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第144話 心地いい信頼の重さ

本日二話目です。

ご注意ください。
















「『渦を巻く海竜(リヴァイサン)』――!」


 リアンは父譲りの大魔法を操り「嘆きの魔女」を追い詰めていた。

 いまやそれ(、、)の全方位を水流が流れており、一種の檻を形成してその中心に佇むのみである。


 というのもそれ(、、)は初めに奇声を上げて以降、動きを見せなくなったからである。初めこそは警戒していたリアンだったが、こうも戦う姿勢がないので観念したかと疑う。



「魔女」と戦っていたリアンは、突然何かを察知したかのような様子を見せて背を向けた「魔女」を追いかけてここまで来ていた。罠の可能性を疑いつつも追いついてみれば、穴の中を覗いていた「魔女」は何やら呟くと姿を変容させたのだ。


 これ(、、)がどんなことを思っているかは関係ない。魔物は倒す。ただそれだけだ。そうすることでより多くの命を救うことができるとリアンは当然のように思っていた。

 また、この強大な敵を倒すことで少しでも父に近づけたらという思惑もあったが、公私の区別に厳しい彼はそんな私情を一瞬で切り捨てた。


 今為すことは、一部の隙も見逃さず、一拍の足掻きすらも許さず、一秒でも早くこの戦いに終止符を打つこと――!


「――――――――!!!!」

「ぐっ、これは……!」


 しかしリアンが水流を動かす前に「嘆きの魔女」が叫んだ。

 まるで黙祷をしているかのように顔を伏せ佇んでいたそれ(、、)がついに動き出したのだ。


 吹き荒ぶ魔力の奔流は水流のすべてを散らし消す。それだけにとどまらず、その罪深き肉体を蹂躙せんと大いなる流れとなってリアンに襲い掛かる。


「『渦を巻く海竜(リヴァイサン)』!」


 しかしリアンはそれに消し去られた魔法の再発動を合わせる。もちろんリアンは何も知らないので完全なる偶然なのだが、魔法を発動しようとした際の違和感だけで異常を感知してみせた。


「……見えない攻撃ですか……まだそんなものを隠し持っていたとは」


 そして出力を上げて致死性の「同調」に耐えきった上に魔法も発動に成功する。

 第魔法の連発に疲労の色は見られたが、リアンはそれを不屈の心で表情には出さなかった。


 そうして戦いは激化する――――!









「どうだ?」

「……難しい。奥の方まで崩落しているみたいだ」


 一方でイオとアルバートは封印部屋からの脱出を試みていた。彼らの頭上では今も激しい戦闘が繰り広げられている。物理的にはリアンの魔法によって天井が一部崩れたり、水が降ってきたりする程度だが、「嘆きの魔女」の暴虐に何度も晒されれば二人の魔力が保たなくなる。

 この場から逃れるためにイオとアルバートは、アストラが崩した出口をどうにかしようとしているのだが――


「上がアレ(、、)な以上、ここから出る以外にないぞ」

「分かってる……うん、なんとかするからイオは待ってて」


 道を塞ぐ岩の撤去にイオの力は役に立たない。だからアルバートに従うしかないことも分かっている。

 しかしイオにはどうしても言いたいことがあった。


「……その石板、いい加減渡してくれないか?」

「だめ。まだ俺は納得できていないからね。アストラさんはああなっちゃったけど……だからといって身内を贔屓するのも良くないし」


 そう、アルバートはいまだにイオに記録の石板を渡さないでいるのだ。アストラがいなくなったことで何とか有耶無耶にできるかと期待したイオだったが、やはりアルバートは抜け目がなかった。


「俺はまだ何も知らないんだ。カナリアたちはイオから何か聞いてるみたいだったけど、それを詳しく教えてもらう時間はなかったし……いまだになんでアストラさんと戦っていたのかも分からない」

「だから教えろと?」

「無理にとは言わないよ。イオは自分を探られることが嫌いだから。でも、それなら俺だって好きにしていいはずだよね?」


 たしかに、とイオは思う。

 自分のことは教えられない、だがこちらの言うことは聞いてもらう。そんな理屈は盗賊のそれと同じだ。イオでもそんな頼み方をされて、言うことを聞いてやる気にはならないだろう。


「まあゆっくり考えてよ。これをどうにかするのにも時間がかかりそうだし。あ、でも……」

「分かってる。警戒はする」


 イオはアルバートから背を向け、夜空に水流と踊る「嘆きの魔女」に目を戻した。









「ぐっ……!」

「――――」


 リアンは「嘆きの魔女」の突撃を呻きながら凌いだ。


 手に持つのは回収した「断魔の聖剣」。すでに主要な攻撃手段ではなくなってしまったが、片手間に使う分にも十分な力を持っている。


「嘆きの魔女」は手から爪を生やし、まるで「孤狼」のような俊敏さで水流を潜り抜けてくる。捉えたと思っても魔力の放出により魔法は解除され、どうしても決定打に持ち込めない。


「――――――――!!!!」

「ぬっ、あああ……!」


 またリアンの魔法が消された。こうなることで彼はさらなる魔力の消費を強要される。魔法なしでは勝負にならない以上、どうしても再発動する必要があった。


 しかしそこでリアンはまた違和感を覚える。


「……弱まっている?」


 魔法を消し去る力が、発動を阻害する力が、そして体内を浸食しようとする力が次第に弱まってきているのだ。

「嘆きの魔女」といえど魔力に限界はある。理性を失い配分を考えずに常に全力で魔力を使ってきたそれ(、、)の魔力は、時間が経つにつれて急速に減っていた。


「勝機は見えましたが……それまで私が保つかどうか」


 リアンが勝つには戦うふりをして相手を消耗させればいい。しかしそれをする前にリアンの方が力尽きそうな予感の方が強かった。

 この魔法ならば勝てると踏んでいたのだが、その魔法自体を無効化されてはどうしようもない。


 必死に勝利への道筋を探るリアンだが、そこでふと付近に空いた大穴が目に入った。









「……どう? そっちの様子は」

「ああ……「魔女」が「勇者」を押してるな」


 魔法で道を塞ぐ障害物を除去しながらアルバートがイオに訊ねた。


 作業は見たところ順調で、小さな隙間の向こう側にあちらへと続く道を見ることができる。


「その言い方……やっぱりイオはあっちの味方なのかい?」


「嘆きの魔女」視点で見た説明の仕方を気にしたアルバートが手を止める。顔は見ぬまま答えを待つように耳を澄ませた。


「いや……正直もうどうでもいい。どっちが勝ったって良いことは何もないからな。アルバートも見ただろう、ここに来るまでに転がってた人魔の死体を」

「ああ……」


 アルバートは道すがらに跳び越えてきた数々の死体を思い返して顔を歪めた。

 あれは間違いなくアストラがやったものだ。彼女の課せられた使命を考えると当然の仕打ちなのかもしれないが、見ていて気持ちの良いものではなかった。


「あれはな、全部人間だ」

「……そう、なんだ」

「知ってたのか?」


 何か納得を示すような反応にイオが問うた。

 目は上の戦闘に向けているためどんな様子かまでは分からない。


「なんとなく……そうかもとは思ってた。でも人間はあんな風に姿を変えたりしないから……俺が倒した人魔も、最終的には理性もなくして白い獣みたいになっていった。だから違うって、自分を納得させていたよ」

「……別に、気づけなかったことを悔やむ必要はない。人魔だって少なくとも人間に対して思うところがあって戦っていたはずだ」

「イオも……」


 慰めにも思える言葉の後、アルバートは声を震わせてイオの名前を口にした。


「……イオも、人間に思うところがある? だから、人魔になったのかい? ……俺たちが助けに来たのは、余計なお世話だった?」

「…………」


 その問いにイオはふと思案を巡らせた。


 当初はフィリアを戦いから逃がすことが目的だった。しかし想定外なことにアルバートたちはイオの行き先を当てただけではなく、実際に自分たちの足で救出に乗り出してきた。

 それに気づいた時、イオは何をやっているのかと怒鳴りたくなったものである。しかしそれは救出されたくないというわけではなく、自分なんかのために大きな危険を冒していることに対してだ。


 果たしてアルバートがここにいることを、イオは余計だと思っているのだろうか。胸に手を当てて聞いてみるが、今は不思議と心強さを感じられる。


「……思うところがないと言えば、嘘になる」

「イオ……」

「でもそれは一部の人間に対してだけだ。だから俺が人魔になったのは、人類全部と敵対するためじゃない。それと……」


 イオは一度言い難そうに言葉を切った。


「……カナリアたちに預けた伝言を聞いているかもしれないが、改めて言うぞ。こんなところまで来てくれて助かった……ありがとう」

「イオ……!」


 それを聞いた瞬間、アルバートは嬉しさがこみ上げて後ろを振り返る。

 イオは頑としてこちらを向こうとしなかったがそれでもよかった。ようやく、イオに信頼を形にして向けられたのだ。


 本来ならあのまま皇都で何事も起きなければ得ていたかもしれないものだ。あそこでフィリアと再会し、父親と再会したことでそれも大きく崩れてしまった。

 それを取り戻すためにこうして無理を通しここまでやってきた。ほうほうに迷惑はかけたかもしれないが、それでも間違ってはいなかったのだと実感する。


「……納得したのならさっさと作業に戻ってくれ」

「了解」


 咎めるような声すらも嬉しく感じてしまうのだからもはや手遅れだと自分でも思う。アルバートはイオという人間の内面にこれ以上なく心惹かれてしまったのだ。

 それは恋愛感情ではないが、大切な人に向けるものといった意味では同じだろう。


 イオの信頼はアルバートに心地よい満足感を与えた。それは決して重いものではないが、失敗してはならないという気力を充実させてくれる。

 アルバートは手を動かしていなかった分の遅れを取り戻すように、岩の撤去に邁進(まいしん)するのだった。



 その一方で、イオは目を戦いに集中させつつも思考の大部分で別のことを考えていた。


(ウィスプが白い獣に……あいつは見た目はほとんど人間だったはずだ。人魔には理性と引き換えに自分の体をさらに作り変える力がある?)


 イオが気がかりになっていたのは「魔女」の突然の変貌である。

 こうして見ていても分かるが、今の「魔女」には理性というものがない。獣のように飛び回り、危機感のままに魔法を無効化してリアンに襲い掛かっている。


 それはどう見ても知性ある人間のものではない。まるで空っぽになってしまった「魔女」の肉体を別の誰かが動かしているような――


(……そうか! 人間側に魔物の魔力を抑える意志力がなくなったことで、主導権が魔物に移っているのか! あれが〝儀式〟で失敗した時の人魔の姿!)


 自分の知りうる情報を精査することでようやくイオはその事実に辿り着いた。


「孤狼」は「魔女」に吸収されたのではない。「魔女」が「孤狼」に浸食を受けたのだ。

 今戦っているのは、失意の底に沈んだ「魔女」ではなくそこに入り込んだ「孤狼」。これであの人語とはかけ離れた奇声も説明がつく。


 アルバートが倒したウィスプはヘルフレアタイガー変異種の力を持っていた。戦いが続くにつれて何らかの原因でウィスプのストッパーが外れ、意識と体を浸食されたのだ。獰猛なあの魔物なら、それこそ飢えた獣の如くアルバートを殺そうとして来てもおかしくはない。


 合意の下で〝儀式〟を行ったイオは知らないことだが、ウィスプなどは常に身の内にくすぶる獣の本能に苦しんでいた。これに身をまかせれば自分が自分でなくなることを知っていたのだ。

 結局戦いの中でそれに抗えなくなり、彼はヘルフレアタイガー変異種に酷似した見た目へと変わっていった。



 ここに来て明らかになる〝儀式〟のデメリット。イオは自分の左頬に手を当てて異常を探る。自分はまだ自分なのか。レイスに思考や体を奪われていないか。

 そしてまだ問題がないことを確認して息をついた。


 不思議なもので、死ぬことに関してはどうとも思わないのに自分が自分でなくなることに対してはこの上な恐怖を感じてしまう。それをイオは心の弱さと断じ否定した。

 本当に恐れているのは、自分の身体が知らぬうちにアルバート達を傷つけることに対してであることに気づかないまま。


「っ……!」


 上を見上げていたイオは危機感を募らせる。


「よし、もう少しで……」

「急げ、アルバート!」

「えっ!?」


 思わず振り返ってしまったアルバートの目の前で二つの影が落ちてくる。



 ひとつは無防備に地面に落ちるもその衝撃を地面に受け流し。

 もうひとつは水流を重ねることで衝撃を和らげた。


 頭上で戦いを繰り広げていた両者は戦いの場を狭い封印部屋に移したのだ。



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