第44話 祝勝会と資料室
第2章本編ラストです。
「クイーンホーネット討伐と、勇敢に戦った仲間に、乾杯!」
『乾杯!』
日が沈みかけている夕暮れの中、明かりの灯った冒険者ギルドから祝杯の声が上がった。
音頭を取ったのはカルボ。クイーンホーネット討伐に参加した冒険者もそれ以外の者も手に酒の入った容器を掲げている。
イオたち25人の冒険者がクイーンホーネットの討伐に向い、それを成し遂げてからすでに3日の時が流れている。今日はギルドの酒場を貸し切りにした祝勝会が開かれていた。
なぜ3日後の今日になったのかというと、討伐に参加した冒険者のほとんどが決して小さくない被害を受けていたからである。
まず、途中で抜けた2人を除いた23人のうち死者が5人。すべてキラーホーネットに致死量を超える毒を流し込まれたのが死因である。そして、重傷者は14人。同じくキラーホーネットによるものである。残った4人もそれぞれ軽傷は負っていた。
といってもそれほど深刻というわけではない。キラーホーネットの攻撃手段があくまで針を刺すことだったので、大量出血などはなかったのだ。毒は解毒薬を飲むと回復するので、後遺症の心配もない。この3日というのは毒が完全に抜けるまでに要した時間である。
そうして回復した冒険者たちは、やっとこうして討伐の喜びを分かち合うことができたのだった。
「にしても冒険者っていうのはたくましいね。俺はまだあそこまで騒げるほど疲れが取れてないよ」
食べ物を胃に詰め、酒を流し込んで騒ぎ合う冒険者たちを見て冒険者歴がまだ半年弱のアルバートはそう言った。口元に浮かんだ苦笑いはどこか呆れを表している。
「騒いだらだめですよ、アルバートさんは。私、本当に心配したんですからね」
アルバートの隣でルーがどこか怒った風に言う。事実、仮にもしアルバートが騒ごうものならすぐに雷が落ちそうな予感がアルバートにはしていた。先ほどとは別の意味を込めた苦笑いでアルバートはルーに応じる。
「そんなことはしないよ。そもそも元気だったとしてもあんな風にはなれない」
その視線の先には暴れ乱れる冒険者たちの姿が。ある者は酒を飲み比べ、ある者は大声で自分の武勇伝を語り、またある者はすでに床で寝ていた。
たしかにあんな姿のアルバートは想像できないと思いながらも、ルーはアルバートが全快していないことを痛ましく思わずにはいられなかった。
「……私、アルバートさんが担がれて運ばれてきたとき、心臓が止まりそうになったんです。だってあのアルバートさんが気を失うなんてありえなくって……」
「ただの魔力枯渇だよ。でも心配かけてごめん」
「いいです。無事でいてもらえるなら」
そう言うルーの表情は先ほどまでより幾分すっきりとしていた。
ティグレがクイーンホーネットを倒したその瞬間、敵を殺すことしか考えられなかったキラーホーネットは元に戻った。そしてすぐさま自分たちの女王が敗れたことを知る。その時のキラーホーネットたちの乱れ様は凄まじいものだった。
ある個体は一目散に逃げ去り、別の個体はその場で右往左往する。様々な行動をとっていたが冒険者たちに襲い掛かるような個体はほとんどいなかった。
女王を失った手下たちはかくも脆い。
そしてアルバートはそうなるまで多くの冒険者たちを守り切ったのだ。しかし、アルバートは代償としてすべての魔力を使い切ったことで起こる魔力枯渇に陥り、深い眠りに落ちたのだった。
その後は特筆すべきことはない。無事だった冒険者が町へ戻って人を呼び、負傷者を背負って帰還しただけである。
「にしてもさすがに厳しかったなあ」
アルバートはあの死闘を思い出して呟いた。
圧倒的な実力をもつアルバートだが、Bランクの魔物と戦った経験などほとんどない。それに今回は集を個と見なしてのBランクだったので、通常の魔物とは勝手が違ったのだ。
と、そこにアルバートへ声をかける者が現れた。
「よう、楽しんでるか、「蛇使い」?」
アルバートへ話しかけたのは、討伐に参加していたCランクの男だった。アルバートも気さくに返す。
「ああ、楽しんでるよ。ところでその「蛇使い」っていうのはなんだ?」
「お、これか? 何ってお前の異名だよ。いや、俺もお前に助けられた口だからな。国中に広めてやるぜ」
「あんまり嬉しくないんだけどなぁ……」
異名というのは冒険者の中でも特に優れた者がつけられる通り名のようなものである。これはギルドが名付けるのではなく冒険者たちが勝手に広めていく名であるから、それが一般的に知られるようになるということは、その冒険者が本当に凄腕である証拠にもなる。
とは言っても、「蛇使い」というのはあまり強そうでない上に本来のスタイルでもないから喜べないというのがアルバートの本音である。
「いやー、これで「手負い虎」もいればよかったんだが。まだ寝てんだろうな」
「それはもしかしてティグレのことかい……?」
「おうよ! 今回の2大功労者だ」
ティグレは空中でクイーンホーネットを仕留めた後、体力に限界が来たのか受け身を取り切れず背中から落下した。そのせいで骨折などの重傷を負い、今も眠っている。
疲れも苦しみも関係なく、どれほど追い込まれていようと鋭い眼光で敵を射抜くその姿はたしかに手負いの虎と言えるだろう。しかし、だからといってあんまりな異名である。アルバートはこの男の名付けのセンスに空恐ろしいものを感じた。
ちなみにクイーンホーネットにとどめを刺したティグレと、多くの仲間を守り抜いたアルバートは、今回の討伐において2大功労者と呼ばれている。
そんなやり取りを交わして男と別れた後、ずっと黙って話を聞いていたルーが口を開いた。
「2大功労者で異名……アルバートさん、さすがです」
「やめてくれ。俺だけの力じゃない。カルボさんにバルさんたち、それになによりイオの力があって成し遂げられたことだ」
「そうですか……イオ君も頑張ったんですね。ところで、そのイオ君はどこに行ったんでしょう?」
ルーはあたりを見回してそう尋ねる。アルバートも同じように周囲を探るがその姿はどこにも見当たらない。
「最初は一緒にいたんだけどな……。あれ、カナリアもいない」
「本当ですね……どこに行ったんでしょう」
イオとアルバート、カナリア、ルーの4人は連れ立ってこの祝勝会の会場までやって来た。乾杯のときにはたしかに2人とも近くにいたのだが、話をしている間にいなくなってしまっていた。
2人はイオとカナリアがどこへ消えたのか分からず首を傾げるのだった。
♢ ♢ ♢
扉の隙間から洩れる騒がしい声。皆、勝利の快感に酔いしれ酒を酌み交わしているのだろう。
そんな華々しい祝勝会とは真逆の、静かで薄暗い紙の匂いが漂うギルドの一室にイオはいた。
「……ない。……ここにもない。やっぱりない」
部屋の窓から差し込む月明りを頼りにイオは紙をめくり続ける。あたりにはイオの呟き声と、紙がこすれる音だけがしていた。
ここは冒険者ギルドの資料室。過去の討伐記録などが納められており、クイーンホーネット討伐の前にイオが世話になった部屋である。ここはギルドに申請さえすればいつでも使える。といってもわざわざ調べ物をする冒険者は少数なのだが。
一通り読み終えたイオは資料を丁寧に机の上に置き、ため息をついて机に突っ伏した。
「何してんのよ」
突然聞こえた誰かの声に、イオは身を起こした。暗くてよく見えないが、開かれた資料室の扉の近くに立っている人物をイオは知っていた。
「みんな酒場で楽しんでるわよ。あんたは何してんの」
何も答えないイオにその人物はこちらに近づきながら再び問いかけた。月明りに照らされたことでその容貌が明らかになる。
「……そっちこそ何しに来たんだ、カナリア」
イオは質問に答えず、同じような問いかけをした。問われたカナリアは机を挟んだ長椅子の、ちょうどイオの斜め向かい側にあたる場所に腰かけた。
「私はあんたがこそこそ抜け出してるのを見たから着いて来ただけよ。気づかなかったの?」
「……まったく」
気配察知は得意分野であるだけにイオは地味にショックを受けた。アルバート同様、イオもまた疲れが完全に取れていないのだろう。イオもまた戦闘後に意識を失ったのだから。
そんなイオの様子を無視してカナリアは三度問いかける。
「私は答えたわよ。で? あんたは何してるの?」
「……調べ物だ」
「それは分かってるわよ。何を調べてたのかって聞いてんの」
だんだんカナリアの口調がきつくなってきている。イオは諦めて正直に答えることにした。
「クイーンホーネットについてだ」
「クイーンホーネットって……もう倒したんでしょ?」
イオの答えにカナリアは頭上に疑問符を浮かべた。倒した相手のことを調べることに意味がないように思えたのだ。
すでに答えることを決めているイオは包み隠さず話す。
「ああ、討伐された。だが、あのクイーンホーネットは俺の知らないことをやって来た」
「それって?」
「悲鳴を上げてキラーホーネットを死兵に変えることだ」
イオの作戦通りにクイーンホーネットの前までたどり着けたあの時、クイーンホーネットは周囲に響き渡るほどの甲高い悲鳴を上げた。その瞬間、キラーホーネットの動きが目に見えて変わった。死を恐れずひたすらに攻め続けるというあの猛攻のせいでこちらは大きな被害を被った。
これを引き起こしたのがクイーンホーネットの悲鳴であることは疑いようがない。
「私も聞いたわ。それで大勢の人が怪我をしたのよね」
「そうだ。初めは俺が見落としていたんだと思っていたが、今見直してみてもやっぱりそんなことはどこにも書いていない」
「ふーん……」
カナリアは興味のない様子でそう返したが、ふと思いついたように訊いた。
「で、結局なんでそんなこと調べてたのよ? 討伐したのならなんだっていいじゃない」
イオは答えるかどうか迷った。ここまでカナリアと話したのもイオにとっては珍しいことだ。本来ならカナリアの問いに答える義理などイオにはないのだから。
そう思ったところでイオは自分がまたカナリアから目を背けようとしていたことに気づいた。カナリアにとってもイオとこんなに話すのは珍しいことで、少し前ならありえないことである。そのカナリアがこうしてイオと向き合おうとしている。そう考えるとイオはカナリアを無下に扱うことができなかった。少し間をおいて答える。
「……あの作戦を立てたのは俺だ。俺が知らなかったせいで他の人間を危険に晒し、死人を出したと思うと気になって仕方がなかった」
「……」
「まあ、実際は知りようのなかったことだったが」
皮肉気にそう語るイオの話をカナリアは無言で聞いていた。
「俺以外のやつが作戦を立てても同じだったのかもしれない。もしかしたらもっと被害が出ていたかもしれない」
「……」
「それでも任された仕事だった。なんとか完遂して、俺を笑った奴らに、俺を殴ったアイツに言ってやりたかった。俺が正しかったんだって」
だがそうはならなかった。イオの立てた作戦は途中で崩壊し、クイーンホーネットを倒したのは完全に個人の活躍によるものだった。
散々偉そうに指示を出しておきながら、結果は数人の死者と大勢の怪我人を出してつかみ取ったかろうじての勝利だった。戦闘で活躍したアルバートやティグレが称賛を浴びてもイオを褒める声はない。
資料室に気まずい沈黙が降りた。イオはつい熱くなっていたことを悟り、取り繕うように言った。
「……悪い、忘れてくれ。見苦しいことを言った」
言いながらイオは自己嫌悪に陥る。他の人間に命を賭けさせてまで実行した作戦の目的が自己満足のためだったと告白したのだ。こんなことを言われれば誰でもイオのことを軽蔑するだろう。
イオは目線を下げてカナリアの顔を視界から外した。相手が誰であれそんな目で見られたいとは思わない。
果たして、イオの話をすべて聞いたカナリアは口を開く。
「ーー初めてあんたの本音が聞けた気がするわ」
それはイオを責めるものではなかった。話の内容よりもむしろイオの本音を聞けたことを喜んでいる。そう感じられた。
まだ顔を上げられないイオを見かねて、カナリアは机を挟んでイオの正面に移動する。そして発破をかけるように呼び掛けた。
「ほら、前を向きなさい! 私言ったわよね? ちゃんと私を見ろって。今の私が、あんたを蔑んでいるように見える?」
「……いや」
「勝手に人が自分をどう思っているか決めないで。少なくとも私は今の話を聞いてあんたが見苦しいなんて思わないわ」
そう語るカナリアの表情に嘘は見当たらない。軽蔑されるなど、イオが勝手に作り上げた幻想でしかなかった。
イオはまたカナリアを偏った考えを通して見ていたのだ。こんな自分が好かれるはずがない。幻滅されたに決まっている。イオはカナリアからの視線を逃れてそう決めつけていた。
「馬鹿にされて、殴られもしたの? そんなの反発して当たり前じゃない。……私が言えることじゃないかもしれないけど」
カナリアの言葉の前半には驚きと怒りが、後半には深い後悔が含まれていた。正面から見ているだけでカナリアが本気でイオの身を案じているのが分かった。
カナリアは一度咳払いをして締めくくる。
「とにかく、私はさっきの話であんた、イオを蔑んだりしないから。それどころか勝った後で反省していてすごいって思う。動機はどうあれ他の人を死なせないように作戦を立てて、ギリギリでも成功させた。それで満足しないイオを、私は「正しい」と思っている」
その瞬間、イオは視界の曇りが晴れたような錯覚に襲われた。
これまでどれだけ否定されただろうか。腕力や魔法で敵わない相手に勝とうと思考を繰り返すイオを、何人の人が無駄なことだと笑っただろうか。
そんなイオはこれほどまではっきりと肯定されたことがない。それもイオの本音まで聞いた上で、それでも肯定されるなどありえないと思っていた。
イオの表情が変わったのを見てカナリアは立ち上がり問いかけた。
「そろそろ戻らない? 料理なくなっちゃうわよ」
「いや……もう少しここにいる」
「まだ調べることがあるの?」
「人が多いのは苦手なんだ」
「なにそれ」
そんなやり取りをしていると開きっぱなしの扉から一際大きな歓声が上がった。耳を澄ませてみると、どうやら冒険者の誰かが受付嬢に告白をしたらしい。イオは森の中で冒険者の1人が告白することを言っていたのを思い出した。結果は惨敗に終わったらしいが。
そんな馬鹿騒ぎとは無縁の静寂に包まれた資料室。カナリアはイオに付き合ってまだ部屋を出ていない。
2人はしばらくの間、無言の時を過ごすのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。2章はもっと短くなる予定だったんですが、気づけばこんなに長引いてしまいました。
次は3章の前に「聖女」の話を1話入れる予定です。そして、3章は少し明るめの話にできたらと思っています。
これからも本作をどうぞよろしくお願いします。




