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第27話 拮抗しない戦い

 茂みから現れた(つが)いのビックマンティス。発見が遅れたことによってアルバート達はまだ十分に体勢を整えられていない。


 そんな中、イオだけは冷静だった。

 アルバートがカナリアとの会話に入ってきたことにより、周囲への警戒が薄れたことを察したイオは密かに「感覚強化」を発動していた。そのおかげでビックマンティスの接近にも一足早く気づいていた。


 目前の獲物へと向かって襲い掛かるビックマンティスの武器は両腕に生えた鎌。それは鋭利な刃物というよりは(やすり)のようである。

 当たれば切断されることはなくても肉をえぐられるだろう。


 イオはおそらくメスと思われる体の小さい個体の前に躍り出ると、手に持った剣で正面から鎌を受け止めた。そして顔を前に向けたまま言う。


「そっちは頼む」

「ああ! カナリアとルーは一度距離をとれ!」


 その意味をすぐに理解したアルバートは自身がもう一体の前に立ち、後衛の2人に指示を出した。

 4人は一カ所に固まっていたため、近接戦闘能力のない2人は魔物に接近されすぎていた。


「ええ!」

「分かりました!」


 2人は邪魔にならないように速やかに下がった。


 (つが)いを相手にするときに恐ろしいのは連携をとられることである。それを防ぐためには2体を分断して別々に対処しなければならない。

 現在アルバートはオスを、イオはメスをそれぞれ相手にしている。


「はっ!」


 アルバートが気合とともに剣を振り下ろす。ビックマンティスはそれを鎌で受けるも勢いに押されて後退する。ギャリッ、と剣と鎌がこすれ合う音がした。

 ビックマンティスはもう片方の鎌を振るうがアルバートは巧みに回避する。必要最小限の動きだけで相手の攻撃を防ぎ、躱し、自分の攻撃は2対の鎌の隙間を縫って突き刺さる。


 正面から臆することなく堂々とビックマンティスと切り結ぶそれは、騎士道を掲げる正統な剣術だった。アルバートは堅実な動きでビックマンティスを圧倒し、着実にダメージを与えていった。


 対するイオの動きはアルバートと真逆と言えるものだった。


 イオは絶えず走り続けビックマンティスのまわりをぐるぐると回る。そして死角からの攻撃でちまちまとダメージを重ねていた。

 鎌の攻撃を躱すときもアルバートのような優雅さはなく、身をかがめ地面を転がるといったような泥臭いものだった。


 常にビックマンティスの左側をとろうとするイオに対して、ビックマンティスは6本の長い足をせわしなく動かしてイオを捉えようとする。だが、右の鎌からの一撃はイオの剣によっていなされた。そして——


「ギシャァァ!」


 イオはビックマンティスの足を一本切断した。

 正々堂々とはかけ離れた、しかし冒険者らしい容赦のない狙いによってビックマンティスは機動力が一部失われた。


 イオは前にビックマンティスを単独で撃破している。当時は右腕の怪我もなく万全の状態ではあったが、今でもDランクのビックマンティスと渡り合うくらいのことはできる。足という攻撃の通りやすい明確な狙い目があるビックマンティスは、直接攻撃しか使えないイオとそれなりに相性がいいのだ。


 今は右手を十全に使えないものの、回避と防御を織り交ぜてビックマンティスに致命打を与えさせない。ここ数カ月の訓練は確かにイオを強くしていた。


 型は違えど2人はそれぞれビックマンティスを1体ずつ足止めしている。そこに後ろにさがった後衛陣から魔法が放たれた。


「『風球(ウィンドボール)』!」

「『水球(ウォーターボール)』!」


 カナリアがアルバートの、ルーがイオの援護をする。それほど威力の高いものではないが、魔法にまで対処しなくてはならなくなったビックマンティスはさらに押し込まれていく。


 旗色が悪いと見たビックマンティスは互いに顔を見合わせる。すると——


「なっ!?」


 突然アルバートの相手をしていたオスのビックマンティスが体の向きを変え、イオの方へと走り出した。


「イオ君! もう一体が来てる!」


 イオの援護を担当していたルーはそのことを即座にイオに伝える。イオが2体を同時に相手取るのは少々厳しい。

 ビックマンティスももしかしたらそれを察しての行動だったのかもしれない。連携をとって倒しやすい方から倒すのは当たり前に有効な戦術である。


 だが、結果的にビックマンティスのその行動が自身の敗北を決める一手となった。


「まかせて! 『風刃(ウィンドカッター)』!」


 放たれるは真空の刃。今までの魔法とは違い、それには高い殺傷能力がある。

 ビックマンティスとアルバートの間に距離ができたことによって、カナリアはこの魔法を使う千載一遇のチャンスを得た。


 まだ未熟な彼女は、アルバートが近くにいる状態でこの魔法を使うことができなかった。もしコントロールを誤ればアルバートに当ててしまうかもしれないから。

 しかし、この時カナリアは自粛していた「風刃」を迷わずに撃った。十数本を一度に撃てるヴァナヘルトやシャーリーとは比べようもない1本だけの刃ではあるが、自分の相方へと駆け寄ろうとするビックマンティスを横合いから襲う。


 ビックマンティスがそれを知覚した時にはもう遅い。


「ギィィィィィィ!」


 右の鎌を腕ごと落とし、そのまま刃は硬い甲殻をも切り裂いた。体液を吹き出しながら狂ったように叫ぶビックマンティス。

 だがそれだけでは終わらない。慈悲なき声が背後から聞こえた。


「背を向けるとはいい度胸だ!」


 追いついたアルバートが剣を振りかぶる。それはまるで決闘の場から逃げ出した戦士を裁くかのように、鋭く重い一撃だった。

 オスのビックマンティスは首から斜めに切り落とされ、体が崩れ落ちると同時に頭が地面に落ちた。


 が、そのことを喜ぶ暇はない。


「キシャァァァァァァ!」


 イオの方から別の奇声が聞こえてきた。

 そこには伴侶を殺されたビックマンティスが傍目でわかるほどの怒りをあらわにしていた。


「ぐぉっ!」


 狙いも何もなくただ腕を無茶苦茶に振り回し、足が一本ないことを歯牙にもかけず暴れまわる。近くにいたイオは一気に優位を奪われひたすら逃げ回っていた。口から漏らす息はひどく荒い。


 これが番いの魔物を相手取るときの恐ろしさ。暴走状態となった魔物は同ランクの魔物とは違った強さがある。

 怪我どころか死すらも恐れず、敵を殺し尽すまでは疲れも見せない。

 現にルーが牽制で放つ魔法をビックマンティスは全く意に介していないない。自分の伴侶を殺した相手の仲間で、自身も傷をつけられたイオだけに狙いを定めている。


「こっちをッ、見て!」


 ルーが気を引くように叫んでもビックマンティスには聞こえていない。彼女の撃つ水の魔法が当たっても、まるで何事もなかったかのように足を動かし、鎌を振るっている。

 その猛攻を一身に受けるイオに余裕は微塵もない。もはや剣は防御のためだけに使われ、その攻撃範囲から逃れようと後退し続けている。


 アルバートはすぐに指示を飛ばし、自身も動き出す。


「カナリア、ルーを手伝って!」

「分かったわ」


 イオを助太刀すべくアルバートは駆けだした。イオはいまだにビックマンティスの攻撃から逃れることができていない。


「お前の敵はこっちだ!」


 アルバートは執拗にイオを狙い続けるビックマンティスを横から切りつけた。が、視界の端にとらえていたのかビックマンティスは鎌でアルバートの剣をはじいた。

 Dランクとは思えない反応速度。さすがのアルバートも驚く。


 しかしその一瞬でイオはなんとかビックマンティスから距離をとることができた。


「はぁ、はぁ……ふぅ」


 まだ戦闘中だというのについ膝をついてしまうイオ。しかし、それも仕方がないことなのかもしれない。

 イオはもともと「感覚強化」の使い過ぎで疲れていた。それなのにこの戦闘で「身体強化」と時々「身体硬化」を使ってさらに魔力を消費したのだ。

 いくら陰で訓練していたからといって病み上がりのイオにとってはきつい仕事だった。


 今ビックマンティスはアルバートへと標的を変えている。すでに退避したイオには目もくれずただアルバートにだけ鎌を振るっている。

 人間的に言えばあのビックマンティスにとってアルバートは夫の(かたき)というところである。恨みの度合いは直接傷をつけたイオと同じか、それ以上だろう。

 ただ近くに来た者を殺そうとしているだけかもしれないが。


 イオは片膝をついて剣を構える。今のイオがあそこに割り込んでも足手まといにしかならないだろうが、万が一ビックマンティスが標的を後衛の2人に変えた時に対処できるようにしているのだ。


 といってもイオはそんなことになることはほぼあり得ないと思っている。


(俺が手こずった相手に、アルバートが後れを取ることはないだろう)


 内心ですでにイオは勝負は決まったものと思っている。


 当初よりイオはアルバートの強さを高く評価していた。その考えは今日一緒に依頼を受けて確信に変わっている。


 アルバートはイオよりもはるかに強い。それは魔法の属性に関係なく、剣術、体術についてもである。

 たとえ「身体強化」を使ってもイオはアルバートに勝てない。


 最初にゴブリンを瞬殺した手際など、イオがどう真似してもできないほど鮮やかなものであった。

 素の身体能力や戦闘センスでアルバートは天賦の才をもっている。


 現に今も暴走したビックマンティスの猛攻をアルバートは正面から危なげなく受け止め続けている。それどころか隙をついて反撃までしている。攻撃の合間にビックマンティスの甲殻に切り傷がはいる。


 かと思えば一旦距離をとり、動きを誘導する。アルバートを追って動くビックマンティスにカナリアとルーの魔法が直撃する。カナリアも加わったことで魔法による攻撃も意味を成し始めている。

 そしてそこにアルバートが追撃をする。


(……完全に遊んでいるな)


 拮抗した攻防に見せかけて一方的なその戦闘を見てイオは苦々しげに思う。

 おそらくアルバートはすぐにでもあのビックマンティスを殺すことができる。おそらく2体同時に相手をしても余裕だっただろう。

 それなのにアルバートは必要以上に攻め込まない。攻撃を防いで隙を作るにとどめている。


 命をもてあそんでいるとも思えるこの所業。だが、その目的はイオから見て一目瞭然だった。


(おそらくカナリアとルー、あともしかしたら俺にも経験を積ませるためだろう)


 イオの目から見てもまだまだと言わざるを得ないカナリアとルー。アルバートも同じことを思っているだろう。

 アルバートのことだからこのパーティーが一時的なものであるということはないだろう。おそらく彼はこのパーティーで長期間、あるいはずっとやっていこうと思っているはずである。ならば戦力増強は必須。そのためにアルバートはわざわざこのような手段をとっているのだ。


 今思い返してみれば、ゴブリンを相手にするときでもアルバートは必ずカナリアとルーにも参戦させていた。本来なら自分1人で十分であるにもかかわらず。今回のもその延長だろう。


(それにしては俺だけ厳しかった気もするけど)


 イオは心の中で愚痴る。

 いくら自分から突っ込んだとはいえ、イオはアルバートと同じ役割を請け負っていたのだ。前衛であり、女性2人に任せられないので当然と言えば当然のことであるが、暴走状態のビックマンティスを一時とはいえ任されるのは荷が勝ちすぎていた。


 磨かれた回避術で怪我こそしていないがイオの服には泥がまみれている。やはり前衛でローブは邪魔だと思うが、これがないと落ち着かないのは長年顔をさらさないようにしているのに慣れてしまったからである。ローブの裾を払いながらイオはため息をついた。


 そしてイオを泥まみれにした張本人であるビックマンティスはすでに動きが鈍っていた。あの死ぬまで攻撃を緩めないといわれている番いの片割れがである。

 いくら暴走しているからといっても相手は生物。一方的になぶられ続けていたら疲労もたまるだろう。


「『ウィンドアロー』!」


 カナリアが魔法を放つ。3本の矢はすべて動きの鈍ったビックマンティスの胴体に刺さった。

 もはやビックマンティスは疲れ切ったような声しか出さない。


「終わりだ」


 そろそろ頃合いと判断したのか、完全に静止したビックマンティスにアルバートがとどめの一撃を放つ。

 それは型をなぞるように動き出しから終わりまで流れるような動作だった。


 首を切断されたビックマンティスは地面に倒れる。


 完全勝利を確信するとカナリアとルーがアルバートの方へと飛び出してきた。嬉しげにハイタッチなんかをしている。といってもゴブリン1対ではしゃいでいたかつてに比べればずっとささやかと言えるが。


 もちろんイオはその輪に加わることはない。信頼云々の前に性格上ためらわれるのだ。


 魔物の潜む森の中であるというのに、しばらくそこには楽しげな声がし続けるのだった。

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