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第24話 仕事と交流

遅くなってすみません!

 部屋に朝日が差し込む中、イオは目を覚ます。

 そしてしばらくぼんやりとした後、身支度を始めた。


 イオが泊まっているのは最低ランクの安宿。寝泊りするだけの場所であって食事が出ることはない。

 当然セキュリティーも万全とは言えず、念のためイオは荷物のほとんどを持ち運ぶようにしている。


 ちなみに3カ月前に泊まっていた宿の主人の娘に、今度来たときもそこに泊まると約束していたが、今のイオにそんな余裕はない。それにあれほど堂々と出て行ったのにこの短期間で戻ってくるのは何となく気まずかったのだ。

 どうせそんな約束は忘れていると腹をくくって、イオは前の宿に顔を出したりはしていない。


 宿を出たイオはそのまま冒険者ギルドへと向かう。

 ギルドは基本的に朝早くから夜遅くまで開いているため、まだ人の少ない早朝であっても問題なく利用できる。


 途中で朝食として果物を買い、それを食べ歩いてイオは冒険者ギルドに到着した。

 扉を開けてみるとそこにはちらほらと冒険者の姿が見えるが、それでもいつもよりずっと少なかった。もう1時間ぐらいすればこの場所も喧騒に包まれることだろう。


 依頼表が貼られている掲示板に集まる冒険者たちを横目にイオは受付へと向かった。まだ人が少ないせいか、いつもは3人いる受付に1人しか人がいなかった。


 イオはギルドカードを出しながらその受付嬢に話しかけた。


「ポーション作りの指名依頼を受けているイオです」

「はい、イオさんですね。……確認しました。それでは2階へどうぞ」


 慣れたやり取りを終えてイオは2階へ向かう。向かう先はギルドマスターの部屋だ。


 ギルドマスターであるクメの計らいによって職を得ているイオだが、その扱いはクメからイオへの指名依頼である。

 いくらなんでもクメが個人的な理由でイオに仕事を斡旋することはできない。そのためこのような形になっているのだ。

 つまりイオのポーション作りも冒険者活動の一環なのである。


 指名依頼はギルドや貴族が直々に対象となる冒険者を指名して出す依頼のことである。

 その内容は危険で達成が難しいものがほとんどであるものの、得られる報酬は通常よりも多い。これはその冒険者の仕事に対する信頼度に結びつき、結果如何ではランクの昇格にもつながってくるのだ。

 ヴァナヘルト達「雷光の槍」が受けた「未知の魔物の調査」もギルドからの指名依頼である。


 もちろんポーション作りでイオの評価が上がることはないが、日銭稼ぎとして今のイオになくてはならないものだった。


「失礼します」


 イオは扉をノックをしてギルドマスターの部屋に入った。クメからの依頼である関係上、イオの仕事場はこの部屋だった。

 見ると部屋の片隅に薬草や道具、容器などが並んである。


「来たかい。早速頼むよ」


 クメがイオに言ったのはそれだけだった。彼女は今日も机に積まれた書類を処理している。

 何の書類かは分からないが、ギルドマスターというのも大変な仕事なのだろうと、他人事のように考えながらイオも自分の仕事を始めた。


 そしてしばらくはペンを動かす音と、容器どうしがぶつかるような音だけが部屋の中に鳴り響く。


 イオも自分の作業だけに集中する。といってもそれほど難しい作業ではない。

 薬草をすりつぶしたり、熱湯を注いで煎じたり。時には魔物の爪なんかも一緒に煮つめる。


 簡単な作業ではあるが、どれくらいの薬草にどれくらいの湯を加えてどれくらいの時間煮るかといった目安はそう簡単に身につくものではない。

 薬も調合を誤れば効き目がなくなったり、逆に毒になることもある。


 イオは薬師(くすし)だった母親に教えを請い、自分を実験体に調合の練習を重ねてきたため、そのあたりの調整が狂うことはない。もっと修業を積めば正式な薬師にもなれるだろう。


 もちろんそんな人と人の繋がりが大切な商売をイオがやりたいと思うはずもなく。こうしてもしもの時の金策に役立つ程度に収まっている。


 無言の中、イオは作業に没頭する。

 今作っているのは毒消しポーション。この辺りで言えば毒蜘蛛(ぐも)の対策に重宝されるものである。

 効き目が強いわけではないが、広く色々な毒に効果がある。当然イオも作り慣れたものだ。


 イオは黙々と働いて、今日も無事報酬を得ることができた。



 ♢ ♢ ♢



「あれ、イオ君」


 今日の仕事を終えてギルドを出たイオに声がかけられた。声のした方向に顔を向け、そこにいたのはふんわりと水色の髪を揺らせる少女。


「ルー? 1人?」


 ルーはイオの方へと駆け寄る。周りにはアルバートどころかいつも一緒にいるカナリアの姿も見えなかった。


「うん、今日は別行動なんだ。イオ君はお疲れさま」

「ありがとう。今日は休みか?」

「うん、昨日の依頼は大変だったから」

「そうか」


 そこで会話が途切れてしまう。イオにはこういう時にどうすればいいのか分からない。

 すると、ルーから話しかけてきた。


「イオ君、今時間ある?」

「えっと、まあ」


 今日はいつもより早く終わったためヴァナヘルト達との訓練まで時間に余裕はある。少し逡巡した後、イオは頷いた。


「だったら一緒にどこか行かない?」

「どこかって?」

「決めてないけど、どこかだよ」

「まあ……いいけど」


 ルーがこんなことを言い出すのは少し意外だったが、イオはその提案に乗った。要は時間つぶしだろう。


「じゃあ、行こうか」


 ルーに連れられてイオは町の散策を始めた。



 ♢ ♢ ♢



「イオ君って強いんだよね」


 町を歩きながらルーが訊いてくる。本当に当てがあるわけでもなくただぶらついているだけだ。


「それはない」

「でもCランクだよね」

「運が良かっただけだ」


 会話と言ってもルーに訊かれたことを答えるだけ。短いやり取りが続く。


「運だけでなれるものじゃないよ。私なんてまだEランクだし」

「冒険者になったばかりだろ。それが当然だ」

「アルバートさんもうDランクだけど……」

「それは例外」


 一応3カ月の付き合いがあるとはいえ、2人の間で共通の話題と言えば冒険者関係のことしかない。自然と内容はその方向へと向かっていく。


「イオ君は3年目なんだよね。それでCランクっていうのも十分すごいと思うけど」

「本当にたまたまだ。何回も死にかけた」


 イオがCランクになれたのは紛れもなく運が良かったからである。長年まじめに依頼に取り組み、コツコツと信頼をあげていった。

 昇格を決定づけたファングベアの討伐も相手があのクアドラだったから。都市ボーダンのギルドマスターであるその男になぜか気に入られ、Cランクになることができた。


 ただそれまでの間に幾度となく死線を潜った。何か一つでも状況が変われば今イオはここにはいなかっただろう。

 死にかけたという言葉は決して誇張ではない。


「そうなんだ……。やっぱり大変なんだよね、冒険者って」

「ルーは違うだろう。無属性じゃないし、何より1人じゃない」

「……」


 反応が返ってこないことでイオは自分が言わなくてもいいことまで言ってしまったことに気づいた。これではルーに対する嫉妬だ。

 ルーは水属性という様々な場面で活躍できる属性に適性があり、初めからカナリアという信頼できる仲間がいた。どちらもイオにはなかったものだ。


 ただイオはこういうことを言いたかったのではない。慌てて先の言葉を訂正する。


「悪い。今のはそんなに身構える必要はないって意味だ。他意はない」

「……ねえ、イオ君」


 ルーはイオの言葉に答えず名前を呼ぶ。そして踏み入ったことを訊いてきた。


「イオ君はなんで冒険者になったの?」


 それは今まで誰も訊こうとしなかったことだ。イオが12歳で冒険者になったと聞いて何か複雑な理由があるのだろうと誰もが考え、そこに触れないようにしてきた。


「……聞いてどうする」

「どうもしないよ。ただ知りたいと思っただけ。同じパーティーのメンバーなんだし」

「それなら先にアルバートのことでも聞けよ」


 ふざけた理由にイオはそう切り返した。

 知りたいと思ったから。仲間だから。そんなものは理由にならない。別に勿体つけるほど大した理由ではないが、そんな興味本位で教えてやるほど安いものでもなかった。


 大体複雑な理由というならアルバートの方が上を行くはずだ。ルーからしてもイオのことよりアルバートのことの方が知りたいはずだ。


 案の定、ルーは慌てた声をあげた。


「え、ええっ!? アルバートさんは、その、あの……」


 ごにょごにょと口ごもりながらルーは少し顔を赤らめる。これで話題は()らせただろう。

 イオはその初心な反応を気に留めず、さっさと先を歩いていく。


「あ! イオ君、待ってよ」


 再起したルーがイオの後を追う。その様子を見て、イオはつい思い出してしまう光景があった。


 水鳥の子供のようにひょこひょことイオの後ろをついてくる少女。あれは9歳ごろの話だっただろうか。


(まさかあんなに偉くなるとは思わなかったけどな)


 教会に仕えることになった黒髪の少女を思い出して心の中でつぶやく。

 あのときはイオも自分の方がしっかりしていると、自分が面倒を見てやらなければと信じて疑わなかった。


 だがふたを開けてみればイオの魔法の才能は最低ランクだった。それが判明した瞬間、かけっこでもチャンバラでも負けなしだったイオは一気に底辺まで落ちた。


 仲の良かった友達とは距離をとられ、あげくこれまでの遊びでも「身体強化」を使っていたのかと疑われる始末。

 何もわからぬまま1人になり、その後に出会った少女にも才能で圧倒的に劣ると叩き付けられた。

 才能もないのに揉め事に首を突っ込んで親にも迷惑をかけた。


 そんな自分に絶望して、殻に閉じこもったイオを黒髪の少女、フィリアだけは心配してくれた。

 しかしその時にはイオとフィリアの間には大きな格差があった。イオ如きが気安く話しかけられる相手ではなくなったのだ。

 次第にイオは彼女に対しても心を閉ざすことになる。


 その関係も解消されぬままイオは町を飛び出し、今に至る。

 あの時はただ町を出ることを渇望していたために気にならなかったが、余裕ができたからだろうか。少し申し訳なく感じてしまったのは。


(まあ、今更だけど)


 悪いと思っていても身分差は変わらず、距離は遠く離れてしまった。謝る機会はもうないだろう。


(願わくば、俺のことは忘れて平和に暮らしてほしい)


 イオは「天の女神」の信奉者ではないが、この時だけはこの町の教会に向かってそう願った。


「イオ君、何してるんですか?」


 突然立ち止まったイオにルーが問いかける。


「なんでもない」

「あ、待って」


 イオはそれには取り合わず再び歩き出す。ルーもその後を追いかける。

 それからは他愛のない話だけをして2人は町を練り歩くのだった。

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