第32話 真意
遅くなって申し訳ございません。
出発を控えた「雷光の槍」の3人との食事の場で、イオはグロックに自身の悩みを打ち明けることにした。
「無属性をよく思っていない人とはどう接すればいいんでしょうか」
「……ふむ」
「俺はそういう人間とは徹底して関わらないようにしています。でも、それが関わらざるを得ない人間だったならどうするべきか分かりません」
厳しい表情をするグロックにイオは一気に言い切った。
イオがここまで自身の内心をさらけ出すのは珍しいことだった。本来ならだれにも打ち明けることなく自分の中だけで結論を出そうとするはずである。
それをグロックに話したのは、彼が冒険者の先輩かつ同じ無属性だからという理由だけではない。自分の行動方針に一抹の不安を覚えているからである。見下されたからといって関わらないようにする。それは本当に正しい選択なのか迷いが生じているからであった。
「俺はこのままでいいのか、それとも変えるべきなのか……教えてください」
2択でいきなり答えを求めるような問い。しかし、この問い方はイオが知りたいことを端的に聞くことができる。
イオの悩みを聞いたグロックは深く考える素振を見せ、いつも以上の間をあけて答えた。
「……イオのやり方は間違っていない。俺はそう思う」
グロックの答えは「変える必要がない」だった。彼はそこに至るまでの考えを述べる。
「……俺も無属性ということで過去に中傷を受けたことはある。だが気にしていいことはない」
過去を思い出すようにグロックは語る。彼にもそんな経験があるということを聞き、イオは自分だけではないということを強く感じた。
それに、と彼は続ける。
「……上に上がればそういうことはめっきり減ったしな」
たしかに無属性といえどAランクパーティーの一員として力を発揮しているとなれば、声高にグロックを誹謗する者はいなくなるだろう。
だが、これはイオには当てはまらない。
「グロックさんは、ヴァナヘルトさん達とどうやって知り合ったんですか?」
イオは彼らの過去について聞いてみることにした。現在イオが悩んでいるのもパーティーメンバーとの関係についてである。
グロックがどのようにして2人と組むことになり、どう関係を築いたのかは参考になると思われた。
「……あいつらとは新人の頃に出会って組むことになった。それからはずっとそのままだ」
「無属性のことで問題は起きなかったんですか?」
「……あいつらがそんなことを気にすると思うか?」
「ああ……」
考えてみるとヴァナヘルトもシャーリーもそのような差別感があることなど想像できない。初めてイオが無属性と知った時も普通に接してくれたことから、グロックが無属性であることは別段問題にならなかったようである。
「……すまんな」
「いえ、ここまででも十分参考になりました」
直接的な解決法は見つからなかったものの、自分の行動方針に保証をもらえただけでも十分である。そう考えたイオは、このような場に不似合いな話題はこれまでにしようと礼を言って終わらせようとする。
しかしその前にグロックが問うてきた。
「……イオは他のメンバーとうまくやれていないのか?」
ここまでの流れでイオの事情をくみ取ったグロックが踏み込んだ質問をしてきた。
イオは答えるか迷ったが、ここまで聞いてもらったのだからと思い話すことにした。
「はい……1人俺を嫌っている人がいます」
「……それは無属性のせいでか?」
「おそらく」
イオはそれが誰か言わなかったがグロックには予想がついたらしい。女性陣の方をちらりと見た。
カナリアはシャーリーに酒を飲まされてべろべろに酔っ払っている。その陽気な姿からイオを不当に扱っているようには感じられない。
ちなみにルーはすでにダウンしていた。
「俺はこのまま悪い関係が続くくらいならパーティーを抜けるつもりです。他のメンバーの迷惑にもなりますし、もともと俺は数合わせでしたから」
イオがアルバート達とパーティーを組むことになったのはそもそも偶然だった。アルバートがカナリアとルーを助けた場面にたまたま居合わせただけ。ただそれだけが要因だった。数合わせ以外で特別イオに求めるものがあったわけではない。
今でこそカナリア以外の2人とはそこそこ良好な関係を築けてはいるし、自分の役割を果たせてもいる。しかし探せば自分よりも優秀なメンバーはいるだろうというのがイオの考えだった。
「……すみません、こんな話をして」
つい自虐的な発言をしていたことに気づいてイオは謝罪する。
イオは過去の経験からいまだに他の人と深い関わりをもつことに後ろ暗さを感じていた。パーティーを組んでいることにも心の奥底ではどこか違和感がある。
それにイオは自分の分を弁えている。今はそれなりに役に立っていてもこれが限解であることを薄々感じていた。ランクが上がって依頼の難易度が上がればイオは間違いなく足を引っ張る。その予感があった。
心情的な理由と、将来的な見込み。その2つによってイオは無意識に自分を卑下してしまったのだった。
「……」
グロックは何も言わない。この話をイオの思っていた以上に深刻に受け止めてしまったのだろう。完全に個人的なことで彼を煩わせてしまっていることがイオは心苦しかった。
今度こそ話を終わらせようとイオがグロックに別の話題を振ろうとしたところで先にグロックが口を開いた。
「……イオはソロに戻りたいのか?」
「え……?」
突然の質問にイオは呆けた声を漏らす。
「……まだ組んで数日だろう。いくらなんでも抜けようと思うには早い」
このパーティーでこなした依頼の数は2つ。確かにこれだけでパーティーを抜けようと考えるのはあまりにも早い。
「……だからイオはソロの方がいいのかと思ったのだが。……どうなんだ?」
聞かれてイオは考えてみる。
どちらかといえばソロに戻りたいとは思わない。特にここ最近は命の危険が多かった。あの危機感はもう味わいたくない。アルバートといればそのような事態に陥ることはなくなるだろう。
一方で常に周りに人がいるということに肩身が狭く感じることも事実だった。ソロに戻ればそれがなくなり前の気をつかう必要のない生活が帰ってくるだろう。
「分かりません」
どちらでもない答えを返し、イオは自分が感じていることを話した。
「パーティーでいると依頼は安全に確実にこなせます。だけどやっぱりソロが長かったからですかね。1人の方が気が楽と思ってしまうんですよ……ああ、そうか」
「……どうした?」
言葉の途中でいきなり納得の声をあげたイオにグロックは問いかけるがイオは上の空だった。
(ああ……そういうわけか……)
心の中でも同じことを繰り返した。声に出して自分の考えを語ったことでイオは自分の意識の底の考えに気づいてしまった。同時にとてつもなない嫌悪感を自分に感じる。
しかし、イオはそれを表には一切出さずグロックに呼び掛けた。そこにはむしろ晴れやかともいえるすっきりとした表情が浮かんでいた。
「グロックさん、ありがとうございます」
「……もう大丈夫なのか?」
「はい、おかげでいろいろ分かりました」
(……自分がどうしようもないクズだということがな)
イオは心の中で付け加えた。
グロックは何が、と訊こうとしたが、その表情の裏の闇を察知して踏みとどまった。踏み入るべきか迷ったものの、イオの目にどうしても話さないという意志を見てとったグロックはただ一言。
「……そうか」
とだけ答えた。
それに無言で頷いたイオはこの話は終わりとばかりに、いまだに自慢話をアルバートに聞かせているヴァナヘルトの方を向いた。
普段ならあのイオが積極的に話に入り込もうとするのは喜ばしいのだろう。だが直前にあの表情を正面から見たグロックにはどうしても喜ぶ気にはなれなかった。むしろ比較的明るくふるまっているイオを不気味に思うほどである。
しかし、当然それを指摘することはなく。それからは特に深刻な話もなくそれぞれ料理や酒、話を店が閉まる時間まで楽しんだのであった。
♢ ♢ ♢
「あーもうむりぃ」
酔って足元も覚束ないカナリアが苦しそうな声を出す。彼女は倒れそうになるところをアルバートに支えられていた。
そしてルーはというと。
「ふへへ……アルバートさぁん」
「……残念ながら俺はアルバートじゃない」
泥酔してイオに背負われていた。寝ぼけた言葉にも律儀に答えるイオの口からため息が漏れた。
「やっぱりアルバートが背負ってくれ。その方がいい」
「うーん、カナリアも危なそうなんだけどな」
「アルバートなら両方背負えるだろ」
背に負った少女を押し付け合う2人にシャーリーが申し訳なさそうな声を出す。
「ごめんね、ちょっと飲ませすぎちゃった」
「ちょっとですか……」
そう言うシャーリーは2人以上に酒を飲んでいたはずだがまったくその影響が見られない。それが体質の差によるものなのか、それとも慣れによるものなのか。答えるアルバートは苦笑していた。
そして謝りはするもののシャーリーに反省の色は見られない。にやりとした笑みを浮かべてイオに言った。
「イオちゃん、送り狼になったらだめだよ」
いつものようにイオをからかうような発言。
この時シャーリーはイオが取り乱すようなことはなくても多少感情が揺れることを期待していた。呆れるのか、それとも戯言を、と怒るのか。なんにせよイオは何かしらの反応を見せてそれを否定するのだろうと思っていたし、それがここ最近のイオの彼女に対する応答だった。
「気をつけます」
だからただ淡々とこう返された時、彼女は拍子抜けするような感覚を味わった。どうでもよさそうなその口調に感情の揺れはない。言われたことに適当に返しただけの表面的な会話。
「……つまんない」
シャーリーの呟きはイオの耳には届かなかった。
イオがまともに相手をしてくれなかったことについてではない。イオの感情の抜けた様子が、出会った頃のものに戻ったような気がしたのだった。ここ数カ月で好ましく変化していたイオの内面が逆戻りしたことに彼女は興醒めした。
「おら、さっさと帰るぞ。俺様は眠いんだ」
そこにヴァナヘルトが欠伸をしながら割り込んだおかげでシャーリーの変化が目立つことはなかった。彼自身もシャーリーの様子に気づいていない。
「じゃあな、またどっかで会おうぜ」
そう言ってヴァナヘルトは去っていった。下手をすれば二度と会えないかもしれないのに別れがあっさりしているのは別に彼に限ったことではない。冒険者をしていれば別れは数え切れないほど経験するものである。そんな彼らにとってはいちいち涙を流すようなことでもない。
「じゃあね」
「……達者でな」
「またどこかでお会いしましょう!」
シャーリーとグロックもそれぞれ一言ずつだけ残してヴァナヘルトに続いていった。アルバートもそんな彼らを手を振って見送った。
「……ありがとうございました」
イオは頭を下げて感謝を伝える。彼らにもらったものは数知れない。それらが今イオを生かしている。淡々としていてもこの言葉だけには感情がこもっていた。
やがて3人の姿が遠くなると、アルバートはイオと向き直って言った。
「……じゃあ、運ぼうか」
「はぁ……」
いつの間にかカナリアもアルバートが肩を貸した状態で眠っていた。イオの背中のルーも熟睡している。さすがにこれをアルバート1人に任せるのはよくないと思い、イオは肯定の意を込めてため息を吐く。
眠った2人の泊まっている宿をイオは知らないのでアルバートを先頭に町を歩いていった。その間もイオは度々ため息を吐いてしまう。グロックとの会話で分かってしまったことが頭から離れないのだ。
(パーティーに入っている方が安全と言いながら同じ口で抜けると言う。本当はパーティーの仲なんかどっちでもよかったんだ)
たしかにカナリアに邪険にされていい気分はしない。しかしイオは本来ならいつも通りにそれを無視していればよかった。仲を取り持つのはリーダーであるアルバートにでも任せればいい。
イオがパーティー内の仲を理由に抜ける可能性を示した本当の理由。それは——
(俺はこいつらと関わるのが嫌になったらいつでも抜けられるようにするためにああ言ったんだ。俺が気楽なソロに戻りたいと思ったらいつでもそうできるように……)
パーティーに加わるということは仲間に対して責任を持つということである。その責任を放り出してパーティーを抜けるなど許されることではない。いくらイオが人間関係が苦手だからと言っても簡単に抜けることはできないのである。
それをイオは抜けるにあたって仕方のない理由をあらかじめ言っておくことで、その責任を回避しようとしていたのである。アルバートもカナリアの態度を見ているとイオの言葉に頷かざるを得ない。
そしてイオに関係を修復する気がない以上、その仕方のない状態は続く。イオは自分がパーティーを抜けたいと思った時にいつでも抜けられる権利を持つことになる。しかもその原因をすべてカナリアに押し付けて。
アルバートの善意を踏みにじり、カナリアだけを悪役に仕立て上げる。そして自分は安全な逃げ道を確保する。
イオは自分の非道なやり口を自覚した時、自分の首を掻き切りたいほどの嫌悪感を感じた。それは今も続いている。
本当にアルバートに恩を返したいのなら自分から積極的にカナリアとの仲を改善するべきである。貸し借りは守るなどと言っておきながら、アルバートが強く出れないのをいいことに自分の都合を押し付けようとした。その事実にイオはどうしようもない怒りを抱いた。
「はぁ……」
「何かあったの?」
堪えきれずに吐いたため息にアルバートが反応した。自分らしくもない様子にまた自己嫌悪に陥る。
イオは努めて平静に答えた。
「何でもない」
ただいま内容に無理を感じて苦しんでいます。もしかしたらまた遅れることがあるかもしれませんがお許しください。
また、すでに投稿した話を改めることがあるかもしれませんが、その時は変更点をお知らせします。
今後とも「逃避の果てに」をよろしくお願いします。




