第19話 決着
昨日投稿できなかった分です。
今日の分は別に投稿します。
馬に騎乗して駆けるアルバートたちは目指す場所の惨状を遠くから見ていた。
街道を塞ぐようにそびえる岩の残骸。その後ろでは火の魔法を使ったのか、街道を挟むようにして立ち並ぶ樹々が燃えていた。
そしてここからでも見える、異様な人型のなにか。黒い皮膚をした巨体はその膨れ上がった腕を武器に暴虐を撒き散らしていた。
「......いた。イオだ」
前を行くグロックが「感覚強化」を使った眼でその様子を確認して呟く。隣を走るシャーリーがそれに反応した。
「本当!? ヴァナ! イオちゃんいたって!」
「本当ですか!」
後ろを振り向いてヴァナヘルトに報告したシャーリーに聞いたのはアルバートだった。彼は探していた人物の発見に気持ちを昂ぶらせ、2人に追いつこうとさらに馬の速度を上げる。
ヴァナヘルトもそれに続き、全員の声が届く範囲についた。
そのまま速度を緩めずヴァナヘルトは尋ねた。
「状況は?」
「......イオの他にもう1人戦っている者がいる。奥には2人倒れている。状況は極めて悪い」
グロックが眼を強化して現状を報告する。
この時イオはカルボを囮にして毒ナイフを突き刺そうとしているところだった。
「なら急ぐぞ!」
「……ああ。……む」
ヴァナヘルトの声に応えた後、グロックは厳しい声を出した。
シャーリーがそれを尋ねる。
「どうしたの?」
「……イオがやられた。死んではないようだが」
「なっ」
つい声をあげたのはアルバート。
ここまで来れば肉眼でもなんとなく分かる。黒い巨体の横で蹲っている若草色のローブ。もう1人の男も地面に尻をついている。
そして話でもしているのか、両者から動きがなくなる。
「急がないと!」
「これで全力だ!」
シャーリーとヴァナヘルトが言い争っている。実際アビタシオンからここまで馬にはずっと全速力で駆けてもらっている。これでも本来よりかなりの時間を短縮できているのだ。
ここまで来たのに到着を目前にして終わるのか。不安が4人を襲う中、アルバートが口を開いた。
「……ここから攻撃する手段があります。俺に任せてもらえませんか」
それを聞いたヴァナヘルトは胡散臭げな表情で訊く。
「近くには人がいるんだぞ。巻き込むつもりか」
「遠隔操作が可能な魔法です。その心配はありません」
ただ事実だけを告げるその口調に嘘は見当たらない。
「もうそんなこと言っていられる状況じゃないよ! ほら!」
シャーリーが悲鳴のような声をあげる。指し示す先では戦況に動きがあった。
リュビオスが再び攻撃を開始し、カルボがそれを止めようと「岩壁」を使ったところだった。
しかしそれは壁としての役割を果たせず、リュビオスに簡単に乗り越えらえてしまう。
「おい、坊ちゃん! あるんなら使ってくれ」
「アルバートです! いきます!」
ヴァナヘルトの指示に従ってアルバートは即座に魔法の準備をする。
腰につけた小袋の中から小さな宝石のようなものを取り出し、魔力をこめる。
その時にはもうカルボは倒されていた。すでに一刻の猶予すらない。
だがアルバートは落ち着いている。魔法を行使する際には心を落ち着けていなければならない。それが難易度の高い魔法であるのならあるほどに。そうでなければ失敗につながる。
十分に魔力をこめてアルバートはその魔法を発動する。宝石は赤い光を発していた。
「『救世の不死鳥』!」
そしてその魔法の名前を口にし、宝石を上に投げ上げた。投げ上げられた宝石はより強い光を放ち、炎で自らの身を形作りながら探し人の方へと飛んで行った。
♢ ♢ ♢
「これは……」
リュビオスは突如目の前に現れたそれに驚きを隠せずにいた。
それは炎でできた巨大な鳥。炎でありながらしかっりとした核をもち、まるで伝説上の生物のような神々しさを発している。頭部で揺れる鶏冠は王者のそれのように立派だった。
不死鳥はイオを守るようにリュビオスとの間に降り立ち、翼を広げてリュビオスを威嚇していた。
動こうものならそのすべてを焼き尽くすと言わんばかりに。
互いに膠着状態が続く中、リュビオスは突破口を模索していた。しかし、彼の攻撃方法は著しく物理に偏っている。炎を纏った鳥、それも実態があるのかどうかも分からない相手を攻撃するにはかなりのリスクが伴うのだ。
あと一撃で、あの守りを抜いて一撃を当てるだけでイオの息の根は止められる。しかし、その数歩が遠い。
(どうやら今日はとことん火に縁がないらしい)
内心でそんな冗談を考えながら、リュビオスは一歩を踏み出そうと足を動かした。その瞬間——
「ぬうっ!?」
——翼を広げた状態で止まっていた不死鳥が羽ばたいた。前方に起こる風。だがそれはただの風ではない。熱を伴った熱風だったのだ。
思わず両腕を顔の前で交差して防御するリュビオス。ただでさえひどかった火傷がさらに広がっていく。
「ふぅ……」
何とか防ぎ切り、再び訪れる静寂。動かない不死鳥と、動けないリュビオス。その構図のまま時が進む。
(もうそろそろ時間切れか……。諦めざるをえんな)
心の中でリュビオスは撤退を決意した。理由としては言った通り援軍がもう到着する頃だったから。
しかもその援軍の中にはこのようなばかげた魔法を使う実力者が含まれているのだ。数は4人と少ないとはいえ、すでにダメージを負っている身でそれを相手にするのはさすがのリュビオスでも厳しかった。
リュビオスは負けたのだ。制限時間内に敵をすべて殺しつくすという勝負に。
最後に残っているイオも戦闘不能とはいえ、腕や肩が折れただけ。正面の大きな切り傷はリュビオス自身手応えが浅かったと感じている。
その証拠にイオは最後の最後で自分に一矢報いようとしたのだから。
イオ1人いれば自分の力や話したことを知られるのに十分だ。こうなった以上は自分がやられてさらなる情報を知られるのを防がなければならない。
リュビオスは正面に君臨する不死鳥を見る。頭には目らしきものはあるが、そこに表情と呼べるものは見られない。ただリュビオスの方を眺めているだけ。
リュビオスは力強く踏み込んだ。向かう際は側方の森。最初にイオが逃げようとした時のように前触れの少ない動きだった。
不死鳥がそれに反応して再び翼を羽ばたかせる。しかし今度は一歩遅かった。熱風が届く前にリュビオスは木々の中に入り込んでいる。
後方に熱気を感じながらリュビオスは全速力で森をかける。あの化け物が飛んできても見つけられないよう、頭上に気をつけながら。
(とんだ輩がいたものだ。ヌブラドも無事ならよいが……)
この地まで共に来た仲間を思い浮かべながらリュビオスは薄暗い森の奥へと消えていった。
♢ ♢ ♢
「おい、しっかりしろ!」
なんとかイオたちの下へとたどり着いた「雷光の槍」とアルバート。すでにリュビオスの姿はどこにもない。
アルバートは倒れこんでいるイオに必死に呼びかけていた。
そんなアルバートの隣には燃え盛る巨大な鳥が翼をたたんで控えている。
「イオちゃん大丈夫なの?」
そんなアルバートの後ろで心配そうにしているのはシャーリーだった。彼女はまだリュビオスが近くにいるかもしれないので周囲の警戒をしていた。
「胸から腹にかけて大きな切り傷、右腕は……ぐちゃぐちゃですね。とりあえず命に別状はなさそうです」
イオの怪我の様子を確かめてアルバートが答える。イオはいつの間にか気を失っていた。もともと出血もあった上に体力、魔力を使い切り、右腕の痛みに関してはイオにとってこれまで生きてきて味わったことのないほどのものだった。それで気力も限界だったイオはアルバートたちが到着する前にすでに意識を失っていた。
「こっちはだめだ」
少し離れたところからこちらへと向かって歩きながらヴァナヘルトが言った。
「どっちもひどいもんだ。1人は顔が潰されてやがる」
ヴァナヘルトは少し遠くに倒れていたテネルとバラートの死体を検分していたのだ。その惨たらしさを見て顔が苦々しげに歪んでいる。
「奴ももう逃げた後らしい。頭が良いこった」
ヴァナヘルトはそう付け加える。一応この辺りを探ってみたのだが、どこかに隠れているというわけではなく完全にこの場を去ってしまったらしい。
やれやれと頭を掻いた後、彼はアルバートへと厳しい視線を向けた。
「で、坊ちゃんよ。一体それはなんだ?」
ヴァナヘルトの視線の先には未だアルバートの傍に控える不死鳥がいた。
アルバートは冷静な声音で答えた。
「火属性の魔法「救世の不死鳥」です。ご存じありませんか?」
当然のことのように訊いてくるアルバート。だがヴァナヘルトにはそれが馬鹿にされているように聞こえた。苛立ちを抑えきれぬ声で詰問した。
「ああ、聞いたことはある。だがあれは火の最高峰の魔法の1つのはずだ。そうポンポン使える奴はいねえ。それを使えるお前はいったい何者だ? いや、どこの家の者だ?」
厳しく尋ねられるもアルバートは自嘲気味に笑っただけだった。そして質問に答える。
「俺はただ家出しただけの一般人ですよ。別に誰の指図を受けているわけでもありません」
ヴァナヘルトの顔に疑いの色は消えていない。だがアルバートはそれもきにせず、さらに穏やかな声で続けた。
「それに僕は「救世の不死鳥」を使いこなせていません。まだまだ未完成です」
そう言って視線を向ける先で不死鳥はどんどん小さくなっていき、最終的に小さな火種になって地面へと落ちていった。そこに残っていたのは灰色になった石だった。
アルバートはそれを手ですくう。石は触れられるとボロボロと崩れて手のひらの上で砂の小山ができた。
「俺は自分だけの力でこの魔法を発動できません。核となる魔石が必要なんです。本来この魔法はそんなものを必要としない、自身の魔力だけで完成させる魔法です。だから俺はこの魔法をそうポンポンと使えるわけではありません」
そう言うとアルバートは手のひらの上の魔石の残骸をさらさらと地面にこぼした。それらは風に吹きとばされて、他の土と見分けがつかなくなった。
説明を終えたアルバートだったがヴァナヘルトはまだそれに納得していなかった。
「なるほどな。だが、それなら魔石はどうやって手に入れた? 一般人が手に入れられる代物じゃねえだろ」
魔石とは高ランクの魔物の体内で生成されるものである。基準は大体Bランク以上。しかしBランクでも持っていないこともあるし、あったとしてもごく小さなものばかり。Aランクともなるとほぼ確実に持っているが、そうなると手に入れるのに多大な労力が必要となる。
そもそもAランクの魔物はもともとその数が少ないので魔石が取れることもめったになく、魔石の価値は一般人どころか下級の貴族にも手の出しようがないものになっているのだ。
用途は主に魔道具の燃料、あるいは宝石である。魔力を含んいる魔石は人が魔力を流さなくてもそれを抽出することで自動的に魔道具を動かすことができるのだ。さらに装飾品として身に着ける者もいる。
当然そんなことができるのは国を代表するような大貴族のみ。その魔石を魔法の発動媒体として使ってしまえるアルバートの出自をヴァナヘルトが疑うのも当然のことだった。
「ヴァナ、ストップ。そんなこと訊いても仕方ないでしょ。それにアルバート君はイオちゃんを助けるために貴重な魔石を使ってくれたんだからむしろ感謝するところじゃない?」
そんなヴァナヘルトを窘めたのはシャーリーだった。彼女は純粋にイオを助けてくれたことに感謝していたのだ。
「アルバート君、ありがとね。ほら、ヴァナもお礼言って」
「なんだよ、なんで俺様がそんなこと……痛って、抓るんじゃねえ!」
シャーリーがヴァナヘルトに礼をさせようと手の甲を抓っている。そんなこんなで雰囲気が和らいだところでグロックから声がかかった。
「……ヴァナヘルト、すぐに来てくれ」
「ああ? どうした」
「……あの男、まだ息がある」
その視線の先には仰向けに横たえられたカルボがいた。彼は腹に膝蹴りを食らっており、口からは血がこぼれていたのでおそらく内臓を気付つけられたのだろう。しかし、彼はまだ息があると言う。
ヴァナヘルトも側に駆け寄り、確認する。確かにまだカルボは息をしている。
「そうか。……よし、グロック、馬で後続の所まで行ってこの状況を説明して来い。ついでに怪我人と死者を運ぶ馬車も呼んできてくれ。特にこいつらは下手に動かせねえ」
そう言ってカルボとイオを見る。
「……了解した」
そう言ってグロックはその場を離れる。
ヴァナヘルトたちは動かせないイオたちの周辺を警戒するために残った。
こうしてギルドからの通告を初めとした激動の一日は幕を閉じたのだった。




