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第67話 調合

ついに念願の日間総合ランキング入りを果たしました!最近ずっと言っている気もしますが、ありがとうございます!

 イオが最初に取った行動は材料集めだった。

 エナに毒草の類を集めさせている間、自身も町の外に行って手ずから役に立ちそうなものを集めていった。それはエナが集めているような草花に始まり、キノコ、木の実など多岐にわたった。幸いなことにイクアシスの周辺は緑に満ち溢れていたので材料集めには事欠かなかった。


 何しろイオが作らなければならないのはAランク相当の魔物であるヘルフレアタイガー変異種にも通用する毒だ。この強敵がどのような耐性を持っているかも分からないので最低でも毒性がかなり強いものを複数種類作っておかなければならない。


 通常種のヘルフレアタイガーは、大柄な人間よりもさらに頭一つ大きな四足の獣の魔物だ。大柄でありながら俊敏性も備え、並の冒険者ではその動きについていけないだろう。

 そして特徴的なのが、炎を操る爪である。ヘルフレアタイガーは四肢の先端から岩をも溶かす高熱を発することができるのだ。赤熱した爪で敵を切り裂き、さらに焼き殺す獰猛な殺戮者。怒ったヘルフレアタイガーは歩くだけで草木を燃やし尽くし、地面を人間が立つこともできない灼熱の大地に変えてしまうと言われている。

 しかも今回はその変異種。イオではその詳しい違いまでは調べられなかったのだが、口から火を噴くだとか青い炎を操るなどといった噂を耳にしている。どれが正しいかは分からないが最悪を想定して行動しなければならない。


 そうして集まった数々の素材。イオはエナに教えてもらった廃墟の一角でそれらを前に頭を悩ませていた。


(……今回における最悪は、そもそも毒が効かないこと。体の大きさからすると毒が体に回るまで相当時間がかかる)


 そう、この世には毒が通用しない魔物も当然存在する。例えばゴーレムやアンデッドはその最たる例だろう。

 加えて蛇やサソリ型の魔物のように毒を持つ相手にも効かないことが多い。自分の体内で毒を生成するだけあって耐性も持ち合わせているのだろう。

 そして体の大きさが人間のそれを大きく超える場合、人間には効く毒も効果が表れにくいことがある。

 毒を奥の手にしているだけあってイオはその弱点もよく理解していた。


(遅効性のものは分が悪い。できる限り強く、効果がすぐに表れるものが必要だ……これのように)


 イオが視線をやったのは、ずっと自分の荷の中に隠し持っていた保存用の瓶に入った液体だった。液色は透明だがもちろんこれも劇物である。

 それが手に入ったのはアビタシオンで依頼を受けていた時のこと。当時森に縄張りを張ったクイーンホーネットによって大量のキラーホーネットが発生した。それらを討伐した後、イオは売るためにと言ってその死骸から毒袋を取り出していたのだ。

 といっても虚偽を述べて着服したわけではない。手元に残しているのはそのうちの一部であるし、その分の金はきちんとアルバートに渡している。ただ売る予定だったものを代わりにイオが買っただけである。


 キラーホーネットの毒は体内に入った途端に効果を発揮する即効性だ。このことはイオも身をもって味わっている。

 だからこそかつて苦しめられたこれが勝負を決める鍵だと確信をもって思うことができた。


(キラーホーネットの毒を基本として、さらにその効果を高められるような配合にしなければならない。最悪死ななくても、動きを阻害できればアルバートなら倒せるはずだ)


 やるべきことは見えた。ならばあとは動くのみ。

 イオは慣れた手つきで調合を開始した。


 乾燥に時間がかかる毒草の類は始めに処理を終えておく。煮つめ、上澄み液を取り、乾燥させ、切り刻んで保管する。

 毒キノコも熱水に入れて濃縮液を取り出す。本来ならこれらはもっと時間をかけて行う作業なのだが、今は時間がないのでほどほどで諦めた。代わりと言っては何だが材料は多かったので量で精度の低さを補う。


 毒物を作るだけあって操作は慎重に行わなければならない。気づかぬ間に毒性の気体が発生していて、作っている途中で死ぬというミスは十分にあり得ることだ。イオは口と鼻を布で覆い、定期的に場所を変えたり換気を徹底して慎重に慎重を重ねた。


(……キラーホーネットの毒はそれほど量がない。失敗は絶対に許されないと思え)


 イオは頭の中で自分に強く言い聞かせた。

 イオが今作ろうとしているのは製法も何もない全く新しい毒だ。それを経験と知識だけで成し遂げるのはそう簡単なことではない。実際に試すなどできるはずもないのだから、効果が表れるかどうかは分かるのはぶっつけ本番になる。


 しかしそこはイオにも勝算がないわけではない。万が一の手段として毒の製法についてはかなり知識を蓄えているし、何度もその手で作り上げてきた。生活のためではなく、文字の通り生きるために身につけたそれらの経験は決してその道の職人に劣るものではない。

 必ずやり遂げられると半ば暗示のように自分の腕を信じてイオは動き続けた。


「おにーさん! 持ってきたよ!」

「部屋に入るなよ」


 途中エナがイオの下に訪れて頼んでいた毒草を運んできた。この町に住んで長いだけあって彼女はイオの求めているものを過たずに持ってきてくれた。どうやらこの町は捨てられて草花が生い茂った畑を放置しているらしく、そこから好き放題に取って来られるらしいのだ。

 自然にできた花畑はさぞ美しかろうが、その中に当然のごとく毒草が混ざっていると知れば住民たちはどう思うだろうか。おそらくすぐにでも焼き払ってしまいたくなるだろうが、そうなっていないおかげで今イオは安全にたくさんの材料を得ることができている。


 いったん作業の手を止めてエナを労ったイオは彼女に告げる。


「これでエナの仕事は終わりだ。報酬を受け取れ」

「わっ、こんなに!?」


 イオが差し出したのは銀貨3枚。たった2日の町の中での仕事に対する報酬としては多い方だろう。

 これはその働き以上に、自分のすべきことを教えてくれたエナに対するイオの精いっぱいの感謝の気持ちのつもりだった。


 しかしエナは困ったように眉根を寄せて言った。


「うーん……でもそんなにもらうと、また兵士さんに追いかけられちゃう」

「見つからないようにすればいいだろう」

「難しいよぉ……私お金の計算よくわからないし……」


 色々と問題があるらしい。彼女にとってもそれほど金を扱うような機会はなかったために、買い物自体に不安があるのだろう。

 すると唸りながら頭をひねっていたエナが、良い案を思いついたというように笑顔で言った。


「そうだ! おにーさんについて来てもらえばいいんだ!」

「おい……」


 どうしてそうなる、とは言えなかった。彼女は良くも悪くも純粋なのだ。イオとしては仕事の相手という認識だったのだが、エナにとってイオは私的なお願い事ができる間柄ということになってしまっているのだろう。

 しかし今そんな余裕は彼にはない。


「悪いが、俺は急いでやらなければならないことがある。それに明日の朝には町を出るつもりだ」

「出て行っちゃうの?」

「そうだ。だからエナと一緒には行け……」

「だったら待ってる!」

「……いや、だから」


 話しがまともに通じていない。なぜこの流れで待つという言葉が出て来るのか、イオには分からなかった。

 この時エナの頭の中では、町を出るという言葉が一時的なものであると捉えられていた。生まれてこの方ずっとこの町で暮らしてきた彼女は、出て行くという言葉は帰ってくるという意味も含んでいたのだ。

 冒険者として生活しているイオにとってはもう帰らないという意味だったのだが、逆に捉えられているのだった。


(……いや、たしかにもし仕事が終われば帰ってくるが)


 ヘルフレアタイガー変異種がいる場所はこの町イクアシスが最も近い。討伐が成功しようと失敗しようと、終わった後には確実に戻ってくるだろう。


(死ななければ、な)


 そしてその点も考慮に入れなければならない。イオの中で仕事は作った毒をナイフと共にアルバートたちに渡すだけのつもりだったが、場合によっては自分も戦闘に参加することになるかもしれないのだ。

 すでに1日遅れが出ているのだ。夜を徹して移動したとしてもあちらが即戦闘に入った場合、イオはその中に入っていかなければならなくなる。


 しかしさすがにその可能性は低いと思いたい。イオという警戒役がいない今、3人の移動のペースはそれなりに遅いものと思われる。疲れた体を休めるためにも休憩は念入りにとるはずだ。

 ともあれ、イオがここでエナと約束を交わしたところで特に問題はないわけで。


「はぁ……分かった。5日以内には戻る」

「やった! 約束だからね!」


 観念したように告げたイオの言葉に、エナは満開の花を咲かせた。それを見て気持ちが穏やかになる当たり、イオもこの少女に(ほだ)されてしまったらしい。

 しかしこれは同時に、必ず成功させて戻ってくるという決意の表れでもある。自分から危険に突っ込むのだから、それで失敗するわけにはいかない、と。


「じゃあ、報酬はその時に渡すということでいいんだな?」

「うん!」


 エナは迷うことなく頷いた。報酬はエナと一緒に買い物に行き、彼女が求める物を買うということになるのだろう。


 エナを帰したイオはすぐに作業を再開する。アルバートたちのためにも、エナのためにも、そして自分のためにも必ず納得のいくものを作らなければならない。

 朝に始めて午後、夕方と動き続け、暗くなるとさすがに止めざるを得ないのでそのままそこで休憩をとる。そして翌朝、早起きをしてイオは最後の調合に入った。


 前日に用意したものを、高い効果が得られるように配合を調整しながら慎重に調合していく。一種類だけでは心もとないので、材料の豊富さを生かして様々なものを作り上げた。

 結果できたのは、様々な毒草から作った神経に作用する毒が数種類、キノコを濃縮したエキスから作った幻覚作用のある毒、そしてキラーホーネットの毒を用いた即効性でなおかつ致死性の毒だった。


 しかしイオの仕事は作るだけで終わりではない。


(少し遅れたか。すぐにでも出発だな)


 これからイオは1人でアルバートたちの後を追いかけ、これらの毒とそれを塗り込んだナイフを届けに行かなければならないのだ。そこで遅れてしまえば作った意味はない。


 イオは荷物をまとめて脇目も振らず町を飛び出した。空は昨日に引き続き灰色の雲に覆われ、向かう先はイオの不安を表すようにその暗さを増していたのだった。




調合についてはネットや化学の実験を参照になんとなくで書いたものですので、深く突っ込まないでいただけると幸いです。間違えているところがあったり、「こうしたらいいよ」というものがありましたら是非お伝えください。

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