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第29話 もう2人の反省会

「カナリアちゃん、待って!」


 冒険者ギルドを出たカナリアを追ってルーが呼びかける。

 1つに束ねられた緑色の髪を目印にルーは小走りで追いついた。


「カナリアちゃん、一緒に帰ろう?」

「……うん」


 カナリアはまだ表情を暗くさせたままだった。


 2人はこの町で同じ宿の、同じ部屋に泊まっている。

 同じ村に生まれ、幼い頃から親友だった2人が同じ部屋で寝泊まりする回数はすでに数え切れないほどである。節約の面からも別々の部屋に泊まる理由がなかった。


 宿に向かうまでの間も、いつもは話題が絶えることはないのに今日は2人とも無言のままだった。


 やがて宿に到着し、自室に戻ろうとするカナリアをルーが呼び止める。


「先にご飯にしよう?」


 時刻はすでに日が暮れかけている時間帯である。宿の一階部分に当たる食堂にも多くの人が食事をしていた。


「……そうね」


 カナリアはただ言われたことに頷く。その様子はまさに心ここにあらずといった感じである。


 ルーにとってカナリアは姉のような存在であったが、この時はまるで立場が逆転したかのようであった。何かを悩んでいるカナリアには悪いと思いつつも、ルーはそれをおかしく感じた。


 カナリアと向かい合わせで席に座り注文を済ませたルーは、さすがにこれ以上の放置はよくないと思い尋ねてみることにした。


「何を悩んでるの?」


 踏み込んだ質問にカナリアは一瞬答えるのをためらったものの、やがて観念したのか話し始めた。


「……アイツ……イオのこと」

「イオ君の何を?」


 イオについてであることはルーも分かっている。そのためルーはさらに詳しく訊くことにした。


「……」


 カナリアは黙ったまま口を開こうとしない。

 そこにタイミングを計ったかのように注文した料理が運ばれてきた。


「話は後で聞くからね」

「……うん」


 この場では話しづらいだろうと思い、ルーはこの場での言及を控える。カナリアも拒否することはしなかった。

 しばらくは2人が黙々と食事をする音だけが響くのだった。



 ♢ ♢ ♢



「じゃあ、聞かせてもらうね」


 泊まっている部屋へと戻ったルーは早速質問を再開する。

 カナリアは食事の間に話すことをまとめたのか、今度は黙りこくることはなかった。


「……私、アイツが偉そうにしているのが我慢できない」

「……イオ君は別にそんな態度とってないと思うけど」


 ルーはイオの行動を思い返す。年下なのに自分よりしっかりしていて、無口かと思えばたまに方針なんかに口出しをする。しかし、それはほぼ的確と言えるものであり、そのことで鼻を高くさせることもない。

 ルーはイオが偉そうにしているとは思えなかった。


「……アルバートにこうしろって言って、アイツはその通りになって当然って顔をする。アルバートはアルバートでアイツの言うことは全部聞き入れようとする」


 カナリアが内心に秘めていた黒い感情を吐露する。一度表に出たそれはもはや止まることなく垂れ流された。


「今日だってそう。進む方角は全部アイツが決めて、戦うのは私達ばかり。アイツは指揮官面してそれを見てるだけ! それなのに剥ぎ取りだけは真っ先にしようとする!」


 今日のことを思い出し、カナリアは次第に気持ちを(たかぶ)らせていく。が、それも一時的なもので次に口にした言葉にはどこか疲れが含まれていた。


「……だけどビックマンティスの時、アイツはちゃんと戦ってた。口先で何と言えても、戦いはできないと思っていたのに」


 そう言って彼女は自嘲する。口元に浮かべた笑みはどこか歪んでいた。


「これじゃ役立たずなんて言えない。むしろ逆。戦闘でも、それ以外でもアイツは何でもできる。そしたらアルバートはまたアイツを頼るようになる。無属性の、アイツに……」

「カナリアちゃん」


 恨みを込めた声で苦々しく語るカナリアを、ルーが名前を呼ぶことで引き戻した。

 自分の思考に没頭していたカナリアはハッとした表情でカナリアを見る。


 ここまで聞いてルーはカナリアの不調の原因をだいたい理解することができた。そして、それが分かったのなら親友を救うのは自分の役目。ルーは自分にそう言い聞かせて、カナリアに諭すように言った。


「カナリアちゃんはイオ君に嫉妬してるんだよね?」

「ッ!」


 確信を突くその一言がカナリアに息を飲ませる。


「アルバートさんがイオ君ばかりに頼るのが悔しいんでしょ?」


 直情的に行動することの多いカナリアだが、言われてみるとそんな側面があったことは否定できない。

 しかし、それをそのまま認めることはできなかった。苦し紛れの反論を試みる。


「……それはアイツが無属性だから」

「カナリアちゃん」


 先程と同じくルーはカナリアの名前を呼ぶが、そこに含まれていたのは呆れだった。


「いい加減認めよう? 無属性は無能じゃないって。爺様だって間違えることはあるんだよ」


 爺様というのはカナリアの祖父のことであり、村一番の物知りとして知られていた人物のことである。


 かつて彼は2人に言った。


「お前達が無属性でなくてよかった。無属性は他のどの属性にも劣る。この属性持つ人間は弱く、儂らのように事象を操ることもできん。そうなれば行く先は奴隷の扱いを受けても文句を言えんからの」


 奴隷という言葉を聞いた2人は当時ひどく怯えたものだった。寂れた村の人間であっても奴隷がどのような扱いを受けるかは知っている。

 男は労役夫、女は慰み者として一生使い潰されるのだ。それは事実上の死と変わらない。


 臆病なルーはただ自分が水属性でよかったと思うにとどまった。

 一方、強気なカナリアは尊敬する祖父の言葉を真に受けて自身が風属性であることを誇り、「無属性イコール役立たずの格下」という構図を完成させてしまったのだ。


 このことがあって2人は初めてイオが無属性だということを告げられた時、奴隷という言葉を思い出してイオを直視することができなかったのだった。

 カナリアにいたってはイオを見下し、接触を避けるようにまでなる。


 しかし、2人は知らなかった。カナリアの祖父が言った内容は遥か昔のことであるということを。確かに無属性が奴隷として扱われた歴史はある。だが、長い時間をかけてその待遇は改善され、今では差別の対象にはなれど人権は普通に認められている。

 カナリアの考えは時代遅れと言わざるを得ない。


「でも……」


 カナリアはまだ納得しきれていない。幼い頃に(つちか)われた価値観はそう簡単には変わらない。

 ましてや頑固なところのある彼女が自分の考えを容易には変えないことを、付き合いの長いルーは知っていた。しかし、迷いを見せているということは自分が間違っているとなんとなく感じ始めているのだろう。


 ルーはそれを後押しするように話し出した。


「私ね、少し前にイオ君と一緒に町を歩いたんだ」

「そうなの?」


 カナリアが意外そうに聞き返す。まだイオがポーションづくりをしていた頃偶然会った時のことであるが、ルーはイオのことをよく思っていないカナリアにこのことを伏せていたのだった。


「うん。それで訊いてみたんだ。イオ君はなんで冒険者になったのって」

「……それで?」


 無属性のイオが若くして冒険者になった理由。カナリアは純粋に興味が湧いた。

 しかしルーは笑って首を横に振るだけだった。


「分からない。俺のよりもアルバートのを聞けって、あの時はうまくはぐらかされちゃった」


 アルバートのことを出されて動揺してしまった自分を思い出して、少しだけ顔を赤らめる。


「ルー……」


 カナリアは何とも言えない気持ちで親友の名を呼ぶ。分かってはいたものの、改めて2人の思い人が同じであるということを理解させられて。

 ルーはそのことに気づかず話を続けた。


「でもね、あの後イオ君は悲しい眼をしてた。何かを思い出すみたいに」


 悲しげなその声の裏側にあるのはイオが一瞬だけ立ち止まって教会の方を見ていた時のこと。フードの隙間から除いたその顔はいつも通り無表情だったが、瞳に憂いを隠しきれていなかった。


「きっとイオ君はたくさん苦労してきたんだと思う。爺様が言ったように奴隷みたいな扱いは受けていないけど、それでも嫌な目にはあうことはあったんだって、そう思った」


 そしてルーはカナリアを正面から見据える。そしてまるで母親が子の間違いを正すかのように口にする。


「今もカナリアちゃんにああ言われてイオ君は傷ついてると思う。表面上は何でもない風に装ってるけど、内側はそんなことないんじゃないかな」

「……」


 カナリアは何も言えない。改めて対等の相手としてイオを見ると、自分がしてきたことはイオを貶す行為である。子供のいじめと変わらない。

 そしてそれを自覚するとその恥を覆い隠したくなるのは、世間に疎く精神的に未熟な少女にとって自然なことだった。


「……アイツが最初手を抜いてたから勘違いすることになったんじゃない」

「それも違うよ」

「え?」


 責任転嫁であることは分かっていたものの、予想以上の確信を込めた否定にカナリアはつい聞き返す。

 ルーの口調は相変わらず悲しげだった。


「イオ君は確かに思ってたよりも強かったけど、それでもハンデがある。私今日見てて気づいたんだ」

「……何に?」

「……イオ君、本当は右腕の怪我がまだ治ってない」

「で、でもアイツもう大丈夫だって……」


 他ならぬイオ自身がそう言っていたのをカナリアは思い出す。しかしルーは首を横に振った。


「ビックマンティスの時、私イオ君の援護をしてたでしょ? それで見てたら、イオ君右利きなのに剣を左手に持ってるし、常にビックマンティスの右側に回り込もうとしてたんだ。まだ本調子じゃないのは分かるけど、それでもすごい不自然だった」


 あの戦いでカナリアはアルバートの、ルーはイオの援護をそれぞれしていた。そのためイオの戦いぶりを最初から最後まで見ていたのはルーだけであった。

 彼女は剣に精通していないどころか全くの素人だが、そんな彼女から見てもイオの戦い方は違和感を拭えなかった。

 受けの多い消極的な戦法。右側からの攻撃を最大に警戒し、やむを得ない時でも剣を持ち変えずに地面を転がって回避する。左手での剣術にもぎこちなさがあった。

 そこから推測される答えはイオの怪我がいまだ完治していないということ。治る見込みがあるのかどうかはルーには分からないが、少なくとも今はまだ無理に動かせないということは見ていて分かった。


「イオ君は役立たずなんかじゃないけど、だからって何でもできるわけじゃない。何考えてるのかわかりにくいけど、よく見てみると分かることもある。カナリアちゃんも一度イオ君が無属性だってことを忘れて、よく観察してみることをお勧めするよ」


 ルーはそう締めくくった。

 結局カナリアに必要なのは先入観を捨てることである。イオは不愛想ではあるが、決して悪人なんかではない。1人の人間としてイオを見てることができたなら、2人が良い関係を作ることもできるはずだ。ルーはそう感じている。


「そうね……」


 ルーの言葉が通じたのか、カナリアは憑き物が落ちたようにさっぱりとした表情をしていた。


「私もムキになってたみたい。アイツがどんなやつなのか、ちゃんと見てみる」

「うん、それがいいよ」


 その様子を見てルーは笑顔を浮かべる。いつものような明るい彼女が帰ってきたように思えたのだ。

 その顔を見てカナリアが不満げに言う。


「む、なんだかルーここに来て変わったわね。すごいしっかりしてきた」

「そうかな?」

「うん、前は私の後ろに隠れてばっかりだったのに」

「そ、それ小さい頃の話でしょ!」


 昔の話を持ち出されてルーが声を荒げる。

 たしかに村にいたころのルーは初対面の人と会う時はいつもカナリアの後ろに隠れていた。それに今のようにカナリアを説得するようなこともなかった。


「今日のルーはお姉ちゃんみたいだったわ」

「あ、私も今日のカナリアちゃんは妹みたいって思ってた」


 2人は顔を見合わせぷっと吹き出す。

 それから2人は疲れも忘れて夜遅くまで会話を続けるのだった。

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