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第63話 解散の危機

メリークリスマス!

活動報告も更新したので、よければご覧ください。

 客を招くためと思われる部屋に通されたイオたちだが、そこにはすでに一人の男が座っていた。


「……お久しぶりです、父上」


 絞り出したようなその言葉に、他の3人はこの人物こそがアルバートの父親であるということを理解する。

 髪色はアルバートと同じ金髪で、体系は中肉中背の中年。とはいえ元武人であったのだろう鋭さが、油断ならぬ居住まいからひしひしと感じられる。

 子の挨拶に対して、父親は冷たい口調で吐き捨てた。


「父と呼ぶな。この恩知らずめが」

「……すみません」


 2者の間の空気は最初から最悪だった。それほどアルバートの出奔は父の怒りを買ったのだろう。

 すると彼は一転して作り笑いを浮かべ、表面上は友好的にイオたちへと言葉をかけるのだった。


「すまない、忘れてくれ。さてアルバート殿()、今日はよく来てくれた。後ろの者もそこに掛けるといい」


 言葉では座ることを勧めているだけなのだが、そこには拒否を許さない強い圧力が込められていた。

 これが貴族。たった一つの失言でその立場を失うこともありうる、人の皮を被った悪魔が跋扈(ばっこ)する世界で生きる人間。いや、むしろ彼こそが悪魔なのだろう。

 そのような存在と関わる機会が一切なかったカナリアとルーはそれだけで委縮しきっている。勧めに逆らうこともできず従順な人形の如く指示に従う。

 本物の貴族と会ったことがないという点ではイオも同じだが、それでも彼は長い間権威という名の圧力に耐えてきたこともあっていくらか耐性がある。それでも本能的に逆らってはならないという警告が頭の中に鳴り響いていた。

 この時点ですでに3人は目の前の男に屈していたのだ。いくらアルバートが警戒しようとも劣勢を覆すことはできない。


 影でそのようなやり取りがあったことなど露程も感じさせず、彼は話し始めた。


「さて、私はロナルテッド・エイデン男爵だ。よければ改めて君たちの名前を教えてもらえないだろうか?」


 そして再びのしかかる重圧。自分の名前を述べるだけなのに、口を開くことさえ難しい。


「アルバート……です」

「カ、カナリアです」

「ル……うです」

「……イオ、です」


 アルバートは家名が来る場所で詰まりながら、カナリアは早口で捲し立てるように。ルーに至っては何を言っているのか聞き取れず、イオはぼそりと小さく、されどはっきりと呟いた。

 4人の反応が満足のいくものだったらしく、ロナルテッドは鷹揚に頷いて思ってもいないことを口にする。


「ああ、そんなに緊張する必要はない。何も取って食おうとしているわけじゃないのだから、な」


 そう意味ありげに笑うだけでルーはびくっと肩を震わせた。すでに彼女は貴族というものが発するオーラに圧倒され、呑み込まれているのだ。

 過剰なルーの反応を気に留めず、ロナルテッドはようやく本題に入った。


「それでは仕事の話といこうか。私がアルバート殿()にお願いしたいのは、領地に巣くうヘルフレアタイガーという魔物の討伐だ。なに、変異種と聞いているが最近活躍が目覚ましい君なら……」

「お待ちください! ヘルフレアタイガーはBランクです。変異種となるとAランクに……!」

「誰が、発言を許可した!」


 あまりにも横暴な依頼内容に堪らずアルバートが口を挟んだが、怒声と共に再び凄まじい圧力に襲われその先を口にすることはできなかった。

 その被害は直接怒鳴られたアルバート以外にも及んだ。カナリアは叱られる子供のように目を閉じ体を縮めてその圧力に耐えて、すでに限界間近だったルーは顔を真っ青にしてがたがたと震えている。その隣に座っていたイオはそんなルーを見て心の中で舌打ちをし、震えるルーの手首を強く握った。突然痛みを感じたルーはなんとか現実に復帰し、気が狂うようなことは免れたのだった。

 武器を取り上げられ魔法も使えない。そんな生身の状態で貴族という名の悪魔に向き合うことは、彼女たちにかなりの心理的負担をかけているのだろう。無属性でそれほど魔法に頼れないイオだからこそ、こうして比較的落ち着きを持っていられるのだ。


 ロナルテッドはそんな彼らを侮蔑を込めた目で見つめ、吐き捨てる。


「話を最後まで聞くことすらできぬとは、冒険者とはとんだ馬鹿者よ。それにこの程度で怯えて本当に魔物の相手などできるのか?」

「……申し訳、ございません。ちゃんと聞きますのでどうか……!」


 これ以上皆の心に傷を残さないでくれ。アルバートは口に出さず目で訴えた。

 それが届いたのかどうかは分からないが、ロナルテッドは鼻を鳴らして答える。


「ふん、いいだろう。では繰り返すが、私がアルバート殿にお願いするのは領地に巣くうヘルフレアタイガー変異種の討伐だ。強力な相手だが、君なら倒せると見込んでいる。ここまでで問題は?」


 白々しく確認を取ってくるが、どう見ても問題しかない。当然アルバートもすぐさま反論した。


「申し訳ありませんが私ではご期待に添えません。Aランク相当の魔物を一人で討伐するなど、前代未聞です」

「……まあ、そう言うだろうな」


 しかしアルバートの発言は織り込み済みなのだろう。ロナルテッドはだが、と続けて一番突かれて痛いところを突いてきた。


「君には国から我が家(・・・)に授けられた剣を盗んだという罪がある。証拠も、ここに」


 そのタイミングで部屋に1人の兵士が入ってきた。その手には、見間違えようもないアルバートの剣が握られている。

 イオたちが驚きに満ちた表情で見つめる中、ロナルテッドは兵士からそれを受け取ると見せつけるように見分し始めた。


「これは間違いなく国から授けられた騎士剣だ。なぜ騎士ではなく冒険者である君がこれを持っているのかね?」

「そ、それは……」

「エイデン家の者でない君が持っているというだけでも問題なのだ。ましてや冒険者がこの剣を使うなど国を貶める行為。到底許容することはできん」


 アルバートは何も返すことができない。

 そもそも彼らとて何の対策も立てずにいたわけではない。この地に来るまでの間にアルバートの剣を処分するという意見もあった。

 しかし完全に足取りを掴まれている以上罪を隠蔽しようとしたことも知られてしまう恐れがあったので、こうなると分かっていても持って来ずにはいられなかったのだ。ロナルテッドの中ですでにアルバートは自分の息子ではない一冒険者として位置付けられている。今更自分を騎士やエイデン家の者と称することも認められないだろう。


 突破口がないことは相手に見抜かれている。話は最初からずっとロナルテッドが主導権を握り続けていた。

 それを見越して、反論のしようがないアルバートへと向けてさらに攻め入る。


「当然パーティーを組んでいるとなると、周りの者もお咎めなしとはいかんな」

「どうか……それだけは!」


 悲痛な声でアルバートが縋りつく。弱みを握りそこを的確につくのは交渉における常套手段だが、血のつながる息子を相手に容赦は一切なかった。

 こうした状況に持っていきたかったのだろう。ロナルテッドは口角を上げて笑みを浮かべる。


「そうかそうか、仲間を救いたいか。私も鬼ではない。そこまで言うなら条件を出してやろう」


 笑みといってもそれは悪魔が見せるそれである。決して救いの手が差し伸べられるわけではない。


「なに、簡単なことだ。今ここでパーティーを解散してしまえばいい。そうすれば仲間は助かるぞ?」

「そんな……」

「ああ、それと解散したならヘルフレアタイガーの討伐にも我が兵を貸してやろう。それで討伐できれば今回の件はお咎めなしとする。剣は返してもらうがな」


 出された条件とそれによって得られる対価。言い換えれば飴と鞭。

 パーティーを解散してしまえばすべて丸く収まる。しかしアルバートは仲間を失い、兵を借りたというエイデン男爵家に対する大きな借りが残る。これまでのように冒険者として活動することは永遠にできないだろう。


 抜け道を探しているのか何も言わないアルバートを置いて、ロナルテッドは周りに座るイオたちへと矛先を向けた。


「君たちも、この者と共倒れしたいとは思わんだろう? どうかね、もしパーティーを抜けるのであれば、私が冒険者ギルドに昇格の推薦をしてやろう」

「しょっ……昇格……?」

「そうだ。私が君らに指名依頼を出し、その働きぶりを報告すればギルドはそれを評価してくれるだろう。悪い条件ではないだろう?」


 精神的に追い詰められているカナリアはついその言葉に反応してしまう。ロナルテッドがカナリアの身を案じているように目を覗き込めば、本当にそうしたほうがいいのではと錯覚を起こしてしまう。

 もちろんこの男が本気でカナリアたちを心配しているはずがなく、目の奥底では感情の機微を察しようとする冷徹な思考が見て取れる。イオだけはそれに気づいていた。


「だが、君は別だ」


 くるりと首を回しイオに向けられたその言葉には嘲るような感情が込められていた。もしや先の思考を読まれたのかと内心焦りつつ、イオは落ち着いた声で訊き返した。


「……別とは?」

「なぜ私が無属性を推薦せねばならん。本来ならばこの館に通すことさえせんわ」


 やはり知っていたか、と内心で毒づく。イオだけ「魔封じの腕輪」をはめられていないことから推測はできたがやはり正解だったのだ。

「魔封じの腕輪」は魔力の放出を阻害するもので、無属性には効果がない。イオが無属性だと知らなければこのような待遇はとれないだろう。

 気になったイオは尋ねてみる。


「どこで俺……自分、の属性を知ったんですか?」

「む? そうだな、誰が教えてやるか、と言いたいところだが……喜べ、教えてやろう」


 ロナルテッドは他の人間に対するよりもよりも明らかにイオに尊大な態度をとっている。それは、この男の無属性に対する偏見はかなり根が深い、ということがありありと感じられるほどの差だった。


「数カ月前、東の国境都市アビタシオンでの冒険者ギルドで出されたクイーンホーネットの討伐依頼。そこで随分と有名になったようだな。知るのは難しいことではなかったぞ?」


 イオは頭を強く殴られたような気分だった。あの依頼でイオは良くも悪くも目立ちすぎたのだ。作戦を立案したり、進行方向を決めたり、さらには一部の冒険者と衝突したりもした。Bランクの上級冒険者と親し気に話していたのも目立つ要因になったのだろう。

 あの場にいた20数名の冒険者は全員イオが無属性であるということを知っている。さらに彼らが広めることでロナルテッドの耳に入るまで知れ渡ってしまったのだろう。もしかするとアルバートの足取りが掴まれたのもその時かもしれない。


 イオのわずかな表情の変化を見てとったロナルテッドは馬鹿にしたような目で彼を見据える。そして思わず思考中のアルバートが反応してしまうほどのことを言い始めた。


「愚かなイオ殿。もし君がパーティーを抜けないというのなら、君の属性を国中に広めてやろう。そうすればどうなると思うかな?」

「父上! 何を……!」

「黙れ! お前に父と呼ばれる筋合いなどないわ!」


 アルバートとロナルテッドが何か言い合っているがイオはそれどころではなかった。まさに頭の中が真っ白になっていたのだ。

 かつて住んでいた町の領主に属性を広められたことで人生を狂わされたイオ。それが国単位で行われたら? 答えは火を見るよりも明らかだ。

 冒険者ギルドでは名前が知られた時点で無能の(そし)りを受け、無属性というだけで遠ざけられるだろう。これまでイオがなんとか人間関係を築けてきたのは皆、イオの属性を知る前に親しくなり人柄を知ってもらえたからである。その機会さえ奪われ、それどころか何もしなくても後ろ指差されるような生活をおくり続けるなどとても耐えられるものではない。


「どちらを選ぶべきかは、愚か者でも分かると思うがね」


 言い争いを制したロナルテッドがそんな言葉を投げかけるもイオの耳には届いていない。イオの冷静さを奪ったことに満足したらしく、ロナルテッドはアルバートに向き直った。


「さて、結論を聞こうか、アルバート殿。パーティーを解散してエイデン家の犬になるか、それとも皆で仲良く牢屋に入るのか。はたまた自分で無理だと言ったヘルフレアタイガー変異種の討伐を一人でやってみるかね?」


 もうこれ以上結論を先送りにすることは許されない。ここで応えなければならないという圧力がロナルテッドから発されているのだ。


 ヘルフレアタイガー変異種の討伐は「剣を盗んだ」という罪を消すために必須。

 失敗すれば裁かれるが、成功の確率はほとんどない。

 パーティーを解散すれば仲間に被害は及ばず兵も貸してもらえるが、大きな借りと負い目が残る。生家とはいえアルバートは一生エイデン家で使われ続けることになるだろう。

 さらにイオの属性が国中に知れ渡るのはイオがパーティーから抜けない限り免れない。


 これらの条件を加味した上で、アルバートは結論を出した。


「……パーティーを、解散する」

「アルバート!?」

「アルバートさん!?」


 その一言にカナリアもルーも時と場所を忘れて食い掛かった。あのアルバートがこのような手段に屈するとは思っていなかったのだ。

 2人とも昇格などよりもアルバートと一緒にいられることを望んでいたのだ。清さと正しさを大切にするアルバートはこんな状況でもなんとか解決策を出してくれるという信頼もあった。


「ほほう、そうか。それなら……」

「だが、」


 しかし続く言葉に皆が驚愕することになる。


「兵士はいらない。俺一人で討伐してみせる」


 敬語も抜けたそれには、限りない覚悟が込められていたのだった。

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