第4話 報酬
イオは受付嬢に案内されてギルドに備えつけられた医務室に来ていた。ちなみに本来ファングベア討伐のために集まった冒険者たちは待機中である。
医務室にいたのはほっそりとした中年の男。彼は医者か何かなのだろう。
「ベンダさんお願いします」
「なんと。大怪我ではないか。早くこっちに来なさい」
イオはおとなしく従って彼の正面にある椅子に座った。
「それでは私は上の者を呼んできますのでここで治療を受けていてください」
そう言って受付嬢は医務室から出て行った。
「ほら、ローブを脱いで。上着も。これは君が処置したのか?包帯もはずすよ」
ベンダと呼ばれた男は自己紹介もせずにすぐに治療に入った。イオとしても医者の治療をタダで受けられるのは願ってもないことなのでおとなしく上半身を晒した。
「これは魔物の爪か?うまく応急処置されているが……一体何を相手にしたんだ?」
「ファングベアです」
「なんと!まだ若いのに冒険者だからって命を無駄にしちゃあいかんよ」
傷を診ながらベンダ氏は説教をしてきた。イオとしてはファングベアと遭遇したのは不可抗力であるし交戦したのも最善の選択だと思ってのことだったため聞いてて気分のいいものではない。
そんなイオの不機嫌な態度など意に介せずベルダ氏は治療を続ける。
「これなら縫う必要はないな。ただ絶対安静だぞ。これは無茶するとすぐ開くたぐいの怪我だ」
どうやらイオの怪我は見た目ほど重症ではなかったらしい。戦闘終了後すぐに使った「回復促進」のおかげかもしれない。
イオはベンダ氏が肩に薬を塗り込み、新しい包帯を巻いていくのを見ながら思った。
そうしていると医務室の扉が開きこれまた中年の男が入ってきた。ただしこちらはベンダ氏と違って筋骨隆々としている。
「お前がイオだな。俺はこのギルドのギルドマスターのクアドラだ。治療を受けながらでいい。話を聞かせてくれ」
「はい」
「まずお前が持ち帰ったのがファングベアの牙と爪だっていうのは確認した。どこで遭遇した?」
イオは道中の様子と移動時間を思い出しながら答えた。
「町を東から出て少し行ったところにある森。街道近くから入って北にまっすぐ2,3時間歩いたあたりです」
「死体は放置か?」
「はい、あの巨体を抱えて帰るのは無理なんで。売れそうなところだけ切り離して持って帰りました」
質問の内容はあたりさわりのないものでイオも真実を答える。だがクアドラは一息ついてここからが本題だといった風に切り出した。
「……ファングベアを倒したのは、本当にお前だけか?」
「はい」
クアドラが疑うのももっともだろう。常識的に考えて10代半ばの小柄な少年がファングベアを単独で討伐するという信じがたいことである。
だがこれについて疑われることは事前に想定していたので、イオは考えていた作り話を話す。
「近づいてくる気配は察知していたので何とか先手を取ることができました。その後はこの通り手痛くやられて装備も破壊されましたが、地面に足を滑らせたのか隙を見せたのでそこをついた形です。喉を掻き切りました」
「……よく生き残ったな」
「俺は無属性なんで。体は丈夫です」
「ふむ……」
クアドラは手を顎に当てて考え込んでいるようである。話している間に治療は終わっていた。横で話を聞いていたベンダ氏もその内容に驚愕していたが、ギルドマスターがいるためか先ほどまでのようにオーバーな反応をすることもなかった。
イオは一部嘘を交えたことでこの沈黙に居心地の悪さを感じていた。どこか不自然な点はなかっただろうか。話し方に不審な点はなかっただろうか。大丈夫だと思っていてもどうしても不安に感じてしまう。
そんなイオにクアドラは顔を上げ、1つ質問をした。
「イオよ。お前が冒険者になったのはいくつの時だ?」
「……12歳」
「……そうか」
クアドラはどこか同情したような視線をイオに一瞬向けた後、納得がいったとばかりに明るい声を出した。
「お前の話を信じよう。なに、お前も見た目の割にそこそこの修羅場もくぐってんだろ。別におかしな点はねえ。むしろ納得がいったよ」
「……ありがとうございます」
どう返したらいいのか分からず口ごもるイオにクアドラは告げる。
「今からだと帰りが夜になるから明日だな。今日討伐に送る予定だった奴らを明日確認に送る。それが終わったら今回の特別報酬を出すから、それまで休んでろ」
「特別報酬?」
「ああ。お前は知らないだろうけど、ファングベアの討伐は緊急依頼が出されてたんだ。森の浅いところで新人が襲われたってんで早いところ討伐しないとさらに被害が出るからな。ああ、事後報告でも大丈夫だから安心しろ」
そう言ってクアドラは医務室を出て行った。
イオも服を着てローブをまとい、ベンドに向き直る。
「治療、ありがとうございました」
「……ああ。今度からは気を付けなされよ」
その言葉に軽く頭を下げ、イオも医務室を後にした。
♢ ♢ ♢
騒動から2日後の朝。イオは再び冒険者ギルドを訪れていた。ギルドはもういつも通り平穏な様子だった。
あのあと医務室を出て、イオは本来受けていた依頼の結果を報告した。
ゴブリンの討伐については達成できず違約金を払うことになってしまったが、ファングベアの牙と爪を売って得た金額と比べると微々たるものであった。
またギルドを出るまでにその場にいて事情を聴いた冒険者につかまったが、疲れたと言ってなんとか帰らせてもらった。ちなみに彼らはファングベアをイオが1人で倒したことに懐疑的であるようだった。本来討伐に向かうはずだった冒険者の一部には睨まれもしたがイオは気づかないふりをした。
そして今日イオは事前に伝えられていた特別報酬を受け取りに来たのだった。ちなみに昨日は安息日としてほぼ1日中宿で過ごしていた。本来ならほとぼりが冷めるまでギルドにあまり顔を出したくなかったのだが、そうも言ってられない。
「おはようございます」
「おはようございます。イオ様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
受付にいたのは見知った受付嬢だった。狙っているわけではないがなぜかいつも彼女に対応してもらうことになってしまう。縁でもあるのか、それとも彼女が働きものなのか。イオはどうでもいいことを考えながら別室へと通された。
「お、来たか」
そこにいたのは都市ボーダンの冒険者ギルドのギルドマスター、クアドラである。会うのは一昨日に引き続き2度目だ。
「まあ座れ」
イオは軽く一礼してソファに腰かけた。
「では、結果を報告する」
「はい」
事務的な口調でクアドラは事の顛末について説明を始めた。
「昨日の朝一に冒険者パーティー「白狼の牙」がお前から聞いた場所に死骸を確認しに行かせた。結果はまあ、これだろうってものは見つけたってところだ。見つけた時には既に他の魔物に食われて骨だけになったいた。だが、その巨体と骨格、そしてなにより下顎が切り落とされた跡が残っていたためお前の報告が正しいっていう確証が取れたわけだ。よってお前に特別報酬を与える」
「ありがとうございます」
「ほれ、金貨1枚だ」
「……は?」
突然投げわたされた大金にイオは思わず呆然としてしまう。
「特別報酬だよ。面倒からこの場で渡すぞ」
「え、いや、多すぎないですか?」
イオは突然舞い込んできた大金に混乱していた。それにたかがC級の魔物を討伐しただけで金貨1枚、銀貨に換算して100枚というのは明らかに多すぎた。ゴブリン討伐が銀貨5枚であることを考えると、本当なら多くても銀貨50枚というのが妥当である。しかし、イオの慌てっぷりにため息をついてクアドラは詳しい説明をする。
「あのなあ、これはパーティー単位の報酬だ。それを1人で総取りするんだから多くて当たり前だろ。それに今回はすでに死者も数人出ている緊急性の高い依頼だったから、その分報酬も高くしてある」
「ああ……」
説明されてイオは納得する。イオはソロでの活動期間が長い、というかほとんどソロでしか活動したことがないので報酬の分け前という考えがすっかり頭から抜け落ちていた。
確かにパーティー単位で考えると、5人いたとして1人頭銀貨20枚。緊急依頼でなければその半分となる。まあ妥当なところだろう。
思案した後納得した様子のイオにクアドラは呆れ声で言う。
「お前がどれだけ常識はずれなことをしたか、分かったか?」
「……はい」
返す言葉もない。人と積極的に話そうとせず世間に疎かったイオは、ここでようやく事態の重大性を正しく認識した。おそらく冒険者の間では一攫千金を果たした新人などと有名になっているだろう。実際にはその若さに似合わず新人ではないのだが。
だがイオはすぐに思考を切り替えた。そもそもここはセントレシア皇国への旅の途中に立ち寄っただけの町である。幸運なことに大金が手に入った。今日にもこの町を出ていくことも可能だろう。冒険者同士の噂話を気にする必要はない。それに下手に長いすればどうやって倒したのか詮索される可能性もある。証拠は魔物の腹の中だからばれることはないはずだが、嘘をつき続けることは得策ではない。
そう判断したイオは話はこれで終わりと退室を申し出ようとした。が、クアドラに引き留められた。
「待て、話は終わってねえ」
「……まだ何か?」
訝しげに問うイオにクアドラはにんまりと笑った。立派な筋肉をつけた男が笑うとどこか凄みを感じる。
「お前を今回の功績でCランクに昇格する!」
「はあ!?」
思いもよらぬ宣言についイオは大声を上げてしまった。
ランクの昇格は依頼の達成度や実力、有能性を考慮して総合的に決められる。その基準は明らかになっておらず、ある意味ギルドのさじ加減1つで決まるといってもいい。
ちなみに冒険者側から自己申告してギルド側の課す試験を受けることも可能である。イオがEランクからDランクに上がったのはこの方法によってである。この時にハルフンクを拠点にしていた冒険者のダント、イオが唯一故郷を旅立つことを教えた人物に世話になったのだがそれはまた別の話である。
「何を驚いている?ここは喜ぶところだろう」
「いえ、ですが……」
言いながらイオは頭の中で素早くメリットとデメリットを挙げていく。
メリットはとにかく冒険者としての格が上がること。Cランクと言えば冒険者の中でも上位に位置する。そのため諍いに巻き込まれても一定の発言力を持つことができ、身を守ることにもつながる。また、より高額報酬の依頼を受けることもできるようになる。
デメリットは注目を浴びてしまうということだろう。この年でCランクになった冒険者などそうそういない。そうなれば余計な注目を集めてしまうことにもつながる。人との交流が苦手なイオにとってうれしいことではない。また、注目を浴びるだけにとどまらず勧誘や詮索をしてくる輩も現れるかもしれない。毒という裏技を使って得る地位なだけにどうしても後ろ暗いものを抱えてしまう。イオ単体の実力はランクに見合ったものでしかない。将来的に考えて危険である。
デメリットのほうが多いと判断したイオは昇格を断ることにした。
「すいません、せっかくなんですがお断りさせていただきます」
「……なぜだ?」
イオの申し出に唖然として問うクアドラ。冒険者にとってランクとは己の実力を知らしめる指標であり名誉でもある。それを断られるなどクアドラにとって初めてのことだった。
「俺はまだCランクに見合う実力を持ち合わせていません。今回は運が良かっただけで、一歩間違えていれば死ぬ可能性もありました。これで調子に乗っては次こそ致命的なミスを犯してしまうかもしれません」
「いや、だが……」
そう言われてはクアドラもどう返すべきなのか思いつかない。ギルドとしては実力のある冒険者のランクを上げてより高いランクの依頼を受けてもらいたいというのが本音である。そのためどうしてもイオにはCランクになってもらいたいのだが……。
クアドラはイオをじっと見据える。暗い青髪をした少年はただクアドラの返答を待っている。今日は多少大きな声をあげたりもしたが、一昨日のときもただ淡々と説明し質問に答えていた。その落ち着き具合は年に見合ったものではない。
ふと目が合う。その眼に少しの陰りが見えたとき、踏み入ってはならないものであると本能的に察し、クアドラは目をそらした。
そして溜息をついて言う。
「だめだ。俺はお前をCランクに昇格する」
期待を裏切る宣告にイオは固まった。