第5話 昇格
「……理由を聞いても?」
自分の申し出を無視した横暴ともいえるクアドラの宣言にイオは反感を感じえない。
イオの主張は一般的に考えてもそれなりに理にかなったものである。ランクが上がって調子に乗り、一気に依頼の難易度を上げて失敗し、命を落とす。それは冒険者がよく起こしやすいミスの1つであり、ギルドも注意を呼び掛けている。
「イオ、お前なんか隠してんだろ」
「!!」
突然の指摘にイオは動揺するもそれを表情に出さないように隠す。だが、その間がクアドラに確信を与えるのに十分な反応ともいえた。
イオはそのことに気づき、どう答えるか迷う。しかし対するクアドラはそんなイオを見てごまかすように手を横に振った。
「あー別にそこら辺を教えろってわけじゃねえよ。お前になんか事情があるってのは考えてみれば分かることだ。12歳で冒険者になったっていうのもそうだし、妙に落ち着き払って言葉遣いも丁寧。普通に育ったとは思えねえ。元貴族の子だといわれても驚かねえよ」
「いえ、さすがに違いますけど……」
「そうか、まあそれはいい。とにかくお前は目立ちたくねえと思っている。違うか?」
「……はい、その通りです」
あっさり看破されたイオは仕方なくそれを認める。と、同時に隠している内容が毒の件ではないことに少しだけ安堵していた。明確な違反ではないがばれないに越したことはない。
クアドラは諭すように言葉を続ける。その様子はギルドマスターとしてではなく、1人の先輩としての言葉だった。
「いいか、冒険者っていうのは目立ってナンボだ。目立たずにこそこそやるしかできねえ奴はいつまでもそこから抜け出すことはできねえ。お前にも事情はあるんだろう。だが、それを理由にして一生陰で暮らす気か?一生薬草取って暮らしていくのか?」
「それは……」
そんなつもりはない。イオとしてもそんなギリギリの生活をおくり続けたいとは思わない。
「お前がこのボーダンに来てから受けた依頼を確認させてもらった。ハボン草、エリダ草なんかの採集依頼は毎回受けて、討伐はゴブリンばかりだ。今回は運悪くファングベアを討伐することになったが、それがなければいつまでも同じような依頼しか受けないつもりだったんじゃねえのか?」
その通りだ。イオは安全面に重きを置きすぎてリスクを取ろうとはしない。この町に滞在中も慣れた薬草の採取とゴブリンの討伐を迷わず選び続けてきた。間違ってもファングベアの討伐に名乗りをあげるようなことはしないだろう。
それは一種の諦め。そんなことしなくても何とか生きていけるんだからと自分の可能性を諦めてずっと逃げていたのだ。
「お前がパーティーを組まないのはなんでだ?なぜ人と関わるのを避ける?一昨日だってお前に話しかけてきたやつはいくらかいたはずだが、お前はそそくさと帰っちまった。どうせ面倒だからとか思っちまったんじゃねえのか?」
図星だ。確かにイオは人と積極的に関わることに利点を見出せない。話すときは情報収集か事務的なものばかり。
だがイオにも言い分はある。なにもイオは生まれたときからこうだったわけではない。ちゃんとこう思うようになるに足る事件があったのだ。
しかしクアドラはその思考を読んだかのように話を続けた。
「ああ、お前にも事情があったっていうのは分かってる。だが、そのままじゃいられねえだろ」
そこでクアドラは一度口を閉じる。そしてイオに言葉をぶつけた。
「人を怖れるな。歩み寄ってみろ。1人で無理だったとしても仲間がいればなんとかなる。お前はたとえ偶然でもファングベアを1人で倒したんだ。そんなお前に信頼できる仲間がいればなんだってできると思わねえか?可能性を自分で閉ざすな」
それはイオの触れられたくない核心をついたものでありながら、不思議と反発心は浮かばなかった。むしろ希望を感じさせるようなものさえある。
ズルをしてでもあのファングベアと渡り合えたのだから。委縮してもおかしくなかったところを立ち向かえたのだから。そう考えると自分には無限の可能性があると思えた。それを自分で閉ざすのはもったいない。
「パーティーを組んでみろ。冒険者に無属性をバカにするやつはそうそういねえ。必ず役に立てるはずだ」
無属性魔法は自分の体に作用するものばかり。戦闘か肉体労働にしか使うことはできず、その戦闘では他の属性に負けることが多々ある。そのため世間一般では無属性を役立たずと蔑む声も多い。
しかし対魔物戦に関しては、頑丈で微弱ながら回復能力のある無属性魔法使いは優秀な盾役として扱われる。魔物の攻撃を一手に引き受けその隙にほかのメンバーが強力な攻撃を撃ち込む。この戦法はそれなりに使われているものである。
「Cランク昇格はそのための第1歩ってところだ。お前はCランクになっても分不相応な依頼は受けねえって思えるし、ランクに見合った実力はある。もちろん注目は集まるだろうが、だからどうした。どんと構えてりゃあいいんだよ。そんで寄ってくる奴の中から自分が信用できるって思える奴と仲間になる。どうだ?」
ここまで言われてイオの方にも断るという選択肢はない。イオはクアドラにはっきりと告げた。
「はい、俺はCランクになります」
それを聞いたクアドラは満足げに頷いた。
♢ ♢ ♢
「それで、これからどうするんだ?」
話がまとまりクアドラがイオに尋ねてきた。
「国境を越えてセントレスタ皇国に向かいます」
それを聞いたクアドラは露骨に落ち込んだ。
「かー、やっぱりか。まあ珍しいことでもねえしなあ。それでもここに残ってくれたらって思っていたんだが。なんか目的があるのか?」
「ええ、まあ」
目的といえばセントレスタ皇国に行くこと自体が目的なのだが、ややこしくなるので適当にはぐらかした。
「そうか。まあそういうことなら引き留めることはできんわな。なんたって冒険者なんだからよ。あ、でも向こうでちゃんとパーティー組めよ」
「分かってますよ」
そう答えたもののイオの中ではまだそのつもりはない。
ただ、「パーティーを組むつもりはない」から「組んでみてもいいかな」という具合に心境は変化していた。
「じゃあ、また明日来い。ギルドカードを更新しといてやる」
「お願いします」
そう言ってイオは席を立つ。思えば予想以上に長話をしてしまった。
「では、失礼します。……あの、いろいろお話ありがとうございました」
「いいってことよ。……まあ、俺も随分偉そうなことを言ったが、役に立てたなら何よりだ」
クアドラは無造作に頭を掻きながら答えた。彼も熱くなりすぎた自覚があったのだろう。
イオはもう一度礼を言って退室した。
♢ ♢ ♢
(さて、この後どうするか……)
イオがギルドを出たのはまだ昼前。当初の予定では軽めに薬草採取の依頼を受けようと思っていたのだが、予想以上の金を手に入れたため無理をするべきではないと判断したのだ。ましてやイオは現在左肩を負傷してあり、メインの武器であったショートソードは破損してしまい手元にない。
「……剣がいるな」
ぼそりとつぶやく。
鉄を多く使う剣はナイフよりも格段に値段が高い。イオのもっていたショートソードは夜逃げした父のものだったため、金はかかっていない。全く使われていなかったし、遠慮する必要もなかったので勝手に使っていたのだ。買い直しが効かない分大切に整備してきたのだが、おそらくもう寿命だったのだろう。ファングベアの一撃には耐えられなかったようだ。
イオは新しく買い直すつもりはもともとなかった。というのも安物の剣を買って間に合わせにするくらいなら少し高めでも頑丈な剣を買ったほうが長期的に考えて役立つ。幸い臨時収入が入ったので、買えるのもそう遠くない未来のことだろうと思っていた。
しかし、その臨時収入が予想以上の額であったため、それなりの剣を買って入国料を差し引いても手元に残る分は十分である。ましてやCランクになった冒険者の武器が短剣だけというにはいかない。
今日の予定を決めたイオはまず情報収集に向かった。
♢ ♢ ♢
「武器屋?」
「はい、冒険者として手ごろな剣が買えたらと」
イオが話している相手は同業者。情報を得るなら日頃から剣をふるう同じ冒険者でボーダンを拠点としている者だろう。イオはそう考え、適当にあたりをつけて聞いていた。一応裏をとるためにほかの冒険者にも聞く予定である。
「それなら大通りにあるでかい商店だろう。あそこならいろいろとそろえてある。他にも町には小さな武器屋があるが、そっちからは特にいいものがあるっていう話は聞かなかったな」
「なるほど、ありがとうございました」
礼を言って立ち去る。
その後他の冒険者にも尋ねてみたが帰ってきた答えは同じようなものだった。イオは情報を頼りに大通りへと向かった。
目的の武器屋はすぐに見つかった。2階建ての建物で大きく「リナンテット武具店」という看板がかかっている。
イオは扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませ」
従業員と思われる女性が挨拶をしてきた。店内は広く、様々な武器がおかれているのが入り口からでも見える。案内役の従業員も1人ではなく、ほかにも数人見られた。
ざっと見渡してイオは近くの従業員に話しかける。
「剣と、あとローブがほしい」
「かしこまりました。剣はあちらです。ローブは2階になります」
「ありがとう」
例の如く淡々とやり取りをして、イオはまず剣が置かれているほうへと歩いて行った。
一口に剣といっても長さや重さ、幅など、個人の要望に応えられるよう様々な種類のものがある。イオはその中から以前のものと同じショートソードを取り上げて手に持った。
「……」
しばし考えてイオはそれを元の場所に戻した。そして今度はもっと刃の部分が長い剣、いわゆるロングソードを手に取った。
「……」
再び思考する。
Cランクとなったイオにはこの先より強い魔物と戦うことが多くなるだろう。その際にショートソードでは攻撃力に欠けることが予想される。ただでさえイオの攻撃手段は近接の直接攻撃に限られているのだから、武器はもっと強力なものにするべきである。それにイオの体は3年前のようにひ弱ではない。多少重くなっても十分使いこなせるはずだ。
そう判断したイオはほかにも手に持って感触を比べながら、結局最初に持ったロングソードを購入することに決めた。
♢ ♢ ♢
イオが武器屋を出たころにはもう日が傾いていた。
イオは剣をさっそくベルトに着け、新しく買った前と同じような緑っぽいローブを身に着けて宿へと向かう。
この街は皆優しい。
イオはふとそう思った。
冷たいと称されても仕方のないイオの態度に気を悪くした様子も見せない受付嬢。イオを思って助言をくれたクアドラ。イオのような冷やかしと思われても仕方のない若造相手にも心を込めて接客をしてくれた武器屋の従業員に、そこまでの道を教えてくれた冒険者の人たち。
あの閉鎖的な故郷とは違って、皆イオに対して嫌な態度はとらなかった。
この街の人々が冒険者に好意的なのは、おそらくこの人の行き来が激しい街では冒険者の存在が欠かせないことも関係しているのだろう。しかしそれを考慮してもこの街の人は優しいと思えた。
特にクアドラの言葉。いつもなら他人の言葉など裏では聞き流しているイオが、本質を突かれ思わず胸を打たれてしまった。ギルドマスターだからといってもここまで冒険者個人の事情に踏み込んで助言をくれるというのも珍しい。あの男はきっと本心からイオの行く末を心配してくれたのだろう。
——もしこの街に生まれていたら。
イオはもっと違った人生を送っていたのだろうか。
考えても仕方のない考えがイオの心をよぎる。イオは首を振ってその考えを振り払った。
もう目的地は目の前にある。そこに行くための資金も十分ある。ならばこれ以上ここにとどまる理由はない。
イオは明日旅立つことを決心した。ぐらりと揺れた自分の心から逃げるように。安らぎを得たいと思ってしまった自分の気持ちを押し込めるように。
空はもう赤く染まっている。この国で夕陽を見るのは最後になるだろう。
イオはローブを深くかぶり、宿への道を急いだ。