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第49話 ギルドでの話し合い

遅くなって申し訳ございません。

 グレイウルフ討伐後、しばらくぼんやりとしていたルーだったが見かけ上はすぐに元に戻った。危険に晒したカナリアに謝罪し、助けてもらったアルバートには礼を言って積極的にグレイウルフからの討伐部位と素材の剥ぎ取りに参加する。


 カナリアはやはり心配なのかルーに付いて回っていたが、イオとアルバートはルーのことはカナリアに任せようと考えいつも通りにルーに接した。

 やがてすべての素材を回収し終えると、4人は行きと同じように軽く団欒(だんらん)しながらルピニスへと帰るのだった。



 そして翌朝。



 朝から賑わう冒険者ギルドの一角を占める依頼表の前でアルバートは呟く。


「うーん……ないなぁ」


 その視線の先には壁を埋め尽くすようにして依頼が貼られていたが、アルバートたちが求める鉱山以外での討伐依頼がまったくなかったのだ。おそらくアルバートたちと同じように鉱山の魔物と相性が悪い冒険者たちに先を越されてしまったのだろう。

 むしろおかしいのは、これほどまでに残っている鉱山での依頼の方だ。今も周囲の冒険者たちが依頼表を剥がして持っていっているがその数は一向に減る様子を見せない。


 ちなみに採取依頼も同様で数が少ない。この辺りはもともと草木が少なくポーションの材料となる薬草が生えていないので、採取するもの自体がないのだ。たとえあっても鉱石の採取なのでアルバートたちには不可能だ。


 残りはとなると護衛依頼や雑用になるのだが、どちらも進んで受けたいものではない。雑用はもちろんのこと、つい数日前に護衛依頼でこの街に来たアルバートはこの短期間でまた護衛依頼を受けようとは思わない。


 成果を得られずにアルバートは沈んだ足取りで他の3人のところへと戻り、受ける依頼がないことを告げる。ギルドの片隅で4人は話し合いを始めた。


「鉱山はやっぱり無理なの?」

「俺は大丈夫だけど……」

「先に言っておくが俺は役に立たないぞ」


 カナリアに尋ねられたアルバートが何か言おうとするのに先んじてイオが告げた。何の悔しさもにじませず淡々とした口調だったのはそれがゆるぎない事実だと自分でわかっているからだ。

 鉱山で依頼を受けるという意見を即座に否定されたカナリアはそれでも諦めずに食い下がる。


「でも戦ってみないと分からないじゃない? 一回行ってみてもいいと思うけど」

「それなら俺はパスだ。行くんなら3人だけで行ってくれ」

「あーもう! またそんな言い方して!」


 突き放したようなイオの言葉にカナリアは耐え切れず憤慨する。カナリアもイオが悪意を持ってこのようなことを言っているわけではないと分かっているのだが、表情を変えず感情のこもっていない声で冷たく言い放つイオの話し方にはどうしても慣れることができないのだ。

 クイーンホーネット討伐の祝勝会で一度だけイオの本音を聞いたカナリアだったが、それ以降イオの口から自身の内情が語られることはない。それどころかむしろ意識して自身の胸の内を隠しているような節もある。


 イオが過去に問題を抱えていることは適性が無属性ということからも容易に想像がつく。しかし、それがどんな内容なのかまでは分からないし、教えてもらうわけにもいかない。表面上は何事もなくすごしているが、年下と思えない冷酷さや先ほどのようにたびたび見せる拒絶的な言動など随所にその歪さが感じられ、そのことがどうしようもなくカナリアを苛立たせるのだ。

 なにかあると匂わせておきながら聞くことを許されず、こちらが何か言っても全く堪えないイオの性格はカナリアから見て面倒くさいヤツと評さざるを得なかった。といってもこれは多分に2人の相性の悪さが関係しているのだが。


 とにかく、些細なことで言い争いに発展しようとした2人だったが、ある意味見慣れた光景であるためかそうなる前にアルバートからストップがかかった。


「はいはい、そのくらいにして。ところでルーはどう思う?」

「えっと……私は……」


 3人のやり取りをぼんやりと見ていたルーはアルバートに答えようとするが、どこか要領を得ない。何かを迷っている様子のルーを見てアルバートは諭すように優しく言った。


「ルー、遠慮する必要はないから、思ったことを言ってごらん」

「ア、アルバートさん……」


 真摯な目で見つめられてルーは思わず見入ってしまった。一緒に行動し始めてもう4カ月がたっているが、ルーはいまだにアルバートを正面から堂々と見ることに気恥ずかしさを感じてしまう。そんな状態でごまかしたり嘘を言うことなどできるはずもなく、ルーはアルバートに正直に告げた。


「私は……魔法を練習したいです。依頼とかではなく……」

「魔法を……?」


 予想外の回答を受けて驚いた様子のアルバートにルーはしっかりと頷いた。


「はい。昨日私は自分の力不足を実感しました。今の私に必要なのは攻撃に参加するとかそう言った話ではなく、魔法自体をもっとうまく使えるようにすることだと思うんです」


 これがルーが昨日の失敗を受けて出した結論だった。今のルーは攻撃が苦手なことを差し引いても脆すぎるのである。

 そもそもルーがDランクに昇格できたのはアルバートやカナリアと行動していたからに他ならない。確かにルーも戦闘には参加していたがそれは補助の面が強く、これまでに単独で魔物を倒したことはほとんどない。そのためルーは魔物をあまり倒すことなくパーティーに引っ張られて昇格することになったのだ。

 これまではそれでもよかった。たとえルーに戦闘力がなくても、アルバートがフォローし他の面々で十分対応できたのだから。しかし、ランクが上がるとそうも言っていられない。Dランクになったことによって討伐対処となる魔物の強さは上がり、他の3人だけでは手が回らなくなることも出てくるのだ。

 加えて今直面しているように、相性の問題もある。ルーがもっと強ければ鉱山で依頼を受けられたかもしれないのに、現実ではそうはならずこうして途方に暮れている。


 これからもパーティーとして一緒に活動する以上、ルーは自分の戦力強化が必須であると考えているのだ。


「あの、ですから、もしよろしければ魔法の使い方を教えてもらえないでしょうか……?」


 さらにルーはそれが自分一人ではできないことも分かっていた。ルーには戦闘用に魔法を練習したことがほとんどない。やみくもにやっても効果が得られないことは容易に想像がついた。

 遠慮はするなと言われて言ってみたものの、やはりルーの性格上こうした頼みごとをするのは勇気がいることだった。パーティーのためとはいえ、これを頼むことで迷惑がかからないだろうか、という考えがどうしても脳裏によぎってしまう。


 しかし、ルーの心配は杞憂に終わった。アルバートがこの手の頼み事を迷惑に思うはずもなく、不安そうなルーに向かって笑顔で言う。


「もちろんだ。いくらでも教えよう」

「私も。一緒に強くなろう、ルー」


 カナリアも一緒になってルーに笑いかける。断られるとは思っていなかったが、こうして心強い答えを聞かされるとルーは心が温かくなるのを感じた。


「アルバートさん、カナリアちゃん……お願いします」

「よし、じゃあ今日はルーの特訓だね。街の外に出ようか」


 そうして場が丸く収まり、人のまばらになり始めたギルドから出ようと動き出す。しかし、そこですぐそばから水を差す言葉が投げかけられた。


「俺は行かない」


 イオだった。無言で3人の話を聞いていたイオは全員がギルドから出ようと動き出したところでぼそりと、しかし3人に聞こえるようにはっきりと言った。

 もちろんカナリアがこの発言を見逃すことはない。案の定、すぐにイオに問い詰めた。


「どういうつもりよ。ルーが特訓するっていうのにあんたは知らん顔するっていうの?」


 声を張り上げてはいないもののその声には剣呑とした響きが含まれていた。先ほども同じようなやり取りをしていたが、今の方がカナリアの怒りは大きいようである。

 この反応をほぼ予測していたイオはいつも通り淡々と告げる。


「特訓と言っても魔法のだろう。俺がいても意味がない」

「な……あんたも魔法を使うでしょうが」

「ならカナリアは無属性魔法の使い方がわかるのか?」


 そう問われカナリアは言葉に詰まる。「身体強化」や「感覚強化」など無属性の魔法はすべてカナリアの理解が及ばないものばかりだったからだ。

 カナリアを含め多くの人間にとって魔法とは、魔力を放出してそれぞれの属性に合わせた事象を引き起こすというものである。魔力を放出できずに自分の体に巡らせて体の性質を変えるなど、口で言われてもどういうことなのか全くわからない。


 カナリアが答えられないのを見てイオは重ねて言う。


「そういうことだ。俺は普通の魔法をどうやって使うのか分からないし、教えるなんてもってのほかだ」

「イオ君……ごめん、私……!」


 ルーが思い切り頭を下げてイオに謝った。ルーは自分の悩みがどれほど贅沢なものなのかに気づいたのだ。


 適性が水属性のルーと違ってイオはそもそも魔力を体外に出すことができないため一般的な魔法を使えない。無属性にも魔法と呼べるものがあるが、実はそれは便宜上のものでしかない。

 魔法というものが目に見えて肌で感じられる事象を起こすものとして定義されている以上、本人以外に実感できない無属性の魔法は本当に魔法と呼べるのか議論が分かれるところである。実際に無属性への差別が強い人間は無属性魔法を魔法と認めずに「蛮術」などと呼ぶことすらある。魔力を使っているというのは使う本人たちの自己申告でしかないのだから。


 一般的な魔法を使えず差別され、それでも思考を重ねて身一つで生きてきたイオの目の前で、自由に使える魔法について悩むなどイオを馬鹿にしているとしか言いようがない。配慮が足りていなかったとルーが謝るが、イオはいつも通りの声色でそれを制した。


「気にするな。そういうことを言いたいんじゃない。……ああ、この際だから言っておくぞ」


 そう言うとイオはルー以外の2人も視界に入れた。アルバートやカナリアも何を言うのかと少し緊張した面持ちでイオを見返した。

 イオははっきりと、自分の意思を再確認するように言った。


「俺は無属性で生まれたことを悔やんでも恨んでもいない。無属性は紛れもない俺の一部だ。今更他の属性を羨んだりもしない」


 口で言ってイオはそれが偽りのない真実であることを確認した。

 無属性ということで差別を受け人間関係が変わったのはまぎれもない事実である。しかし、故郷でそれを増長させたのは自分の軽率な行動のせいであって、無属性はその原因を作ったにすぎない。まだ幼かったからと言ってしまえばそれまでなのだが、それでも町の2大権力者の息子に目をつけられてしまった過去の自分を罵倒せずにはいられない。それがなければイオは母にあれほどの心労を負わせたあげく、死なせることもなかったかもしれないのだから。


 忌むべきは自分と、自分を貶めた人間であって無属性ではない。むしろ無属性は、母からもらった大切な繋がりであり、こんな自分をここまで生き長らえさせた恩人でもあるのだ。

 イオは根底にある自分を理解しつつ、ルーに向かって告げた。


「だから、俺が言いたいのは、俺のことは気にせずに頑張れ、ってことだ」

「……はい」


 淡々としていながらかすかに思いやりの心を感じて、ルーは必ず強くなろうとより決心を強固なものとした。

 ルーが自分の言ったことを理解したと分かったイオはそのままアルバートに向き直って言う。


「俺は適当に街を見てくる。何か情報があれば後で言おう」

「分かった。こっちは任せてくれ」


 そうして4人は冒険者ギルドを出て2手に分かれるのだった。



また次も遅れる可能性が高いです。12月には元のペースに戻ると思うので、それまではお許しください。

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