第28話 2人だけの祝勝会
ビックマンティスを討伐し、無事依頼目標を達成したイオ達4人は冒険者ギルドまで帰ってきていた。
討伐部位と武器防具の素材となるビックマンティスの甲殻や鎌などを売却し、報酬と共に代表で金を受け取ったアルバートはそれを分配する。
配分は一部をパーティー共有とし、残りは均等にした。イオにとっては久しぶりのまとまった金額である。
「それじゃあ初の依頼達成ということで、祝勝会といこうと思ったんだけど……」
大成功と言ってもいいほどの成果をあげたにもかかわらず、アルバートが苦笑気味なのには理由がある。
「また今度にしましょうか……?」
ルーがイオとカナリアを窺うように見て言った。
「俺はどちらでも」
気を遣うようなルーの質問にイオは短く答えた。その淡々とした態度はいつも通りのものである。
「私は……ちょっと無理」
対するカナリアはいつもの様子とは違っていた。普段のような明るさは身を潜め、その顔には陰りが見られる。
彼女はイオと絶妙な距離をとっており、決してその顔を見ようとはしない。
依頼を成功させたにもかかわらず、アルバート達が喜びきれない理由。それはパーティー内の空気が最悪と言っていいほど悪かったからである。
ビックマンティスを倒した後。喜ぶ3人とそこに加わらないイオ。性格上の問題とはいえ、1人輪に入らないイオは傍から見てパーティーの一体感を損なっていた。
そしてそれを見たカナリアは直情的に文句をつけた。彼女も馴れ馴れしく一緒に騒いでほしいとは思っていないが、顔にも態度にもまったく喜びを表さないイオに不満を感じたのだ。
ビックマンティスとの戦闘前の話を蒸し返されると内心で溜息をついていたイオだったが、カナリアがイオのことを「役立たず」と言おうとしたところで突然聞くに堪えない言葉が止んだ。
元々話のほとんどを聞き流していて、カナリアの顔も見ていなかったイオもこの時は彼女の方を見た。
イオと目があったカナリアは怒りで染まっていた顔を青くして、逃げるようにイオの傍から離れていった。
それからはずっとだんまりの状態である。ある意味パーティーのムードメーカー的存在であったカナリアが静かになったことで、パーティー全体の空気も沈んでいった。
帰りは皆口数も少なく、アルバートやルーが心配して話しかけてもカナリアは生返事をするだけだった。そして彼女は決してイオと目を合わそうとしなかった。
「それなら仕方がないね。今日はこれで解散にしよう」
アルバートはカナリアの答えに再び苦笑して、3人に告げた。
カナリアは先に「お疲れ」と一言残してこの場を去る。ルーも遅れてその後を追っていった。
イオもそれに続こうとしたところでアルバートに呼び止められた。
「イオ、この後なにか用事ある?」
「いや、特には」
疑問を覚えつつもイオは正直に答えた。
時刻はそろそろ夕暮れ時。冒険者たちがそれぞれの依頼を終えて帰ってくる時間帯である。この後イオは夕食をとって宿に帰る以外の用事はなかった。
ヴァナヘルト達との訓練は、イオが冒険者に復帰したことによって一応終わりになっている。無理に鍛えるよりも疲れをとることを優先したのと、もうすぐ彼らが町を出るというのが理由である。
そういうわけであとは休むだけと思っていたイオだが、アルバートはそんなイオに提案する。
「じゃあ、今から一緒に夕食を食べに行こう」
「夕食か……まあ、高くないものなら」
「了解。いい店があるんだ」
アルバートの誘いにイオは乗った。どうせこれから夕食をとる予定だったし、アルバートだけなら変な気を使わなくていいと思っていたからだ。
それにイオはアルバートに訊いておきたいことがあった。
2人は人の集まりだした冒険者ギルドを出て、アルバートの案内で店に向かう。
そこはギルドから歩いて数分のところにある食堂だった。イオも店の前を通ったことはあるが、中に入ったことはない。
「いらっしゃいませー。お2人ですか?」
「ああ」
「あそこの席にどうぞ」
扉を潜ると女性の店員に声をかけられた。アルバートが対応し、席に通される。
「ご注文は何にしましょう?」
「そうだね……このシルバーウルフのステーキにしよう。イオは?」
「俺も同じので」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言って店員は去っていった。
「俺と同じので良かったのかい?」
アルバートが訊いてくるがイオは首を縦に振った。
「俺はこの店初めてだから、同じのにしておけば間違いはないだろう?」
「そういうことか。なら安心してくれ。俺もおすすめの一品だから」
それからしばらく2人は談笑を続ける。イオもアルバート相手なら気まずい沈黙を生まずに話すことができる。
そうこうするうちに料理が運ばれる。
料理を目の前にしてアルバートが言った。
「じゃあ、2人だけだけどパーティー初の依頼達成ということで乾杯といこうか」
水の入ったコップを掲げるアルバートにイオも苦笑気味に応じた。一口飲んでから食事に取り掛かった。
アルバートが食べながらイオに言う。
「それにしても予想以上だったよ。イオがあんなに強いなんて」
「そっちもな。予想以上だった」
2人は純粋な賛辞を贈り合う。
「イオがいなかったらビックマンティスの時は危なかったよ」
アルバートは普通に褒めたつもりだっただろうが、あの戦いを横から見ていたイオには嘘であることが一目瞭然だった。イオは皮肉気に返す。
「どこがだ。1人でも余裕だっただろうに」
その言葉にアルバートは驚いたような顔をする。そしてにやりと笑って言う。
「やっぱり気づいてた?」
「まあな」
淡々と答えるイオにアルバートは嬉しそうに笑う。実際は余裕だったと見抜かれてもまったく気にしていないようだった。
そんな彼にイオは気になっていたことを訊く。
「手を抜いてたのは俺とあの2人のためか?」
「そう。別におかしいことじゃないだろう?」
「ああ……ただ意外だと思ってな」
アルバートの言う通り、冒険者が新人の育成のためにわざと手を抜いて戦うことは珍しいことではない。だがイオはアルバートが正々堂々を好む性格だと思っていたので、理由があってもこのようなことをするとは思っていなかったのだ。
「もちろん俺もやりたくてやってるわけじゃないさ。ただハルディンさんに言われてね。お前は突出しすぎているからもっと周りのことを考えろってね」
「なるほど……」
一時アルバート達が行動を共にしていた男のことを思い出しながらイオは呟く。どうやらアルバートも初めは自重していなかったらしい。
「最初は俺が2人のことを守ろうと思っていたんだけど、それじゃあ2人のためにならないって気づいた。それからはカナリアとルーも積極的に戦闘に組み込むようにしている」
「強すぎるのも考えものだな」
「それでもあって困るものじゃないさ」
2人は会話を交えつつ肉を口に運ぶ。他の客は酒を片手に大声で騒いでいる中、2人のテーブルだけはそこから切り取られたかのように静かだった。
一度会話が途切れた後、アルバートが付け加えるように言った。
「ああ、でもイオがいてくれて助かったっていうのは嘘じゃない。さすがに俺1人だとあれを同時に相手して余裕とはいかなかった」
「でも勝てるんだろ?」
「それだとカナリアとルーが割り込む余地はなかった」
「手加減はできなかったってことか」
「まあね」
少しも迷わず答えるアルバートにイオは思わずひきつった笑みを浮かべる。強いとは思っていたが、本気を出せばビックマンティスの2体程度は苦にならないと聞いて改めてその規格外さをイオは思い知った。
「今更だが本当に俺達が必要なのか? アルバートなら引く手数多だと思うが」
「いいんだよ。これから強くなっていけばいいし、なにより気が楽だからね」
「……なら、今の空気はいいとは言えないんじゃないのか?」
一部メンバー同士の仲が悪いという、パーティーとしては最悪な状況。これでは連携など期待できない。今日はイオがほぼ裏方に徹したためそれほど問題にはならなかったが、より強い魔物を相手にした時にミスにつながりかねない。そしてそれはパーティー全体の命にかかわってくる。
気の休まらない現状にアルバートも苦笑気味だった。
「そうだね。俺もカナリアがここまでイオを嫌っているとは思わなかったな。一緒に行動すればそのうち仲も深まると思っていたんだけど……」
「……深まるどころか初日でさらに距離が開いたな」
イオの言う通り、2人の距離はこの1日でさらに遠ざかってしまった。
イオの療養中は一言二言くらいは話していたのが、本格的にパーティーが結成した途端ことあるごとに文句を言われるようになってしまった。さらにはイオに近づかない、目も合わさない、と2人の関係というよりカナリアのイオに対する態度は悪くなる一方である。
「一応言っておくが、俺からはどうにもできないぞ。むしろ逆効果だ」
「だろうね」
頭が痛いとばかりにイオはこめかみを押さえて言う。嫌っている相手に近づかれて喜ぶ人間はいない。実質イオからはどうしようもなかった。
それはアルバートもそれは理解しているらしい。
「たぶん意地になっているんだと思うけど……」
「理由なんかどうでもいい」
思案するように呟いたアルバートの言葉をイオは両断する。
「あっちがあんな態度を取り続ける限り俺から歩み寄ることはない。そうなればパーティーの空気は悪いままだ」
イオにとってカナリアは、故郷でイオを見下した人間と同類である。彼女にイオを見下すに足る理由があろうがそれがただの妄想だろうが、そんな人間に払うような敬意をイオは持ち合わせていない。
「俺をこのパーティーに入れてくれて感謝はしているが、そのせいで雰囲気が悪くなるのは俺も望むことじゃない」
元々イオがパーティーに入ったのは恩義があるアルバートに頼まれたからである。あれから交流を深めて、アルバートやルーは信用できると感じこの場所は悪くないと思いつつあったが、そのせいでパーティー内に不和が生まれるというのは許容できない。なぜならそれは恩を仇で返すような行為だからだ。
「だからこのままこの状況が続くようなら俺はこのパーティーを抜ける。それが一番の解決策だ」
結成後初の依頼で成功を収めた「不死鳥の翼」は、早くも解散の危機を迎えようとしていた。




