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第34話 初の窮地

 これでパーティーとしての依頼が3回目ともなるとそれぞれの役割や連携の仕方も決まってくる。

 斥候をイオが務め、アルバートが全体の警戒をする。カナリアは比較的戦闘能力の低いルーの近くで備え、そのルーは先頭を行くイオに危険がないかを見張っている。


 アビタシオンの町から東側の森は4人ともすでに通い慣れており、進むべき道や出現する魔物の種類も知っている。相変わらず森の中は薄暗く、日の照る真昼であっても空気が冷たく感じられる。そして木々の陰から飛び出してくるのは虫系等の魔物。時々ゴブリンも出現するがその頻度はそれほど高くはない。


 4人が歩いているのはまだ森の浅いところではあるが、「感覚強化」を使って聴覚を強化しているイオはすでに4度、魔物と思われるものの足音を感知している。そのたびに一度足を止め、やり過ごしたり魔法で奇襲をしたりしていた。


「今日は魔物が多いわね」


 後ろを行くカナリアがぽつりと呟いた。

 イオはそれを無視したが、ルーはその話題に乗ってきた。


「魔物の縄張りが変わっているんだよね」

「そうなの?」


 どうやらカナリアはクイーンホーネットによる勢力拡大については知らないらしく意外そうな声をあげた。それを聞いた最後尾のアルバートは彼女に説明を始める。


「俺たちが今受けている依頼もそれが原因だよ。クイーンホーネットの出現によってキラーホーネットがあちこちに出てくるようになった。それで他の魔物が住処を追われているんだ」

「へぇ~。じゃあ、私たちがキラーホーネットを討伐して魔物が森から出てくるのを防ぐってこと?」

「そう。それからクイーンホーネットを討伐する人が少しでも楽をできるようにって意味もあるかな」


 ルーもそれほど詳しい事情を知らなかったようで、カナリアと一緒に納得の表情を見せる。すると、カナリアが窺うようにアルバートに尋ねた。


「私たちが、ていうかアルバートがクイーンホーネットを討伐するわけにはいかないの?」


 カナリアの中でアルバートは天井知らずの実力を持つ剣士であり魔法使いとして見なされている。彼女はアルバートならなんとかなるのではと本気思っていた。

 しかし当のアルバートは苦笑して首を横に振った。


「さすがに無理だね。敵はクイーンホーネットだけじゃないし」


 それを聞いたカナリアは不服そうに頬を膨らませた。このように和気藹々(わきあいあい)としているが、3人とも警戒を怠っているわけではない。話しながらも常に周囲に気を配るようにしているのだ。

 しかし、先頭で最大限の注意を払い続けているイオからすると苛立ちが募るばかりである。ましてやイオは聴覚を強化している。小声とはいえ3人の話し声はひどく頭に響き、索敵の邪魔にしかならなかった。


「来るぞ、キラーホーネットが」


 それでもイオは無関心を貫いて己が仕事を全うする。内心の苛立ちが表に出たのか少し荒々しい声でイオは後ろの3人に告げた。

 その声のわずかな変化には気づかずそれぞれ戦闘態勢に入った。アルバートがイオの前ま出てきて指示を出す。


「前と同じでいこう。俺が前に出て数体引き付ける。カナリア、ルーは耐えながら反撃をしてくれ。イオ、数は?」

「5……いや、6体はいると思う。こっちに真っ直ぐ向かっているから縄張りに入ったことは気づかれてる」

「分かった。イオも攪乱と補助を頼む」


 そう言うとアルバートは他の3人を見渡した。表情は引き締まっているがそこに緊張や不安は一切見当たらず、見た者を安心させるような余裕が感じられる。


「危なくなったらすぐに呼んでくれ。僕が必ず助けに行く」


 このようなことを言えるアルバートにはリーダーとしての素質があるのだろう。

 勝利を約束された軍神の言葉にイオを含め全員が頷いた。アルバートも満足げに頷き返し、向かってくる複数の黒い影に向き直った。


「行くぞ!」



 ♢ ♢ ♢



 結論から言って戦闘は特に苦戦することもなく終わった。今4人の周りには6体のキラーホーネットの死骸が転がっている。


「今度はうまくできたわ!」


 自慢げに言うカナリアだがその言葉の通り、今回は魔法の命中率が冴えわたり3体を倒すに至った。2度目ともなると精神的な余裕ができるのだろう。

 ちなみに残りの3体はすべてアルバートが倒した。イオは特に何もしていない。


「カナリア、よくやってくれた」

「すごかったよ、カナリアちゃん」


 アルバートとルーが褒めたたえカナリアが胸を張っている横でイオが1人黙々と討伐部位の剥ぎ取りをしているのももはや恒例となっている。もちろん3人もそれを手伝おうとはするのだが手際ではイオに全くかなわない。加えて毒袋を取り出せるのはイオだけだ。

 結局剥ぎ取りはほとんどイオに任せきりで終わり、4人は縄張りのさらに奥に踏み込んでいった。


「あと9体で依頼達成なのよね」

「ああ、目標討伐数は15体だからな。あと2回群れと戦う必要がある」


 強化されたイオの耳にまたしても小声での会話が入ってくるが、ここはすでにクイーンホーネットの縄張りであるため他の魔物の音がしない。シーンと静まり返った森の中で気にすべきは特徴的な羽音のみ。イオは特に注意する気も起こらなかった。


 縄張りをもつ魔物は自分の領地への侵入者に敏感に反応する。そして決してその者を許しはしない。女王によって第2、第3の刺客が送られてくるのにそれほど時間はかからなかった。



 ♢ ♢ ♢



「疲れたー!」


 カナリアが堪えきれずに叫んだ。彼女に外傷は見られないので精神的な疲れであることが予想される。

 キラーホーネットとの戦闘自体に問題はなかった。それぞれ板について来た連携でキラーホーネットを殲滅していった。それはもうこの討伐において危な気はないほどに。

 しかし問題だったのは2度目と3度目の襲撃が連続して行われたことである。休む暇もなく次の戦いが始まったので4人。特に連戦に慣れていない後衛組は疲労がたまっているのだ。


「剥ぎ取りを手伝ってくれ。のんびりしてるとまた次が来る」


 一息ついている3人に珍しくイオから声がかかった。連戦だったために剥ぎ取りは全くできていない。彼らの周囲に転がっている死骸の数は11個。イオ1人では手に余る数だった。

 イオから話しかけられたことに驚きを見せたもののその言葉の意味を理解した3人は各々拙い手つきでキラーホーネットの針を抜き取っていく。今回ばかりはイオも毒袋を無視した。


 やがて討伐部位を一つにまとめたところで、イオの耳にかすかな羽音が聞こえた。


「群れがこっちに来る。走れ!」


 イオが指示を出す形になったが文句は出なかった。誰もこのままキラーホーネットと戦い続けたいとは思わなかったのである。疲れた体に鞭打ってイオを先頭に走り出す。


「はぁ……、はぁ……」

「ルー、大丈夫!?」

「大丈夫、です!」


 苦しそうに息をつないでいるルーに殿(しんがり)を走るアルバートが声をかけた。

 4人の中で一番体力がないのはおそらくルーだろう。彼女は見た目からしてそれほど体を動かすのが得意とは思えない。

 さらに戦闘における彼女の役割はカナリアの防御。戦闘の間中ずっと「水壁(ウォーターウォール)」を発動し続けていたため同じ後衛でもその疲労具合はカナリアよりも重い。


 来た道を一心に駆け抜ける4人。しかし人間の足よりもキラーホーネットの飛行速度の方が遥かに速い。やがてイオ以外の3人の耳にも空気が震えるような不気味な音が聞こえてきた。ちらりとアルバートが振り向いてみるとすでに目に届くところにキラーホーネットはいた。しかもその数は10を超える。どうやら4人は女王蜂の怒りを買ったらしい。


「ちょっと、……はぁ、どこまで、走るの!?」


 カナリアの悲鳴じみた質問に答える者はいない。いや、正確には答えられる余裕をもつ者はいない、だろうか。ルーの顔色は悪く足がもつれかけている。アルバートは彼女が転ばないように配慮しながら腕を持って引っ張っている。

 そして先頭を走るイオだがそこに余裕は一切なかった。今も「感覚強化」を使って前方の危険を見逃さないようにしているのだ。といってもその精度はかなり落ちている。後ろから聞こえてくる羽音に、自分を含めた人間の足音、そして何より自分の息遣いが邪魔になって正確な情報は全く分からない。

 しかしだからといって何もしないわけにはいかない。もし前方からも魔物が現れて挟み撃ちにされたら助かる見込みはない。アルバートならあるいは、とも思えるがそれも確定的ではない。イオは意味があるのかも分からない「感覚強化」を使い続けるしかなかった。


「ルー、……ッもう少しだから頑張れ!」


 アルバートが何の確証もない励ましをする。しかしルーの呼吸は絶え絶えでもはやその声が聞こえているかどうかも怪しい。ただ腕を引かれるがままに走り続けている。

 やがてどれほど走ったのかも分からず、終わりの見えない逃走に死の恐怖を感じ始めたところでその変化に初めて気づいたのはイオだった。


「……距離が」


 イオがそれに気づけたのは彼が常に音に気を配っていたからだろう。キラーホーネットの羽音は進むにつれて小さくなっている。そこでイオは自分たちが縄張りを完全に抜けたことに思い当たった。

 後ろを振り返ってみるとキラーホーネット達はすでに追ってきてはおらず、ある地点でとどまってこちらを見ているだけだった。


「もう、速度を緩めて大丈夫だ」


 まだキラーホーネットが追ってきていると思い込んでいる3人にイオが告げる。アルバートは自身も振り返ってそのことを確認し、走る速度を緩めた。


「このまま見えなくなるまで進もう」


 アルバートの言葉にイオも頷いた。余裕ができたアルバートはすでに倒れ込みそうなルーを支えながら小走りで進む。

 ところがカナリアは助かったことで気が緩んだのか膝が崩れ落ちた。そのまま地面に倒れ込みそうになるというところで——


「あ……」


 前にいたイオが、反射的にその肩を支えてしまった。

 カナリアは支えられた状態のまま必死に体を起こそうとするが思うように体が動かないらしい。イオの手にかかる重さは次第に増えていく。

 どうしたものかと悩むイオに、アルバートが苦笑しながら声をかけた。


「イオ、支えてやってくれ」


 何を馬鹿なことを、とイオは思ったがカナリアに余裕がないことは嘘ではない。今もイオに支えられていながらそのことに言及しようともせずただ息を荒く吐くだけだ。アルバートはすでにルーを背中に負っているので任せることはできない。そしていつまでも立ち止まっているとキラーホーネットが好機とみてまた向かってくるかもしれない。


「……分かった」


 仕方なくイオはカナリアに肩を貸すことにする。腕を肩に回してこちらに体重をかけさせる。アルバートのように背負ってやれるほどイオも余裕はない。

 アルバートはそんなイオを見て嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。

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