い来る狼の魔物たちを次々と倒しているところだった。
「風矢!」
「やぁっ!」
カナリアが魔法を放ち、ルーが鞭を叩き付ける。
その2人に敵を近づけさせないために1人で前衛を張るアルバートはかなり辛そうだった。
「消えろッ!」
周囲を囲まれ窮地に陥ったアルバートは魔法を発動する。まるで生きているかのように渦を巻く炎はグレイウルフを飲み込みさらに大きく成長していく。
火は生物に根源的な恐れを抱かせるが、それは魔物であっても変わらない。突然目の前に巨大な炎が現れ仲間たちを焼き殺す様を見せつけられ、生き残ったグレイウルフは尻尾を巻いて逃げていくのだった。
「はぁ……」
「アルバート、大丈夫?」
「お怪我はありませんか!?」
何とか退けられたことに安堵してその場にへたり込んだアルバートのもとに、後ろの2人が心配して駆け寄ってきた。見たところ怪我などは見当たらないが、疲れているということは見てとれる。
「いや、大丈夫。もう歩ける」
「でも……もう少し休んだ方が……」
「大丈夫だから」
過剰に心配した様子を見せるのはルー。しかしアルバートはそれを無用と切り捨てすぐに動き始めるのだった。
自分の思い人の態度におろおろとするルーにカナリアは語り掛ける。
「これだけ派手な戦闘をしたんだから、すぐに離れないと別の魔物が寄って来ちゃうでしょ。休むのは移動してから」
「あ……」
冒険者としての基本を忘れていたのだろう。ルーは思わず硬直して自分の不甲斐なさを恥じた。
粛々と後始末を終え3人はその場を離れる。素材を剥ぎ取るような時間はないし、これから大物を相手にする上で余計な荷物を背負うわけにもいかない。倒したグレイウルフはその場ですべて焼却された。
久しぶりにイオが不在の中依頼を受けたアルバートたちだったが、特にカナリアとルーは自分たちがこれまでどれほど楽をしていたのか思い知った。
普通に歩いている間の警戒一つをとってもそうだ。これまでイオにその役をずっと任せていたために、自分達だけではその代わりを務めることなどできない。接近に気づいた直後に魔物に襲われるということも1回だけではなかった。
野営にしても同じで、手慣れたイオがいなければ何をしていいのか分からない。また、単純に人数が一人減ったせいで夜番の時間が延び、休息の質が落ちているという問題もある。
そして戦闘。これまではアルバートと後衛組との間にイオがいたのだが、それがなくなったことによってアルバートが敵を抜かせると即2人に襲い掛かって来るようになったのだ。そうなれば当然アルバートにはプレッシャーがかかるし、一斉に襲われては後衛組の手が回らないということにもなる。
無論カナリアもルーも成長しているので、たとえ向かってきたとしてもそうそう遅れはとらないし、Dランク程度の魔物であれば5体同時に襲い掛かられても無傷で倒すことができる。それでも蓄積される疲労は、イオがいた頃とは比べ物にならないほど多いのだ。
「イオ君がいればなぁ……」
願望交じりに呟いたルーに、アルバートが寂しそうに現実を突きつける。
「イオはもういない。これからは俺たちが、イオのやって来たことを代わりに覚えないといけないんだ」
「そうですね……」
ルーが言ったことは甘えである。自分の代わりに警戒や野営の準備に剥ぎ取り、考えるのが面倒な様々なことを教えてくれる人間がいれば。そう言っているのと同じだ。
イオは取り立てて素晴らしい冒険者というわけではない。「感覚強化」以外でイオのやっていることは並の冒険者なら差はあれど誰でもできることであって、むしろ戦闘面で不安を抱えているイオよりも優秀な冒険者はいくらでもいる。
できることをしようとイオが体を張った結果、彼女たちはそれらのことを身に着けずここまで来てしまっただけなのだ。
「そうだ、帰ったらまたイオをパーティーに誘ってみない?」
「イオ君を?」
「そう。まだ私たちにあいつが必要だってことは、こうして身をもって知ったわけだし」
カナリアはこれがイオに雑用の類を押し付けようとしている発言だと自覚している。しかしそれは建前でしかなく、本音ではたとえ雑用であってもイオがこのパーティーにいる理由を作りたいのだ。
人の価値は役に立つか立たないかだけではない。時に人はその人間の能力に関係なく一緒にいてほしいと思うことがある。いい思い出ばかりではなくても、これまでイオと4人で過ごしてきた日々は決して上辺だけのものではない。
初めの印象が最悪で口喧嘩が絶えず、また泥臭い剣技ではあったものの魔物を引き付けてもらいながら共に戦った。その過程で芽生えた仲間意識はたかが強さが上下した程度で崩れるものではない。
「でも、難しそうだね。イオは頑固だから、一度決めたことは簡単には変えないよ」
「ふふっ、ありそうですね。裏切った俺にその資格はない、とか言って断られる姿が目に浮かびます」
苦笑いで言ったアルバートに、ルーがイオの口真似をして合わせる。カナリアも同じ意見だったが、しかしそこは彼女らしく毅然として言い放った。
「関係ないわ。最悪首に縄をつけてでも連れて行ってやるんだから」
物騒なことを口にするカナリア。しかしそれを聞いた他の2人は若干引き気味だった。
「カナリアちゃん……前から思ってたんだけど、イオ君にだけ厳しくない?」
「……イオが何か恨みでも買ったのかい?」
「ちっ、違うわよ。ただ何か見ているとむかつくというか、自然と文句が出てくるというか……」
「ふーん……」
「な、何よ」
なにやらごにょごにょと必死に理由付けをするカナリアをルーが探るような目で見る。居心地悪そうにその視線から逃れようとする親友を見て、ルーは半ば放心気味に考えた。
(これってもしかしてそういうことなのかな……)
確証はない。しかし一度気づいてしまうとそうだとしか思えなくなった。
初めはカナリアも自分と同じくアルバートに気があったはずだ。容姿、立ち振る舞い、実力のすべてにおいて秀でており、一緒にいて安心感のある人柄をした同じ年頃の青年。今ではその出自が明らかになり納得のいく部分も多いが、当時は本当に白馬の王子様のように思っていたものだった。
別にそのことについて明かし合ったわけではない。けれどもパーティーを組んだ頃のカナリアのアルバートに対する執着ぶりは相当なものだったので容易に気づけた。アルバートの言うことを第一としてイオの言葉には反発する。
無属性だからという理由ではあったが、その実、思い人を持ち上げて心象を良くしたい、頼るなら自分にしてほしいという心の表れだったのだろう。当然そんなことで彼の支持は得られず、結果として自分の言動を見直そうと思えるようになったのだが。
そうして変わったカナリアは、いつからかアルバートをただ縋る相手ではなく隣に並び立ちたい相手として認識するようになった。最終的な決定権は任せるものの、アルバートの言葉にも意見するようになったし自らの意見も述べるようになった。
領主の館で1人責任を背負い込もうとするアルバートに口出ししたのもその表れだろう。
(そうだとしたら、私にとってはいいことだけど……)
ルーにとっては強力なライバルが消えたことになるのだから。
彼女から見てカナリアは理想の女性だ。女性らしい膨らみを備えつつも細くしなやかな肢体。顔立ちはきりっとしていてよく整っており、全体的に見ると綺麗という言葉がよく似合う。若干性格に難があるものの、それもルーからしてみればむしろ頼もしいと思えるようなものだ。
対してルーはカナリアよりも背が低くまだ女性というよりも少女のような見た目である。性格も内向的で積極性には欠ける。親友と比べて自分なんて、という思いは彼女の悩みの一つだったのだ。
(……あれ? でもアルバートさんが貴族なら、どちらにしても私とは……ううん、討伐が成功すれば私たちと一緒にいられるんだから可能性はあるはず。告白して、お付き合いをして、行く行くはけ、結婚をして…………)
「ルー?」
「はっ!」
途中から逸れに逸れた思考に完全に引っ張られていたルーは、カナリアの呼びかけで現実に引き戻される。どうやら長い時間考え込んでいたようで、怪訝なそうな視線から思わず逃げてしまった。
一方でカナリアもルーからの追及するような目を逸らされたことにより、無理やり締めくくるように口を開く。
「とにかく! 問題なのはイオがどう思ってるかってことよ。もし本当にこれ以上私たちといたくないと思ってるのなら無理は言わないけど、罪悪感とか遠慮とかそんな理由なら容赦はしないってだけだから」
「容赦って……やっぱり厳しいと思うけど」
「この話は終わり! 続きは全部終わってからよ」
変わらない物騒な物言いにルーが突っ込みを入れたがそれ以上カナリアは何も語らなかった。
そんな2人を見てアルバートは呆れ気味に呟く。
「この状況……イオがいれば多分怒るだろうな」
生死のかかった依頼中にこれだけ会話にのめり込むなど、イオからすればありえないことだ。きっと無機質ながら咎めるような声で注意を促すだろう。
しかしそんなことでさえ今は懐かしく感じてしまう。もし無事にすべてのツケを支払い終えることができれば、アルバートもイオを再度誘うということには賛成だった。
(けど、まだ目的地まで道半ば。果たしてそううまくいくものか……)
途中の魔物にさえ思った以上に手こずったことを受けて、アルバートは危機レベルをまた一段階上げたのだった。
今日で2016年も終わりですね。この作品を読んでいただきありがとうございました。
そして来年もどうぞよろしくお願いいたします。




