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第33話 心の砦

 イオはこれまでに自分の人生を大きく変えた出来事を三回経験している。


 そのうちの一番目は9歳の頃。イオの適性が無属性だと判明した時である。

 当時のイオも無属性がどういう扱いを受けているかは知っていた。しかし、頭では解っていても周囲の変化に頭が追い付かない。これまで仲の良かった親友達が突然距離を取り始め、父には忌々しげな視線を向けられる。周囲からの厳しい視線の中でイオに優しかったのは母と、事情を知らないフィリアだけだった。

 母も無属性だと知ったのはその頃である。彼女は顔を悲痛に歪め何度も「自分の血のせいで」と謝ってきた。イオは悲しそうな母を見ていられずに「そんなことはない」とことさら明るく振る舞うのだった。


 聞けばイオの母は故郷で厳しい迫害を受けて追い出された後に今いる町に流れ着き、自分の属性を隠して暮らしてきたのだと言う。当然父にもそのことを打ち明けてはおらず、風属性だが魔力が少なく魔法があまり使えないとずっと偽ってきた。風属性は他と比べて目に見える変化がずっと小さいので父もそれに納得していたようである。


 適性属性は遺伝する。といっても必ずどちらか親の適性を受け継ぐというわけではない。両親ともに同じ属性なら子も同じになる可能性が高いがそれも絶対ではない。どのような要因が無属性に結びつくのかは判明していないが、イオの母の両親は無属性ではなく、遡っても無属性の人はいなかったようなので1代限りのものだと思っていたらしい。

 しかし、他の子供が次々と適性を明らかにしていく中で自分の息子だけがまだ分からない。そのことに不安を覚えた彼女は試しに無属性の魔法をイオに使わせた。結果、あっけなくイオは発動に成功し無属性であることが判明したのだった。


 それからは早かった。母の言いつけを破り、つい親友達に自分の適性を話してしまい友情が壊れた。息子の適性の判明を今か今かと待ち続ける父は必死にごまかそうとする母の態度を不自然に思い発覚。ここで問い詰められた母は自分の適性も無属性であると知られてしまう。たった1日で家族の絆も壊れた。

 この日を境にイオの周りの人間関係は完全に崩れ落ち、イオは過酷な人生を歩むことになる。


 この時からイオは友好な人間関係を築いたことがない。長きにわたる不当な扱いによって人間に対する不信感を植え付けられた彼は相手を心から信頼することができないのである。その根底にあるのはやはり父と親友による裏切りだろう。あっさりと掌を返した彼らの影が今もイオの心に巣くっている。


 故郷を出てからもうすぐ1年。衝撃的な出来事の連続でその影も消え去ったかのように思えたが、それは今なおイオの心をきつく縛っている。無意識にパーティーからの逃げ道を確保しようとしてしまうほどに。


 国を(また)いでの逃避行。それでもイオの心が完全に解放されるまでの道のりはまだまだ長い。



 ♢ ♢ ♢



「本当にごめん!」

「ご迷惑をおかけしました」


 冒険者ギルドの前で、頭を下げて謝罪するのは2人の少女。近くを通る人が何事かと彼女らの方を窺い見ている。

 そして2人の目の前にいるのは金髪の青年だった。彼は困ったように微笑んで言った。


「2人のせいじゃないよ。お酒を断るのは難しいし」


 目上の人から勧められた酒を固く断るのが失礼に当たるのはどこでも同じである。ルールを守るような殊勝な心掛けを持つ者が少ない冒険者でもそれは変わらない。

 それゆえ2人の少女、もといカナリアとルーがシャーリーに酔い潰れるまで酒を飲まされダウンしたのは必ずしも彼女らの責任ではない。今なお頭を下げられ続けている青年、アルバートはそう主張するのだが、2人が頭を上げる様子はない。


「ですが私達のせいで依頼を受けられなかったわけですし…」


 気まずそうにルーが言う。実は3人と今この場にいないイオが依頼を受けるのは2日ぶりのことだった。

 ヴァナヘルト達と食事をし、アルバートとイオが2人を宿まで運んだ日の翌日。カナリアとルーは2日酔いでまともに動ける状態ではなかった。しかしそれはアルバートも予測済み。あらかじめ次の日は休みにすることを書き残していたので混乱が起こることはなかった。それどころかアルバートは薬をもって2人の介抱に赴き、甲斐甲斐しく世話を焼いたのだった。2人の頭が上がらないのも頷ける。

 大事をとってもう1日休みとし、結果カナリアとルーは完全に回復したのだった。

 ちなみにアルバートも酒を飲んだが翌日以降に持ち越してはいない。イオは話の相手がグロックだったので無理に勧められることはなかった。


「イオはともかく俺達は最近ずっと働き詰めだったじゃないか。たまに休んだくらいで(ばち)は当たらないよ」


 だから顔を上げて、とアルバートは2人の肩をつかんで頭をあげさせた。アルバートと正面で向かい合う2人の顔は様々な感情で赤くなっている。


「ほら、俺達はパーティーなんだから、互いのミスは補い合って当然。それよりいつまでも悩んでいると依頼で集中できないよ」

「悩むに決まっているでしょう!?」


 アルバートの言葉に暴発したのはカナリアだった。彼女は顔を真っ赤にし、目には涙を浮かべて羞恥に悶えている。


「だって、アルバートが私達を宿まで運んで、それからか、看病までされて! これで気にしない方がありえないわよ!」


 好意を向ける相手に醜態をさらしたこと。その相手に寝床まで運ばれ、それに止まらず世話を焼かれる。1人の女性としてこれ以上の失態はない。

 加えてアルバートに看病されている間頭がぼんやりとしていて、その時のことを詳しく覚えていないのもカナリアの悔やむところだった。


「ふしゅぅ……」


 となりのルーも湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして思考停止していた。

 少女を、それも男の目を引くような美少女2人を羞恥に悶えさせる青年。周囲から嫉妬と蔑みの混じった視線を向けられアルバートが顔を引きつらせる。このどうしようもない事態にアルバートは今この場にいないもう1人の仲間が来るのを必死に願った。


(イオ、早く来てくれ……色々耐えられそうにない。そろそろ来てもいいはずなんだけど……まさか!)


 慌てて周囲を見渡すと、足を止めてこちらを見ている野次馬の中に見知った姿が見える。若草色のローブを被った細身の少年。アルバートはその少年に向かって呼びかける。


「イオ! いたんなら声をかけてくれ」

「悪い、話が終わるまで待っていた」

「イオだってこっちで礼を言われる側だと思うんだけど」

「俺は何もしていない」

「なんでそこまで隠すのやら……」


 きっぱりと言い切ったイオにアルバートがため息を吐く。そんな彼にイオは淡々と業務報告をする。


「取った依頼はキラーホーネットの討伐。ただし今回は数が多い」


 アルバート達3人が話し合いをしている間イオは自主的に依頼を受注していた。あまりもたついているといい依頼がなくなってしまう恐れがあったので別行動したというわけである。もちろんイオが面倒を避けたかったからと言う理由もあるが。


「うん、キラーホーネットならこの前倒したばかりだから対処できるか。数が増えているというのは、やっぱりクイーンホーネットの仕業かな?」

「ああ。Bランクの依頼にクイーンホーネットの討伐依頼が貼ってあるが誰も受けようとしない。そのせいで兵隊蜂が増え続けているんだろう」


 Dランクの魔物キラーホーネットを束ねるクイーンホーネット。その強さは優れた統率能力にある。

 クイーンホーネット自体の戦闘能力はそれほど高くない。イオには無理だがアルバートなら1人でも倒せるだろう。しかし、クイーンホーネットと戦うということはその子分である大量のキラーホーネットも同時に相手をするということである。指揮官を得たキラーホーネットの強さは計り知れない。下手すると女王にたどり着くことなく死ぬことになる。

 加えてクイーンホーネットは基本的に自分の巣から動かない。クイーンホーネットを討伐するにはこちらから敵の本拠地に乗り込まなくてはならない。それを考えるとその難易度の高さがうかがえるだろう。規模によってはAランクに位置付けられることもある危険な依頼である。


「おかげであの森の魔物の勢力図が変わりつつある。このままだと森を追われて魔物が街道に出てくることになる」

「早急に討伐しなければならないということか」

「ああ。だからギルドも指名依頼を出すつもりらしい。取り返しのつかないことになる前にな」


 冒険者がどの依頼を選ぶかは自由である。しかし、その自主性に任せっきりにして魔物の被害を増やすわけにはいかない。そのためギルドは貴族同様に冒険者に対して名指しで依頼を出すことができる。そして冒険者側はそれを可能な限り受けなければならない。


「俺達はその高ランク冒険者が少しでも楽できるように子分を減らすというわけか」

「そうだ。俺達以外にもこの依頼を受けている冒険者はそこそこいる」

「なるほど」


 イオとアルバートの話がひと段落したところで羞恥心から復活したカナリア達もやってくる。


「依頼決まったの?」

「ああ、キラーホーネットの討伐だ」

「また? 私あいつらちょっと苦手」


 カナリアが嫌そうに口を歪める。とはいってもそこまで拒否感があるわけではない。おそらく前回の討伐が自信につながっているのだろう。


「イオ君、久しぶり」


 その隣でルーはイオに話しかけた。イオは2人の見舞いにも行っていないので顔を合わせるのは2日振りだった。


「ああ。体は大丈夫なのか」

「うん。……あの、迷惑かけてごめん」

「俺はいい。そういうのはアルバートに言え」


 謝られるのが面倒だったイオはさらりとアルバートに押し付けた。


「もちろんアルバートさんにも言うけど……イオ君、なんか元気ない?」

「……そうか?」


 歯切れの悪いルーの問いにイオは少し驚いた声をあげた。

 本人の感覚ではいつも通りのつもりだったが、ルーはイオのわずかな変化をかぎ取ったらしい。


「うん……いつもとちょっと違うような……?」


 と言ってもそれほど確証があるわけでもないらしい。嗅ぎまわられたくないイオはもちろん何もない風を装う。


「気のせいだろ。俺もここ2日間はゆっくり休んだ」

「そうなんだ。それなら私の勘違いだね」


 照れたようにルーがはにかんだところでアルバートの号令がかかった。


「皆、そろそろ出発しよう! 一度倒した相手だけど、油断のないように!」


 各々返事を返して一行は町の外へ向かった。先頭はアルバートで、カナリアが隣に並んで彼に話しかけている。ルーも置いて行かれないように2人の後を追っていく。

 そして最後に残されたイオ。


「……」


 前を行く3人を無言で眺めた。

 アルバートは2日前の食事会の後でイオの様子がおかしいことに気づいている。ルーにも先ほど疑問を感じさせてしまった。カナリアに関しては話す間もなかったので気づかれていないだろう。


 イオが自身の内面の醜さに気づいたとき、謀る対象だった3人、特にカナリアにどう接すればいいのかイオは分からなくなった。無論彼らがイオの考えを知る由はない。だが、自身から溢れ出る嫌悪感と、多少の罪悪感は抑えようもなく、イオの心に波紋を広げている。


 なんとなく、イオはローブに隠れた背中の後ろ、ベルトに挟まれているものに触れた。かつてそこはイオの切り札であり、自分を奮い立たせてくれる心の支えであった毒ナイフがあった場所である。


 そして今、イオが触れているもの。それは細部こそ異なるが、かつてと同じような、柄に入ったナイフだった


 イオはそれをひと撫でし、きちんとした足取りで3人の後を追うのだった。

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