第39話 クイーンホーネット① 強者たち
セントレスタ皇国の東の端に位置し、隣国であるイーストノット王国との人の出入りが激しいアビタシオンはそれなりに大きい街である。特産品がいち早く届き、他の町からも人がやってくるので商業が栄えているのだ。
イオが初めてアルバートたちと会った日に訪れたパイの店はそれを証明していると言える。通常、イオのようなただの冒険者が砂糖という嗜好品を使った食べ物を食べられるなどありえない。物が多く集まり物価が安いこの街だからこそだろう。
そしてそんな街だからこそ冒険者ができる仕事は多い。例えば荷馬車を扱う商人の護衛。街道付近の魔物の掃討。街の中でもFランク冒険者が受けるような雑用仕事はたくさんある。
そのためこの街を拠点とする冒険者自体の数は多い。が、それでもAランクは1人もおらずBランクが最高である。それだけAランクになるのは難しいのだ。
今回クイーンホーネットの討伐を依頼された24人の冒険者と、依頼はされていないがそれを補助する役のイオ。合計25人の中でBランクはたったの8人だけであった。他は全員Cランク冒険者だ。
「互いの情報を共有しよう」
東の森へと向かう道中でカルボがそう言った。依頼前に使う武器と魔法の属性についてはギルドから教えられているが、実際に誰が何の魔法を使うかなどは知らないのだ。
25人がそれぞれ順番に自己紹介をしていく。その際にイオが無属性であるということに反応した冒険者がいたが、
「こいつは俺の補佐だ。決してお前らの邪魔になるようなことはさせない」
というカルボの言葉によって何とか事なきを得た。同時にイオには報酬が発生しないことを伝えたのも彼らを鎮めるのに一役買った。
だがそれでも彼らのイオを見る目は冷たいままだったが。
そんな一幕があったものの、何とか全員森に入る前に自己紹介を終えられた。それによって、
火属性・7人、水属性・5人、風属性8人、土属性・4人、無属性・1人
前衛・15人、後衛・9人(イオは除く)
このような結果が得られた。前衛が使う武器は剣が一番多く、他には槍や斧を使う人もいる。後衛のうち3人は弓を使い、残りは全員魔法だけで戦うスタイルのようである。
これらの情報をもとに誰がどの位置につくかを決めていく。それを取りまとめるのはリーダーであるカルボ。熟練の冒険者である彼は的確に指示を出し、それぞれに役割を振っていく。
「それじゃあ森に入るぞ。分かっているとは思うが、決して油断するな」
カルボから号令がかかり、一行は森へと踏み込んだ。性格に荒々しさがあっても全員が中堅以上の冒険者である。歩き方や目の配り方など動きの一つ一つにその実力が見て取れる。
だが、この中で一番若いイオはそんな彼らにも見劣りしていない。長くソロで活動してきたイオは、3年という短い期間ではあるが誰よりも濃い経験を積んできた。魔物のはびこる森の歩き方に無駄なところは一つもない。
「前方に魔物! ビックマンティスです!」
と、そこに一番前を行く冒険者から声が上がった。その男の名前はハルディン。カルボと同じパーティーの仲間であり、イオやアルバートの知り合いでもあるCランクの斥候だ。彼は今回、斥候としての腕を買われクイーンホーネットの討伐に参加していた。
「連携して一気に叩け! 相手は一匹だ!」
カルボから指示が飛び出し、後衛の1人が魔法を放った。弧を描いてビックマンティスへと放たれたのは水属性の魔法である「水爆弾」。正面から向かって来る水の塊を、ビックマンティスは当然躱そうとするが-ー
「ギィィ!?」
地面に落ちた「水爆弾」は突然ボンッと弾け、水飛沫をあげた。降りかかる水と音によって注意が散漫になったビックマンティスへ左右から斬撃が迫る。
剣が狙うのはビックマンティスの左右の鎌。前が見えず接近に気づけなかったビックマンティスの鎌は付け根から切り落とされ、痛みから絶叫を上げようとする。しかし、
「ふんぬぁぁ!」
雄たけびと共に振り下ろされた巨大な斧はビックマンティスに最期の声を出させる前にその体を両断した。抉られた地面がその威力を物語っている。
遭遇からここまで約10秒。以前イオたちを苦しめたビックマンティスは一瞬で討伐された。
「見事だな」
「ふん、わしの斧に耐えられるやつなど居はしまい」
カルボの賛辞に斧を担いだ巨躯の男が答えた。頭髪がなく、代わりに口周りを覆っている白い髭が特徴的だ。
彼はドゴスという名のBランク冒険者で、同時にBランクパーティー「守護の鋼」のリーダーでもある。「守護の鋼」は商人などの護衛を専門としており、磨き上げられた連携と必殺の一撃によって守れぬ者なしとまで言われている有名なパーティーだ。
実は先ほど魔法を放った冒険者と、2人の剣士も全員このパーティーの一員である。護衛依頼でアビタシオンに立ち寄ったところで指名依頼を出されたらしい。
「素材は好きに回収していい。ただし動きに支障が出ない範囲でな」
カルボに言われ、2人の剣士がビックマンティスの鎌を回収し終わったところで再び一行は進み始めた。
歩いていると、イオの隣を歩くアルバートが小声で話しかけてきた。
「……こんな浅い場所にビックマンティスがいるのは、やっぱりクイーンホーネットの影響だと思うかい?」
「だろうな」
Dランクのビックマンティスは本来こんなところにいるはずの魔物ではない。もし日常的にいるとしたらこの森は下級冒険者には手が出せないところとなってしまう。
ランクはDだがビックマンティスは決して弱い魔物ではない。そんな魔物まで森の外へと追いやられようとしているということは、クイーンホーネットの討伐はかなり急を要することなのだろう。イオは改めてそのことを認識した。
それからも頻繁に魔物と遭遇したが、どれもDランク以下で「守護の鋼」が瞬殺していた。彼らは護衛が本職なのでクイーンホーネットの縄張りまでの魔物の相手を買って出たのだ。おかげで多くの冒険者が力を温存できている。
そしてついに一行は、無傷の状態でクイーンホーネットの縄張りへと踏み込んだのであった。
「気をつけろ。ここからはいつキラーホーネットが襲ってくるか分からん」
カルボに言われるまでもなくそれは全員が分かっていることだった。Bランクの魔物の縄張りとはそれほど危険な場所なのだ。
ここまででイオはまだ何もしていない。斥候のハルディンがいるので少しでも魔力を節約しようという心づもりだ。いざという時に魔力切れで動けなくなれば目も当てられない。
しかし、縄張りに踏み込んだ時点でもう戦闘は始まっていた。うなるような音が鳴り、先頭のハルディンが声を張り上げる。
「キラーホーネットが来ます!」
「全員魔法の準備! 属性は風だ!」
カルボがそう指示を出すころにはキラーホーネットはもう目に見えるところにいた。数は10匹ほど。大勢で縄張りに踏み込んだ冒険者たちに反応して飛んできたのだ。
前衛が各々の武器を構える後ろで風属性の冒険者が魔法を放った。
「『風弾』!」
「『風矢』」
狙いは広く、弾数が多い魔法が放たれた事でまとまって飛んでいたキラーホーネットは次々と魔法に撃たれていった。かろうじて生き残ったものも前衛によって落とされていく。ここに至って一度「守護の鋼」は後ろにさがり、剣や槍を扱う冒険者が前に出ていた。特にドゴスの斧は小さな相手には向かないのだ。
後続がないことを確認し、一行は再び歩き始める。しかし、少し行くと再び羽音が聞こえてきた。方向は真正面だ。
「さっきと同じで魔法で数を減らす」
冒険者たちがそれぞれ頷きを返す中で、イオだけは別のことに集中していた。それはこの中ではイオにしかできないことである。
「カルボさん、右手側からも来ます」
「なに、それは……! 右からも来るぞ! 警戒しろ!」
一瞬本当かと聞きかけたが、カルボは即座にそのことを周囲に伝えた。それだけカルボはイオを信用しているのだ。
冒険者たちは最初怪訝そうな表情をしていたが、やがて彼らの耳にも羽音が聞こえてくると気を引き締めた。
「本当に来た!」
誰かがそう叫んだ。2方向からの同時襲撃に彼らは警戒度を引き上げる。
「ひるむな! 撃て!」
2つの集団へと向かってそれぞれ水と風の魔法が放たれた。属性を分けているのは互いの干渉を防ぐためである。
数を減らしながらも接近されれば今度は前衛が前に出る。皆魔法を織り交ぜながら的確にキラーホーネットを屠っていく。
その中でひときわ精彩を放つ者が何人かいる。イオはその人物へと目を向けた。
1人は灰色の髪をした双剣使いの青年である。名前はティグレ。舞うような剣技と同時に放たれる「風刃」によって多くのキラーホーネットが仕留められている。鋭い目つきで敵を視界にとらえ、次の瞬間には剣か魔法の刃によって切り落とすその様は、肉食獣のような激しさと同時に洗練された美しさをも感じさせた。
ティグレはまだCランクだが、もうBランクも目前だと思われる。20代前半という年齢から考えてもその実力はかなりのものである。
そして別の方向を見てみると、ダガーを逆手に持った軽装の男が縦横無尽に駆け回っていた。それはただ駆けているだけではなく、通り過ぎたあたりにいるキラーホーネットに一撃ずつ与えている。イオはこの男の名前を記憶から引き出した。
Bランク冒険者のバル。身のこなしの軽さと足の速さで多くの戦いを生き残ってきた、正真正銘の実力者である。
この2人の活躍によってキラーホーネットの集団は両方とも壊滅した。冒険者たちが受けた被害はゼロである。
ちなみにアルバートを含め、まだ戦いに参加していない人間は多くいる。それは、狭い場所で大勢を繰り出せば互いの邪魔になるからという理由である。
「へっ、こりゃ余裕かもしれねえな」
「ああ、うまい依頼だぜ」
誰かがそんな会話をしているのがイオの耳に入った。おそらくこの2人はCランクだったはずである。
内心で気を抜くのが早すぎると思ったイオだったが、隣にいたカルボがそれを代弁してくれた。
「おい、お前ら。こんなのはまだ序の口だ。そんなこと言ってるとあっさり死ぬぞ」
「なっ! う、はい……」
「……すんません」
カルボからの言葉だと分かると2人は反論を引っ込めておとなしく謝った。カルボはアビタシオンを拠点とする有名な冒険者だ。同じくアビタシオンを拠点としている2人はカルボに逆らえなかった。
そんなやり取りを経て一行は歩みを進めていく。森の奥へ行くほどキラーホーネットとの遭遇率は高くなり、また一度に出る数も増えていった。だが、それは彼らが目的であるクイーンホーネットに近づいているということでもある。
連戦に次ぐ連戦によって疲れが見え始めても彼らは進むことを止めなかった。
と、ここでイオの耳はこの日だけでもう十数回目となる羽音をとらえた。そして聞こえてくる方向と、その数にイオは愕然としながらカルボに伝える。
「カルボさん、また来ます。全方向からで、数は今までで一番多い」
「なんだと!? 囲まれたのか!」
「おそらく。完全に囲まれるまでにこの輪を抜け出さないと」
「クソッ、そうだな。お前ら、走れ! このままだと囲まれるぞ!」
突然の言葉に驚きつつも冒険者たちはカルボに従った。ここまででカルボの、ひいてはイオの言葉に間違いは一つもなかったのだ。イオの能力は完全に証明されている。
彼らはキラーホーネットに周りを囲まれる前にその一点を突破し、包囲を抜け出そうと走った。策をめぐらすなど、魔物だからといって馬鹿にはできないレベルである。
だが、その判断はある意味で正しく、そして間違っていた。彼らは女王蜂のテリトリーの恐ろしさをまだ理解できていない。
人物紹介
・ドゴス:Bランクの斧使い。Bランクパーティー「守護の鋼」のリーダー。髪がなく鬚を生やした40代の巨躯
・ティグレ:Cランクの双剣使い。灰色の髪で目つきの鋭い20代前半の青年。風属性の魔法を使う。
・バル:Bランクでダガーを使う。身のこなしが軽く足が速い。20代後半くらいの軽装の男。性格も軽い、らしい。
新しい人物が20人ほど出てきたので主要な人物だけ名前出していきたいと思います。話の中に出ていない情報も追加しておきました。




