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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第一章 生まれの地からの逃避
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第15話 急転

「いた?」

「いや、だめだ」

「こっちにもいませんでした」


 イオを探して町を歩き続けるアルバート達だったが、2時間経ってもまだ見つかっていなかった。この時すでにイオは町を出ていった後だったので、見つからないのも当然だ。彼らは最初は店を中心に探していたが、影を見ることさえできなかったので手分けすることにしたのだった。

 そして集合場所のギルド前で落ち合ったのだが、成果は芳しいものではなかった。


「もう無理だって。外にいるとも限らないんだし」


 弱音を吐いたのはカナリアだった。彼女はもともと捜索に乗り気ではなかったため、ただ町の中を歩き回るということに飽きていたのだ。

 それにもうとっくに昼を過ぎているため空腹も感じていた。


「また明日とかになればギルドにいるよ。だから今日はもう止めにしない?」


 カナリアは打ち切りを提案する。アルバートは内心では納得しかねているが、このまま闇雲に探し続けても埒が明かないと考えてその提案に乗った。


「わかった。とりあえず昼食にしよう。ギルドの中でいいかい?」


 カナリアもルーも異論はないので頷く。ギルドに併設された酒場は食事もできる。さらに料金も良心的なので多くの冒険者が利用するのだが、この時間帯は人も少なく今朝のような騒がしさは鳴りを潜めていた。ちらほらと今朝注目を集めたアルバートたちの方を見る人もいたが、話しかけたり騒ぎ立てるような人はいなかった。


 3人は席について料理を注文し、運ばれてきた料理を食べ始めた。



 ♢ ♢ ♢



「さて、これからのことなんだけど」


 全員が料理を食べ終えたタイミングを見計らってアルバートが切り出した。


「今日はこれで解散にしよう。また明日の朝、ここで待ち合わせだ」


 ここでルーが片手をあげて質問をする。


「あの……それはいいんですが、イオさんのことは?」

「俺が今からここで彼についての情報を集めようと思う。聞いていけば泊まっている宿なんかも分かるかもしれないから」


 ここでカナリアが明らかにげんなりした顔をする。


「まだ探すの?それよりもほかのメンバー探した方がいいんじゃない?明日も依頼受けられないわよ」

「カナリアちゃん!」


 冷たいともいえるカナリアの言いように堪らずルーが諫める。だがアルバートの決意は変わらなかった。


「ごめん、必ず明日連れてくるから。それまで時間がほしい。結成したばかりでこんなことを言うのはわがままだと分かっているけど、許してほしい」

「そう言われると……」


 アルバートの真摯な態度にカナリアの声も小さくなる。もともと彼女にとってイオはおまけみたいなものだったため、どうしてアルバートがそこまでしてイオに固執するのかわからなかったのだ。


 一方でアルバートもイオを探して謝罪しようとしているのはなにもイオのためだけではない。ここでイオをそのままにしてしまってはかつて、いや、今も反発している父親と何も変わらないと彼は思っている。イオにきちんと謝罪し、対等に扱うことで自分は父とは違うのだと自己主張したいのだ。


 差別意識をもつカナリアと、それを捨て去ろうとしているアルバート。ルーだけは純粋にイオのことを心配している。3人の間には意識に差がありすぎた。


「ちょっといいか?」


 と、そこに横から誰かが声をかけてきた。見てみると剣と革鎧を身に着けた典型的な冒険者の男だった。


「はい、なにか?」


 アルバートが代表して尋ねる。男は気まずそうに口を開いた。


「お前さんらは今日の朝、ここでドンパチやったやつらだよな?」

「……そうですけど」


 不機嫌そうにアルバートは答えた。男のことを今朝の騒ぎを耳にして興味を持った人だと思ったのだろう。


「いや、気を悪くせんでくれ。たまたま話が聞こえてな。お前らちびローブを探しているのか?」


 ちびローブと言われてアルバートはすぐにイオのことだと思い当たった。そしてつい前のめりになって男に尋ねた。


「イオのことを知ってるんですか!?」

「うおっ!いや知ってるって訳じゃねえけどよ。あいつなら荷物背負って町の外へ出て行ってたぜ」

「な……それはいつのことですか?」

「かなり前だ。昼前ぐらいだな。今朝お前らといるのを見たから、おかしいと思ってたんだ」


 あまりのショックにアルバートは目がくらんだ。カナリアとルーもあまりの急さに驚いている。


(イオにとって町を出ていくほどショックだったってことだ。僕のしたことは……)


 後悔で手を強く握りしめるアルバート。3人の様子を見て男は胡散臭そうに聞いた。


「どうした?もしかして金でも盗まれたか?」

「違う!」

「うわっ、いきなりでけえ声出すなよ」

「……すいません」


 アルバートはつい大きな声で反論してしまった。

 たしかにパーティーを組んだ直後に荷物をまとめて町を出るという行動は、組んだ相手から金を持ち逃げしているようにもとれる。実際には金を盗むどころか食事代としては多めの金を残していったのだが。


「これはもう無理ね」

「……そう、だね」


 カナリアはさっぱりと告げ、ルーもこれには賛同せざるを得ない。イオが町を出てからすでに3時間が経っている。今から追いつくのは不可能だ。


「……まあ、何があったかは知らねえが、俺はもう行くぜ」

「……はい、ありがとうございました」


 そう言って男が立ち去ろうとしたその時。バンッと大きな音を立ててギルドの扉が開いた。


「誰か! 助けてくれ!」


 そう言って駆け込んできたのは1人の若い冒険者の男だった。怪我などはないが、全身が泥で汚れている。額を流れる汗の量が、彼がここまで全力で走ってきたことを物語っている。


 近くにいた冒険者の1人が彼に話しかけた。


「そんな慌ててどうしたんだ? 何があった」


 男は思い出すのも恐ろしいとばかりに声を震わせて事情を説明する。


「魔物、黒い魔物が出たんだ! 通告にあった黒い魔物が!」

「なっ!?」


 ギルド内にざわめきが起きる。驚く者、血をたぎらせる者、男の怯え様に恐れを感じる者。ギルド職員は詳しい話を聞こうと男に駆け寄っている。


「正体不明の魔物……」


 アルバートは思わずつぶやく。アルバートにとってその魔物は普通の魔物と少し変わっていると思うだけで、特別な感情を抱いているわけではない。もちろん被害を出している以上討伐せねばならないと思ってはいるが、ここにきて急に「正体不明」という言葉に恐ろしさを感じたのだ。


 そして、男は続けてアルバートにとって衝撃の言葉を発した。


「今も俺の仲間が戦っている! 近くにいたローブの子供も一緒にだ! 早くいかないとあいつらが殺されてしまう!」


(ローブの……子供?まさか……)


 アルバートは急速に体が冷えていくのを感じた。隣にいるカナリアとルーも同じ考えに達したようだ。


「その子供って……」


 アルバートが男に近づきながら問いただそうとしたその時、再び扉が開いて3人の人物が入ってきた。そして場違いな声を漏らす。


「……んん?こりゃなんの騒ぎだ?」


 その男はヴァナヘルト。後ろにはシャーリーとグロックもいる。彼らはギルド内が騒がしい理由がわからず首をかしげている。

 そこにギルド職員が大きな声で呼びかけた。


「「雷光の槍」の皆さん!例の魔物が出たんです!すぐに討伐をお願いします!」


 言われた3人は一瞬ぽかんとした後、慌ててグロックが背負っている者を指さした。


「おい、待て。例の魔物っていうのはあの未知の魔物ってやつか? それなら俺様たちがもう倒したぞ。ほら、これが死体だ」


 グロックは背負った死体を床に下した。黒い肌をした男の姿が周囲の目にも映る。

 ギルド職員が近づいて見分し始めた。


「これが……ですか? 人間ではなく?」

「ああ、間違いねえ。特徴も一致している」


 ここでシャーリーが情報を補足する。


「うん、すごい力だったよ。グロックが吹きとばされちゃったんだから」


 シャーリーに指を差されたグロックも頷いている。


「だからもう未知の魔物なんていねえよ。東の森で確かにとどめを刺した。ここに証拠もある」

「……西だ」


 きっぱりと言い切るヴァナヘルトだったが、そこに最初に駆け込んだ男のか細い声が響いた。


「なんだって?」

「だから、西だって言ってんだよ! 俺たちがあの魔物に襲われたのは!」


 抑えることのできない感情を暴発させて男は叫んだ。その瞬間、ヴァナヘルトは今までと打って変わって慌てだした。


「な!? それはマジか!?」

「何度も言ってるだろ!早くしないと仲間が……」

「畜生! どこだ!? どこで襲われた!?」


 ヴァナヘルトが詰問する。そして解答を得たヴァナヘルトは緊迫した表情でシャーリーとグロックに呼び掛けた。


「行くぞ。2匹目が居たんだ、畜生!」


 悪態をついたヴァナヘルトを戦闘に駆け出す3人。だがそこに待ったをかける人物がいた。


「待ってください!」


 アルバートだった。彼は周囲からの視線をものともせずヴァナヘルトたちに近づいていく。


「なんだ。悪いが今は時間がねえんだ」

「俺もつれていってください」


 ヴァナヘルトは一瞬驚いたもののすぐに答える。


「だめだ。見たところどこぞのお坊ちゃんらしいがその我儘は聞けねえ」

「お願いします。仲間がいるかもしれないんです。あの、」


 そう言ってアルバートは傍らに座り込む男に尋ねた。


「近くにいた子供のローブの色は若草色でしたか?」

「……ああ、そうだった。剣を使っていて……魔法は見てないな」

「やっぱりイオだ」


 それを聞いて一番驚いたのはヴァナヘルトだった。


「イオだと!? なんであのガキが!」

「イオは今日町を出たらしいんです。西に向かったと」


 ヴァナヘルトは苛立ちを募らせて後ろのグロックに指示を出した。


「グロック、シャーリー、先に行け。馬を借りて全力で走れ。……おい、お坊ちゃんよ」

「はい」


 2人が無言で走り去る中、ヴァナヘルトはアルバートに向かって静かに言った。


「ついて来たけりゃ好きにしろ。ただし死んでも知らねえぞ」

「足手まといにはなりません」


 アルバートはきっぱり言い切った。ヴァナヘルトはこれ以上の問答は無駄だと思い、出口を向いてギルドを飛び出す。アルバートもそれについて走る。

 残された人たち、特にカナリアとルーはどうするべきか分からず立ち尽くすだけだった。

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