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第21話 変化

 リュビオスとの闘いから3か月後。


 あれから冒険者ギルドに限らず町の領主も厳重な警戒態勢を敷いているが、再びリュビオスやその仲間が現れることはなかった。

 それでも油断はできない。実際に戦った者からの証言やヴァナヘルトたちが持ち帰った死体によってその正体が徐々に明らかになっていることで、その脅威が誰の目にも見えるようになったのだ。


 ギルドは通告にあった4人未満での活動禁止を取り下げず、現在も徹底した管理を行っている。だが、あえて規範を犯す者はそれほどいない。

 なぜならイオたちがリュビオスと戦った場所に残っている傷跡が、冒険者たちにその危険性を実感させていたからだ。


 森は一部が焼失。地面も二か所に壁が建ち、うち一つは粉々に砕かれている。地形を変えるほどの規模の戦い。それでも倒しきれない相手。

 加えてこの町でそれなりに有名だったBランクパーティーのメンバーのうち2人が殺されているという事実も、冒険者たちに脅威への正しい認識を与えていた。


 Bランクパーティーでも倒しきれないとなると、リュビオスの強さはBランク上位以上。最低でもAランクに相当するということになる。


 そのためヴァナヘルトたち「雷光の槍」は警戒のため未だこの町にとどまっていた。


 そしてその闘いの最前線に立ち、大怪我を負ったイオはというと——


「……よし。ポーション10本完成しました」


 ——冒険者ギルドの一室で薬の調合をしていた。


 まだまだ傷は完治していない。今も右腕は添え木と包帯でがっちりと固定されていて、日常生活でも使い物にならない。


 そんな状態のイオだが、長く積んだ経験から利き手が使えなくてもこの慣れた作業をこなすことはできる。

 今イオは床に裸足で座り、両足で容器を抑えて左手だけで器用に調合をしていたのだ。


 彼がなぜそのようなことになっているかというと、それは目の前にいる人物が原因だ。


「そうかい。なら今日の仕事はこれで終わりだ」


 そう言ってイオに金を手渡すのは腰の曲がったしわくちゃの老婆だった。老婆は杖がなければ歩けないほどの歳なのに、目だけはギラギラと輝いていた。


「ありがとうございます」


 イオは立ち上がりそれを受け取った。銅貨20枚。それがこの仕事の日給だ。


 正直かなり少ないが、これでもイオは雇ってもらっている身。文句は言えない。


 老婆は金を渡し終えると自分の作業に戻っていった。机の端に積まれた書類の束が老婆の仕事の過酷さを物語っている。


「クメさん。それでは失礼します」

「はいよ」


 退室する際に一声かけたイオに対し、老婆は顔も上げずにそう言っただけだった。


 それはいつものことなのでイオも気にしない。もう一度頭を下げて今度こそイオは部屋を出た。閉めた扉には看板が下げられていて、そこには滑らかな文字でこう書かれていた。


「ギルドマスター」、と。



 ♢ ♢ ♢



 ギルドマスターの部屋を出たイオは階段を下って一階に出る。イオがいた部屋は一般の冒険者の立ち入りが許されていない二階。当然一般の範疇を抜け出していないイオに立ち入りが許されることはなかった。


 そう、三カ月前までは。


「おーい、イオ」


 冒険者が依頼を発注したり結果を報告する受付に降りたイオはそこで声をかけられた。

 イオも見知った人物だったので迷わず声がした方へ向かう。


アルバート(・・・・・)、お疲れ様」

「イオこそお疲れ」


 そこにいたのは金髪のさわやかな青年、アルバートだった。彼は相変わらず目立つ装備をしているので、すぐに見つかる。


「依頼は終わったのか?」

「うん、今日も成功したよ。カナリアもルーも随分実力を上げているしね」

「それはよかった」


 この三カ月で表面上2人の関係は大きく変わった。お互いに会話をすることが増え、交流もそれなりに深まった。そして、何よりの変化はイオが敬語で話さなくなったということだろう。


 これはアルバートからの要求である。仲間になるんだから他人行儀なのはよくない、と。

 もちろんイオも最初は渋った。嫌というよりも、慣れていないことによる抵抗感からである。

 しかし、それがパーティーの中で不和を生むと言われれば従うしかなかった。最初は違和感の塊だったが、最近になってようやく普通に話せるようになったのである。


「他の人は?」

「依頼達成の報告に行ってるからもうすぐ帰ってくるはずだけど……。あ、来た」


 その視線の先にはこちらへ歩いてくる3人の人物。


「アルバート、終わったわよ……あ」


 カナリアが一番にアルバートの方へと駆け寄ってくる。が、隣にイオがいるのを見た途端足が止まった。


「……お疲れ様、です」

「……うん」


 イオがぎこちなく挨拶すると、カナリアもそれにぎこちなく答える。2人の間に気まずい空気が流れた。


 イオが気安く敬語抜きで話せるのは、いい意味で遠慮がないアルバートだけである。他の2人、特にカナリアには硬い態度が抜けていない。

 イオも一応は努力しようとしている。しかし肝心のカナリアがイオのことを避けているのだ。そうなるとイオの方から歩み寄ることはあり得ない。結果、2人の仲は全くと言っていいほど縮まっていない。


 果たしてカナリアがイオのことをどう思っているのか。過去に悪く言ってことを悔いているのか、それともまだ陰で無属性と蔑んでいるのか。

 イオはその真意を知らないし、知りたいとも思っていない。去る者は追わず、とは少し意味が違うが、わざわざ避けられている相手に近づこうとは思わない。

 どちらかが変わらない限り2人は平行線のままだ。


「カナリアちゃん待って……あ、イオ君」


 そして続いてやって来たのはルー。彼女は水色の長い髪を揺らせてカナリアを追いかけてきた。


「お疲れ様」

「うん、イオ君もね」


 ルーにはイオもなんとか違和感なく話すことができる。それは彼女がイオに対して積極的に歩み寄ってくることも関係している。


 ルーはイオに対して敬語を止めた。それは仲間としてというより、イオのことを弟ができたかのように感じてのことだった。優しい彼女はどこか危なっかしいイオに庇護欲でも掻き立てられたのだろう。


 そして最後に遅れてやってきた背の高い男。


「やあ、イオ君」

「ハルディンさん、お疲れ様です」


 そこにいたのはイオたちがリュビオスと遭遇した時、1人町へ救援を呼びに行った男だった。


 彼はカルボたちのパーティーメンバーの1人だったのだが、メンバーのうちの2人が死亡、1人は重傷ということで実質ソロ状態だったのだ。

 しかし、ギルドからの通告でソロ活動は許されていない。そのため途方に暮れていたところをアルバートたちのパーティーに臨時で加えてのだ。人数が足りないのはアルバート達も同じだったので、そちらにとっても都合がよかった。


 加えて彼は30代手前でCランクというそれなりに優秀な冒険者である。役割としては斥候なので戦闘はそれほど得意ではない。しかし、自身が冒険者生活で学んだ経験や知識は豊富である。

 彼は冒険者をやるうえで大切なことを新米の3人に教えているのだ。


 ちなみにその3人のランクであるが、アルバートは3カ月前に登録してDランク、カナリアとルーは半年前に登録してEランクだ。


 これを見るとアルバートの異常さがよくわかる。

 彼は剣も魔法もとても優れていて、実力はイオなんかよりもずっと上である。その実力をいかんなく発揮して魔物を狩りまくっていた彼は、このように異例の昇格をしていたのだ。

 普通なら冒険者になってから戦闘技術を学ぶのに、その順序が逆なのだからそれも当然だ。


 彼がどこで誰からその戦闘技術を学んだのかはイオもまだ聞いていない。あまり聞くべきことではないと思っているし、聞いたところで今更だからだ。

 イオも他の2人もそのあたりは気にしないようにしている。


 とにかく冒険者としてはひよっこの3人は、この機会を利用して冒険者のノウハウを教わっているのだ。


「そうだイオ。この後僕たちと一緒に夕飯はどうかな?」


 全員と挨拶を終えた後にアルバートが訊いてきた。

 一仕事の後に全員で食事をするのはよくあることだろう。だが、イオは首を横に振った。


「悪い。この後は用事があるんだ」

「そうか。それなら仕方ないね」


 アルバートはあっさりと引き下がる。すると今度はイオの右腕を見ながら別のことを訊いてきた。


「イオ、怪我の調子はどう?」


 イオの怪我の状況はパーティーを組めるかどうかに大きくかかわってくる。気になるのは当然だろう。


「まだ分からない。けど、多分大丈夫だと思う」

「そうか! それなら……!」

「ああ。冒険者はこれからも続けられる」


 そう言うとアルバートとルーは嬉しそうにしている。カナリアだけは作り笑いのような曖昧な顔だった。


「といっても、まだ安静にしておかないといけないから、先のことだ」

「それでも治ったら組んでくれるんだろう?」

「ああ、約束だからな」


 それをはっきりと口にする分、イオも変わってきたということだろう。

 その言葉を聞いて満足したのか、アルバートはほっとした顔で言う。


「それが聞けて安心したよ。じゃあ、また」

「ああ」

「イオ君、またね」


 別れを告げてアルバートたちはギルドを出て行った。


 そうして4人を見送っていると、今度は逆方向から声をかけられる。


「よう、ガキ」

「どうも」


 そこにいたのは「雷光の槍」の3人だった。もはやこの町のギルドにこの3人がいるのも周りから見て見慣れた光景になっている。


 振り向いた先でヴァナヘルトはなぜかニヤニヤしていた。そして面白そうに言う。


「お前変わったな。あんな風に人と話すなんてよ」


 そう言うと何を思い出したのか吹き出し始めた。


「……なんですか?」

「いや、だってよ……ぐふっ、お前、無表情であの口調……似合わなすぎるだろ。棒読みみたいで」

「こーら、ヴァナ。イオちゃんいじめちゃダメでしょ」


 笑いをこらえきれていないヴァナヘルトの前に出てきて彼を注意したのはいつもの如くシャーリー。


「だからヴァナって呼ぶなっつってんだろうが」

「そんなこと別にいいじゃん。それよりももっと大事なことがあるでしょ」


 そう言ってイオににっこりと笑いかけるシャーリー。イオは何となく嫌な予感がした。

 そう、彼女は決してヴァナヘルトのストッパー役などではない。むしろそれをひっかきまわす役回りなのだ。


 果たしてシャーリーが口にした言葉は——


「緑色の子と、水色の子。どっちがタイプ?」


 ——予想に違わず火に油を注ぐようなものだった。


「おう、そりゃ確かに大事なことだ! シャーリー、でかした!」

「でしょ~? さあ、イオちゃん。君はどっちを狙っているの?」


 予感が的中し、思わずイオはため息をついた。

 緑色の子というのがカナリアで、水色の子というのがルーだろう。

 イオの答えは「どちらでもない」なのだが、そんなことを口にする間もなく2人の悪ふざけは続く。


「やっぱ水色の方か? あいつは脈ありだな」

「いやいや、緑色の子も捨てたものじゃないよ? あの子ツンってしながらもイオちゃんの方ちらちら見てたし」


 ルーがイオに親身なのは情が移ったからだろうし、カナリアがイオの方をちゃんと見ないのは後ろめたさか、ただ単純に見たくないからだろう。

 そんな実情は当然2人に伝わらない。


「む、難しいな……。ならいっそのこと、両方ってのはどうだ?」

「うわー、イオちゃん大胆! これは男の見せ所だね!」

「あのですね!」


 迷走の果てに大事故を起こしかけている2人の会話をイオは強引に遮った。


「俺にそんな気はありませんし、第一あの2人にはアルバートがいますから」


 2人の視線を受けてイオはそう言い切った。

 イオの気持ち云々の前にカナリアとルーはアルバートに少なからぬ好意を持っているのだ。その気があったところで最初からイオに入り込む余地などない。


 それを聞いたシャーリーはあからさまに残念そうな顔をする。


「えーつまんない。そこは、こう、なんかあるでしょ?」

「そう言うな、シャーリー。男の友情ってもんだ」

「男の友情か……。はっ、もしかしてイオちゃんはそっち系に……?」

「だから……!」

「……その辺にしておけ」


 別方向に大事故を起こされそうになって、さすがのイオも怒りそうになったところでグロックから静止の声がかかった。


「……イオが不憫だろう」

「むー、ちょっとからかっただけでしょ?」

「……ちょっとではない」


 2人の勢いが尻すぼみになっていったおかげで、やっとイオもこの話題から解放された。


「ありがとうございます、グロックさん。……ただ、もう少し早く助けてほしかったところですけど」

「……行くところまで行かんと、あの2人は止まらん」


 いつも通りぼそりとつぶやく彼の背中からはどこか哀愁が漂っていた。どうやらいつも苦労しているらしい。


「くだらねえ話してねえでさっさと行こうぜ」

「誰が……!」

「ま、授業料代わりだ。安いもんだろ?」

「ぐ……」


 あっけらかんとしたヴァナヘルドの態度に再び激高しそうになるイオだったが、そう言われれば強く批判できない。イオが3人の世話になっていることは事実なのだから。


「……分かりました。今日もよろしくお願いします」

「おうよ。しごき潰してやるぜ」

「じゃ、今度こそ行こっか」


 なんとか怒りを飲み込んで頭を下げるイオにヴァナヘルトは楽しそうに言った。シャーリーは先頭に立ってギルドから出る。


 後ろをついてくるイオをちらりと見てシャーリーは他の2人に小声で言った。


「本当に変わったね、イオちゃん」

「ああ、前ならいじられてもぼけっとしてただけだもんな。面白くなったもんだ」

「……そのせいでお前らに遊ばれるようになったのだから一概によかったとは言えんがな」


 ヴァナヘルトもグロックもイオの内面の変化には気づいている。そしてそれを良い変化だと捉えていた。


 リュビオスとの闘いを経て、イオは確かに変わった。それは死闘を潜り抜けたからだけではない。

 怪我の治療でのんびりとした時間が増えたこと。多くの人と接するようになったこと。これらの要因はイオの内面を少しずつ変えていった。


 黒く、凝り固まった心が、徐々にほぐされているのだ。そのおかげか、イオは顔に出さずとも感情を表に出すことが以前よりも増えていった。


 その変化にイオ自身だけは気づいていない。

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