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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第一章 生まれの地からの逃避
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第17話 退避

 先手をとったのはリュビオスだった。

 リュビオスはイオに狙いを定めて切りかかってくる。


 現在イオとカルボたちはリュビオスを挟む形で立っている。ならば狙われるのは1人なうえに力量も劣るイオの方だろう。

 カルボたちは1人を救援を呼びに行かせるという冷静な思考を持つと同時に、実力も一定以上だと思われる。少なくともイオと同じCランク以上はある。


 イオも油断なく構えていたおかげで何とかその攻撃に反応する。「身体強化」を発動して体の正面に剣を置いて防御する。が、強化したところで身体能力の差は埋まらない。リュビオスの攻撃を防いだもののそのまま押し込まれる。


「む」


 しかしイオも真っ向から切り合おうとは思っていない。押される力に従って後ろに大きくさがる。

 リュビオスが眉を(ひそ)める中、イオとリュビオスの距離が開いたことによりカルボたちから援護射撃が入った。


「『炎槍(ファイアランス)』!」

「『岩砲(ロックブラスト)』!」


 怪我をしているテネルが火の、そしてカルボが土属性のそれぞれ中規模な魔法を放つ。どちらの威力も申し分ないものだった。


 しかしリュビオスは後ろから迫る魔法に対処してみせた。しゃがんで炎の槍を避け、剣で岩の砲弾を叩き落す。ダメージは与えられない。


 だがカルボたちもそれだけでは終わらない。魔法の対処で隙ができたリュビオスへと剣と盾を持ったバラートが切りかかる。


「おら!」


 荒々しい叫び声とともに剣を振り下ろす。リュビオスも剣で防御するが、炎槍を避けたままの態勢だったためバラートに上から抑え込まれるような形となった。金属どうしがこすれ合う音を鳴らして両者の力が拮抗する。


「この程度で……」

「いや、終わりだ!」


 リュビオスが力を込めて押し返そうとしたところでバラートが宣言する。そして至近距離から放たれたのはもう1つの刃。


風刃(ウィンドカッター)!」


 避けようのない態勢で放たれた風の魔法はリュビオスに直撃した。そう、直撃はしたのだ。だが——


「やったか!?」

「やってねえ! なんて体してやがる!」


 テスラの問いに答えながらバラートは一発蹴りを放ってから後退した。

 そしてリュビオスが立ち上がると、彼は着ている衣服に横一文字の裂け目ができているにもかかわらず、まったく血を流していなかった。


 その時ちょうどバラートとリュビオスの横を通ってカルボとテネルの所へ行こうとしていたイオは、まるで投げたナイフが壁にはじかれるような乾いた音を聞いた。もしかしなくてもあの音は風刃を生身で防いだ音だろう。

 至近距離にいたバラートもこの音を聞いているはずだ。


(よっぽど体が硬いのか……。それとも魔法? まさか「身体硬化」が使えるとか?)


 イオはリュビオスを分析しながらカルボたちと合流した。これでイオだけが孤立することはなくなった。


「怪我はねえな?」

「はい、大丈夫です」

「それはなによりだが……対抗策が見つからん」


 イオの無事を確認してからカルボはこの状況を打開する策がないことに悩む。そこにさっきリュビオスを抑えていたバラートが帰ってきた。

 彼は予想以上にリュビオスの防御が硬かったため、無理をせず一旦引くことにしたのだ。

 これで仕切り直しだ。


「あの、少しいいですか」

「ん、なんだ?」


 全員が一所に集まったことでイオは口を開いた。リュビオスはまだ動いていない。


「あいつの対抗策ですけど、このまま町まで戻りませんか?」

「戻るったって、あいつを引き連れてか?」

「はい。救援が来るならそれまで時間がかかります。それならこっちから近づいていけばいい。下手な攻撃はせず、守りに徹する。そうすれば時間も稼げるし、もしかしたらあっちから引いてくれるかもしれません」


 イオは自分が考えていた案を話した。消極的な姿勢かもしれないが無理をして怪我を増やすよりもこっちの方が安全で確実である。

 リュビオスはカルボたちが3人がかりで攻撃しても傷1つつけることも叶わなかった。この男にダメージを与えるにはそれ相応のリスクが必要だろう。

 イオはそのリスクをとるよりも安全に時間を稼ぐことを提案したのだ。


「なるほどな……」

「無理をする必要はありません。救援が間に合いさえすればこっちの勝ちです。それにタイムリミットが縮まることであちらも余裕がなくなる」


 イオが視線を向ける先にいるリュビオスはただ剣を片手に立っているだけだった。


「話は終わりか? ならいくぞ」


 そして再び高い身体能力を生かした突進を繰り出してくる。


「っ! 悩んでる暇はねえ! 聞いてたな、2人とも? 撤退だ!」


 カルボの指示によってテネルとバラートが動き出す。さすがはパーティーと言ったところか、即座にとった連携は目を見張るものだった。


「『火矢(ファイアアロー)』!」


 テネルが5本の火矢を放つ。前後に間隔を空けて2列の陣形で放たれたそれらはリュビオスに回避を難しくさせる。


 魔法を放ったテネルは右腕を怪我しているためそこで退避し、カルボとバラートはリュビオスの足を止めようと両側から挟み込むようにして切りかかった。


 これで普通の人なら一旦足を止め、体勢を立て直すだろう。だが、相手は普通の人間ではなかった。


「効かんわ!」


 あろうことかリュビオスは火矢を躱さず体で受け止めた。そして右手の剣でバラートの、左手は素手でカルボの剣を防ぎ、そのままの勢いをバラートにぶつけた。


「うおっ」


 助走をつけて放たれた突進になすすべもなくバラートは弾き飛ばされた。そしてリュビオスはとどめを刺すべくバラートに襲い掛かる。


「ッ!」


 1人出遅れたためまだ後ろにいたイオはとっさに間に割って入り、リュビオスを止めようとする。が、イオの体と技量ではリュビオスを止めることは叶わない。


 イオの放った斬撃は簡単にいなされ、逆に胴体に一撃をもらってしまった。胸から腹にかけて赤い線が刻まれ、そこから血がにじみ出てくる。


「おい!?」

「む?」


 後ろからテネルの声が聞こえる。だがリュビオスは予想よりも出血が少ないことに訝しげな顔をした。イオも致命傷となりうる一撃を食らってなお倒れなかった。足止めは果たしたとばかりにおぼつかない足取りで後ろにさがる。


「今です! ハァッ、走ってください!」


 ふり絞るように声を発し、イオはカルボたちに呼び掛ける。さっきの間にバラートは態勢を立て直している。

 作戦を思い出した3人はイオの意図することを察し、町へと向かって全速力で駆けだした。


(くそっ、『回復促進』)


 心の中で悪態をつきながらイオは魔法を発動した。

 イオがリュビオスに切られてなお生きているのは、直前に発動した魔法のおかげだった。イオは飛び出す前に自身の体に「身体硬化」の魔法をかけていたのだ。そのおかげで体の奥深くまで切り裂くような攻撃を致命傷以下に押しとどめることができたのだった。このときに幸運だったのが、リュビオスの剣は彼の技量に似合わず業物でもなんでもない安物だったことだ。


 とはいっても大怪我であることに違いはない。「回復促進」で治癒を試みるがこの魔法はそれほど大きな効果が得られる魔法ではない。今も「身体硬化」を使ってさらなる出血を抑えている状態である。


 さらにリュビオスから逃げるために「身体強化」も併用している。リュビオスに対して生身で挑むことは死につながる。出し惜しみできる状況ではなかった。


 結果、今イオは3つの魔法を同時に発動している状況だった。このままでは魔力が枯渇する以前にイオの体にも相当な負荷がかかる。


「おい、大丈夫なのか!?」


 走りながらカルボが尋ねてきた。

 虚を突いた逃走だったため未だリュビオスには追い付かれていない。


「はぁ、はぁっ……は、はい!」


 息も絶え絶えな状態でイオは答えた。詳しい説明をする余裕はなかった。


「き、来てるぞ!」


 前を行くテネルが後ろを振り返って叫んだ。彼はリュビオスがものすごい速度で迫ってきているのを見たのだった。


「魔法だ! 魔法を使え! 強力なやつだ!」

「分かった!」


 カルボがテネルに指示を出す。テネルは一度立ち止まり、イオたちが自身よりも前に出るのを待った。そして大きく息を吸って大規模な魔法を発動させる。


「『火炎竜の咆哮(ドラグニティブレイズ)』!」


 竜が吐くブレスを模したその魔法はテネルが使える最大威力の魔法だった。迫りくる火の海に身を飲まれリュビオスの姿は見えなくなった。それだけで終わらず周辺の木にも火が燃え移る。こんな場所で使われる魔法ではない。


 そしてダメ押しとばかりにカルボも魔法を発動させる。


「『岩壁(ロックウォール)』」


 イオたちとリュビオスを阻む岩の壁が街道の横幅いっぱいに出現する。高さは3メートルほど。簡単に昇ってこれる高さではない。


「やったんじゃないのか?」


 走りながらバラートが尋ねる。彼はずっと大怪我をしたイオに付き添って走っていた。


「分からん。だが、時間は稼げただろう。今のうちに町まで戻るぞ」


 カルボはそう答えると後ろのテネルを見遣る。


「うおぇ……」


 テネルは青白い顔でよたよたと走っている。魔力枯渇の際に見られる症状だ。あれだけの規模の魔法を放ったのだから当然だろう。もうテネルは戦力として数えられない。


「テネル、よくやってくれた。ほら、あと少しだから頑張れ」


 バラートがテネルを励まして腕を引いてやる。彼は面倒見のいい男なのかもしれない。


 そうこうしているうちにイオの出血もマシになってきた。「身体硬化」を解いても血が噴き出るようなことはなかった。

 引き続き「回復促進」を発動したままイオも走る。戦力として数えられるかと聞かれればイオも微妙なところだ。


 そうして少し和やかな雰囲気になったところで、突然後方から轟音が響いた。


 全員驚いて後ろを見ると、そこでは火が燃え広がり煙が立ち上っている。カルボがつくった岩壁は健在だ。

 ならば音の原因は何かと皆が疑問に思う中、再び轟音が響いた。かすかに揺れる地面。


「嘘だろ……」


 つぶやくカルボが見る先で、自身が創った岩壁にひびができていた。繰り返される轟音。ひびはどんどん広がっていく。そして、ついに——


「うわぁぁ……」


 情けない声を上げたのはテネルだった。彼はもともと白かった顔色をさらに悪くして怯えている。

 だが、心情的には他の面々も同じだった。大規模な魔法を浴びせ、道をふさいだ。しかし、それにもかかわらずリュビオスは生きており、両者を阻む壁も崩された。


「なんだ、ありゃあ……」


 崩れた岩壁によって生み出された土煙が晴れ、そこにいた者の姿を見てバラートが呆然とつぶやく。


 それはリュビオスだったが、これまでと明らかに違っていた。着ていた衣服は燃えたのか、今はぼろきれをまとっているだけになっており、その全貌が露わになった。

 全身は隈なく黒く、髪だけが白かった。顔は少しだけ老けており、40代と予想される。しかし、イオたちが驚いたのはそのようなことについてではなかった。


 体が筋肉で明らかに膨れ上がっている。背も高くなったように見える。

 これまでは人間と言える容貌だったのに対して、今の姿はまるで——


「……オーガ」


 イオはつぶやく。見たのは数えられるほどの回数でしかないが、その見た目はオーガと酷似していた。

 圧倒的な腕力と高い耐久力。この2つを特徴として持つ魔物。Cランクのパーティーでぎりぎり倒せると言ったところだが、リュビオスにはそれが当てはまらないだろう。


 ふいに目が合う。こちらに狙いを定めてさらに増した脚力をもって襲いかかってくる。


「ッ! 逃げろ!」


 金縛りが解けたように瞬時にカルボが指示を出した。全員全力で走り出す。


「あっ」

「テネル!?」


 しかしバラートに腕を引っ張られて走っていたテネルがつまずいて転んでしまう。

 彼は右腕を怪我したことで血を流しており、さらに魔力枯渇の寸前であった。全力で走るバラートについていけず転んでしまったのだ。


「早く来い!」

「無理だ……足がもう……」


 バラートが呼びかけるもののテネルはもう限界とばかりにうずくまってしまう。それは恐怖に身が竦んでいるようにも見えた。


 そうこうしているうちにもイオたちとリュビオスとの距離は縮まっていく。テネルとカルボの魔法によって稼げた差などすでになかった。


「テネル!」

「もう無理だ! お前はさっさと逃げろ!」

「くそっ」

「バラート!? 何を……」


 動かないテネルに業を煮やしてバラートはテネルを担ぎ始めた。


「おいていける訳ないだろうが!」


 バラートはテネルを背に担いで走り始める。だが、その時には既にリュビオスがすぐ近くに迫っていた。


「お前ら! ちっ」


 カルボとイオは前方で2人を待っていたが、追いつかれるとみて魔法を放った。「岩砲(ロックブラスト)」による砲弾がリュビオスへと迫る。


 だがリュビオスはそれを片手で払いのけるとそのままの速度でバラートとテネルの方へ駆けた。そしてどこへ失ったのか無手の右手を振りかぶった。


「あああ!」

「なっ!? テネル!?」


 テネルは振り下ろされる拳を目前にして、最期の力を振り絞ってバラートを思いきり突き飛ばした。


 そして——


 ドンッ


 そんな音がした。オーガのような腕で殴られ、テネルは地面に叩きつけられる。彼は顔がつぶれていて原型を残していなかった。


「こいつ! よくもっ!」


 怒りに身を任せバラートが切りかかる。だがリュビオスは空いていた左手で剣をつかむと——


「なっ!?」


 力任せに折ってしまった。呆然とするバラートにリュビオスは再び手を振りかざすと——


「! 逃げろ、バラート!」


 ドゴンッ


 カルボの叫びもむなしく右の拳が炸裂。バラートは人間にはありえない速度で後方へと飛んで行った。

 あの音ではバラートの着ていた革鎧が役に立ったとは思えない。その証拠に彼は起き上がる気配もない。


「さあ——」


 残ったイオとカルボにリュビオスが語りかける。


「——終わりだ」

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