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第42話 クイーンホーネット④ それぞれの役割

「止まってください。少し行ったところで待ち伏せがいます」


 イオの言葉に全員が足を止めた。誰もイオが指示を出すことに反発する人はいない。


 イオたち冒険者はクイーンホーネット討伐に向けて2回目の進行を実行していた。しかし、1回目と比べていくつか変化がある。

 まず、人数が2人減っている。キラーホーネットに刺されて負傷したサリバは解毒薬を使ったこともあって死ぬことはなかったが、戦線復帰は不可能だったのだ。もう一人は怪我をしたわけではないが魔力が底をつきそうだったため、サリバの護衛を兼ねて離脱した。今頃もうイオが指定したルートで町へ戻っている頃だろう。


 そしてこれが一番大きな変化なのだが、カルボに代わりイオが自ら進行方向を決めて指示を出しているのだ。もちろん他の冒険者たちはいい顔をしなかったが、Bランクの半数とCランクの一部が賛成したため渋い顔で従っている。

 こうなったのはイオが発案した作戦が決行されることに決まったからだ。そのためには敵の位置を正確に知る必要があったため、いちいちカルボを通さず自分で言った方が合理的だと判断された。


「ティグレ、ベスティード。頼んだぞ」

「……ああ」

「了解した」


 といっても戦闘についての指示は今もカルボが出している。イオはあくまで参謀的な立ち位置で、リーダーはカルボのままである。

 カルボに言われてティグレは不服そうに、ベスティードはいつも通りに返事を返し、前へ進んでいく。他の冒険者は待機したままだ。


 これはイオが出した作戦の1つである。クイーンホーネットが率いる本陣にたどり着くまでは戦力を極力温存するつもりである。

 そして20匹程度の小隊を潰すのに抜擢されたのがティグレとベスティード。もちろんこの人選にも理由がある。


「……にしてもBランクとCランク上位を前座で使い潰すとはな」

「仕方のないことです。これが一番合理的ですから」

「ティグレのお前を見る目線がもはや親の仇レベルだぞ」


 呆れ口調のカルボにイオは淡々と返答をする。


 そう、イオはこの2人にクイーンホーネット戦で何の役目も与えなかったのだ。雑魚処理に使われるティグレの恨みも分からないものではない。

 しかし、その原因はティグレ自身にある。たしかにティグレは単体での戦力が大きいが、チームワークが致命的に取れない。無駄に暴れて場を乱されるくらいなら先に疲れ果てるまで働いてもらうことにしたのだ。

 そして同じ役目にベスティードが選ばれたのはまた別の理由である。ベスティードも強さはかなりのものであるが、一体ずつレイピアで攻撃するスタイルは時間がかかりすぎる。この作戦では単体での強さよりも殲滅力が求められるので本命には外されることになったのだ。同時に、無軌道に動くティグレに合わせられた実績があるという理由もある。


 そうこうするうちにイオの耳は戦闘の終わりを告げていた。


「終わったようです。行きましょう」


 その指示に従って一行は再び歩き始める。しばらくはずっとこの繰り返しだった。


 一度獲物を逃がしたからか、クイーンホーネットは配置を変えてきていた。回り込んでイオたちを後ろから襲うようなことはせず、ただクイーンホーネットまでの道の守りを固めていた。それも大々的なものではなく、少数で待ち伏せし奇襲を仕掛けるなど性格の悪い守り方だ。

 しかし、今回その手は悪手である。なぜならイオはその存在を事前に察知することができるからである。キラーホーネットの羽が空気を震わせる音は静かな森の中でとても目立ち、感覚を強化したイオが聞き逃すことはない。クイーンホーネットはそのことに気づいていなかったのだ。


「止まってください」


 イオが指示を出し、全員が立ち止まる。そして音一つ立てないよう彫像と化す。そうすること十数秒。


「……大丈夫です。進みます」


 イオから声がかかり再び歩き出す。その歩き方もなるべく足音を立てないような配慮が見られた。


 これもまたイオが取り決めたことである。雑音に煩わされることなく周囲を探るために、定期的に立ち止まるようお願いしているのだ。道中もできるだけ音を出さないよう頼んである。


 あれからイオは、あの意識だけが飛び出す感覚を試していない。おそらくやろうとしてもできないだろう。あれは限界を超えた集中力と何かしらの要因があって起きたことだとイオは考えている。そしてそこまでいくのにかなりの体力と精神力を消費する。

 一度休憩したから何とかなっているが、イオの体調はまったく本調子とは程遠い。最初と同じように好き勝手動いていてはイオが最後までもたない。そのことと、より正確な情報を得るためにイオはこれを決めたのだった。


 冒険者たちも最年少の子供に指示を出されていては面白くない。しかし、実際にイオの言った所に敵は存在し、比較的楽に奥へ進めているのだ。Bランクの手前、文句を言うこともできない。


 こうしてイオたちは、クイーンホーネットの策が裏目に出たこともあって2人以外疲労することなく進んでいくのだった。






 ♢ ♢ ♢






「止まってください」


 本日何回目かも分からないイオからの停止の声がかかる。


「ここから先は明らかに敵の数が違います。クイーンホーネットがいると見ていいでしょう」


 そう言うと冒険者たちの間に緊張が走った。ついにBランクという強大な魔物であり、討伐目標でもある相手が目の前にいるとなると当然だろう。

 イオは2人だけ目に見えて疲労がたまっているティグレとベスティードの方を向いて言った。


「お二人はここまでで十分です。ありがとうございました。後ろで休んでいてください」

「ふざけるな」


 礼を言ったイオに即座に反発したのはティグレだった。ティグレは汗だくになりながらもその目に闘志は消えていない。


「ここまでやらせといて用が済んだら放り出すのか」

「この先は今までとは違う。突っ込んだら死ぬぞ」

「はっ、誰が死ぬか。それより自分の心配をしたらどうだ? 俺は帰ったらお前をぶっ殺すんだからな」

「……好きにしろ。ただ勝手なことだけはするな」

「その減らず口、絶対に引き裂いてやる」


 敵意がむき出しのティグレに対し、イオはあくまで冷静な態度を崩さない。険悪な空気が流れた後、イオはベスティードに向き直った。


「……もしかしてベスティードさんもですか?」

「私も守られるのは好きじゃないんでね。安心したまえ。引き際は心得ている」

「……それなら後衛の守りをお願いしていいですか? 敵が流れてこないとは限りませんし」

「引き受けた。任せてくれ」


 ベスティードは乱れた長髪を揺らして優雅に礼をした。Bランクが守りについていれば後衛も安心できるだろう。気を取り直してそうイオは考えることにした。


「カルボさん、指揮はお願いします」

「ああ。ここまで連れてきてくれたんだ。なにがなんでも成功させてやる」


 消耗を最小限にして全員をここまで連れてくるというイオの役目は、ここで一応終わりということになる。ここからは卓越した魔法操作力をもつイオのパーティーメンバーが作戦の要だ。


「アルバート、あとは頼んだ」

「イオは俺の期待に応えてくれた。ならば俺もその期待に応えよう」


 決意を目にしてアルバートはイオに答えた。


 そして作戦が始まる。



 ♢ ♢ ♢



 森の奥深く、誰も来ないような薄暗い闇の中で女王は鎮座していた。目の前には軍勢とも言えるほどの数の子分たちが、今か今かと出陣を待ち構えている。

 その様子を見て女王は軽薄に笑う。道具でしかない子分たちが、自分のためにと喜々として死地へ向かうのが滑稽に映ったのだ。


 クイーンホーネットとキラーホーネットには知能という点で圧倒的な差がある。片や策を巡らし歴戦の将をも唸らせる手腕を発揮し、片や女王に逆らえず捨て駒にされてもそのことに気づけさえしない。もはや両者は全くの別種とも言える。

 よってクイーンホーネットはキラーホーネットを道具としか見ておらず、自分の子であっても平気で使い捨てるのだ。


 そしてそれは人間も同じ。クイーンホーネットにとっては人間も同じく下等種族だった。不敬にも自分の領地を侵し、略奪を試みる不当の輩。そのくせ少し手下を動かせば面白いほどに引っかかってくれる。

 少し前もそうだった。人間の一団が領地に侵入してきたが、罠とも知らず自分から囲みに突っ込んできたのだ。あれにはクイーンホーネットも笑いをこらえきれなかった。

 逃げられはしたもののこちら側の勝利と言って差し支えない内容である。


 そしてまた懲りずに人間たちはやって来た。次こそは殺してやろうと手下を向かわせる。

 先ほどは後ろから押し込もうとして逃げられたのだから、今度はいけると思わせて引けぬところまで引き込んでしまおう。それがクイーンホーネットの作戦だった。手下を小出しにして人間に倒させ、調子づかせたところで大群の登場。

 もちろん人間どもは逃げるだろう。しかし、逃げた先にもすでに手下を配置済みである。その対処に追われている間に大群で押し潰す。それがクイーンホーネットの描いたシナリオだった。


 しかしーー


「…………?」


 クイーンホーネットは首を傾げる。思っていた以上に人間側の消耗が少ないのだ。

 勝たせるにしてもそれなりに手こずらせるつもりではあった。そのための待ち伏せと奇襲である。勝利をより確実なものとするためには疲労を溜めさせておかなければならないのだ。


 クイーンホーネットは知らなかった。人間側にも自分と同じ思考の持ち主がいたことを。

 効率を重視して道中の敵をすべて2人だけに押し付けて使い潰すという、仲間思いには程遠い人間があちらにはいたのだ。

 さらにその人間が、自分たちの存在を捉えるのに特化した能力を持っていることも知らない。


 クイーンホーネットの生のリミットは、刻一刻と迫り続けている。



 ♢ ♢ ♢



「『豊穣の炎蛇(ウラエウス)』」


 アルバートは声に出して魔法を発動した。すると、アルバートを囲むように巨大な炎の輪が出現する。

 輪はチリチリと火の粉を躍らせると、そこから細長い何か、よく見ると小さな蛇を生み出し始めた。蛇は同じ方向に向かい、川のような一本の流れをつくる。


「……なんという魔法制御だ」


 ベスティードが(おのの)くように呟いた。ベスティード自身が水を操作して戦うスタイルなので、アルバートの見せた魔法がどれほど難しいものか理解できたのだろう。

 実際アルバートの魔法は最上級の難易度を誇る使い手の少ないものであった。


「行きましょう。長くはもちません」

「クイーンホーネットは目の前だ。気を引き締めていくぞ!」


 アルバートに促されカルボが指示を出す。すると、炎の蛇は冒険者たちの左右へと分散し始めた。周囲の木々に燃え移らせることなくこのような動きを可能にするのも、アルバートの制御力があってのことである。


 彼らはキラーホーネットの大群に真っ向から向かっていった。

長すぎたので2話に分けました。次で決着です。

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