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第140話 知られてはならない事実

本日は完結直前記念の三話同時更新です。

明日で完結にもっていく予定です。(まだ書き終わっていませんが……)


それでは本日一話目、どうぞお楽しみください。






「これは……」


 もぬけの殻となった人魔の集落を抜け、「魔女」が封印されていた洞窟へと足を踏み入れたイオは漂う血肉が焦げたような臭いに思わず呻いた。

「魔女」がおらぬ間に何者かの侵入を許し、避難していた非戦闘員の人魔が虐殺されたことはもはや疑うまでもない。


 ただでさえ人員不足の人魔なのだ。守りの薄い場所を責められてはひとたまりもなかっただろう。

 すでに戦闘は終わっているのか、内部から争うような音は聞こえなかった。


 しかし意を決して歩みを進めるうちに、その痕跡はすぐに目に映るようになる。

 破損した肉体。飛び散る血飛沫。今にも恐怖に喚く声が聞こえてきそうなほど、苦悶に歪んだ表情。

 ずっと軟禁生活をおくらされていたイオは知らない顔ばかりだが、名も知らぬ人魔たちには同情の念を禁じ得ない。これほどまでにたやすく命を踏みにじられることがあっていいのか、と。


 いや――もしかすれば五〇〇年前はごく当たり前にこのような悲劇が生み出されていたのかもしれない。

 無属性を人とは思わず、勝手な都合で自由を奪い、命すらもその限りではない。当時いかに非道な行いがなされてきたかは、つもりに積もった人魔たちの憎悪の念からも察せられることだ。



 慎重に、慎重にイオは目的地を目指す。「感覚強化」を全開で使用し、わずかな魔力の流れすらも見逃さない。

 下手人の能力や装備を考えると、イオに気づかれることなく不意打ちをかますことは決して難しくはないからだ。


 今のイオは人魔である。出会い頭に魔法をぶつけられることも十分にあり得るのだ。

 それを考えるといくら用心しても足りないほどである。


 そうして進んでいると、地面に転がる死体のひとつを見てイオは足を止めた。

 身体を半分に分かたれたその死体は、イオの知る人物のものだったからだ。


「カーレ……」


 言葉を交わした回数は少ない。しかし憎悪を向けられることの多かった中で、珍しく素でイオを歓迎してくれた女性。

 食事を持ってくるついでに世間話と称して数々の情報をイオにもたらしてくれた。あのときは沈みきった気分のせいでまともに取り合うことはなかったが、思い返せばその明るさを好ましく感じていたことも事実である。

 人魔にも日常があり、平穏を願う心があるのだと教えてくれたのは彼女だった。


 そのカーレが。どこにでもいるようなただのおしゃべり好きな女性が。

 見るも無残な姿をさらし、冷たい地面で朽ち果てていた。


 頬を伝う涙はまだ乾ききっておらず、この惨劇がほんの少し前に起きたことを物語っている。

 言葉にできぬ虚しさにイオは壁にこぶしを叩きつけた。



 イオは中立である。少なくとも、自分の目的以外のところではその立場を貫いてきた。


 しかし、もしイオにもっと力があれば。強い心を持っていたならば。

 ちっぽけな自分でも、カーレを救うことができたのではないか?

 そんな後悔が押し寄せてくる。


 実際はそううまくもいかなかっただろう。

 イオごときでは、「魔導士」に選ばれるような人間に単騎で勝てるはずがない。


 だがそれでも胸が締め付けられて苦しいのは、どれほど取り繕ってもやはりイオは優しい人間だからなのだろう。

 救うための力がないと知りつつも悲しさを覚える。

 無関係だと言い張っても、小さな繋がりにさえ意識を向けてしまう。


(……仇は討てないが、せめてお前たちの願いの一部は守ってみせる)


 苦労を重ね、苦痛を耐え忍んだイオは生き残ることに己の信念を最適化していったが、結局のところでその本質までは変わっていなかったということなのだろう。


 新たな思いを胸に、イオはカーレに背を向けた。






 ♢ ♢ ♢






『――だから悪いけど、君達には長い眠りについてもらうことにした。そして僕は封印の代償で死ぬ』


「魔女」が封印されていた洞窟の最奥。

 その天井には大きな穴が空いており、そこからは夜空に灯る星の光が降り注いでいた。

「魔女」とともに封印されていた「孤狼」が外へ出るために突き破ってできた天窓である。


 そんな晴れた夜によく合った静けさの中、誰にともなく語る声があった。


『どちらかが勝つのではなく、相打ちということにするんだ。そうすれば「勇者」の面子は保たれるし、必要以上の悪意が君達に向くこともない』


 その声色は低く、声の主が男だということがうかがえる。

 またそれとは別に不自然な雑音も交じっており、彼がこの場で話しているわけではないことも分かる。


『そして君達が眠っている間にクルセリア達が世の常識を変えてくれる。長い時間をかけて内側から変えていくんだ。「ヒトモドキ」なんてものは存在しないんだと。ちゃんと魔力を持つ同じ人間なんだと。

 そして、君達が目覚めるまでには誰もが平等な世界を作ってみせる。その未来で君達は、迫害も戦いもない幸福な生活をおくるんだ、本来人間のあるべき姿として』


 明るく、未来を夢見るように語る声の主。

 その口調の端々に相手の幸せを願う優しさが表れており、彼の心のありようまで感じられるほどだ。


 ただ、残念なことに。

 今それを聞いているのは、彼が想定していた相手ではない。


 そんなことを知る由もなく、男は自分たちの企てを次々と明かしていく。


「聖女」クルセリアが「女神教」をつくった目的。

「聖騎士」ピレイが建国をした理由。

「魔導士」システィベードのその後。


 そのすべてが多くの歴史家によって推測され、誰も真実を得るには至らなかった謎ばかりである。


 無言で男の語りを聞いていた女はひどく乾く喉を唾液で潤した。


 そしてついに話も終わりに近づいていく。


『――恨むなとは言わない。むしろ僕を恨んでくれ。そして目覚めた時代の人たちにはまっさらな目で判断してほしい。僕達は未来の人々が君達を笑顔で歓迎し、共に生きてもらえることを心から信じている、そして可能なら――』


 そこで男の声はぷつりと途切れた。


 いきなりのことであったためその後に訪れた静けさがやけに際立って感じられる。

 どこかこの空気を破ってはいけないような気がして、女は足音を抑えゆっくりと足を動かした。


 彼女の目の前には、魔石をちりばめた石板がある。先ほどの音声はここから流れていた。

 見るからに何かありそうなこの見た目の石板に魔力を流した結果が、あの記録の解放だったのだ。


 半ば壁に埋まったその石板を――女は掘り出す。

 周囲の石を丁寧に剥がし、硬い岩は細心の注意を払って魔法を使うことで除いた。いつもは派手で荒々しい魔法を使う彼女にとって、これほどまでに繊細な制御を要求されたのは初めてのことかもしれない。


 なにしろ、この石板は技術面だけで見てもとんでもない価値がある。音という形のない情報を記録する術は、いまだにどんな魔道具の製作者でも為すことができなかったものなのだから。

 それに加えて記録された内容が内容である。もはや伝説にまで持ち上げられている初代「勇者」とその仲間の、知られざる事実がこれでもかというほどに詰められているのだ。


「ふ、ふふ……」


 意識せずに笑みがこぼれる。

 長い時間を五〇〇年前の歴史の発掘に費やしてきた女は、これを持ち帰ることによってどれほどの賛美を得られるかで頭がいっぱいだった。


 もちろん内容に驚いている部分もある。まさか初代「勇者」と「魔女」が結託していたとは、自ら進んで命を絶ったとは考えもつかないことだったのだ。

 加えて全体的に謎の多い初代「魔導士」。彼が魔道具の製作に長けており、冒険者ギルドの設立者であったならば見えてくるものも出てくる。

 教会と冒険者ギルドにだけ伝わる「送音玉」――遠くに声を伝える魔道具――は彼の作品だったのだ。もしかすればセントレスタ皇国にもあるかもしれない。


 そして何より、人魔の正体である。

 人語を操り高い知能を持つ魔物はなんと無属性の人間だったのだ。その可能性を示唆する事実は多々あったが、「ありえない」という一点だけで誰も言わなかったことである。


 いったいどうすればそんなことが可能なのかまではわからなかったが、それは専門の研究者の仕事だろう。女はただ、歴史的事実を伝え広めるだけでいい――。


「……おっ」


 華々しい将来に思いを馳せるうちに石板は完全に取り出せた。慎重に作業をしたことが功を奏したのか、傷は一か所も見られない。

 石板は見た目通りの重厚さをもっており、片手でなんとか支えられるというもの。女はそれをわきの下に抱え、片手を空けた状態で歩き出した。


 もうこの場に用はない。敵はすべて倒し、想定外のお宝も手に入った。

 あとはリアンが「魔女」を倒すのみ。もしそれが敵わずとも、自分だけはなんとか逃げ延びようという心胆だった。

 それほどまでにその手にあるものは価値があるのだから。


 意気揚々と封印部屋を出ようとしたその時――


「……ッ!」


 才能と経験によって裏打ちされた直感が警鐘を鳴らす。


 自分に向かって突撃してくる影に向かって女は魔法を紡ぐと、自分は石板を庇うように両手に持ちかえて後ろに飛んで距離をとった。


 すべては数秒の出来事。女が飛びのいたと同時に爆発が発生し、襲撃者の姿を光と煙で包み込む。

 しかしあのタイミングで直撃を避けたらしく、その人物は煙を纏いながらごろごろと転がり出てきた。


 その正体を目にして、思わず女は瞠目した。

 なぜなら彼は、一度だけ目にしたフィリアの思い人だったのだから。



 ♢ ♢ ♢



(……くそ、失敗した!)


 イオは吸い込んだ煙に咳き込みながら今まさに跳びかかろうとした人物を睥睨した。


 こちらを見て驚いているのは「魔導士」アストラ。アルバートと互角以上の魔法の強さを持つ、世界的に見ても間違いない強者である。

 その腕の中に抱えられているのは初代「魔導士」が製作し、同じく初代「勇者」の声が記録された魔道具。名付けるとすれば「記録の石板」といったところだろうか。


 イオはこの記録の石板を狙って彼女に襲い掛かったのだが、さすがは選ばれし者というべきか簡単に察知されてしまった。

 イオの気配の隠し方はかなりの錬度だが、そこから攻勢に出る部分にはまだ粗がある。そこを感づかれてしまったのだろう。


「君は……たしかイオ君と言ったかな? フィリアちゃんが追いかけてた」

「…………」

「なんで襲ってきたか……教えてもらう必要はないね。その頬を見れば君がどちら側の人間か分かるよ」


 真実を知ったアストラはやはり容易にイオが人魔になったことにまでたどり着いてみせた。そしてカナリアたちと違って初めからイオを敵として認識している。


「……その石板を、渡してください」

「お断り。でも一応理由は聞いてあげる」


 完全に敵対してしまった以上、不意を突いて石板を奪うという方法はとれなくなった。そのためイオは駄目元で頼んでみたのだが、アストラの返答は予想とまったく違わぬものだった。

 しかし会話をできる余地があるのはイオの人間だった頃を知っているからか。ならば説得を試みないという選択肢はなく、イオは理由をアストラに語った。


「その記録の内容が公にされれば、無属性はこれ以上に不遇な立場となります。最悪、五〇〇年前に逆戻りです。それは女神教の教えにもそぐわないものだと思いませんか?」


 これが、イオが石板を求める理由だった。

 あの記録の中には過去の「勇者」たちの思惑だけでなく、人魔の正体まで語られている。


 もし人々を脅かしてきた存在が、比較的身近に存在する無属性の人間だとしたら。

 無属性には恐ろしい力があると思われてしまったら。


 ただでさえ不利な立ち位置にいる無属性の人間たちはさらに追い込まれてしまう。

 今でさえ無属性を人間だと認めない過激な輩が残っているのだ。無属性は排斥すべし、という思想が広まっていくことは明白である。


 そうなればさらなる不幸が生み出されてしまう。イオのように、自分の子供や妻が無属性だという理由だけで親に見捨てられる者も現れるだろう。

 少なくとも現代を生き、これから生まれる彼らには何の罪もない。ならばどうしてそんな彼らを不幸に追い込む事態を黙って見ていることができようか。


 それらの思いをアストラの心に届くように考えて語ったイオだったが――


「あっはっはっは」


 あろうことかアストラはイオの訴えを声をあげて笑った。そして嘲笑するような目を向けてくる。


「そんな理由で真実を隠すわけにはいかないよ。真実はきちんと世に伝えられてこそだ」

「それで誰かが不幸になるとしても、ですか」


 イオは確かめるように問う。まさかここまで予想と真逆の反応が得られるとは思っていなかったので、内心ではありえないという気持ちでいっぱいだった。

 たしかに無理を言っていることは確かだ。それでもここまであっさりと否定されるだろうか、と。


 しかし願望にも近いイオの期待は、やはり至極当然と言った風に裏切られた。


「あのさ。人魔が無属性の人間なのは事実。無属性に危険な力があることも事実。力を持った者たちが悪事を働いたのも事実。これを全部隠せっていうのはさすがに虫が良すぎるんじゃないかな?」

「そうだとしても、今生きている人たちには関係のないことでしょう」

「可能性の話だよ。これから先、同じようなことが起きないとどうして言える?」


 問答を続けるうちに、イオは自分がアストラを読み切れていなかったことを悟った。


 アストラは「女神教」の教えにあるような誰にでも平等な人間ではない。たしかに無属性を迫害するようなことはしないが、その根底として自分を頂点として周りを見ている。

 誰かに優しくすることは優越感の表れだ。自分と誰かを秤にかけたとすれば、迷うことなく自分を優先する。


 今もアストラは本気で未来への危険性を説いているわけではなかった。

 この事実を持ち帰った時に得られる注目、名声、称賛。歴史に輝かしくその名を刻むために、彼女は決して引き下がりはしない。

 それっぽいことを言いつつも本心では個人の欲望に従っているのだ。


(まさか「女神教」の名まで通用しないとは……)


 アストラが敬虔な「女神教」信者だと思っていたことがまず勘違いだった。

 その時点で彼女を説得するなど土台無理な話だったのだ。


「さて。フィリアちゃんには悪いけど、人魔は倒さないといけない。でも、まあ安心してちょうだい。一応情けってことで生け捕りで許してあげるから」

「……生きた証拠ってわけですか」

「……さあね。降参するなら今のうちだから」


 イオの問いをアストラは誤魔化した。つまりは、そう言うことだろう。

 フィリアへの恩を与えつつ、自らが提示する情報に真実味を与えようという腹積もりなのだ。

 人間として生きていた過去が残っている分、イオの存在は人魔の正体に大きな裏付けを与えるに違いない。どこまでも自分本位な人間だった。


「……いえ、降参はしません」


 逃げるという選択肢もある中、イオは戦うという決断を下した。

 イオに勝てる相手ではない。しかし必ずしも勝たなくてはならないというわけでもない。要は、アストラが大事そうに抱える石板を一瞬でも奪って、その場で叩き割ればいいのだ。


「どこまでも「魔女」の味方ってわけか……腕の一本くらいは覚悟しなさい」


 暗に生きてさえいればいいと告げながら。

 アストラは加減のない威力で魔法を発動した。



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