第66話 2人の無属性
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時は少し遡る。
イオはロナルテッドの館を出たその足で冒険者ギルドに向かい、Dランクパーティー「不死鳥の翼」からの脱退を申請したのだった。
パーティーから抜ける際はリーダーが一緒にいることが望ましいのだが、いなかったとしてもきちんとした理由があれば脱退は可能だ。今回イオは、「リーダーであるアルバートが無茶な依頼を受けて、自分はもう彼について行けないと感じた」ということを理由にしたのだった。
実際アルバートがエイデン男爵からの指名依頼でヘルフレアタイガー変異種の討伐に単独で向かう(ことになっている)という記録は残っているので、それを聞いた受付嬢もイオに同情的で問題なく脱退の申し出は受理された。ちなみにこの指名依頼はルピニスにいる際に手紙による指示で受けることが決められていた。
悪役にされたアルバートには悪いとは思ったのだが、実際に無謀な依頼を引き受けたのは事実であるのでこれぐらいはと割り切っている。
ギルドとしても冒険者は自己責任であるということを謳っている以上強制力を働かせることはあまりない。今回は自分が住んでいる町の領主が絡んでいることもあってますます止めることができないのだろう。
「はぁ……」
すべての手続きが終わりギルドを出たイオの口からため息が漏れる。今日は精神的にかなり疲れていたのだ。
貴族と正面から向かい合い、その身が発する圧力を全身で受け続けたのだ。初めのカナリアやルーのようにただ慄いていることができればよかったのだが、下手に耐性があったせいで余計に疲れが溜まっている。
そして心の中に残るしこり。本当にこれでよかったのかという不安が、危機を避けられたという実感を阻害し続けている。
イオの選択は間違っていないはずだ。普通の冒険者なら皆イオと同じ道を選ぶに決まっている。他人のために無償で身を張る方が冒険者として間違っているのだ。
かつてのように上辺だけの関係を保ち、必要に迫られれば切り捨てる。そうしてイオは生きてきたはずなのだ。
「……ん?」
そうしてイオがローブの中で服の裾をいじりながら思考に捉われていると、指先をくすぐるように何かが掠った。
ズボンのポケットから何かが飛び出しているようでイオはその正体を確かめる。
(ああ、これか)
納得の言った表情でイオが取り出したのは、今日町に入ってすぐに少女から買った野花の束だった。無造作に保管していたためにそれらはもうくたくたに萎れている。
なんとなく欲に駆られて花の種類を確認するイオ。母親に薬草つくりについて学んでいた彼にとって野の草花は身近なものだったのだ。
知っている花、知らない花。何かに使える花、使えない花。それらを判別していくうちにまぎ入れ込むように入っていたある花を見つけて、イオは思わずぎょっとした。
「これ……毒草」
特徴的な紫色の花を慎重につまみ上げてイオは呟いた。買う時は特に気にしていなかったのだが、他の花々に隠れていたそれはまごうことなき毒草だったのだ。
ただし不幸中の幸いというべきか、その花の毒性はそれほど強くなく茎に棘が生えているわけでもなかったのでイオでなければ気にするほどのものではない。おそらく多くの人はこの花が毒草であるということも知らないだろう。
人間が草花の毒に犯されるのはその多くが口に摂取した時である。おう吐や下痢に始まり、さらに頭痛、めまいを起こし、最悪の場合には呼吸困難や神経を麻痺させて死に至ることさえあり得るのだ。
かつてイオはCランクのファングベアを毒ナイフで殺したが、それに使われた毒の成分は植物由来のものでほぼ大半を占められている。手頃で安全に手に入るため、使い勝手がいいのだ。
知らなかったとはいえ毒のあるものを明言せずに売るなど、それが商人だった場合は大問題だ。イオにそのつもりはないが、訴えれば間違いなく罪になる。
もともと必要だったわけでもなかったので、イオは後でどこかに捨てようと慎重に野花をポケットにしまった。
「このっ、待てッ!」
「やだよーだ!」
その時どこかからか声が聞こえてきた。最初の大人の男の声は何やらただならぬ雰囲気を醸し出しているのだが、後の少女の声にはまるで遊んでいるかのように余裕がある。
イオがその方向に顔を向けてみると、そこには1人の兵士が見覚えのある少女を追いかけていた。
(あれは……)
その少女のことをイオはすぐに思い出す。というよりもその人物はついさっきまで考えていた、イオに野花を売った少女だったのだ。
何をやらかしたのか、兵士が顔を赤くして彼女のことを追いかけている。
「貴様、その金をどこから盗んできた!」
「ちゃんと、お花を売ってもらった、お金だもん! 盗んでなんか、ないんだから!」
「そんなことッ、誰が信じるか! おとなしく縄につけ!」
2人は大きな声で言い合いながらあちこち走り回っている。通常なら大の大人から少女が逃げ切れるはずはないのだが、彼女は小柄な体を生かしてなんとか自分を捕まえようとする腕から逃れていた。イオは少女が「身体強化」を使っているのだろうと予測をする。
そして同時に事情も把握した。おそらくイオが少女に渡した金を兵士が盗んだものと勘違いして追いかけまわしているのだろう。少女は説得を試みようとしているのだが、兵士の方は聞く耳をもたない。人というものは往々にして、立場の低い相手に対しては自分の考えをそう簡単に変えない生き物なのだ。
そんなことを考えているうちに2人は冒険者ギルドにどんどんと近づいてくる。そうなれば当然その前にいるイオの姿も目に入るわけで、
「あ、お花買った人!」
少女はローブの少年に向けて指を差し、叫ぶのだった。
何とかイオのところまで逃げ切った少女はその背の後ろに隠れて必死に頼み込む。
「お願い、兵士さんに言ってあげて! 私お金盗んでなんかないんだから!」
「……そこの冒険者。後ろの少女を引き渡せ。そいつには強盗の嫌疑がかかっている」
傍から見ると少女を庇っているように見えるイオに向かって兵士が威圧的に言った。対するイオは当然その程度で恐れ入るはずもなく、むしろ既視感を感じて別のことを考える。
ロナルテッド・エイデンもアルバートを強盗の容疑にかけて、自分の思惑を通そうとした。領主が領主なら、その下につく兵士も兵士だな、とため息交じりにイオは思うのだった。
そしてそのような思考とは関係なく、イオの答えは決まっている。
「……金というなら、俺は今朝この子から花を買った。盗んだと断定するにはまだ早いんじゃないか?」
「なっ」
まさか逆らわれるとは思っていなかったのだろう。兵士は驚きに目を見開き、おとなしく従えとばかりにイオを鋭く睨みつけた。
その視線を柳に風と受け流し、イオは後ろの少女に問いかけた。
「おい、今いくら金を持っている?」
「え、えっと……1、2、3……銅貨4枚!」
少女は一枚ずつ硬貨を数え上げてその問いに答える。イオはそれに頷いてポケットから先ほどしまった野花の束を取り出して兵士に見せつけた。
「これが、俺がこの子から買ったものだ。俺は確かに銅貨4枚でこの花を買った。この子は無実だ」
「そんな花で銅貨4枚など釣り合わんだろうが!」
「今はそんな話はしていない。物の価値は売り手と買い手が決めるものだ。俺はきちんと納得して金を支払った」
「ぐ……だが、そいつは無属性だぞ? 庇う価値があるのか?」
反論できなくなった兵士が苦し紛れに吐いたのはそんな言葉だった。ただでさえ冷たかったイオの目がさらに冷気を帯びる。
無感情だった声にわずかな怒りを乗せて、イオははっきりと言ってのけた。
「それこそ全く関係のないことだ。この子が何の属性であろうと、俺には関係ない」
するとイオは背後の少女に「行くぞ」と声をかけ、兵士に背を向けて歩き出す。少女もイオと兵士を見比べながら、最後に兵士に舌を出してその後をついて行った。
「こ、後悔するぞ! そいつに関わっていいことなど何もないのだからな!」
それはイオの故郷で聞き慣れた言葉だ。自分に施しを与えようとした人間がよくそのようなことを言われていた。
当然彼がそれを真に受けることはなく、完全に無視して歩き続けるのだった。
♢ ♢ ♢
「金の取り扱いには気をつけろ」
無事に少女の疑いを晴らしたイオが、最初に彼女に言った言葉はそれだった。あんなことになっていたのは、さしずめ大っぴらに金を見せびらかしたか何かだろうとイオは当たりをつけていたのだ。
「うぅ……ごめん、です?」
少女も心当たりがあったのか、素直に謝ってきた。しかし途中でまた敬語が怪しくなって首を傾げている。
「ごめんなさいだ。まあ、これからは気をつけろ」
「はい!」
呆れ気味にそう告げると少女は大きな声で返事をした。やはり元気だけは有り余っているようだ。
「私、エナ! おにーさんの名前は?」
「……イオだ」
「イオおにーさん……言い難い! イオにーさん!」
「好きに呼べ」
「じゃあ、おにーさん!」
「……」
イオは何も突っ込まなかった。名前を聞いた意味はあったのか、と聞いてみたい気もしたのだが、きちんとした答えが返ってくる可能性は低い。子供にまともであることを求める方が間違っているのだ。
名前を教え合ったついでとばかりに、イオはエナから買った野花を取り出して語り掛けた。
「一応教えておくが……この紫色の花は毒草だ。間違っても人に売るようなものじゃない」
「ほえ? そうなの?」
「ああ。売った相手が俺じゃなければさっきの兵士に捕まっていてもおかしくないぞ」
「うへー、あの人嫌い!」
「嫌いなら、今度からはこっちも気をつけろ」
「はい!」
エナは兵士の話が出てきたところで顔をしかめたと思えば次の瞬間には笑顔になっており、ずいぶんと表情が豊かだった。無属性ということで差別を受けながらもこうして純粋なままであるというのは、イオから見て尊敬の念さえ抱いてしまう。
その豊かさはいったいどこから来るのか。イオは思い切って尋ねてみた。
「エナはなぜ、そんなに楽しそうなんだ? 生活が苦しくはないのか?」
彼女が野花を売ってまで金を稼いでいるのは貧しいからだろう。もしかしたら孤児の可能性もある。それなのに彼女は希望を捨てているようには見えない。同じ年頃のイオでさえ、冷たい風当たりにさらされて精神が摩耗していたのだ。
エナはその問いに考える間も置かず即答した。
「おばあちゃんが言ってたから! 苦しくても笑いなさいって!」
「笑って……」
「うん! エナは悪くないんだからドーンと構えていればいいって、おばあちゃんは言ってた。だから私は笑うの!」
あまり整合性はとれていないが、イオにも何を言っているのかしっかりと理解できた。エナはそのおばあちゃんの愛情に包まれているのだ。だから虐げられようとそれを笑って跳ね返せる。
「そのおばあちゃんと一緒に暮らしているのか?」
「うん! おばあちゃんはすっごく優しいんだよ」
「そうか」
祖母について話すエナは本当に楽しげだった。一通りそのことについて語り尽くした彼女は、少し落ち着いた声で再び話し出す。
「私おばあちゃんにお礼がしたくて、お金集めてたの。いつもお世話になってるから、なにかあげたいなって」
「なるほどな……」
これですべて納得がいった。エナは祖母と二人で暮らしているらしく、余裕はあまりないが衣食住でそれほど困っているわけではない。しかし、彼女は祖母に日頃のお礼をしたくて毎日ああして野花を売って歩いていた。
当然遠ざけられているエナが売る花を買う人間などおらず、今日イオが買ったのが初めてだったという。それで浮かれて銅貨を出したところで兵士に目をつけられたということだ。
そしてイオの頭には、エナの祖母の言葉がこびりついて離れない。
(悪くないんだからドーンと構えろ、か。確かにそうだな。俺は何も悪いことはしていない)
ロナルテッドの圧力に押されて忘れていたが、本来彼がイオの属性を罰として広める権利などどこにもないのだ。アルバートはともかく、イオは何も悪いことはしていない。無属性だからという理由で勝手に見下されただけなのだ。
(あっちの出した約束は守った。だったらこれから俺が何をしようと、俺は一切悪くない)
その瞬間やるべきことが浮かんできた。非力なイオでも力になれることがあるのだ。
魔法を使った「索敵」でもなく、冒険者としての知識でもない。母親に教わり、もらった力がイオにはある。
「……エナ、もっと金を稼いで、おばあちゃんにいいものを買ってあげたいか?」
静かに問いかける。イオの雰囲気の違いに気づかずエナは即答した。
「うん、いいものあげたい!」
「なら、しばらく俺を手伝ってほしい。そしたらその分報酬を出す」
「え、本当!? やる!」
出された条件にエナは飛びついた。余所なら心配になる純粋さだが、無論イオは彼女によからぬことをするつもりはない。
「何をするの?」
「俺の言った草花を集めてほしい。強い魔物でも殺せる毒をつくるために」
わざと不穏な表現を避けたため、エナにはよく伝わっていない。だが薬を作るために草花を集めるということは伝わったらしい。
こうして無属性の2人によって、Aランク相当の魔物も殺せるほど強力な毒を作るといった動きが裏で始まるのだった。




