第26話 早速の不和
「それでは頑張ってください」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドの受付嬢の言葉にアルバートは礼を言う。
今日は「不死鳥の翼」の初依頼の日である。
朝の喧騒の中、アルバートが代表して受付嬢に依頼を受理をしてもらっていた。
「それじゃあ行こうか」
♢ ♢ ♢
4人はアビタシオンの町を出て東に進む。途中で街道をそれ、たどり着いた先はこの近辺の冒険者にとってはおなじみの鬱蒼と茂る森だった。
虫系の魔物が多く生息し、イオもよく依頼で訪れていた場所である。
「さあ、気を引き締めていこう」
リーダーのアルバートが3人に呼び掛ける。
ここからはほんの少しの油断が死につながりかねない魔物の領域である。イオは当然のこととして、カナリアとルーも表情を引き締めて緊張感をもっている。
3カ月前にイオが見た時は、2人とも1体のゴブリンを倒しただけでひどくはしゃいでいたのだが、今はその時のような様子は微塵も感じられない。
あれから2人は着実に成長しているということだろう。
こうしてアルバートを先頭に4人は森へと踏み込んでいった。
今回「不死鳥の翼」が受けた依頼は2つ。
イオが要望したゴブリンの討伐と、もう一つはビックマンティスの討伐である。
「不死鳥の翼」のパーティーランクは現在E。その基準はメンバーのランクによるものである。
Eランクが2人、DランクとCランクが1人ずつ。平均してEランクと判断された。ただし、その中でも上位なので数回依頼をこなせばすぐにDランクになれるということである。
そのため今は全員やる気に満ち溢れている。今日ビックマンティス討伐の依頼を受けたのもそのためである。
ビックマンティスならイオを除く3人でも十分倒せるとアルバートは判断したのだ。といってもアルバートにかかれば大抵の魔物は1人で倒せそうなのだが。
とにかく、そういう事情で4人はゴブリンとビックマンティスを探して森を歩いていた。
「待て」
殿を務めるイオが突然待ったをかける。
前を行く3人は足を止め、振り返ってイオを見た。
「何かいる。足音は複数」
ある方向を指さしてイオは告げた。
無属性魔法の「感覚強化」による探知である。強化されたイオの聴覚が、草を踏み分ける何かの存在を告げたのだ。
この魔法のことはすでに他のメンバーにも伝えてある。そのため3人は少し驚いたもののすぐに警戒態勢をとった。
アルバートを戦闘に、身をかがめてその何かの方へとゆっくり近づいていく。やがてイオ以外の3人も遠くでかすかに草を踏む音が聞こえてきた。
初めにその正体にたどり着いたのはやはりイオだった。
「見えた。ゴブリンだ。数は……3」
首をずらしてイオは目を細めている。今度は「感覚強化」で視力を強化したのだった。
正体が判明したことでアルバートはすぐに指示を出す。
「このまま近づいて魔法で奇襲する。カナリア、ルー、お願いできるかな」
「まかせて」
「はい」
そうして再び腰をかがめたまま4人は進みだした。
相手が気づいていないという有利を生かした遠距離からの奇襲。その役目を担うのは後衛の2人だ。
アルバートは属性が火なので、森の中で魔法を使うことはできない。
4人は周囲に気を配りながら前進する。やがて、全員の目に棍棒をもって歩く3体のゴブリンの姿が映った。
隠密行動の結果、知能の低いゴブリンはまだイオたちに気づいていない。
アルバートは声を潜めて言う。
「狙いは的の大きい胴体だ。しっかり狙ってくれ。それからイオは2人の護衛。俺は奇襲の後、前に出る」
3人はそれぞれ頷いた。
カナリアとルーは前方の敵に集中する。アルバートは出て行くタイミングを見計らっている。イオは他に敵がいないか警戒を続けている。
全員が目を見合わせ、頷く。準備は整った。
息を吸い込み魔法を発動する。
「『風矢』!」
「『水矢』!」
それぞれ5本ずつの矢がゴブリンを一斉に襲う。
「グギギィィ!」
「グギャギィ!?」
ゴブリン達は突然飛来してきた魔法に声をあげるが回避は間に合わない。3体を丸々狙った広範囲の攻撃はそれぞれの腹、肩、手や足を貫いていく。
「ふっ!」
そしてそこで飛び出したのはアルバート。彼は剣を片手にゴブリン達へと向かって一息で距離を詰めた。
そして3本の軌跡が描かれる。
突然の攻撃に足が止まり傷を負っていたゴブリン達は、抵抗も許されず首や胴を両断されて息絶えた。
流れるような動きでゴブリンを瞬殺したアルバートはその後も油断なく剣を構えるが、やがて完全に死んでいることを確認すると隠れている3人へ柔らかい笑みを浮かべた。
それを見て戦闘が終わったことを確認した3人は隠れていた藪から出てアルバートの方へと歩み寄った。
「さすがアルバートね」
「すごかったです」
初めに声をかけたのはカナリアとルーだった。2人は目を輝かせてアルバートを見上げている。
「2人の魔法のおかげだよ」
謙遜か本気かアルバートもそう言った。
3人が褒め合う中、イオは1人討伐部位を剥ぎ取っていた。
「イオも、索敵ありがとう」
「……ああ」
アルバートはそう言ってイオも褒めるが、イオは短くそう答えただけだった。
そのやり取りの間にイオはすでに剥ぎ取ったゴブリンの耳を手持ちの袋にしまっていた。
「他の魔物が寄ってくる前に早く離れた方がいいんじゃないのか?」
「ちょっと」
冷静に指摘するイオに咎めるような声を出したのはカナリアだった。
「勝手に仕切らないでよ。リーダーはアルバートなんだから。それにさっきの態度もなんなのよ。アルバートが話しかけているのに生返事して」
「……仕切ったつもりはないし、普通のことを言っただけだ」
イオは辟易としながら答える。前々から何かと難癖をつけられ、依頼中にまで絡んでくるのだ。イオじゃなくても気分を害されるだろう。
「何よその言い方! 大体アンタは何もしてないのに、剥ぎ取りだけは真っ先にする。自分で倒したわけでもないのに意地汚いと……」
「カナリアちゃん、こんなところで喧嘩しちゃダメだよ」
エスカレートするカナリアを止めたのはルーだった。彼女は物理的にイオとカナリアの間に割って入った。
「ルー、私は今こいつと話してるの。だからどいて」
「こんなところで言い争ってたらアルバートさんにも迷惑かけちゃうよ」
その言葉はカナリアの高揚した意識を引き戻すのにてきめんだった。彼女は恐る恐るアルバートの方を見る。
アルバートは呆れたような表情を浮かべていた。
「カナリア、俺たちはチームだ。このゴブリンを見つけたのはイオだし、手柄はみんなのものだよ」
「倒したのは全部アルバートじゃない」
「結果だけ見るとそうだけど、それまでにみんなそれぞれ役割を果たしている。カナリアやルーはもちろん、イオもね」
反論の止まったカナリアにアルバートは諭すように言った。
と、ここでイオが3人に声をかける。
「血につられて魔物が寄って来た。一度離れた方がいい」
強化されたイオの耳にはこちらに近づく複数の足音が聞こえていた。このままいけばイオ達は囲まれてしまうだろう。
「分かった。いったん離れよう。イオは道案内を頼む」
「了解」
アルバートの指示で今度はイオを先頭にその場をあとにする。
その間カナリアは不機嫌そうな顔を隠そうともしていなかった。
♢ ♢ ♢
それから4人は順調に討伐数を重ねていった。
そのほとんどは、事前にイオが存在を察知したことによるものだった。
そしてカナリアとルーが奇襲で魔法を放ち、アルバートがとどめを刺すというパターンが定着している。
ゴブリンはすでに規定の討伐数を達成しており、残るはビックマンティスのみとなった。
「なかなか見つかりませんね」
ルーがアルバートに言った。
実際他の魔物は見つかってもビックマンティスだけはまだ見つかっていない。
「そうだね。闇雲に探してるだけだしそう簡単にはいかないか。……イオ、どうだい?」
「周りにはこれといった音はしない」
そう言うイオは少し疲れを感じているようだった。額に汗を滲ませ、少し呼吸が荒くなっている。
そのことに目敏く気づいたアルバートは全員に向かって言った。
「いったん休憩にしよう。この辺りに魔物はいないみたいだし、ずっと歩きっぱなしだからね。……イオ、警戒は俺がしておくから休んで」
「……悪い」
イオはアルバートに礼を言って、手近な木にもたれかかった。ずっと発動していた「感覚強化」も切る。
聴力が通常に戻ったことによって生じる違和感に顔をしかめながら一息つき、手荷物から水を取り出して飲んだ。
イオは現在長時間魔法を使い続けたことによって、軽度の魔力枯渇に陥っていた。加えてずっと周囲に気を配るのはとてつもなく神経を削る。
実戦で「感覚強化」を使うのは初めてだったため、イオはまだそのあたりの効率が悪い。そのため大した戦闘もしていないイオが実は一番疲労しているのだった。
もちろんそんな事情を無属性に疎い人間は知らない。
「アンタ、体力ないんじゃないの?」
馬鹿にしたように言ったのはやはりと言うべきかカナリアだった。
彼女はイオが人知れずずっと魔法を使い続けていたことを知らない。
「……」
「ちょっと、何か言いなさいよ」
無言を通すイオにカナリアが突っかかる。
「……」
「ッ、このっ!」
それも無視されたことでカナリアの苛立ちが爆発した。イオの肩をつかんで無理やり顔を向けさせた。
「ちょっと、カナリアちゃん!」
「もう怒った! さんざん足引っ張っといてその態度! アンタなんか邪魔なお荷物よ!」
カナリアの取った荒々しい行動にルーが慌てた声を出すも、カナリアは譲らなかった。乱暴にイオの両肩をゆすってその怒りをぶつける。
「やっぱり私は間違っていない。無属性なんて無能の役立たずよ。アルバート、今からでも遅くない。メンバー考え直してよ。ハルディンさんに頼もうよ。あの人とならもっとうまくやれる」
「……カナリア! そんなことは……!」
「あのな」
過激ともいえるカナリアの発言にさすがのアルバートも怒気を発しかけたその時、イオがそれを遮るように声を出した。
「俺はそっちから頼まれてこのパーティーに入ったんだ。最初に訊いたよな? 本当にいいのかって。それでそっちはいいって答えたんだ。それが全員の総意でなくても、止められなかったのならそっちの責任だ。力不足は認めるが、それをとやかく言われる筋合いはない。……アルバート」
開き直りともいえる言葉を吐いて、イオは目の前に立つカナリアの後ろにいるアルバートを見遣った。そして冷たく言い放つ。
「邪魔ならいつでも言ってくれ。いつでも出て行ってやる」
「そんなこと……」
「それと」
イオの言葉を否定しようとしたアルバートに、再びイオは重ねていった。
「お出ましだ」
その言葉と共にイオの後方の茂みからガサガサと音が鳴った。
悠々と構えるイオと、今更警戒態勢をとる他の3人。
そこから現れたのは——
「ッ! ビックマンティス!」
4人が探していた大型のカマキリの魔物、ビックマンティスだった。
「! もう1体います!」
「気をつけろ! こいつら番いだ!」
アルバートが注意を促す。
番いの魔物は通常の個体よりも強い。互いに連携をとってくるし、片方がやられると残りは怒り狂う。同時に相手取るのは危険だった。
会話に気を取られて対応が遅れたアルバートはまだ有効な指示を出せていない。もちろん魔物がそれを待つはずもない。
「キシャァァ!」
両腕の鎌を振り上げ、1対のビックマンティスはイオ達に襲い掛かった。




