第31話 特訓の礼
「よぉ、ガキ」
そんな呼びかけを聞いたのは、イオ達がちょうどキラーホーネット討伐達成の報告を終えた時のことである。
イオは声とその特徴的な呼び名から見ずとも相手が誰かすぐに分かった。
「ヴァナヘルトさん、どうも」
案の定そこにいたのはAランクパーティー「雷光の槍」のリーダーであるヴァナヘルトであった。いつものように他のメンバーである2人も後ろにいた。
「はん、うまくやれてるみたいだな」
「はい、その節はお世話になりました」
ヴァナヘルトはイオの体をさっと見回し、どうでもよさそうに言う。何も知らない人ならこのやり取りに疑問を呈するだろうが、イオはヴァナヘルトが怪我のことを言っているのだと分かっていた。
イオの怪我の実情を知っているのは目の前にいるこの3人と、医者やギルドマスターなど一部の人間のみ。そしてイオがその状況でも冒険者をやれているのはヴァナヘルト達の教えによるところが大きい。
この数瞬でヴァナヘルトはイオに新しい怪我がないことを確認し、教えをきちんと実践できていることを言ったのだった。
「お久しぶりです、ヴァナヘルトさん。シャーリーさんとグロックさんも」
そこに横から挨拶をしたのはアルバート。彼は一応この3人と面識がある。
「ああ、坊ちゃんか」
「アルバートです」
「へいへい」
アルバートが訂正を求めるもヴァナヘルトはまじめに聞き入れようとしない。彼なりのこだわりがあるのか、意地でも2人を名前で呼ぼうとしない。
「イオちゃん、久しぶり。ちょっと背伸びた?」
「そうですか? 自分ではわかりませんけど」
「そうだよ。なんか私より目線が高くなってる気がする」
「……成長期だろう」
イオに背を抜かれかけているシャーリーはどこか不満げである。
イオはシャーリーとグロックとも親交を温め、それからヴァナヘルトに向き直った。
「それでどうかしたんですか?」
「ああ、俺様達は明日この町を出る。たまたま見たから言っておこうと思ってな」
「なるほど……」
前々から聞いてはいたが、ついに出発日を迎えるらしい。
そもそもトップクラスの冒険者を警戒のためとはいえこの町に長期間留めていたのが異例なくらいだった。冒険者はどこに行くのも自由なため、ギルド側がそこに干渉することはあまりない。今回は指名依頼だったのと、ヴァナヘルト達にも多少の義務感があったためしぶしぶながら長期間滞在していたのだった。
「色々ありがとうございました。俺が言うことでもないかもしれませんが、お気をつけて」
「まあ待てや」
別れの挨拶ということで簡潔に済ませて終わろうとするイオだったがヴァナヘルトに引き留められた。
数カ月の付き合いがあればこの時彼が何を考えているのかなんとなく分かる。すなわち、いいオモチャを逃がして堪るか、である。
果たしてイオの嫌な予想は当たることとなる。
「俺様は控えめに言ってもお前のことをかなり世話してやった」
「はあ……」
「ならお前は俺様達3人に対して何かしらの礼があってもいいんじゃねえのかと思うわけだ」
いつになく回りくどい言い方をするヴァナヘルトにイオは彼らの要求を理解した。断れる立場にないことは分かっているので、観念してそれを飲むことにする。
「……俺も懐に余裕があるわけではないので、ほどほどでお願いします」
冒険者にとって礼と言えば、まず挙げられるのは食事である。だが、冒険者にとってのそれは決して上品なものではない。酒を片手に腹に詰めるだけ詰め込む、宴会のように騒がしいものである。
常に危険と隣り合わせで稼ぎの量がその日によって違う冒険者という職種の人間は、非常に刹那的である傾向が強い。いつ死んでもいいように、楽しむ時は全力で楽しみつくすのである。
食べ過ぎて金がなくなっても笑い話として終ってしまう世界である。礼とはいえ、イオの所持金をすべて使い切られる可能性もある。3人にはかなり世話になっているのでそれでも文句を言うつもりはないが、一応牽制しておいたのだった。
イオの言葉が正解だったため、ヴァナヘルトはニヤリと笑う。しかし、イオの心配は杞憂に終わった。
「よくわかっているじゃねえか……と言いてえところだが、後輩相手に金をむしりとったとなれば名が廃る」
「そうそう、ただご飯に付き合ってくれたらそれでいいよー」
ヴァナヘルトに続いてシャーリーからも情けをもらえたことでイオはつい内心でほっと息をついてしまった。
「すみません……分かりました」
「よし、それじゃあ行くぞ」
「あの」
申し訳なさそうなイオを連れて行こうとしたところに声がかかった。
その声の持ち主は、今まで横で黙ってイオ達のやり取りを聞いていたアルバートであった。
「もしよろしければ俺たちもご一緒してもよろしいでしょうか」
丁寧な言葉での申し出だったが、ヴァナヘルトはあまりいい顔をしなかった。
「ああ? なんでだ?」
「俺も仲間を助けていただいた身です。そのお礼に旅の安全を共に祈るくらいはさせてください」
「俺たちってことは、後ろの2人もか?」
「はい。彼女たちも同じです」
「ほぉー」
見定めるような視線をヴァナヘルトに向けられてカナリアとルーは縮こまってしまった。イオやアルバートと違って2人は「雷光の槍」の3人と直接の面識はない。
あまり乗り気ではなさそうなヴァナヘルトだったが援護は味方内から現れた。
「ヴァナ、いいよね? 冒険者に女の子って珍しいから私話してみたいな」
シャーリーだった。彼女は純粋にカナリアとルーと話してみたいと思っていたのである。
その言葉が作用したのか、ヴァナヘルトはアルバートに向き直って言う。
「ま、いいだろう」
「ありがとうございます!」
こうして7人という少し大所帯な団体が町の食事処へと向かっていったのであった。
♢ ♢ ♢
7人が夕食をとるためにやって来たのは冒険者がよく集まるごく一般的な酒場だった。といってもギルド内に併設されているものよりもいくらか本格的である。
彼らは大人数用のテーブルを囲んで座り、食事をとりながらそれぞれ話に花を咲かせていた。
「あーもう、ルーちゃんはかわいいなあ!」
「ひぇっ!? 先輩、落ち着いてください!」
「ルーがつぶれてます!」
「おっ? カナリアちゃんもいいねー」
「えっ!? 今度はこっち!?」
女性陣では酒に酔ったシャーリーがカナリアとルーに抱き着いていた。酒の影響か、シャーリーの悪絡みはいつもより過激なものになっている。
カナリアもルーも相手が先輩ということで最初は恐縮していたが、今はそんなことを考慮する余裕もないようである。
この場だけ見ると女性が全体の半数近くを占めているが、実際は女性の冒険者は男性に比べて極めて数が少ない。やはり戦闘や荒事では男性の方が向いており、さらに粗野な男が多い冒険者の輪に加わろうと思う女性はあまりいないのである。
だからこそ女性で同業者という存在は貴重であり、シャーリーも2人を特に大切な後輩として認識していた。
「ふへへ、カナリアちゃん。お姉さんがイイこと教えてあげようか?」
「いいいいえ、結構ですからぁ!」
「そう遠慮せずに……」
「ギャー!?」
「カナリアちゃん!」
といってもそれは優しくしようという意味ではない。彼女にとって2人はイオと同じ、いじって楽しいオモチャでもある。ならば2人が慌てふためく姿を見ようと嗜虐心をみなぎらせていた。イオよりも素直な2人の反応は彼女を大いに満足させた。
おそらくこの性格もシャーリーが女性の身で冒険者をやってこれた秘訣の1つであろう。3人の騒がしい様子をちらりと見てイオはそう結論付けた。
そして一方で男性陣はというと。
「それでだ、俺様が機転を利かせて槍をぶん投げた。すると驚いたグリフォンは空中で躱そうとしたが羽に掠り、バランスを崩して地面に落っこちた。そこに魔法をたたき込んで倒したってわけだ」
「なるほど……Aランクのグリフォンを……。さすがです」
「ははは、お前話が分かるな。……おっと、酒が切れた」
「おつぎします」
「すまんな。……で、次は……」
ひたすらヴァナヘルトによる自慢話が語られていた。
初対面の時以来これで2度目となるイオは、料理をちびちびとつまみながらぼんやりと聞いていた。幸いというべきか、アルバートが熱心に聞いていることでヴァナヘルトの意識がアルバートの方へ向いている。おかげでイオは相槌をうつだけで特にコメントは求められなかった。
さすがと言うべきか、アルバートが適切な受け答えをすることでヴァナヘルトは上機嫌である。
と、そこに隣に座るグロックから声をかけられた。
「……疲れているようだな」
「いえ……まあ」
どうやらグロックはイオの退屈そうな様子を疲れていると勘違いしたようである。
本当のことを言わない方がいいと判断したイオはそのまま肯定することにした。
「……やはり前のようにはいかんか」
「たしかに怪我をする前と同じとはいきませんが……。グロックさん達が教えてくれたおかげでパーティーの中でもうまくやっていけてますし、大丈夫です」
グロック達のおかげでうまくやれているというのは事実だった。正確な回避術と「感覚強化」のおかげでイオはなんとかパーティー内で自分の役目を果たせていた。
それでも、大丈夫と言う言葉が少し絞り出したようになったのは、昨日アルバートに脱退する可能性があることを言ったばかりだからだろう。人間関係においてはうまくやれているとは言えない。
「……悩みがあるようなら聞くが」
グロックもイオが少し無理して大丈夫と言ったように聞こえたのだろう。ぼそりと呟くような声に心配の色が見られた。
イオは言うべきか考える。確かに自分は人付き合いがうまいとは言えないが、今回はカナリアに対してイオに責があるとは思えない。よってイオが変えるべき点はない。
しかし本当にそうなのか。無属性の自分を見下す相手への対応として、こちらも関心を寄せないようにするというのが正しいのか。イオは不安を感じた。
怪我によって利き手が使えなくなり、支援に特化してしまったイオが再びソロでやっていくことはできない。そうイオは考えている。
脱退すると言ったものの、そうなれば困るのはイオも同じ。もし現実となればイオは金を稼ぐ手段が薬草採取くらいしかなくなる。それは一生貧乏暮らしをするのと同じだった。
無属性でグロックほどの冒険者はそうはいない。しかもそのグロックは明日にはこの町を発つ。もう会う機会はないかもしれない。
ならば相談してみるのもいいのではないか。最終的にイオはそう判断し、訊いてみることにした。




