第6話 入国
「おおっ……」
関所を抜け、セントレスタ皇国に入ったイオは思わず声を上げる。
特に変わった風景ではない。正面には街道。周囲には人。どこにでもある光景である。
しかしイオにとっては違う。国を越えた。それはイオが子供心に望んだことで、今でもずっと目標にしていたことだったのだから。
まだほんの入り口に立っただけだが、風景も人も、空気でさえも違って感じる。
イオは新しい世界へと第1歩を踏み出した。
♢ ♢ ♢
セントレスタ皇国は皇帝一族が治める大国である。
その特徴として1番にあげられるのが、強力な軍事力である。セントレスタ皇国は武の国であるとされ、多くの優秀な兵を有している。そして有事の際には皇帝自らが指揮を執ることでも知られている。
セントレスタ皇国は、かつて世界を混沌に陥れた「嘆きの魔女」が封印されている地、「涙の跡地」を領土内に持つ。そこは暗たんとしていて魔物が好む負のエネルギーに満ち溢れている。そのためなのか皇国内の魔物の活動は活発で、時には大きな被害が出ることもある。それを防ぐためにも皇国の軍は強くなくてはならないのだ。もちろん本来魔物を狩る職業である冒険者のレベルも高い。
ちなみに「嘆きの魔女」が活動していたのは約500年前で、封印したのは聖なる剣と数々の特殊な魔道具をもった勇者であると伝えられている。勇者は強大な力を持ちながらも魔女を倒しきるには至らず、その身を引き換えに封印したのだという。
しかしそれは大昔のことであって、今ではおとぎ話だと多くの人たちは思っているが、教会には記録が残っていて実際に封印されている場所もあるため本当の話なのである。
そんな歴史ある地をもつセントレスタ皇国に入ったイオは初めての町に到着していた。イオが関所を出て徒歩で1日を要した。
ここでも感動で密かに身を震わせながらイオはまず宿を探す。皇国に入ってしまえばあとはほかに目的もないのでしばらくこの町に滞在する予定である。
この町の名前はアビタシオン。イーストノット王国の国境付近の都市、ボーダンに比べると少し小さい。
「いらっしゃいませー」
手頃な宿を見つけて入るとイオよりも年下と思われる少女がカウンターで出迎えてくれた。
「3日間頼めるか」
「はーい。大丈夫です。お食事はどうなされますか?朝と夜におつけできますが」
「朝だけでいい」
「かしこまりました。では銀貨7枚ちょうどになります」
イオは慣れたやり取りをして料金を支払った。多少金額が予想よりも高かったが誤差の範囲である。
「はい、たしかに銀貨7枚いただきました。では、これが部屋の鍵です。ごゆっくりどうぞー」
最期の言葉だけなんとなく違う気もしたが、ずいぶんと楽しそうに働くものである。この宿を経営する主人の娘だろうかなどと推測しながら部屋へと向かう。
渡されたカギに書かれた数字と同じ部屋に入り、イオは肩に背負っていた荷袋を床に下した。そして必要なものだけをもって部屋に鍵をかけ、宿を出て行った。
イオが向かうのは冒険者ギルド。このあたりの情報収集に加えて新しく買った武器を試すために簡単な依頼を受けるつもりである。
人に道を聞きながら無事冒険者ギルドに到着した。町の雰囲気は違っても冒険者ギルドはどこも同じようなのだから不思議である。中に入ると内装も見慣れたもの。正面に受付があり、右手側には依頼表、左手側には簡素な酒場がある。酒場は冒険者が飲食をするのに加えて冒険者同士で交流を深める目的もあって設置されている。今は昼過ぎだがテーブルについて酒を片手に笑いあっている人たちも見られる。
と、そこで入ってきたイオに向かって声がかけられた。
「おい、ガキ!来る場所間違えてないのか?」
イオにとって始めてきた街の冒険者ギルドでの恒例行事ともいえる、その町の冒険者による絡みである。
イオの体は見た目華奢で、身長も高くはない。一般的に考えても普通ぐらいの高さなのだから、戦闘が売りの冒険者と比べるとさらに小柄である。顔もまだ幼さが抜けていない。そのためどうしても場違い感を出してしまうのだ。
絡んでくる人には2つの種類がある。すなわちイオをなめてかかる者と、心配してくれている者。果たして今回はどちらなのか。それを判断するためにもイオは声をかけてきた人物に答える。
「はい、間違えていません。俺は冒険者です」
答えてイオはその人物を観察する。例に漏れずイオよりも背の高いその男は、前の町のギルドマスターであるクアドラのように筋骨隆々としているわけではないが体は引き締まっている。背には槍を担いでいて装備も整っている。そして表情。銀髪で整った顔立ちのその男の顔には強者であることがうかがえる自信のようなものに満ち溢れていた。だからといって驕っているといった感じでもない。そこからイオは強者である、と判断した。
イオは他人の強弱を計れるほどの実力があるというわけではないが、観察によってその人の悪意を見抜くことは得意だった。相手は敵か。害意はあるか。イオは生きていくためにその判断ができるようにならざるを得なかった。
そのイオの判断からすると今回の相手は後者。すなわちイオを心配して声をかけたのだろうという結論だった。
「そうか。そいつは悪かった。いや、若い奴が一山当てようとここに来ることが多いからな。俺様が追い返してたんだが、お前もそのうちの一人に見えちまった」
「いえ、よくあることなので」
「だろうな。おっと、自己紹介がまだだったな。俺様はAランクパーティー「雷光の槍」リーダーのヴァナヘルトだ」
ヴァナヘルトは強気な笑みを浮かべて名乗った。
Aランクパーティーのリーダーであるというのを聞いてイオはヴァナヘルトが想像以上の強者であると悟った。AランクはSランクに次ぐ冒険者ギルドの最高戦力。さらにパーティーリーダーを務めるのだから実力は相当なものだろう。ある意味勝気なその態度も当然かもしれない。
イオはなぜそのような人物がこのような場所にいるのか疑問に思いながら自分も名乗った。
「Cランク冒険者のイオです」
「ほう!その年でもうCランクか!見た目以上のガキだな」
「Cランクになったのはつい先日なので、まだまだ未熟ですよ」
驚くヴァナヘルトにイオは高い評価を受けないように言葉を返す。注目を浴びるのは仕方ないとしても、それでも余計に目立ちたくはないのだ。
それにそういうヴァナヘルトも見た目はまだ20代半ばだろう。その年でAランクというのはイオよりもすごいのではなかろうか。
それにしてもそんな有名人と話しているために周りからの注目がすごい。さっきヴァナヘルトが大声で叫んだせいでイオのランクも知れ渡ってしまった。今も周囲の冒険者たちがひそひそと話しているのが聞こえる。イオは居心地が悪くなってきた。
「なんだ、ずいぶん謙虚なんだな。天狗になってたらその鼻をへし折ってやろうと思っていたんだが……」
「ちょっとヴァナ、そのぐらいにしてあげなよ。その子困ってるよ」
なおも話を続けるヴァナヘルトをたしなめたのは、さっきからヴァナヘルトの後ろでイオとのやり取りを見ていた女性だった。その隣には鎧を着た気難しそうな男も立っている。
「おい、シャーリー。名前を略すな。女みたいに聞こえるだろうが」
「だって面倒くさいんだもの。大丈夫?ごめんね、うちのリーダーが絡んじゃって」
女性はそう言って苦笑いでイオに謝った。リーダーということは彼女はヴァナヘルトのパーティーメンバーなのだろう。軽く頭を下げたことで頭にかぶったとんがり帽の先が揺れる。
「いえ、ヴァナハルトさんは俺を心配してくれただけですので」
「そう?まじめね。私は「雷光の槍」のシャーリー。こっちは同じくパーティーメンバーのグロックよ」
シャーリーは自分と、隣の鎧を着た男を紹介する。
「はじめまして。Cランクのイオです」
イオはそう言って2人に向かって頭を下げた。
「……ああ」
グロックが発した言葉はそれだけだった。どうやら見た目通りに気難しい性格をしているらしい。
「うん、よろしくね。それにしてもCランクか~。将来有望だね」
「いえ、まだまだです。それよりも皆さんのほうがすごいと思いますよ。Aランクだなんて」
「そう?ありがと」
シャーリーはにこりと笑って礼を言う。こちらはグロックとは違い随分と社交的だ。
「おいおい、俺様を除け者にするな。ところでお前この町は初めてか?」
「はい。国境を越えて、今日到着したばかりです」
「そうか。それなら俺様がいくつか助言をしてやろう。まず……」
シャーリーとの会話に割り込んできて先輩面をしているヴァナヘルトを再びシャーリーが遮った。
「ちょっとヴァナ。さっきからみんな見てるよ。イオちゃんも居心地悪そうだし」
「む、そうか。それならあっちに行こう。いいか、後輩よ?あとシャーリー、略すな」
そう言ってヴァナヘルトはギルドに備え付けられた酒場を指さした。
助け舟を出してくれたシャーリーだったがヴァナヘルトはイオを開放するつもりはないらしい。あとなぜかシャーリーにちゃん付けで呼ばれているのも物申したいところである。
だがイオにとってAランク冒険者が直々に助言をくれるというのならぜひもらいたいところである。それにもしかしたら他にも役に立つことを教えてもらえるかもしれない。それは当初の目的であった情報収集にも適っている。
「はい、お願いします」
「いいだろう。シャーリー、グロック。お前らも来い」
ヴァナヘルトに連れられてイオはAランクパーティーに混ざって酒場へと移動するのだった。その様子を周りにいた冒険者たちは羨ましそうに見ていた。