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第62話 アルバートの故郷

第四章スタートです。

 カナリアは思う。


 初めて目にした時から違和感はあった、と。


 当時のアルバートの年齢は17。16で成人だということを考えるともう立派な大人だ。

 それでも自分も同じ年齢だったことを考えると、アルバートは同年代から見てもかなり大人びていると思われる。もちろん15歳で達観した考え方を持つイオという例外は存在するのだが。


 アルバートとの初対面は、冒険者ギルドで男たちに絡まれていたのが切っ掛けだった。

 あの時の自分はまだまだ世間知らずの未熟者で、柄の悪い男たちに囲まれているという事実だけで内心恐怖を感じていた。あの時はルーという守るべき存在が後ろにいたおかげで気丈に振る舞えていたのだが、あのままではルーも自分の身も守り切れていなかったと、カナリアは思い出すたびに背筋が凍る思いをする。


 そんなときに颯爽と現れた金髪の青年。冒険者にしては立派な装備を身に纏い、貴公子然とした立ち振る舞いで瞬く間に平和的解決を成した、思わず見惚れてしまうような容姿をした男。それがアルバートだった。

 まさかそのアルバートからパーティーを組むことを持ちかけられるなど夢のようで、イオというおまけは付いて来たものの、カナリアはかなり舞い上がったものだった。


 それからは色々なことがあった。

 無属性のイオと衝突し、何とか和解にもっていけたこと。アルバートとイオしか参加できなかったクイーンホーネット討伐。鉱山都市ルピニスでの依頼の日々。

 どれもカナリアの肉体的、精神的な成長を大いに促した出来事だった。


 しかし、実力を身に付け冒険者としての生活に余裕が出てくるにつれて一つの疑問が浮かんできた。それはすなわち、「アルバートはなぜあんなにも強いのだろうか」ということである。

 剣や魔法の実力はもはや疑うまでもない。カナリアには未だにアルバートの底が見えず、たとえ逆立ちしたとしても勝つことは不可能だろう。ならばその剣術や魔法の技術はどこで身に付けたのか。自分たちを指導するときに教えてくれた魔法理論はいったい誰に習ったのか。

 疑問はそれだけではない。食事や歩き方などの動作一つ一つを取ってみても洗練されているということが理解でき、ギルドマスターやAランク冒険者に対しても委縮せずに会話することができる。

 もはや「すごい」の一言で片づけられないほどに疑問は積み重なっているのだ。


 だからこそ、カナリアはアルバートの生まれを聞いてもそれほど驚くことはなかった。いや、むしろどこかで予想していたのだろう。その上で敢えて目を逸らし続けていたのだ。


 アルバートは自分たちに語った。


「俺の本当の名前はアルバート・エイデン。エイデン男爵家の3男だ」


 もはや知らぬでは済まされないことに、カナリアたちも巻き込まれていたのだった。






 ♢ ♢ ♢






 イオたちは現在、門壁を潜りある街にやってきていた。


「……」


 5日という旅路を経てやっと目的地に到着したというのに、彼らの間に喜びの声は一切ない。覚悟を決めたような表情で町並みを見渡すだけだ。


 何があるというわけでもなくのどかな光景。建物はどれも小さく、領主の館と思われるものだけが一際大きく目立っていた。

 どこにでもあるような特徴のない町。それはイオの故郷によく似ている。


 エイデン領イクアシス。それがこの町の名前だった。


「……領主の館に行こうか。父上が待っている」


 アルバートが暗い表情でそう告げ、歩き出そうとしたその時--


「そこの人たち! お花いらない!?」


 1人の少女がイオたちの進行方向を塞いで元気よく問いかけてきた。


「えっと……花?」

「うん、お花! 5本で銅貨1枚!」


 アルバートが困惑気味に聞き返すと、少女は手に持った花束をずいっと掲げてきた。

 見たところ少女は10代前半くらいでまだ幼いと言っていい容姿だった。髪は橙色で、花のような笑みを浮かべて4人の答えを待っている。

 手に持つ花は商品として栽培されたものではなく、どう見てもそこらで摘み取った野花のようである。決して売り物にするような花ではなく、彼らは答えに窮して困惑顔を浮かべる。


 するとそんな彼らに助け舟を出すように、つい先ほど顔を合わせた門衛が大きな声で呼びかけた。


「そいつの話は聞くな! 無視しておけ!」

「は……? 無視、ですか?」


 町を守る兵士が言ったとは思えない言葉にますますアルバートの困惑が深まる。だがその真意を尋ねる前に少女が叫び返した。


「なによ! 花くらい売ってもいいでしょ!」

「誰がそんなことを許した! 貴様はおとなしく裏通りで汚水をすすっておればよいのだ!」

「そんなこと誰がするもんですか! べーだ!」


 イオたちを挟んで低レベルの言い争いをする少女と門衛。だがどう考えても兵士に大人げがなさ過ぎた。


「ちょっと、子供相手にその言い方はないでしょ!」


 憤ったカナリアが兵士に向かって怒鳴り返す。しかしそれを受けても門衛は堪えた様子はなく、むしろ我が意を得たようににやりと笑って彼らに近寄ってきた。

 そしてもったいぶるように声を抑えて言うのだった。


「聞いて驚くなよ。こいつはな……」

「あー言うな!」

「黙れ! こいつは、あの無属性なのだ」

「え!?」


 少女の静止を無視して門衛ははっきりと告げた。驚いたような声をあげたのはカナリアである。他の3人もそれぞれ驚きを隠しきれていなかった。

 イオたちの反応に満足したのか、門衛は大いに頷いて諭すように言う。


「分かっただろう。このような人もどき、相手にする必要はない。ましてや物を買うなど金の無駄使いだ」


 それだけ語ると門衛は元の場所まで戻っていった。その言葉に皆衝撃を受け誰もが動けずにいる中、イオだけは無言で少女の目の前まで移動し、正面に立つ。

 イオの無表情を見て何を想像したのか、少女は怒りを込めて叫んだ。


「無属性の何が悪いっていうのよ! いいわ、見てなさい! 絶対見返して……」

「その花、全部でいくらだ?」

「やるんだから……え?」


 自分の声に紛れてぼそりと問われたその言葉に、思わず少女は間抜け面を晒す。しかしイオは気にせず繰り返し問うのだった。


「全部でいくらだ?」

「えっと……20本だから、えーと……1枚が5本で……」

「銅貨4枚だ。ほら」

「うわっ、ありがとう……です? ます?」

「取られないように気をつけろ。できれば服の中にばらばらに隠すんだ」

「分かった!……です?」


 敬語と計算があやふやなところはあったが、イオがフォローして何とか売買は完了した。少女はよほど嬉しいのかスキップをしながらイオたちの前から去っていく。


「行かないのか?」

「あ、ああ……」


 怒涛の展開に置いて行かれていたアルバートたちはその言葉で動き出す。再び領主の館に向けて歩き出す中、ふいにイオがアルバートに尋ねた。


「この町は、いつもこんななのか?」

「うん……父上は無属性に偏見を持っている。といってもそれが兵士にまで広がっているとは思っていなかったけど」

「あんな小さな子に向かって……ひどいと思わないのかしら」


 カナリアはひどくご立腹のようで、その語調からひしひしと怒りが伝わってくる。カナリアが感情をそのまま表に出すのはいつものことだ。


「あの子……大丈夫でしょうか。私たちがついて行ってあげた方が……」

「無駄だ」


 情け深いルーの言葉をイオは両断した。当然来るであろう追及を予期して、続けて理由を述べる。


「権力者が後ろにいる以上耐える以外にできることはない。俺たちがずっと一緒にいてやることなんかできないだろう?」


 反論はない。彼らにもやることがあり、絶えず傍に付いて守ることができないということは分かっているのだ。


「もしくは町の外に出るか、だな」


 何気なく呟かれたその言葉にある種の感慨が込められていたのだが、それに気づく者はいなかった。


「ねえ、アルバートのお父さんって無属性を嫌ってるんでしょう? イオを連れて行ってもいいの?」

「本当は連れて行きたくないんだけど……手紙には全員で来いってあるし」


 そう言ってアルバートが懐から取り出したのは封筒に入った手紙だった。これはエイデン男爵、つまりアルバートの父親がルピニスの冒険者ギルドの受付嬢を通してアルバートに送ったものである。


「ごめん、皆。俺の事情に巻き込んでしまって……」

「アルバートさん、それはもう十分聞きました。それに助け合うのがパーティーですから」


 当然アルバートが指名依頼を受けないという選択肢もあった。個人に対してBランク以上の魔物の討伐を指名するなどありえないということは誰でも理解できるし、受付嬢も断って良いと言っていた。通常、貴族からの指名依頼を断ると悪い印象を持たれることはあるが、命に代えることはできないのだ。

 しかし同時に渡されたこの手紙でそうすることはできなくなった。こうして全員でイクアシスまで足を運ばなくてはならない事情ができたのだ。


「家出した子供を呼び戻すにはちょっと物騒すぎる気がするけど」


 カナリアが理解できないという風に呟く。手紙の内容とアルバートの事情はすでに全員に共有されていた。

 構図は単純だ。当時騎士という役職についていたアルバートがその環境に耐え切れず出奔した。それに対して父親であるエイデン男爵は彼を呼び戻そうと、戻って来ざるを得ない状況を作り出したのだ。


 それはすなわち、「呼びかけに応じなければ、エイデン家から剣を盗んだとしてアルバートを強盗罪に問う」というものである。

 アルバートが持つ剣は、騎士として国から与えられたものである。そのため正確には「エイデン家から盗んだ」わけではないのだが、アルバート・エイデン(・・・・)の物をただの(・・・)アルバートが持っているのは事実だ。

 そんなものを持ち歩いていた彼の言い分は、いわゆる未練だったのだろう。騎士として清く正しくあろうとしたアルバートは、どうしてもかつての自分を捨てきれなかった。加えて真面目な彼は、家出という親不孝なことをしてしまったことにも後ろめたさがあり、エイデンを名乗っていた頃の繋がりを完全に断つことができなかったのだ。

 結果としてその甘さを突かれてこうなるに至ったわけである。


 手紙でのエイデン男爵の要求は主に2つ。依頼を受けるにしろ受けないにしろ、自分の下を訪れること。そしてその際に「不死鳥(フェニックス)の翼」のメンバーであるイオ、カナリア、ルーも連れて来ることである。

 これが満たされなければアルバートは罪に問われて牢屋行きだ。いや、騎士という職務を放棄した以上さらなる余罪が課せられることも十分に考慮しなければならない。

 パーティーやメンバーの名前、そして居場所まで知られていたということはアルバートの足取りは完全に(つか)まれていたことになる。


「これが……俺の実家だよ」


 領主の館の前に着いたイオたちは、その威圧感ある建物を見上げた。どの町においても外から眺めることしかできない建物に、これから彼らは踏み込むのだ。

 果たして何を言われるのか。何を要求されるのか。無事に出ることはできるのか。

 様々な不安を抱えながら、代表してアルバートが見張りに声をかける。


 そんな後ろ姿を見ながらイオはもやもやとした感情を抱いていた。

 アルバートが貴族で騎士ということはとうの昔に予測していた。それについて踏み込んで尋ねなかったことが今更になって悔やまれる。

 イオとしてもアルバートが罪に問われるのは看過できない。心情的な理由もあるが、なにより同じパーティーの、それもリーダーが罰せられるとなれば同じパーティーのメンバーであるイオたちにも被害が及びかねないからだ。冒険者としての活動が難しくなるのはもちろんのこと、イオも同じく牢屋行きになるかもしれない。それを防ぐためにこうして指示に従っているのだ。


 おそらく話はすでに通っていたのだろう。イオたちは問題なく領主の館に通された。その際に武器の類もすべて取り上げられたが、それは通例通りのなのだろう。

 イオは隠し持っていた毒ナイフも取り上げられ、ルーは「飛沫の鞭」がなくなって明らかに落ち着きをなくしていた。

 加えてアルバート、カナリア、ルーについては「魔封じの腕輪」という魔道具をはめられ魔法さえも封じられる。これは魔力の働きを封じられ魔法を使えなくする効果がある。

 イオだけにはめられなかったということは、つまりそういうことなのだろう。


 厳重に力を封じられ、4人はついにエイデン男爵、アルバートの父親と対面するのだった。

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