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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第一章 生まれの地からの逃避
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第18話 運の尽き

 急に力が増幅したリュビオスに、一瞬で殺されたテネルとバラート。


 イオとカルボは殺された2人よりも数歩先行していたおかげで今も生きている。しかしそれも何もしなければ数秒の差。全力の力を発揮して侮ることもないリュビオスの前では2人の命は風前の灯火ともいえる。


「テネル……バラート……」


 さらに立て続けに2人の仲間がやられたことでカルボも冷静な思考力を失っている。今のカルボの顔は絶望に包まれていてとてもではないが戦闘のできる状態ではない。

 加えてイオの体力も魔力も限界が近く、もともと広かったリュビオスとの差が埋まりようのないものとなっている。


 しかしイオはまだ諦めるつもりはさらさらなかった。いざという時は腰の後ろに隠してある切り札、毒ナイフを使うつもりだった。

 ファングベアにも有効だったこの神経に作用する毒をどう活用するか。イオは悟られぬように作戦を練る。


(どうやって近づく? 腕を犠牲にすればあるいは……。いや、そもそもあの体にナイフが刺さるのか? 毒は効くのか?)


 だが、答えが出るよりも早くリュビオスが動いた。イオは即座にバックステップを踏み、距離を取ろうとする。カルボも頭を混乱させたまま回避行動をとる。


 大振りの拳はブオンッと音を鳴らして空気を切り裂いた。それだけで風が発生し、周囲の木の葉や土を舞い上がらせた。

 圧倒的な腕力。当たればただでは済まない。


 イオはカルボが剣を構えたのを見て攻勢に出ることにした。

 理由は2人で戦っている今の方がナイフを当てられる可能性が高いから。もし先にカルボが破れ、1対1の状況になってしまえば隙の作りようがない。

 イオはカルボに悪いと思いながらも囮になってもらうことにした。見捨てるわけではない。切り札を使うのに最適な状況をつくるのを手伝ってもらうだけだ。


 偶然なのか狙ってのことなのかリュビオスはカルボに狙いを定めているようだ。明らかに精彩を欠いた動きのカルボにリュビオスは執拗に殴り掛かる。カルボは逃げ腰で剣を振り回すだけ。魔法を戦いに組み合わせる余裕もない。彼が破れるのも時間の問題だろう。


 だからこそイオは慎重に行動した。リュビオスはイオから目を離したわけではない。怪しい動きをすればすぐに見つかるだろう。そのため切り札を切る瞬間は正確に見極めなければならない。


 イオはターゲットを変えられないようほどほどに剣で切りかかる。リュビオスにとってはハエが飛んでいるようなものだろう。何の苦もなくあしらわれる。

 イオの狙いはそれだった。いつでも殺せる風を出してイオに対する油断を誘う。そのために無駄な抵抗を装い続ける。


 カルボも戦っているうちに頭が再起動したのか、思った以上に粘り続けている。ここまで共に行動してきて彼は剣と魔法を両用し、なおかつリーダーでもあるようだった。実力は折り紙付きだろう。

 また、一撃の威力が増した代わりにリュビオスの動きが少し遅くなっているのもカルボがまだ生きていられる理由の1つだろう。


 だがそんなカルボも紙一重の回避を続けていると、体力・思考力共に疲れが出てくる。一度は復活した体のキレが再び落ちてきた。


 イオは突然攻撃対象が自分に替わってもすぐ対処できるよう警戒しながらその時を待った。一度しかない、チャンスを。


 その時は突然来た。

 カルボがリュビオスの拳を躱し損ねたのだ。直撃はしていないが、顔を掠ったことで一瞬視界が失われ態勢を大きく崩したのだ。


 そして放たれるとどめの一撃。これを止めなければカルボはテネルのように顔の原型をなくした死体となるだろう。右腕を大きく振り上げたことで体が開き、隙ができる。


 ずっとリュビオスの周りをうろちょろとしていたイオはその好機を逃がさなかった。残りの魔力を費やして全力で「身体強化」を使い、体を一本の槍と化して速さ重視の突きを放つ。


 槍の専門家であるヴァナヘルトをもうならせるであろう速度の突き。リュビオスにも当たれば傷ぐらいはつけられるかもしれない。


 だが当然リュビオスがその程度のことを想定していないはずがない。振り上げた右腕は軌道を変えてイオへと迫ってきた。

 正面からぶつかりあう剣と拳。普通なら剣に軍配が上がるだろう。


「っ! ぐがあぁぁぁっ!」


 しかし剣が拳に刺さるよりも、剣が折れるよりも早くイオの腕に限界が来た。勢いに負けて剣が手から離れる。拳はそのままイオの右腕へと刺さった。

 腕の骨が折れるのはもちろん、肩も外れ、肩甲骨にまで痛みが走る。身をかがめ前傾だった姿勢は右腕への一撃によって持ち上げられた。受けた衝撃につられてイオの体が右へと捻じれる。


 そして——


「なに!?」


 ——右側を押されたことで体が回転し、正面へとまわってきた左手にはいつの間にか逆手に持たれたナイフがあった。ただのナイフではない。イオが作れるもので最高の毒を塗り込んだナイフだ。


「うおあぁぁ!」


 痛みにかすれる思考を切り払うように意味のない叫び声をあげてイオは毒ナイフを突き立てる。「身体強化」も体のひねりもすべて利用して全力で。リュビオスの堅い防御を貫けるようにと思いを乗せて。剣も魔力も体力すらもなくなり、もう後のないイオはおそらく最後になるであろう一撃を繰り出す。


 果たして、その結果は——


 ギィイン!


 甲高い音が鳴り響く。まるで時が止まったかのようにすべての動きが停止する。

 やがて——


 ポトッ


 この場に似合わない軽い音を立てて何かがイオの足元に落ちた。


「あ……」


 思わずイオは声を漏らしてしまう。なぜなら、それはイオの毒ナイフの刀身だったのだから。


 すべてをかけた攻撃だった。カルボの命も、自分の命さえもかけた、体力も知力も費やし切り札を使った最高の一撃。


 それが、防がれた。


 いや、防がれたというよりも悪運が尽きたと言った方が正しい。意識の裏を突いたこの攻撃にリュビオスは反応できていなかったのだから。しかし、ここにきてイオの命を何度も救ってきたナイフの寿命が尽きてしまったのだ。

 かれこれこのナイフとは2年の付き合いとなる。これまでずっとイオにとっての隠し玉、切り札になり続けていたのだ。

 だが、リュビオスの皮膚はとても固く、簡単に切り傷は入らない。さながら地面を剣で切りつけるようなものだ。


 ただでさえ古びていたナイフを地面に向かって突き立てる。その結果は簡単に予想できる。すなわち、今回のように根元からぱっきりと折れてしまう。


 まさかの出来事に頭が真っ白になるイオ。だが、そんな思考放棄は許さないとばかりに右腕、右肩から鋭い痛みが走る。耐え切れずに、膝をついてうずくまる。


 思いもよらぬ奇襲に驚かされたものの、すぐに再起動を果たしたリュビオスはそんなイオを見て足を振り上げる。頭から踏みつぶそうというう思惑なのだろう。


「っ! 『岩砲(ロックブラスト)』!」

「ぬうっ、邪魔臭い!」


 そうはさせじと魔法を放つカルボ。リュビオスの拳が掠ったことによって右目の横から血を流している。

 この戦闘で三度放たれた岩の砲弾はリュビオスが両腕を交差して防御したことによって防がれた。しかし片足を上げていたためにバランスを崩し、数歩後退させることはできた。


「おい、大丈夫か!」

「はぁ、はぁ……、っつ、ぐうぅぅ」


 安否を問うカルボにイオは答える余裕もない。イオは今痛みに耐えるために荒く息をしながら頭を地面にこすりつけていた。


 そしてカルボの方にも余裕はない。リュビオスはまだ2人の前から退いてはいないのだから。


 リュビオスも無傷ではない。特にテネルの放った「火炎竜の咆哮(ドラグニティブレイズ)」によって全身のところどころに火傷が見られ、黒い皮膚のために目立ちはしないが醜く(ただ)れている。


 残る戦力はカルボのみ。イオは怪我で逃げることも叶わない。カルボは剣を構えて魔法を待機させ、リュビオスを見据える。


「よくあがいたものだ」


 ふいにリュビオスが口を開いた。そこには自分の手を煩わせた相手に対する本気の感嘆が現れていた。


 カルボは答えるかどうか迷ったが、少しでも時間を引き延ばそうと会話を合わせることにした。


「そりゃあな。こっちも命がかかってるんだ」

「それもそうか。だが、私にも譲れないものがあってな」


 余裕ありげな態度をとってはいるが、それはほとんど虚勢だ。綱渡りをするような不安定さでそれを貫き、カルボは会話を続けようとする。


「へえ。お前さんにもそんなものがあるのか。で、それはなんだ?」


 その問いの答えはこの状況をどうしようかと他事を考えていたカルボの意識を引くほど予想外のものだった。


「——家族だ」

「は……?」


 今にも自分を殺そうとしていて、命のありがたみなど何も知らないような男の口から家族という言葉が出た。場違いにもカルボはそのことに興味を感じてしまった。


「……家族がいるのか?」

「ああ。まあ血の繋がりはないがな」


 つい興に乗ってしまったのかリュビオスが苦笑を漏らす。そして気を取り直すように言った。


「そういうわけで家族のためにもお前たちに生きていてもらっては困るのだ。……といってももう私たちの存在は知られてしまっただろうがな」


 そう言ってリュビオスは遠くを見遣った。そこには馬に乗って駆ける2人の姿があった。そのさらに後方にはもう2人ほど馬に乗ってこちらに向かってきている。

 ハルディンは無事町へと帰りつき、リュビオスの存在をきちんと報告したということだ。これで事件を起こしていた魔物は「未知」や「正体不明」ではなくなった。


「しかしお前らさえ死ねば得られる情報は減るだろう。さっさと決めさせてもらう」


 言うや否やリュビオスが仕掛ける。シンプルながら強力な肉弾戦。リュビオスから放たれる拳撃は岩をも砕き、生物を屠る力を持つ。

 それが再びカルボへと振るわれる。


 もちろんカルボもただぼうっと話をしていただけではない。この間にもしっかり魔法を放つ準備をしていたのだ。カルボは慌てず、予定していた行動をとる。


「『岩壁(ロックウォール)』!」


 リュビオスとカルボを隔てる岩の壁が地面から隆起した。もちろんイオはカルボ側である。


 とっさに後ろを見てみると、もう見える範囲に援軍が来ていた。先行しているのは4人だが、その後ろからも大勢の人が押し寄せてきている。


(もうすぐだ! それまでもたせる!)


 見えた光明に期待を寄せて、カルボは正面を見る。そしていまだうずくまったままのイオを退避させるべく駆け寄ろうとした。


 が、そのとき不意にあたりを影が覆った。

 カルボが上を見てみると——


「うおわぁっ」


 リュビオスが太陽を背中にして岩の壁の上に立っていた。


 リュビオスも馬鹿ではない。2度も同じ手で足止めを食らうことはなかった。彼は壁を壊さずに上って飛び越える方を選択したのだった。


 それを予測していなかったカルボは慌てて剣を構える。しかしリュビオスはもう飛び降りた後であり、そのまま攻撃に移っていた。


 繰り出される拳。今日何回も避けたその行動にさすがのカルボも慣れてきており、剣で受け流すことに成功する。しかし——


「ぐふっ!?」


 完全に回避したと思われたところでリュビオスの容赦のない膝蹴りが襲った。これには防御も回避も間に合わず、カルボは胃液を吐き出して吹きとばされた。そしてそのまま起き上がってくることはなかった。


 ついに全員が倒れ、あとは死を待つだけになったイオ。イオはまだ意識を失ってはいなかったが、とても動ける状況ではない。


 そんなイオにリュビオスは問いかけた。


「……お前は透明な魔力の持ち主か?」


 それは不自然な問いだった。「無属性」ではなく、「透明な魔力」。意味は同じだが、リュビオスの言葉とこの世界の常識の間にはどこか差があった。


「フーッ……、フーッ……」


 イオは痛みに耐えようと獣のように息をついていた。リュビオスを見上げるその眼にはいまだに闘志は消えていない。


 答えは得られなかったがリュビオスは元々その問いの答えを知っていたのか、気にした風もなかった。


「聞くまでもないことだったな。では、せめて安らかに死んでくれ」


 そう言ってリュビオスはイオの頭に手をかけようとする。しかし、その顔にはなぜか憂いが見られた。カルボたちとは違い、できるだけ楽に逝けるようにという配慮も見られる。


 リュビオスの真意は分からない。だが、イオはそんなものは関係ないとばかりに首を振ってささやかな抵抗を試みる。視線で射殺すように睨みつけ、嚙みつかんばかりのうなり声を上げている。


 リュビオスはため息をつき、そして無理やり頭を抑え込んでその命を狩り取ろうとしたところで——


「っ!?」


 ——リュビオスに熱風が襲いかかった。


 圧倒的な存在感を放つ何かに本能的な危機感を感じたリュビオスは即座にイオの傍を離れる。


 そして、イオを守護するかのようにその傍らに降り立ったのは——


「なっ、これは……」


 ——頭も胴も翼もすべて赤く輝く炎でできた大きな鳥だった。

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