第38話 イオの意志
「ならん」
アルバートの出した条件に対してクメは即断した。
「なぜでしょうか。イオもCランクなら依頼を受けられるはずです」
「待て」
納得できないアルバートがクメに食い下がろうとしたところでイオが割り込む。
「俺はやるとは一言も言っていない」
「勝手に決めてごめん。でも、ちゃんと考えてのことなんだ。ギルドマスター」
不満を顕わにするイオにアルバートはそれだけ言ってクメに向き直った。
「イオがダメな理由を教えてください」
アルバートの考えを曲げるつもりのない様子を見てクメはため息を吐いた。そして面倒そうに理由を話す。
「そんなものイオが実力不足だからに決まっている。力のない冒険者をわざわざ危地に向かわせるなど、ギルドマスターとして認めることはできん」
ここまではっきりとイオが弱いと言い切ったクメに、イオよりもむしろ周りに座る他の3人が顔をしかめた。自分の仲間を無能扱いされればいい気がしないのは当然だろう。
だがイオは気にした風もなくさも当然のことのような顔をしている。それはクメがイオの右腕の怪我について関知していることを知っているからだ。クメの言葉はきちんとした根拠に基づいていることをイオは理解していた。
しかも、イオはBランクという強大な魔物との戦闘経験が圧倒的に足りていない。一応リュビオスやファングベアなどの強敵と見えたことはあるが、今回の敵はそれらとは全く異なる種類の魔物だ。
単独で行動していたファングベアやリュビオスと違って、クイーンホーネットは群れをつくる。1対1ならまだしも集団で襲い掛かられてはひとたまりもないだろう。
だからクメの決定には異論を挟む余地もない。そのはずなのにアルバートはまだ余裕を見せていた。
「ギルドマスター、俺はイオを戦わせるつもりはありません」
「……ほう。ならなぜ連れていく?」
「イオには斥候と、危険の察知を頼みたいからです」
アルバートは自分の考えをつらつらと述べる。
「イオほど危険に対して敏感な人はいません。俺たちもそれに救われてきました。それに本人によるとイオの魔法とキラーホーネットは相性がいいそうです。奇襲なんかを早期に察知できる能力はこちらの被害を減らすためにも必須だと考えます」
アルバートの言っていることに間違いはない。「感覚強化」を使えばキラーホーネットの接近に気が付かないということはないだろう。そして情報を得ることで戦闘をより優位に進められるようになる。
「イオにはキラーホーネットの位置を探ることに専念してもらい、戦闘には参加させません。もちろんその間は俺がイオを守ります」
いつの間に考えていたのか、アルバートの作戦はそれなりに説得力があるものだった。クメもイオの有用性を理解したようで、ばかばかしいと取り下げることはできないようである。
やがてクメは口を開いた。
「あたしにはどうとも言えん。イオはどうなんだい? さっきのを聞いて、できると思うか?」
それまでずっと黙ったままだったイオに皆の視線が向く。それを受けてイオは少しの間をあけて答えた。
「……正直自信はありません。でも、やります」
抑えきれぬ不安が言葉の端から感じられたが、それでもイオは強く言い切った。
本来のイオならできないと言って断っていた場面である。実際ほんの少し前までイオは何と言われようとやるつもりはなかった。
しかし、他ならぬアルバートがイオ自身の力を欲していると知った時、イオと他人を阻む心の壁が一瞬だけ揺らいだ。ここで拒否すれば今までと変わらない。それでいいのか? 自問したイオはその問いに「いい」と答えることができなかった。
今イオの周りに座り、イオを見ている3人の人たち。自分の弱さと向き合い、それを変えようともがき、そして互いに成長を促し合う同じパーティーのメンバー。イオはそんな3人に取り残されている。
そして耳に残るカナリアの言葉。殻に閉じこもりひたすら後ろを向き続けるイオに、カナリアは真摯な瞳で振り向かせようとした。
偏った考えを捨てろ。その目で自分を見ろ。
それはカナリアが謝意を示すためだけでなく、イオを叱咤するための言葉だったのだ。
(ここまでいろんな人が俺を気にかけてきた。最近自分がどうするべきか悩んでいたけど、少しだけ前を向いてみよう。人と、向き合ってみよう)
思い返せばあれほど世話になったヴァナヘルトやシャーリー、グロックにもイオは最後まで心を開くことがなかった。親しく接しながらもある一線を越えられないように警戒していた。そのことが今になって悔やまれる。晩餐会の後、突き放した態度を取ってしまったシャーリーの別れ際の表情が思い出された。
イオの宣言にクメは投げやりな声でアルバートに告げた。
「……本人がそう言うんなら仕方ない。冒険者はどこまでも自己責任だからね。ただし、こちらも条件がある」
そういってクメは人差し指を立てる。
「1つは報酬さ。2人で行こうがこっちが出す報酬は1人分だ。そこのところは勘違いしていないね?」
「はい、当然のことだと思います」
クメはアルバートの言葉に頷いて2本目の指を立てる。
「なら2つ目だ。この依頼でリーダーに指名した冒険者から許可がもらえなければイオは参加しない。それを約束してもらおう」
「リーダーは誰でしょうか」
「Bランクのカルボさ。当日までに許可をもらいに行くんだよ」
「あれ、カルボさんってたしか……」
そう言いながらイオの方を見るアルバートにイオは頷いた。
「リュビオスと戦った時に一緒にいた人だ」
「やっぱり。怪我は治ったんですか?」
アルバートは再びクメに向き直った。アルバートはカルボの怪我がイオよりもひどいことを聞いており、まだ療養中だと思っていたのだ。
クメは気前よく答えた。
「ああ、この前にね。でもまだ病み上がりだから戦闘は控えて全体の指揮を執ることになってるのさ」
イオの中でこの依頼の勝算が上がった。カルボの実力もリーダーシップもかなりのものであることをイオは一緒に戦って知っていた。
「あ、あの!」
と、そこで突然別の方向から声が聞こえた。全員の注目を集めながら声の主であるカナリアはクメに申し出る。
「私も参加させてください! 2人が行くなら私だって……」
「それなら私も……」
「ならん」
カナリアと、遅れて頼もうとしたルーの2人をクメは両断した。その声はイオの時以上に厳しいものだった。
「あんたたちはまだDランクになったばかりだろう。たとえ実力があったとしてもBランクの依頼は受けられん」
「それでも……!」
「カナリア、やめるんだ」
食い下がろうとするカナリアを諫めたのはアルバートだった。
「ランクが足りないのは理解できるだろう? それに俺も今回は全員を守れる余裕がないんだ」
「自分の身は自分で守るわ」
「それでもだよ。危ないものは危ないんだ。俺はまだ2人にそんなものを相手にしてほしくない」
重ねられる拒否の言葉にカナリアは悲しそうな顔をする。それはアルバートが自分の力を必要としていないという意味なのだ。
しかしアルバートはその考えを見透かして元気づけるように言い聞かせた。
「カナリアはまだまだ強くなれる。それなのにここで怪我なんかしたらもったいないだろう? 今回は俺に任せてくれ。ルーもそれでいいね?」
「……はい」
ルーは沈んだ声で返事をした。だがカナリアはうつむいたまま何も言わない。膝の上で握りしめるその拳がカナリアの内情を表していた。
♢ ♢ ♢
こうして一部にしこりを残しながらもイオのクイーンホーネット討伐への参加が決まった。
懸念されていたカルボの許可もその日のうちにあっさりとることができたのだ。
「参謀としての活躍を期待してるぜ」
カルボはむしろイオの参加を喜んでいるようでそんなことを言ってきた。どのように討伐を進めるかはリーダーを務めるカルボにかかっている。冗談だと思いながらもイオは一応クイーンホーネットについて調べることにした。
資料はギルドに保管してある。昔から虫系の魔物が住み着いている東の森にクイーンホーネットが現れたのはこれが初めてではない。イオはその時の資料を借りて読んでいく。
クイーンホーネットの特徴は配下であるキラーホーネットを使役することだ。その数は数百匹にも上ると言われている。
キラーホーネットたちは巣を中心に周辺の生き物を襲い縄張りを広げていく。気性が荒いので侵入者には容赦しないが縄張りを離れてまで深追いすることはないらしい。
また、クイーンホーネットは人間の子供ほどの大きさだが、その分動きがキラーホーネットよりも鈍い。だからといって弱いというわけではなく、キラーホーネットを操って敵を殺す様はまさに女王という名がふさわしい。あまりにも指揮が完璧なため、知能が相当高いのではないかという予想がされている。
ちなみに巨大な巣からとれるハチミツは極上の味らしく貴族に大人気という情報もあった。
「ふう……」
イオは資料から目を離し一息つく。
今回イオの仕事は戦闘ではないが、課せられている役割はかなり重い。なぜなら、巧みに配下を操り戦場を支配するクイーンホーネットの戦略を打ち破れるかどうかはイオがどれだけ早く敵の位置を知れるかにかかってくるからだ。
もちろん参加する冒険者たちは皆Aランクには届かないものの強者ぞろいだ。囲まれても余裕で突破できるかもしれないので、イオが心配するだけ無駄なのかもしれない。
それでも頼まれたからには期待に応えたいという思いが強かった。アルバートに推され、カルボもイオに一定の期待を寄せている。自分なんかが、と後ろ向きな思考に陥りそうな気持ちを奮い立たせ、イオは入念に準備を重ねていく。
そして参加が決まってから2日後の早朝。イオとアルバートの姿は冒険者ギルドの中、多くの人が見守る中央付近にあった。2人の周りには他に20人余りの屈強な冒険者たちが同じように立っている。
そして彼らの目線の先にいるのはギルドマスターであるクメだった。隣には副ギルドマスターであるシアラもいる。
「今日はよく集まってくれたね。ギルドマスターとして礼を言う」
張り詰めた空気の中クメの言葉が発せられる。
「あたしはこの町の一員としてあんたらが見事クイーンホーネットを討伐できることを願っている」
「おおぉぉぉ!」
冒険者たちから気合のこもった声が響いた。ギルドマスター直々の言葉は彼らを高揚させるものだったのだろう。
「行くぞ!」
カルボの指示に従って、クイーンホーネットの討伐に参加する25人の冒険者が出発した。ギルド内には見送りに多くの人がいる。
Bランクの魔物が町の近くに出現することなど滅多にあることではなく、討伐した暁にはギルド史に残る出来事になる。その一幕を一目でも見ようと人が集まったのである。
そしてその中にはカナリアとルーもいる。2人はアルバートとイオに向かって手を振っていた。
多くの人に見送られながらギルドを出た冒険者たちは、町を出て東の森に向かっていった。




