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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第一章 生まれの地からの逃避
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第16話 未知

 イオがアルバート達と別れてから1時間後。太陽が真上から照らす中、イオは街道を歩いていた。


 ギルドの通告は門衛まで届いていたらしく、1人で町の外に行こうとしたイオは一度引き留められ、依頼ではないということを告げたのだがそれでも門衛はやめた方がいいとなかなか通してくれなかった。

 それでもイオの意思が覆ることはなかったため、門衛も渋々ながら引き下がってくれた。しかしそのために少なからぬ時間を費やした。おかげでイオは当初の予定ほど距離を稼げていなかった。後ろを振り返ればまだアビタシオンの町がすぐそこに見える。


 門衛の言ったことは正しい。成人となるのは16歳からなので世間一般で見てイオはまだ子供に分類される。見た目や体つきもまだ子供の範疇(はんちゅう)を抜け出せていない。その子供に未知の魔物と遭遇する危険がある中を1人で歩かせるというのは門衛たちの良心的に許せなかったのだ。


 しかしイオの方もそれで引き下がるわけにはいかない。15歳といえどもこれまで自分のことは自分で管理してきた身だ。それにあと3カ月もしないうちに成人する。子ども扱いされるほどひ弱ではないつもりだった。周りに通行人や馬車もいることから安全を主張し、冒険者なんだから自己責任だと言って門衛たちを説得した。


 加えて未知の魔物がこの近辺に出る可能性は極めて低いとイオは予想している。ギルドからの通告によると未知の魔物と思われるものが出現したのは東の森。1日も経たないうちに街を迂回してわざわざ西側に戻ってきているとは考えにくい。

 それに、イオの目の届く範囲には人がいる。イオと同じ時間帯に街を出た人たちだ。


(……あれは冒険者だな)


 前を行くグループに目を向けて内心でつぶやく。男4人。それぞれ動きやすい服装をしており、剣を持っている者もいる。

 イオから一番近いのはこの冒険者たちだ。それよりも先となると少し遠い。ここからだと豆粒ほどの大きさだ。後ろの人影もはるか後方だ。


(少し急ぐか)


 イオは足を速めた。かれこれ町を出て1時間近く歩き続けている。前を行く冒険者たちが何を目的としているのかは分からないが、目的地はそう遠くないはずだ。彼らの荷物の量は少なく、旅の途中とは思えない。ならば彼らはこの近辺で依頼を受けているのだろう。


 このまま彼らが道を外れ森に入っていけば、イオの周囲に人影はなくなってしまう。前後ともに他の人と距離が空いているためそうなってしまうのだ。


 商人などは移動の際に馬車を使い、少し裕福な人も乗合馬車を使う。歩いて旅をするのは金がない者か物好きだけだ。そしてそのような人たちにはとうの昔に追い抜かれている。


 さらに、未知の魔物騒ぎのせいで貧しい者も物好きも徒歩での移動を控えるようになっている。このことを考慮に入れていなかったせいで、予想以上に人影が少なくなってしまったのだ。


 イオは今ほとんど小走りの状態である。が、もうすぐ前を行く冒険者たちに追いつくというところで彼らは立ち止まり、そして森の中へ入っていった。


 イオは荷物を背負い直して再び小走りで進む。自分が地面を踏む音がやけに大きく聞こえた。風はなく、葉のこすれ合う音もしない。不気味な沈黙。


 久方ぶりに同年代の人たちと交流したからだろうか。いつものことなのになぜか今だけは1人でいることにイオは不安を感じる。汗をぬぐい、ただ前だけを見て歩みを進める。


(大丈夫だ。すぐに追いつける)


 自分を励ましながらひたすら歩く。いや、もうすでに走っている。何かにおびえるように、逃げるように。足を止めれば背後からくる何かにつかまってしまいそうで——。


(くそっ、『身体強……)

「ぐあぁぁぁ!!」


 そしてついに魔法まで使おうとしたところで後ろから誰かの叫び声が聞こえた。

 反射的に後ろを振り返る。そこには仰向けに倒れた男の姿。口からは血を流し、鉄製の胸当ては凹んでいる。意識は失っていないようで立ち上がろうともがいている。よく見るとそれはつい先ほどイオの前を歩いていた冒険者のうちの1人だった。


 そして、男を追ってそれ(・・)は姿を現した。


「……逃がさん」


 そう言って男の方へと歩いてきているのはフードをかぶって顔を隠した人間の男のようだった。右手には剣を握っている。それだけならただの武装した人間だ。ただ一点、肌の色がインクを流したような黒色でさえなければ。


「くそ、こっちに来んじゃねえ!」


 大声をあげて男はその黒い男から遠ざかろうとする。悠々としたその黒い男の姿は冒険者の男を害することに何の感情も抱いていないように見える。


 イオはそんな2人のやり取りをただ呆けて見ていた。ここにいるはずのないもの。出会ってはならないもの。イオはその正体に心当たりがあった。そう、それは——


(未知の魔物!)


 人型で肌が黒く、そして強靭な肉体をもち、少人数の相手に襲い掛かって命と持ち物を奪い去ると言われているその魔物。イオが遭遇しないように細心の注意を払っていた相手であった。だが——


(……言葉を発している? 人間なのか?)


 服を着て剣を片手に冒険者の男を追い詰めるその姿はまさに人間そのものだった。ということは人間ではなく盗賊か何かなのか。


「……む?」


 黒い男が混乱しているイオを見た。見てしまった。数瞬前に感じていたプレッシャーが甦る。

 そして彼は言った。


「……すまんな。見られたからには消さねばならんのだ」


 その瞬間イオは横に飛び出した。魔法も使って全力で。

 戦うためではない。逃げるために。


 明確な危機感を感じてイオがまず考えたのは勝てるかどうか。答えは即答で否。

 黒い男が人間か魔物か以前に、その熟練した雰囲気で圧倒的な実力差を感じ取ってしまったのだ。それはこうして前に立つだけで圧力を感じるほどの差だった。


 勝てないならどうするか。当然逃げる。どこに?森の中しかない。

 この相手は目を離すだけで命取りとなる。後ろを向いて道に沿って逃げるのは愚策。森の中ならなんとか撒ける可能性もある。そう考えての判断だった。


 論理的に言うとこのように長くなるが、イオにとってはほぼ反射的に出した答えだった。この速くて正確な判断はイオがこれまでの冒険者生活で培ったものである。まだ戦い慣れていなかった頃、当時の彼にとっては最弱のゴブリンでさえも脅威だった。遭遇するたびに命の危機を感じ、それでも冷静な思考を放棄せず生き延びてきた。生還を果たしたときはいつも涙が溢れたものだった。


 そうして一つ一つの戦いを(かて)にしてきたイオは、こうした突然の状況にめっぽう強い。それはファングベアのときにも表れていた。勝てるときは素早く正確に攻撃を繰り出し、勝てないときは全力で逃げる。それがイオがこれまで生きてきた秘訣だ。


 しかし、この男はイオごときが図れる相手ではなかった。


「逃がすか!」


 驚異的な瞬発力でイオが森へ飛び込む前に距離を縮めてきたのだ。剣の切っ先はイオの心臓に狙いを定めている。

 とっさの判断でイオは魔法を発動した。


(っ! 『身体強化』!)


 下半身に思いっきり力を入れて頭から森へと突っ込む。突然イオの姿勢が下がり、スピードも上がったため黒い男の狙いははずれ、さらに勢いを止められずにイオの後方へと通り過ぎていった。


 魔法で増した脚力でヘッドスライディングをしたため、イオの腕やひじにも擦り傷ができた。しかしイオはそれにかまわず四つん這いのまま這って森へ入ろうとする。なりふり構ってなどいられない。

 しかし黒い男はそれも許さない。ジャリッと音をたてて足でブレーキをかけると反転してイオへと迫る。そしてその背中に横から容赦のない蹴りを撃ち込んだ。


「ぐあうっ!」


 肺から空気が無理やり吐き出され、木の幹に激突する。幸い蹴られたのは背負っていた荷物越しだったため蹴りによるダメージは深刻なものではなかった。しかし間接的に伝わってきた衝撃はイオがこれまで受けてきたどの攻撃よりも強いものだった。


「ゲホッ、ガハッ」


 咳き込むイオ。しかし相手はそれを待ってくれない。イオは何とか剣を抜きながらも不完全な態勢で黒い男の剣を受けようとする。

 だがそこに援護が入った。


土弾(アースバレット)!」


 どこからか放たれた魔法。小さく、しかし高速で飛ぶ土の塊は確かな殺傷力をもって黒い男へと迫った。回避は不可能である。

 ドゴッと鈍い音を立てて命中。しかしはじかれたのは男ではなく土の弾丸だった。


「なっ」


 驚いた声が聞こえる。イオが視線を向けると最初に吹きとばされた男が片手を前に出した姿のまま固まっていた。渾身の魔法が生身に防がれたのだから当然だろう。

 ここで冒険者の男は、黒い男の見た目も振る舞いもあまりに人間のそれと酷似していたので耐久力も人間のそれと同じと勘違いしてしまったのである。


 しかし黒い男の動きを止めることはできた。一瞬気を引かれたうちにイオはすでに退避していた。ただしそのまま逃げはせずに距離をとって剣を構える。

 そしてイオと冒険者の男が時間を稼いだことが命運を分けることとなる。


「悪い、待たせた!」

「無事か、カルボ!?」


 森の中から2人の男が出てきた。どちらも黒い男に魔法を放った冒険者、カルボと呼ばれた男の仲間と思われる。

 2人のうち背の高い方は右手が血に濡れている。おそらく切られたのだろう。手当の跡があるが処置が完璧とは言えず、見ていて痛々しい。


「テネル、バラート! よく来てくれた!」


 カルボはそう言って2人を呼び寄せる。彼らは今黒い男をイオと挟む位置に立っている。怪我をしているテネルをかばうようにバラートが前に出ている。


 と、ここでイオは1人足りないことに気づいた。彼らはもともと4人いたはずだ。カルボ、テネル、バラート。あともう1人の姿が見えない。


「……貴様らあともう1人はどうした?」


 イオの疑問を黒い男が尋ねてくれた。こうして尋ねたということはこの男が殺したわけではないのだろう。


「ハルディンのことか? あいつならもうここにはいない」

「なに?」


 答えたのはバラートだった。彼は革鎧に片手剣と円形の盾を装備した標準的なスタイルだった。

 黒い男を目の前にして気圧されながらも、勝ち誇った笑みを浮かべている。


「あいつには町まで救援を呼んでもらいに行った。もう少しするとAランクパーティーや他の冒険者が助けに来てくれる。どこの誰だか知らないが、逃げるんなら今のうちだぜ」


 なるほど、とイオは思った。カルボが黒い男の気を引いている間、バラートはテネルの怪我の手当てをし、ハルディンは見つからないようにタイミングを見計らって町へと戻ったのだ。


 未知の魔物と思われていたのは魔物とも人間ともいえる存在だった。今現在襲われていることから別に未知の魔物がいる可能性は低いだろう。

 ここにきて得られた新たな情報。それをギルドに知らせると同時に、自分たちでは対処できないと判断し救援を呼んだ。的確な行動に思わずイオは舌を巻いた。


 これで希望が見えた。倒したり逃げ切ったりできずとも、救援が来るまで持ち堪えることができればいいのだから。タイムリミットができたことによって向こうから引いてくれることも期待できる。

 そして救援が間に合えばあの町にはAランクパーティーの「雷光の槍」がいる。彼らならこの強者にも十分渡り合えるだろう。


 問題は——


(時間がかかりすぎる。ここから町まで急いでも数十分はかかる。それまで持ち堪えられるのか……)


「おい、そこの子供。今のうちにさっさと逃げろ」


 と、そこでカルボがイオに声をかけてきた。

 カルボはイオを逃がそうとしている。イオのような子供では太刀打ちできないと。それはイオも分かっている。だが——


「俺ももう無関係ではありません。力不足ですが、手伝わせていただきます」


 イオはそうしなかった。それは黒い男が今も全員の行動に気を配っていて、逃げる隙が見当たらないという理由もある。

 しかし、そのこと以上にイオはカルボたちを見捨てるという行為ができなかった。正義感からではない。先ほど助けてもらっておいて見捨てるということは、過去に自分が、いや、母がされたことと同じだからだ。

 自分はあいつとは違う。あいつのようにはならない。それがイオをイオ足らしめる重要な要素。それを守るためだけにイオは黒い男と戦う。


(それに勝算はある)


 イオはバラートの話を聞いてある算段を立てていた。自分たちが勝てずとも、負けないようにするために。


 イオとカルボのやり取りを黒い男は鼻で笑う。


「ふん、そんな話をせずとも全員殺してやる。救援とやらを呼びに行った者も町に着く前に殺せばいいだけのこと」


 そう言って黒い男は殺意を膨らませる。傍にいる者を委縮させるような覇気を浴びながら、イオは虚勢交じりに尋ねた。


「お前は何者だ?」


 時間稼ぎのつもりで尋ねたことであったが、意外にも答えは返ってきた。


「私の名はリュビオス。虐げられた一族に属するものだ」


 その言葉の意味を考える間もなく、戦闘は始まった。

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