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第37話 昇格と指名依頼

 休憩中のひと騒動を経て森を抜けるまではこれといった出来事はなかった。

 イオが魔物の気配を探って極力遭遇しないように道を選び、戦いが避けられないときにはアルバートが単独で道を切り開いく。どうやらアルバートはまだ余力を残していたらしく、疲労の残る他の3人に代わって今回は積極的に魔物へと向かっていった。

 そのため魔物については問題なかったのだが、イオはどうしても背後からの視線が気になった。


「ぐぬぬ……」


 うなりながら恨めしそうにイオを睨むカナリア。彼女は森を歩く間もずっとイオの背中を睨み続けていた。その理由はやはり休憩中の件についてである。

 親の仇のように睨まれていた以前とは違って、その視線に含まれる感情が羞恥の類なのはカナリアのイオに対する態度が改善された結果だろう。とはいっても睨まれるイオからすればどちらも鬱陶しいことに変わりはない。


 カナリアもキャタピラーに襲われかけた責任が自分にあることは分かっている。しかし、イオに対して大真面目なことを言ってかっこつけた直後にあのような醜態をさらした自分にカナリアは耐えられなかった。結果、その怒りの矛先をイオに向けてしまっているのである。


「カナリアちゃん、いい加減睨むの止めよう?」

「うぅ、分かってるわよ……」


 カナリアの隣を歩くルーに言われてようやくカナリアはイオを睨むのをやめた。そして落ち込むカナリアをルーは慰め続けるのだった。

 一方で2人の前を行くイオに、隣のアルバートが訊いてきた。


「イオ、カナリアと仲直りはできたのかい」


 ここ最近カナリアのイオに対する態度が変わってきていたことにアルバートは気づいていた。そして休憩中の会話でそれがルーのおかげであることも分かった。その上で今日カナリアがイオに謝罪と和解を申し出たことも予測がつく。

 傍から見ていればそれは失敗したようにも見えたが、実際のところどうなのかアルバートはイオに直接聞くことにしたのだった。


「どうだろうな……」


 イオは思案するように呟く。

 イオはカナリアの謝罪を受け取らず、彼女を許すとも言わなかった。しかし、それに対してカナリアが言った言葉は今もイオの耳に残っている。


 許せないなら今は許さなくてもいい。その代わり、イオの偏った考えを通さず、自分の目で見て許すか許さないか判断しろ。


 一字一句覚えているわけではないが、このようなことを言っていたのをイオは覚えている。

 許さなくてもいいなどと言われたのはイオにとって初めてのことだった。かつての親友であるガート、ハック、ミリは許してもらえないと分かるとイオにしつこく付きまとって頭を下げ続けてきたものである。

 たしかに口に出して謝るのは大切なことだ。しかし、自分の主張を押し付けられるばかりでは許そうなどという気は起こらない。

 だがカナリアはそうはしなかった。イオが何も言わないと分かるとあっさり引き下がったのだ。それを特にイオに対して風当たりの強かったカナリアがしたことにイオは驚きが隠せなかった。


(それに、偏った考えを通さずにってことは、俺の本心が見破られているのか?)


 イオは内心で戦慄する。

 イオがカナリアを許せないのはカナリアに原因があるからではない。許してしまうと被害者面ができずに優位性が失われるからというひどく自分勝手な理由だ。これほど偏った考えというのもないだろう。

 その本音を知った上で、カナリアはイオを糾弾することもなくただ自分を見ろと言ったのだ。


「その様子だと少しは距離が縮まったみたいだね。ルーのおかげだ」


 考えに耽るイオを見てアルバートが言った。

 距離が縮まったかどうかはともかく、アルバートの言葉の中でイオの気を引くものがあった。


「ルーが?」

「そう。カナリアを叱ったらしい」


 想像できないよね、とアルバートは苦笑する。あの温厚なルーに叱るという言葉は確かに似合わないとイオも内心で同意した。

 そうこうするうちに4人は町に戻り、冒険者ギルドが見えるところまでやって来た。あとは依頼達成の報告をして、報酬を分配すれば今日の仕事は終わりだ。


「皆変わろうとしているんだよ」


 アルバートは話の終わりにこのようなことを言った。

 気弱な性格を脱ぎ捨てようとしているルー。視野を広くもとうとしているカナリア。まだ短い期間だが2人を指導してきたアルバートにとっては嬉しいことだろう。

 ただ、イオにはこの言葉がただ1人自分の殻に閉じこもり続けている自分への非難に聞こえたのだった。



 ♢ ♢ ♢



「確かに依頼の達成を確認しました。それから皆さんには昇格のお知らせがあります」


 ギルドの受付で討伐部位を渡した後、受付嬢はそのようなことを言った。


「昇格ですか!?」


 それに過剰に反応したのはカナリアだった。ついさっきまで落ち込んでいたのに今はその影もない。

 受付嬢はそんなカナリアを微笑ましげに見て告げる。


「はい、カナリアさんとルーさんはそれぞれDランクに。アルバートさんはCランクに昇格です」

「やった! Dランク!」


 カナリアはこぶしを胸の前で握って喜びを表す。ルーは突然のことに驚いているようだが、それでもやはり嬉しいのか頬が緩んでいる。

 アルバートも予想外のことに驚いているようだった。それは横で聞いていたイオも同じである。

 さらに受付嬢の話は続く。


「そして、これによって「不死鳥の翼」のパーティーランクもDランクに昇格となります。もちろん強制ではありませんから、断っていただいても構いません」


 受付嬢はそう言っているが、これは形式的なもので断るような人はほとんどいない。イオがCランク昇格を一度断ったのは本当に稀なことだったのだ。


「皆、昇格で構わないよね?」

「もちろん!」

「はい!」


 アルバートが全員に確認をとった。今回イオは昇格の対象に入っていないので無関係なのだが、問題はないので一応頷いておく。

 アルバートは正面に向き直り受付嬢に首肯した。それを受けて受付嬢も宣言する。


「では昇格いたします。ランクを書き変えるのでギルドカードを出してください」


 パーティーランクも変わるのでイオを含めた全員が受付嬢に冒険者の証であるギルドカードを差し出した。それらを別の職員に渡した受付嬢は4人に、ではなくアルバート個人に向き直った。

 そして耳にした言葉に一同は目を剥いて驚くこととなる。


「続いてCランクに昇格したアルバートさんにはギルドから指名依頼があります。内容は、最近勢力を強めているクイーンホーネットの討伐です」

「……そういうことですか」


 アルバートが驚きから一転して納得したという風に呟いた。目の座ったアルバートを気にせず受付嬢は事務的に依頼内容の説明を続ける。


「この依頼は同じく指名されたCランク以上の冒険者と共同で受けていただくことになります。もちろん危険は伴うでしょうが、ギルド側も人員選別には力を入れていますしその分の報酬もお約束いたします」

「え、ちょっと、どういうこと?」


 一方的に話を進められることに耐えられずカナリアが口を挟んだ。


「つまり俺のランクが上がったのはこの依頼を受けられるようにするためってことだよ」


 答えたのはアルバート本人だった。彼は落ち着いた様子で自分の考えを述べる。


「おかしいと思ったんだ。いくらなんでもランクが上がるのが早すぎるって。俺がDランクになったのはまだ2か月前だ」


 アルバートが冒険者になったのは約3か月前。それから1か月でDランクになったのも規格外な話だが、今回の話はそれと同列には語れない。


 DランクとCランクの間の壁は厚い。なぜならCランクから上の討伐依頼は危険度がぐんと跳ね上がるからだ。

 強力な攻撃手段を持つ魔物や刃物が通らない魔物。また、単純に体の大きさが大きい魔物など、対処法を知っていなければ高ランク冒険者でも瞬殺される恐れがある。

 そんな魔物を相手にしなければならないため、ギルド側は適性がない者を決してCランクには上げない。適性があったとしてもしばらくはDランクで経験を積まなければならない。その期間は短くても1年と言われている。


 実際イオは2年間Dランクとして活動していた。偶然ファングベアを討伐していなければおそらくまだDランクのままだっただろう。

 イオが2年、あるいは他の人はもっとかかるであろうCランク昇格をたった2カ月で果たしてしまうのは、本人の強さを込みにしても早すぎた。


「それってアルバートさんに危険な魔物を討伐させるためってことですよね」

「クイーンホーネットってキラーホーネットの親玉でしょ? 大丈夫なの?」


 ルーとカナリアがそれぞれアルバートのことを心配する。2人ともアルバートが強いと分かっていてもそんな危険なことをしてもらいたくはないのだ。

 しかし、もうすでに(さい)は投げられている。アルバートは昇格することを決め、ギルドカードは職員の手にある。ギルドカードのランクの欄は書き換えられた後だろう。

 イオは無表情を貫く受付嬢を見た。いくら依頼を受けさせたいからといってもこれは褒められた手段ではない。自然とイオの眼光も鋭くなっていく。


「あんまりその子を責めんでやってくれ。あたしが指示したんだからね」


 と、突然そこにしわがれた声がかけられる。イオが顔を向けてみるとそこにいたのは1人の見知った老婆だった。


「ギルドマスター」


 思わずイオは声が出た。

 イオが長く世話になった人物でもあるギルドマスターのクメはイオに構わずアルバートに話しかけた。


「事情を説明するからこっちに来な。あんたもつらい役を負わせたね」


 クメは受付嬢をねぎらってから背を向けた。受付嬢も好きであんな上げて落とす方法をとったわけではないらしい。クメに顔を横に振って答え、アルバートには頭を下げて小声で謝罪した。


 後ろも見ずに歩いていくクメを追いかけてたどり着いたのはギルドマスターの部屋。イオが一時期仕事場に使わせてもらった部屋だった。


「さて、座りなさい」


 クメは自身の作業机の椅子に腰かけ、イオたちにはソファに座るよう勧めた。言われた通り4人は座る。今までギルドマスターと関わることのなかったカナリアとルーは委縮して体が縮こまっている。


「ギルドマスター、説明していただけるんですよね」


 アルバートの気持ちが(はや)るのも仕方ないことだろう。彼はBランクの魔物の討伐に駆り出されようとしているのだ。


「ああ、説明するさ。」


 クメもアルバートの気持ちを汲み取ったのか余計な話はせずすぐに本題に入った。


「まず、指名依頼を受けさせるためにあんたのランクを上げたというのは邪推さ」

「それならなぜ俺のランクは上がったんでしょう。昇格には早すぎるし、それに他の2人と同時に上がるというのも偶然にしてはできすぎだ」

「あんたのランクを上げたのは推薦があったからさ」


 前のめりに問い詰めるアルバートにクメはさらりとそんなことを言った。予想していなかった言葉が出たためアルバートの勢いは削がれたが、それでも彼は気を取り直して訊き返した。


「推薦? 誰が何のために?」

「推薦者はAランク冒険者のヴァナヘルト。内容はDランク冒険者アルバートをCランクに昇格すること」

「ヴァナヘルトさんが?」


 アルバートは豪快で自慢好きの男を思い浮かべた。アルバートとヴァナヘルトはそれというほど交流があったわけではない。仲良くなったのも晩餐会の時だ。そんな相手をヴァナヘルトはなぜ推薦したのだろうかとアルバートは訝しんだ。

 クメはその思考を呼んだのか答えを告げる。


「最初にあたしがヴァナヘルトにクイーンホーネットの討伐を頼んだんだが、断られてしまってね。例の件で町の防衛を指名依頼でさせてたからあたしも強くは言えなかったのさ」


 例の件というのはリュビオスのことだろうとイオは推測する。再びリュビオスやその同種族が襲って来た時のためにこの町に縛り付けられ、ヴァナヘルトたちが暇を持て余していたのは記憶に新しい。そのおかげでイオは彼らの指導を受けることができたのだから。


「その時にヴァナヘルトが代わりにと推薦したのがあんたというわけだ、アルバート」

「ヴァナヘルトさんが……」

「あんたのランクが足りないと言えば昇格の推薦までしてきた。聞けばあんたはあの人型の魔物を追い払ったそうじゃないか。それなら実力も十分ということで、異例ではあるが昇格を認めた次第さ」


 ここで話がつながった。アルバートの短期間の昇格にはヴァナヘルトが絡んでいたようだ。

 Aランク冒険者が認める実力と、実際にそれを示したという事実。本人の人柄も加えるならこの話もあり得ないことではないだろう。

 次第に納得の色を浮かべるアルバートにクメは語る。


「だからあんたの昇格はちゃんと実績を考慮してのことで、ギルド側が指名依頼のためにでっちあげたわけじゃあない。といってもヴァナヘルトの話もあるから、依頼を受けてもらうために小細工はしたがね」


 それが昇格の後で指名依頼のことを話した理由だろう。アルバートが依頼を受けなければならないという現状は変わっていないが、それでもギルドに猜疑心を感じるようなことはなくなった。


「これで話は全部だが、どうする? 依頼は受けるかい?」


 クメはアルバートに選択を迫っているが、実質アルバートに選択権は存在しない。報酬をもらう相手からの依頼を断るとなると、その人間は冒険者としての責任を果たしていないととられるからだ。それは永遠に残る汚点となって後の冒険者生活に支障が出かねない。


「分かりました。その代わりといっては何ですが……」


 アルバートはやはり断らなかった。しかしただでは認められないのか条件を出してきた。一応依冒険者は頼まれる側なので、多少の融通は聞く。

 ここでイオは半分ほど話に興味をなくしていた。事の真相さえ分かればあとはアルバートの問題。イオが口を挟む隙間などない。


「イオを連れて行かせてください」

「……は?」


 だから油断していたイオは、アルバートの出した条件につい間抜けな声を漏らしてしまった。

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