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第35話 アルバートの話

 無事にキラーホーネットから逃げきれた4人はそのまま森を抜けることはせずに一旦休息をとることにした。

 この先は森を追い出されようとしている弱い魔物が数多く存在している。消耗した状態では危険だとアルバートは判断したのだった。


「ルー、水だよ」

「ありがとうございます」


 一番疲労度が高かったルーは地面に横たわって休んでいた。魔力が少なくなっていたところに体力的な疲れも加わって座っているのもつらかったのだ。

 アルバートから水筒を受け取ったルーは弱々しく呟いた。


「……私、また迷惑をかけてます」


 2日酔いの件でアルバートに謝ったのが今朝のことだ。依頼中もそれ以外でも足を引っ張っていることをルーは気に病んでいた。


 そもそもルーは強く望んで冒険者になったわけではなかった。貧困で生活が苦しくなり、家を出て行くか村の裕福な家系に嫁ぐかの選択を迫られ、前者を選んだだけのこと。さらにそれを決めたのは、同じ境遇のカナリアが村を出て冒険者になると言ったからという理由だった。ルー1人だけだったならおそらくその選択はしていないだろう。

 もちろん後悔があるわけではない。村を出ることで新しいものに触れることができ、ルーは自分の世界が広がったのを感じていた。時には危険なこともあったが、頼れる親友がなんとかしてくれた。


 しかし、今はそうではない。パーティーを組んで冒険者として本格的な活動が始まったことで、ルーは自分の力不足を感じずにはいられなかった。ただカナリアの後ろにいればよかった以前とは違い、ルーにも()てられた役割がある。自分の失敗1つで他のメンバーに危険を及ぼしてしまうと考えると——


「気にする必要はないと思うけどね」


 ルーの脳裏に浮かんだ悲惨な想像をアルバートはあっさりと掻き消した。あっけらかんとした様子のアルバートからそれが下手な慰めなどではなく本心からの言葉であることが窺えた。


「こう言ったらなんだけど、俺はそこそこ強いから。たいていのことなら力押しで解決できる自信があるよ」


 ある意味嫌みのような言葉だが、アルバートが言うとそんな負の感情を呼び起こされることはない。むしろルーはそこに心強さを感じた。


「だからルーは迷惑だとかそんなこと考えないで、どんどん俺を使うべきなんだ。他の皆も。危ないときは俺がなんとかするし、ルーたちはのびのびと力をつければそれでいい」

「どうして……」


 優しい言葉。しかし、優しすぎるが故にルーは訊かざるを得なかった。体を起こし、ルーはアルバートの目を正面から見た。


「どうして、そこまでしてくれるんですか? アルバートさんは私たちがいなくてもいろいろできるはずです。アルバートさんが得することなんてないのに……」


 言っていくにつれてルーの目線は下がっていく。迷惑をかけているという事実が再び思い起こされたのだ。

 実力者がお守りについて命が保証された状態での戦闘。そんな破格の待遇を与えてくれるアルバートの真意をルーはどうしても知りたかった。再び目線をアルバートに合わせる。

 問われたアルバートはどう答えるか困ったような表情を浮かべていた。なんとなく感じていることを言語化するように、ゆっくりと話し始める。


「……純粋に強くなるのを見るのが、楽しいから、かな」


 前を見ているはずのアルバートの目には別のものが映っているように見えた。


「まだイオがいなかった最初の頃、魔法がうまく当たらなくて悔しがったり、魔物に勝って喜んだりするカナリアとルーを見て、いいなって思ったんだ」


 ルーはよく理解できずに首を傾げる。ルーにとっては魔法が当たらなくて悔しいのも、魔物に勝って嬉しいのも当然のことだったからだ。

 しかし、まだ何か話そうとしているアルバートを遮るようなことはしない。


「そう思って、俺は2人が強くなるのが楽しいと感じるようになった。……ねえ、知ってる?」


 独白からの問いかけ。虚空を見ていたアルバートの目に今度はきちんとルーが映った。再び首を傾げたルーにアルバートは語った。


「セントレスタ皇国の騎士団は外から見るときらびやかなんだけど、中はすごく濁ってるんだ。強い人は権威を振りまき、実力が劣る人は上の人を引きずり降ろそうと画策する。人を守るための騎士団なのに、自分たちが争いを繰り広げている」


 ルーはあまりのことに何も答えられなかった。

 騎士団と言えば軍の中でトップに位置するエリート集団だ。この国に属する者ならだれもがその鎧姿に心躍らせ憧れる。武を掲げるセントレスタ皇国の象徴ともいえる集団だった。

 そんな人たちが裏でそのような(こす)いことをしているなどルーはどうしても信じられなかった。


 アルバートの言葉は続く。


「それは冒険者もある意味同じ。ランクでその人の格が決まるから、ランクが高い人が低い人を見下す。あの時ルーたちに絡んでいた人たちみたいにね」


 ルーも3カ月前のことを思い出した。冒険者ギルドから通告が出された日、カナリアとルーは自分達より上位の冒険者にパーティーを組むことを強要されていた。あの時の男たちの言い分は「自分たちの方が上だから」という勝手なものである。

 冒険者はランクで上下が決まる。アルバートの言う通り、高ランク冒険者がそのことを笠に着て下位の者に強く出るということは珍しいことではない。


「だから俺はルーたちに、純粋に強くなってほしいんだよ。強くなって魔物を倒して、それを喜び合う。そんな光景が見たい。その流れで自分や誰かを守れるようになれたらいいなって」


 そう締めくくったアルバートは照れ臭そうに笑った。その笑顔に一瞬ルーは意識を奪われかけたが、何か言わなくてはと慌てて舌を動かす。


「えっと、あの、とてもいいと思います。話してもらってありがとうございました」

「納得できた?」

「は、はい。あの、私頑張りますから、これからもよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく。でも、こっちの勝手な都合だから、意識する必要はないよ」

「でも、私は指導を受ける側ですし……」


 ルーがぺこぺこと頭を下げる様子を見てアルバートがぷっと笑う。それを見たルーもつられて笑う。

 しばらく笑いあって、ルーは起こしていた体を再び横たえた。話しているうちに体もそこそこ楽になっていた。


 先ほどのにぎやかさが嘘だったかのように静かになる。穏やかな風が頭上の葉を揺らす中、ルーはふと思い浮かんだことを聞いてみた。


「そういえばさっきの話、イオ君は入っているんですか?」


 まだ短い期間だが、ルーはイオが魔物を倒して喜ぶ姿を見たことがない。いつも淡々とした様子で剥ぎ取りに取り掛かっていた。

 アルバートの言ったことがイオにも求められているのなら、達成は難しいのではないか。ルーはそう思ったのだが、まさかアルバートがイオ1人だけを仲間外れにするはずがないとも思っていた。

 しかし、予想に反してアルバートは首を横に振った。


「イオは入っていないよ。彼には無理だろうから」

「無理……ですか?」


 断言するアルバートにルーは訊き返した。

 ルーはイオに過去に何かあって、それで感情が淡白になっているという予想はできている。しかし、それでもいつかは心を開いてくれるものと思っていた。

 だがアルバートの予想ではそんな甘いものではない。イオがいつも内面に複雑な感情を抱いているということをなんとなく察しているからだ。

 しかし、それをそのままルーに言うことはない。代わりにアルバートは別の理由を言った。


「イオはもう自分の中に強さの定義を持っている。それを捻じ曲げるつもりはないよ」

「アルバートさんはイオ君の強さの定義を知っているんですか?」

「知っているというか、ただ思っているだけなんだけどね」


 そう言ってアルバートはイオがいる方へと顔を向けて、意外そうな顔をする。それを見たルーもイオの方を向いて、同じような顔をした。

 そこには予想外な光景があった。


「へぇ、珍しいこともあるもんだ。イオとカナリアが一緒に座っているなんて」


 アルバートの目線の先には、こちらに背を向けてあぐらをかいて座っているイオの隣にカナリアがいた。といってもさすがに微妙な距離が空いているが。

 イオは自主的に見張りを買って出て、いつものようにアルバート達から離れたところに陣取っていた。カナリアもイオに肩を借りた後、イオから離れたところで休んでいたはずだ。それがいつの間にかカナリアがイオの方へと移動している。


「カナリアちゃん、何話してるんだろ」


 ルーが興味津々な様子で2人の話に耳を澄ませる。しかし、カナリアが何か言っているのは聞こえるものの、その内容は聞き取れない。イオの声はこちらに届いてすらいない。


「近づいてみる?」


 アルバートが意地の悪そうな顔で訊いてきたが、ルーはひとしきり悩んだ後首を横に振った。


「やめておきます。邪魔したら悪いですし」

「そうだね。それにしてもカナリアは何か心境の変化でもあったのかな」

「はい、一緒に話しましたから。イオ君のことで」


 ルーが言うとアルバートは納得の表情を見せる。


「そうだったのか」

「カナリアちゃん、イオ君のことしっかり自分で判断するって言ってました」

「なるほど、それなら大丈夫だね。イオはいいやつだから」

「そうですね。イオ君はああ見えて優しいですからね」


 後衛のルーはこれまで戦闘で何度もイオに助けられていた。こっちが危なくなったらすぐに来れるよう目を光らせているのだ。

 そのことでルーがお礼を言ってもそれが俺の仕事だ、と返って来るだけなのだが、ルーはイオの本質が優しいものであると感じていた。


 2人が優しい目でイオたちのことを見ていると、ふいにアルバートが呟いた。


「こうやって見ると、良い雰囲気だな」

「……それ、カナリアちゃんが聞いたら怒りますよ」

「それは怖いね」


 ジトっとした目で見られ、アルバートはそうはぐらかすのだった。

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