第47話 鉱山都市ルピニス
盗賊の襲撃から2日後の昼過ぎ。アビタシオンを出発して7日目でついにイオたちは街の外壁までたどり着いた。
「うわぁ……!」
カナリアが思わずと言った風に感嘆の声をあげる。久しぶりの街、しかもそれがまったく未知の街であるため心に来るものがあったのだろう。
それはここを初めて訪れる他の人も同じだった。
鉱山都市ルピニスの外壁は土色で、周囲には相変わらず緑の少ない岩場が広がっている。そして、最も目を引くのは外壁の奥をさらに超えて向こう側に見えるなだらかな山だろう。あれこそがこの都市を成り立たせ、多くの富を生み出している鉱山である。
標高はそれほど高くなく、遠目に見て山肌に人が通れるような道があるのが分かる。
そうしてイオが外から街を観察していると、商隊を率いる男が門衛との会話を終えて帰ってきた。
「盗賊はここで預かってもらえるとさ。あとで奴隷商に渡すそうだ」
「いくらになる?」
「最近鉱山で死人が多いらしいから高値で買い取ってもらえるらしい」
「思わぬ収入だな」
男とドゴスがそんな会話を交わす。イオはその話を聞きながらそっと後ろを盗み見た。
そこには一昨日の夜に商隊を襲った盗賊たちのうちの8人が揃って青い顔をしながら縄で数珠つなぎにされて立っていた。
結局あの夜捕まえた盗賊たちは街に連れて行って兵士に突き出し、奴隷にするという結論でまとまった。もう街が目前であるということと、少しでも利益を得ようと考えたことが理由である。
20人いた盗賊のうち売れそうなものが8人も残ったのは、アルバートが殺さずに無力化しようとして1人で5人も捕虜にしたためである。イオが蹴り上げた男は手当をしなかったため、口から血を流し続けてそのまま死んだ。
こちら側に被害はなく、この夜戦は護衛の大勝利で終わった。しかし、後処理でドゴスたちが死に損なった盗賊を殺して回る間、イオを除く3人はそれを見ていることしかできなかったのだった。
「よーし。街に入るぞ」
盗賊たちを引き渡した後、その言葉に護衛の冒険者も移動を始める。ここまで来れば危険はそうそうないだろうが、最後までしっかりとやり遂げるのが筋というものである。イオは馬車の横につき、門を通る時に身分証を見せて外壁を潜った。
すると、そこにはアビタシオンとはまた別の意味で活気あふれた光景が広がっていた。
土地柄なのか建物はレンガ造りのものがほとんどで、街は全体的に赤茶けた色が多かった。また煙突の数も多く、そこから絶え間なく白い煙が空へと昇り続けている。
また、金槌を打つ音や台車を走らせる音が否応もなく耳に入るため、小さな音を拾いにくい。だからなのか、露天で商品の宣伝をする商人や肩に荷物を担いで歩く男たちの声は張り上げるように大きかった。
アルバートも含め「不死鳥の翼」は全員その様子に圧倒されたが、商隊や「守護の鋼」の面々は慣れているのか特に驚くこともなく進んでいった。イオたちも慌ててそれに付いて行く。
5台の馬車を1列にして街道を走らせる間、イオは周囲を見回し行き交う声に耳を傾けた。
「今日入ってきたばかりの野菜だよ! 今逃したらしばらく手に入らないよ!」
「さっさと歩け! ああ!? 重い!? そんなん知るか!」
「頼む、俺に剣を打ってくれ!」
「帰れ! わしの腕はそんなに安くないわ!」
例に漏れず皆声が大きい。話し合うというよりは怒鳴り合うといった感じである。
また、観察の結果イオはこの街は男性に比べて女性が少ないことに気づいた。街を歩いていてもほとんど女性を見かけないのだ。イオはその理由になんとなく察しがついた。
(鉱山都市だから力仕事が多いんだろう。それにこの喧騒の中だと女の人はつらいかもしれないな)
目に見える男はどれも筋骨隆々としていてたくましく、そのためかみんな妙に威圧感が強い。口調の荒い人間も多いし気が弱ければやっていられないだろう。ルーには厳しい環境かもしれないとイオは思った。
そしてイオが気づいたもう1つの特徴。それは頻繁に奴隷を見かけることである。今もイオの隣を首輪をつけて荷を担いでいる薄汚れた男が通り過ぎていった。
鉱山と言えば武器防具や宝石など華々しい印象があるが、実際にはその掘削環境は劣悪である。腕力が必要なのはもちろんのこと、崩落や病気など様々な危険がつきまとう。それらの仕事を一手に押し付けられるのが奴隷である。
奴隷といっても無作為に鉱山に連れていかれるわけではない。このような死の危険を伴う仕事をさせられるのはもっぱら犯罪奴隷である。それを考えるとイオたちが捕まえた盗賊たちは問答無用で鉱山行きだろう。「重罪人は即鉱山」とはイオの祖国でも有名な言葉だ。
つまり、この街は国中から鉱山行きの犯罪奴隷が集められる街でもあるということである。
そんなことを考えているうちに馬車は目的地に到着した。少し開けた空き地のような場所に馬車を停める。
「では、冒険者ギルドへ行こうか。ここから歩いてすぐ近くにある」
商隊の男数人とイオたちは依頼達成の報告のために冒険者ギルドへ向かった。護衛依頼は依頼達成後に依頼人がギルドでその旨を伝えることになっているのだ。
やって来た冒険者ギルドもレンガ造りで、慣れない洋装にイオたちは違和感が拭えない。
その違和感は中に入ってさらに大きくなった。
昼過ぎということでそれほど人の数は多くないが、どの冒険者もやたらと重装備で持っている武器も大きな物ばかりだったのだ。ドゴスが背負う斧もこの中ではそれほど目立たない。
(……早めに情報収集が必要だな)
イオは内心でそう思った。
武器に統一感があるということは、その武器でしか倒せないこの土地特有の魔物がいるということである。ここで言えば大剣やハンマー、ハルバードなどの重量感がある武器が必要ということである。直剣を扱うイオとアルバートには倒すのが厳しい魔物がいるかもしれない。
報告と報酬受け取りはつつがなく終わり依頼は完了した。1週間も同じ時を過ごしていれば多少は仲も深まるはずだが、商隊と冒険者たちは2,3言葉を交わしてあっさりと別れた。多くの出会いと別れを経験しているのは商隊も冒険者も同じ。彼らにとって別れとは仕事の終わりに訪れる日常の一幕でしかない。
「急な誘いに応じてもらったこと、礼を言う」
「いえ、俺たちも貴重な経験ができましたから。こちらこそありがとうございました」
「わしらは数日はこの街に残る。何かあったら言え」
「その時はお言葉に甘えさせていただきます」
そして、「不死鳥の翼」と「守護の鋼」の別れも同様にあっさりとしたものだった。例の如くアルバートが代表してドゴスと話し、彼らは冒険者ギルドで別れた。
ギルドから出たところでアルバートが他の3人に尋ねる。
「今日と明日は休みにしよう。みんな疲れているだろうし。どうかな?」
「賛成。もうくたくた……」
「私もです……」
カナリアとルーは疲労がたまっているだけでなく、この街の落ち着かない雰囲気に大分参っているようだった。言動の隅々にその気持ちが感じられる。
イオも賛成し、全会一致で4人は宿へと向かった。
アビタシオンではばらばらに宿をとっていた4人だったが、これからは同じパーティーの仲間ということで同じ宿に泊まることになっている。連絡を取り合う上でもその方が合理的なのは明白だった。
「私たちは今日はもう部屋で休みますので……」
カナリアと同室であるルーがそう告げて自分たちの部屋に引っ込むと、イオは反対に荷物を置いて部屋の外へ行こうとする。そこにイオと同室のアルバートが話しかけてきた。
「どこか行くのかい?」
「腹ごなしと情報収集だ」
特に隠すこともなくイオがそう言うと、なぜかアルバートも腰かけていたベッドから立ち上がった。
「それなら俺も行こう。カナリアとルーにも何か食べ物がいるだろうし」
「……まあ、いいが」
1人で行く気満々だったイオだが渋々了承する。2人は再び喧騒飛び交う街へと繰り出したのだった。
♢ ♢ ♢
イオとアルバートがまず訪れたのは道の端に並ぶ出店だった。
「串肉を2本頼む」
「毎度あり!」
注文を受けて肉を焼く男にイオは話しかけてみた。
「俺たちは今日この街に来たばかりなんだが……」
「ああ!? なんだって?」
出店の男はイオの言葉を遮って大声で聞き返した。イオとしてはいつも通りの音量で話したのだが、周りがうるさすぎて掻き消されてしまったらしい。あまり大声を出すことが好きではないイオだったが、ここは仕方がないと気を取り直してもう一度言った。
「俺たちは今日この街に来たばかりなんだが、最近何か変わったことはあるか!?」
「変わったこと!? そうだなぁ……鉱山の方で魔物が出て、そこそこ人が死んでるらしい!」
肉が焼ける音と周囲の喧騒に負けないよう声を張り上げながら両者は情報をやり取りする。
「何の魔物か分かるか!?」
「いや、そこまは知らねえ! ほら、焼けたぞ! 銅貨2枚だ!」
イオは金を渡し、串肉を受け取って情報収集を切り上げた。串肉のうち1本をアルバートに手渡す。
「ありがとう。お金は……」
「いい」
そんなやり取りをして2人は串肉にかじりついた。干し肉にはないうまみが口の中に広がっていく。
「初めて来たけどなんというか、すごい街だね」
「いちいち話すのが疲れるところだ」
まだ街に入って数時間しかたっていないが、イオはすでにこの街の空気に辟易としていた。とにかくどの人間も声量が大きい。そしてこちらもそれに合わせないと会話が成り立たないのである。ルーのことを心配していられるほどイオにも余裕はなかった。
しかし、情報収集は必須である。2人は鉱山の魔物について知るために再び冒険者ギルドを訪れた。
相変わらずギルド内にいる冒険者はみな武器が大きい。直剣を腰に下げた2人は注目されながら依頼表の方へと歩いて行った。
「鉱山の依頼、多いな……」
アルバートが残っている依頼を見て呟く。この時間帯だというのに討伐系の依頼がまだ複数残っていたのだ。
「リザード、ヴァンパイアバット、ゴーレム……種類も多い」
鉱山付近における討伐対象は多岐にわたっていた。どれもDランクと無理のないレベルではあるが、異常なほどに種類が多い。
その上どれもイオが戦ったことのない魔物ばかりだった。
「これはどの依頼を受けるか慎重に考えないといけないね」
アルバートが難しい顔でそう言った。できるだけ不利とならないように受ける依頼を厳選するべきと考えるのはイオも同じである。
ただ、イオは突然これほど魔物が大量発生したという点に疑問をもった。重なるのはアビタシオンで相対したクイーンホーネット。あの時もクイーンホーネットは突然現れ、急速に勢力を拡大していった。
今回は複数の魔物が現れたということで同列には語れない。しかし、2つの都市でこうまで魔物が活発に活動していると考えるとイオはどうしても不安を拭えないのだった。




