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第40話 クイーンホーネット② 限界と策略

遅くなって申し訳ありません!


タイトルを変更しました。今後もよろしくお願いします。

「走れ!」


 キラーホーネットによる包囲から逃れるためにイオたち冒険者は一点突破を目指して走っていた。

 まだ本当にキラーホーネットに囲まれつつあるのか冒険者たちは分かっていない。しかし鋭いイオの聴覚は、包囲が着々と進んでいることを教えてくれた。


 と、ここでついにキラーホーネットの姿が捉えられた。


「……なんて数だ」


 誰かが怖気着いたように言った。だがそれも仕方のないことなのかもしれない。

 冒険者たちの前方遠くには数え切れないほど多くの黒い影が飛んで来ているのだ。おそらくその数は100に昇るだろう。強化されたイオの目には、どの個体もひどく興奮した様子で敵対心をむき出しにしているのが確認できた。


 動揺を隠しきれない冒険者たちにカルボは指示を出す。不安を感じずにはいられないはずなのにそれを一切表に出さず、カルボは毅然とした態度を取り続けていた。


「魔法で攻撃した後、前衛は後衛を守りながら前に進む。前衛は囲まれないように気をつけろ。後衛は上から来るヤツを狙え。いいか、俺たちはまだクイーンホーネットのところにたどり着いてすらないんだ。こんなところで死ねるはずがないよな?」

「当たり前だ! この仕事の金でたらふく酒を飲むんだからな」

「俺は帰ったら受付嬢のナリーアちゃんに告白するぜ」

「ギャハハ! 断られるに決まってんだろ!」

「んだと!?」


 挑発じみたカルボの言葉に冒険者たちは煽られたのか口々に騒ぎ出す。少しの間どうでもいい話が盛り上がったものの彼らの士気は十分に高まった。カルボはこの数時間の間でリーダーとして冒険者たちの信頼を獲得していた。


「おら、静かにしろ。それから先頭は……」

「俺が行こう」


 カルボの言葉を遮って名乗り出たのは双剣使いのティグレだった。鋭い目に決意の光が灯っている。


「俺が道を切り開く。ハチ共はすべて切り刻んでやる」

「Cランクの君に任せてしまってはBランクの名が廃る。私も行こう」


 芝居染みた口調で歩み出たのは紫色の長髪を頭の上で一束にまとめた美形の男だった。彼は見せびらかすように手に持ったレイピアを振りかざす。


「このベスティードが君たちを導く。大船に乗ったつもりでいたまえ」


 仕草はいちいち大袈裟だがその言葉は真剣そのものだった。Bランク冒険者の宣言に他の面々は頼もしさを感じた。


「分かった。ティグレとベスティード、よろしく頼む」


 それからさらに数人を先頭に加え、配置を決め終わる頃にはキラーホーネットの大群は魔法の射程圏内に入っていた。

 イオと、魔法が苦手らしい数名を除いてほぼ全員が魔法を放つ準備に入る。そして--


「撃て!!」


 カルボの合図とともにそれらは一斉に放たれた。様々な遠距離魔法が4属性に分かれて一斉に撃たれる様は圧巻の一言である。

 うるさいくらいに聞こえていたキラーホーネットの羽音は、魔法が地面を、枝葉を、そしてキラーホーネット自身を撃ち抜く音にかき消されている。この中ではイオの「感覚強化」も使えない。


 一部、火属性の魔法によって木々の燃えているところがあるが、一行はそれを気にする暇もなく駆けだした。その中でも先頭を行くのは双剣を手に持つティグレと、レイピアを悠然と構えるベスティードだ。


「おら、消え去れ!」


 荒々しく声をあげながらティグレは猛獣の如くキラーホーネットを打ち落としていく。両手に持つ剣と、切断に特化した風魔法である「風刃(ウィンドカッター)」。これらを使いこなすティグレはその圧倒的な手数で立ちふさぐキラーホーネットを切り裂いていった。


「ふっ! この程度で、私に触れられると思うな!」


 それに対してベスティードの戦いぶりはティグレと対極とも言える。ベスティードは体の周りに魔法で水を展開し、襲い来るキラーホーネットを阻んでいた。そして動きの止まったものからレイピアで脳天を穿(うが)たれる。


 ベスティードが使っている魔法は「水纏(ドレスドウォーター)」。身に(まと)った水を任意に操作することができる近接用の水魔法である。

 ベスティードはこの魔法を防御と足止めに利用して、一匹ずつ急所をレイピアで突いてキラーホーネットを倒していた。その正確無比な突きは一度も外れることない。


 どこまでも攻撃の姿勢を崩さないティグレと、絶対の防御を体現するベスティード。2人はスタイルこそ違えどその実力をもって次々とキラーホーネットを倒していった。


 2人以外の冒険者たちも各々の武器と魔法を使って襲い来るキラーホーネットを打ち倒している。ここまで裏方に徹していたアルバートも一行の右手側の防御を担っており、安定した戦い方でキラーホーネットを切り捨てている。


 そんな中でイオはというと、必死に目を凝らし耳を澄ませていた。


(……くそ、戦闘音が邪魔で耳がまったく使えない)


 イオは自分の不甲斐なさに内心で舌打ちをした。

 ただでさえ25人という大所帯で行動しているのだ。普通に歩いているだけでも足音や話し声によって索敵の妨げになるのだ。ましてや彼らと100匹近くのキラーホーネットの戦闘の真っただ中にいては遠くの敵を音で探るなどできるはずがない。

 だから代わりに目で探ろうとしているのだが、それもうまくいっているとは思えない。今イオは完全にお荷物の状態だったのだ。


「なにきょろきょろしてんだ! 目障りなんだよ、無属性が!」


 イオの後ろを走る男がこんな時に暴言を吐いてくる。だが、この緊急時に何度も後ろを振り返っていたイオにも非はある。


 現在イオは前衛陣と後衛陣に囲まれた、一番安全な場所を走っていた。もともとイオは戦闘を期待されておらず、ある意味で非戦闘員の扱いだったので当然ともいえる。

 しかし、周りからすればそれは面白いことではない。自分たちは戦っているのに、何もしない子供が一番安全な場所にいるというのは到底許せることではないだろう。


 加えてイオが「感覚強化」で感知したことはすべてカルボを通して伝えられる。周りから見ればイオは何もしていないに等しいのだ。


(そんなことは分かってる。でも……!)


 聞き慣れた罵倒を聞き流し、イオは委縮するどころか気合を入れ直す。自分が仕事をしさえすればこんな言葉はただの言いがかりだ。イオは自分にそう言い聞かせた。

 この跳ね返り精神がイオをここまで成長させたのだ。周りから役立たずと言われようとも、他の人にできないことができれば相手の方を悪く言える。優位性が保てる。そう思うためだけに、イオはここまで絶望に抗い続けてこれたのだ。


 頭上で火の粉が散る。上から襲ってきたキラーホーネットを誰かが迎撃したのだろう。

 戦闘についてイオはこの場にいる誰にも敵わない。ならばイオが戦闘のことを考えても仕方がない。イオは戦闘をすべて他の人に任せ自分の役割に集中する。一応手に持っている剣はすでに構えられてさえいない。


 目を凝らす。


 ドゴスが斧を振り回してキラーホーネットを牽制しているのが見えた。


 耳を澄ます。


「へっへー、まだまだいけるっすよ!」


 左前方を駆けるバルが言った、軽い口調の言葉が聞こえた。


 だが、そんな近くのものではない。もっと遠く。常人では気づかない、イオ以外に見えない、聞こえない危険を探すーー。



 ゥ゛……ゥ゛ゥン……



 かすかに聞こえた遠くの音に、イオは鼓動が早くなるのを感じた。イオの勘はそれが明確な危険だと告げている。

 その音源を探すために、イオは極限まで高めた集中をさらに細く尖らせる。



「おら!」ゥ゛「アブねっ」ン……「(ウィンド)……」ドゴッ……

 ヴゥ「来い!」ン……ブシ「消えッ」ッゥゥン……「まだまだ!」ヒュゥ゛ンッ



 聞こえる。だがどこからの音なのか分からない。目を凝らしても生い茂る木々が邪魔で見通せない。

 絶えない戦闘音にイオは苛立ちを感じた。


(邪魔だ。邪魔。消えろ。俺が聞きたいのはそんな音じゃない)


 耳元で様々な音が大音量で聞こえてくるようなストレスに耐え切れず、イオは血がにじむほど手を握りしめた。そしてまるで呪いのように怨嗟(えんさ)のこもった言葉を吐き続ける。


「……消えろ消えろ邪魔だクソ消えろッてんだろうがクソ消えろ」


 心の中だけだったその言葉は、いつの間にか食いしばっていた歯の隙間から漏れていた。しかし、戦闘音にかき消されて周りの冒険者たちには聞こえていなかった。


 聞こえているのに特定ができないもどかしさが加わり、イオの精神は本格的に限界を迎え始めていた。大量の雑音の中から求める音だけを聞き分けなけばならないイオにかかる負担は、この場に限らずだれも味わったことのないものだろう。ましてやイオはその間ずっと走り続けているのだ。


 精神の負荷が重くなれば魔法の制御はできなくなる。「感覚強化」の効果は切れ初め、酷使しすぎたイオの目と耳は本来の機能すら大幅に下回ろうとしている。

 霞む視界と、酷い耳鳴りにイオは自分の限界を悟る。あとに残るのは疲労と苛立ち、そして何もできなかったという事実のみ。


「ハァ、ハァ……クソッ」


 すでに足元はふらついていて、まともに走れそうもない。周りの人間が自分を見て何か言っているようだが、イオはその内容を理解することができなかった。

 意地だけで倒れ込みそうになるのをこらえながら、イオは心の中で呪詛をまき散らす。


(クソッ、クソッ……結局俺はこの程度か……)


 与えられた自分の役割すら果たせず、自爆で足を引っ張る。ランクはCでここにいるほとんどの者と同格だが、実態はイオの方が圧倒的に劣っている。戦闘で劣るならと「感覚強化」を身に着けたが、今この場において使えないならイオの価値は無に等しい。


(ああ……本当にもう……)


 自分を邪魔する雑音と、そして何より自分自身に向けて、イオは絞り出すように口にした。同時に最後の抵抗にとなけなしの魔力も絞り出した。


「……消えちまえッ……!」


 その瞬間、イオの中から透明な何かが糸のように伸びていった。そして、すべての音と光が消えるーー。






 ゥ゛ゥン……


 ゥ゛ヴゥン……


 ヴブォンヴゥンヴォン……






 聞こえるはずのない音。見えるはずのない景色。


 消えたはずのイオの世界に、新しい(いろどり)が生まれる。


 しかし、それは平和な世界ではない。むしろ危険で毒々しい色合いをしていた。


 見渡す限りの蜂、蜂、蜂。どれも人間の頭ほどの大きさだ。


 そして、それらの後方に守られるように君臨しているのは、二回り以上大きな女王蜂。女王は罠にかかった獲物をあざ笑っている、気がした。


 イオの予想だ。しかし、間違ってはいない。なぜなら獲物(イオたち)は今も女王の掌の上で踊り続けているのだから。


 女王蜂の、すなわちクイーンホーネットの嘲笑を感じ取ったイオは急激に顔が青ざめるのを感じた。

 この不可解な現象がもし現実のものならば、イオたちは今も死に向かって突き進んでいるということなのだから。


 伝えなければ。そう思った瞬間にイオは抵抗する間もなく真後ろに引っ張られていった。数十匹のキラーホーネットをすり抜け、いまだ戦い続けている冒険者もすり抜けて、世界が甦る。


 光と音が甦るーー






「ちょっと、あんた! 大丈夫なのかい!?」

「イオ、しっかりしろ!」


 浮上した思考が最初に感知したのは、イオに呼び掛ける声だった。

 顔を上げてみると、そこには後衛職の1人である女性とカルボが心配というよりも驚きを顔に浮かべて立っていた。


 いつの間にかイオは膝をついていたらしい。2人が倒れそうなイオの体を支えている。

 ふと顔に違和感を感じて触れてみると、手に血が付着していた。限界を超えた集中は鼻血を出すほどのものだったのだ。


 止まらない鼻血を煩わしく思いながらもそれを無視し、イオは緊迫した声で言った。


「カ、ルボさん、ダメです」

「あ? ダメって何がだ?」


 イオの声はかすれてガラガラだったが、カルボはきちんと聞き取ってくれた。


「罠です。この先に、クイーンホーネットが、待ち構えています。このまま行くと、囲まれます」


 イオたちは今大勢のキラーホーネットを連れてクイーンホーネットの方へと進んでいる。当初の予定では、囲みを突破したところで立ち止まり、後方のキラーホーネットを殲滅する予定だった。

 しかし、囲みを抜けた先にさらに多くのキラーホーネットが待ち受けていたら? 囲まれないように一点突破したはずなのにその先で囲まれてしまうのだ。しかも疲労を重ねた状態で。


 どこまで読んでいたかは分からないが、囲まれようとした時点でイオたちが後ろではなく前に進むだろうということをクイーンホーネットは予想していたのだ。時間をかけて歩いてきた道を逸れたり戻ったりしたくないという、人間の思考を読んでいた。

 戦術においてクイーンホーネットは人間よりも上手だったのだ。


「……確かな情報か?」

「はい、間違い、ありません。戻るか、横に逸れるべきです」


 イオの提案にさすがのカルボも即断できない。あともう少しで突破できるというところで戻るとなれば冒険者たちの反発は避けられないだろう。

 そしてこの情報の根拠はイオの魔法しかない。ここでイオを信じるかどうかで未来は変わる。


「お願いします。早く、しないと……!」


 イオが倒れかけたことで一行の歩みは止まっている。引くなら今しかないとイオは懸命に訴えた。

 と、ここでーー


「いってええええっ!」


 誰かの叫び声が上がった。見てみるとそこにはCランクの冒険者が(うずくま)って肩を抱えていた。


 一見順調に進んでいたかのように見えたイオたちの中に、初めて怪我人が現れた。

登場人物

・ベスティード:紫色の長髪を頭の上の方でまとめたBランク冒険者。使う武器はレイピアで属性は水。正確な突きと、防御に優れた魔法が特徴。美形だが仕草や口調がいちいち大袈裟。



今回出てきたイオの謎の力?みたいなものの正体は今後明らかにしていきますのでお待ちください。

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