第128話 VS リュビオス
お待たせしました。
本日は二話連続更新です。(1/2)
いつまで経っても主人公が出てこないので飛ばしていきます。
「なんだ、ありゃあ……!?」
ゴブリンの集落で展開されている三つの戦闘。その中で歴戦の猛者の風格をもつリュビオスを相手取るヴァナヘルトは、他の戦線で起きた二つの爆発に目を奪われた。
「雷光の槍」の他に戦っているのは、言うまでもなく「勇者」リアンと「魔導士」アストラ。双方かなりの実力者であるが、相対する側も決して油断の許されない相手である。劣勢と言ってもいい。
その二人の救援に向かうためにヴァナヘルトを退けようと奮闘していたのだが、駆け付ける前に何かが起こったようである。
アストラの方では爆炎と煙が、リアンの方からは巨大な水球が出現しており、その様子を詳しく窺い見ることはできない。
「余所見とは余裕だな!」
「けっ、うるせえよ!」
そこにリュビオスが剣を振りかぶる。ヴァナヘルトと違って彼は背後で起きた出来事をまったく気にしていない。
それは信頼の差だった。文字通り家族として長い時を過ごしてきたリュビオスは、たとえ誰が相手でも仕える主君やトーマが敗れるとは思っていないのだ。
その点、今回の討伐作戦だけの付き合いであるヴァナヘルトたちとは大きな違いと言えるだろう。
リュビオスの猛攻を巧みに槍で捌く。両者の技量はどちらも極限まで洗練されたもので、異なる武器での演武は見る者の目を惹きつけるほどに凄まじく美しい。
しかし戦う側からすればこの均衡は焦りを生む要素しかなかった。
「……おおっ!!」
「ムッ!?」
しかしこの場にいるのは二人だけではない。グロックが盾を構えて突進を仕掛け、リュビオスの注意を引く。
「『舞風』!」
さらにシャーリーが小規模の竜巻をリュビオスに密集させることで大きな隙を作る。
「そこだ!」
「ぐぅおっ!?」
とどめに鋭い刺突が繰り出され、リュビオスの腹を貫いた。それもただの突きではなく、暴風を纏わせ回転させることで恐ろしく破壊力を増したものであった。
リュビオスの体には小さな空洞が空き、ぼたぼたと赤い血が流れ出ている。
「勝負ありだ。過去にやりあった人魔もこの状態からはどうしようもなかったからな」
「ぐ……ぬぅう……!」
槍を手元に戻したヴァナヘルトは勝利を確信して、苦しげに呻くリュビオスにそう告げた。奇しくもアビタシオンの街近辺に出現した人魔と同じような形で勝負が決したことになる。
人間なら即死の傷を負いながらもいまだ立ち続ける姿を見て、とどめを刺そうと脳天に槍を向けたヴァナヘルトはリュビオスのかすれ声を耳にする。
「そ、うか……お前が……ヌブラドを……!」
嫌な予感を感じたヴァナヘルトは決着を急ぐもリュビオスの方が一瞬速かった。
「ぬぁぁああああ!」
雄たけびと同時に剛腕が振るわれ、舌打ちと共にその場を跳び抜く。距離をとって再度その姿を目にした時、ヴァナヘルトはそこにありえない事象を見た。
「……馬鹿な」
すぐ隣のグロックも、少し離れたところにいるシャーリーも同じで目を見開いている。
それも当然。なぜなら彼らの目の前でリュビオスの体に空いた空洞が見る見るうちに塞がっていくのだから。
「回復させるな! シャーリー、撃ち込め!」
「う、うん!」
指示を飛ばしヴァナヘルトも魔法を放つ。最高峰の冒険者である二人の放つ魔法は量、質ともに一流で、これほど一度に叩き込まれればAランクの魔物でも無事では済まないものであった。
だがどれだけ攻撃しても次から次へと傷が塞がり、一行にリュビオスが力尽きる様子はない。それどころか時を追うごとに筋肉が盛り上がり、体が膨れ上がり、より危険なオーラを増していく。
「ガアアアアアッ!」
そしてあげられた獣じみた咆哮に思わずヴァナヘルトたちは身体を硬直させた。同時に魔法の手も止む。
「――なんたる幸運。まさかここで我が息子の仇を討つ機会が訪れようとは」
砂塵を纏わせながらそこに君臨するのはもちろんリュビオスである。だが見た目は大きく異なりより巨大に、さらに頭部からは一本の角が生えていた。
黒い皮膚には傷ひとつなく、流した血で赤黒く汚れている。
もはや人の姿とはあまりにもかけ離れすぎている。ヴァナヘルトたちは三人ともリュビオスの姿に完全なオーガを連想した。
黒鬼のオーガとなったリュビオスは宣言する。
「楽に死ねるとは思わんことだ。ヌブラドが味わった苦痛をそのまま返してくれよう」
人魔の中で集落を出て帰って来なくなったのは一体だけだった。アビタシオンに出向き「雷光の槍」によって討伐されたリュビオスの血のつながらぬ息子である。
自然と人魔を殺したことがあると言うヴァナヘルトがその仇となる。
「奥方様、お許しを。今だけは私怨のために力を振るわせていただきます」
そう言葉を残すと。
「んなっ!?」
その巨体からは想像もつかないような速さでヴァナヘルトの方へと距離を詰めてきた。
槍でどうにかしようとするもすぐにその考えを捨てる。ヴァナヘルトは巨体となったリュビオスの腰ほどの身長しかない。先ほどまでと違って正面からやり合える体格差ではなくなったのだ。
頭上から振り下ろされる拳をさすがの身のこなしで躱すも、直後に次の攻撃が襲い来る。一歩の大きさが違うと言うだけで、そのことがリュビオスに大きな有利を生んでいるのだ。
「『風束槍』!」
ヴァナヘルトの逃げる隙を作ろうとシャーリーが魔法を放つ。が、リュビオスは気にも留めずにそれを肩で受けた。当然魔法を受けた部位が抉れ血が噴き出すがその怪我も他と同じくすぐに塞がり、傷を負ったことを示すのは付着した血液だけである。
「再生とか無茶苦茶だろ!」
「死んで贖え、略奪者よ!」
「んなのごめんだっての!」
ヴァナヘルトは地面を転がりつつリュビオスの足の下をくぐって背後に回った。すれ違いざまに足首を削ることも忘れない。
「ぬっ……!」
「でかくなったのは失敗だったな。足元がお留守だぜ!」
膝をつき態勢を崩したリュビオスの背中から得意げな声と共に連続の刺突が放たれた。もちろん魔法を併用しているためリュビオスに大きなダメージが入る。
もちろんリュビオスも黙ってそれを食らい続けていたわけではなくすぐさま回避行動をとったのだが、体が大きい分それだけ狙いもつけやすくなっているため完全に避けきることができなかった。
「シャーリー!」
「うん!」
ヴァナヘルトが距離をとってそう呼びかけると、シャーリーは阿吽の呼吸で魔法の連撃を放つ。これによって一度ヴァナヘルトは距離をとることができ、リュビオスにはさらに傷が増え続けた。
「グヌォアアアア!!」
この日何度目かの雄たけびがリュビオスからあがる。しかしその声は決して痛みに悶えていると言ったものではない。感じられるのはむしろ興奮、そして殺意。戦闘を楽しみ、立ちはだかる敵を殺す。傷を負うごとに思考はそのことばかりに集中していっているようだった。
そしてその変化は肉体にも表れ始める。ただでさえ人外めいていた容姿はますます凶悪化し、筋肉は体ごと肥大化していく。
もはやリュビオスが人間と似た姿形をしていた頃の残滓は完全に消えた。
「もう完全にオーガだな、ありゃあ……」
「……ヴァナヘルト!」
「どうした、グロック」
「……奴の力に思い当たるものがある」
「聞かせろ」
漆黒の巨大なオーガと為ったリュビオスを見据えながらヴァナヘルトは素早く先を促す。
「……奴は血の匂いに興奮し、血を浴びることで強くなる。それはブラッドオーガの特徴だ」
ブラッドオーガ。Aランクでオーガの変異種。
それはリュビオスが〝儀式〟によって力を奪い取った魔物の名であった。
グロックの説明通り、ブラッドオーガは自他関係なく誰のものであれ血を浴びることで興奮し、力を増すという特徴を持っている。同時に血によって体細胞が活性化し、急速な再生能力も有する。これによってただでさえ頑丈なオーガが不死身と言っても過言でないほどに死ににくくなっているのだ。
またブラッドオーガ自体も血を求める習性をもっているため、極めて危険な魔物と言える。
「お前が言うんならそうなんだろうよ……だが、どういうことだ? 人魔はブラッドオーガのさらに変異種だったということか?」
「……そこまでは分からん。今はそれよりも……」
「あいつを倒すことが先だな!」
「グォォアアアア!!」
リュビオスからはすでに知能を持つような理性的な面は見られない。まさに身も心もブラッドオーガになってしまったようだった。
「グロック、シャーリー、しばらくもたせられるか!」
「……任せろ」
「急いでよ、ヴァナ!」
仲間に訊ねると二人はすぐにヴァナヘルトの意図を察した。
「こうなりゃあ被害だとか力の温存だとか言ってられねえ」
ブラッドオーガを殺す方法は二種類ある。ひとつはブラッドオーガの魔力が尽きるまで再生をさせ続けることである。ブラッドオーガのもつ魔石の魔力をすべて使い果たさせることができればそれ以上再生することはない。
そしてもうひとつは、再生できないほどの大きな損傷を与えることである。この場合は手足などの先端部分を削っても意味はなく、胴体や頭ごと消し飛ばすほどの損傷である。通常このような手段をとれる人間はいないが、ヴァナヘルトにはそれを可能にする技があった。
発動時間を稼ぐために戦闘を一時グロックとシャーリーに任せ、ヴァナヘルトは体内の魔力に意識を集中させた。
とはいえそれほど長時間ではない。ほんの数秒で準備は整うのだが、その時間はこの戦いの中ではどうしても稼ぎにくいほど長かった。
「よし、二人とも離れ……ッ!?」
だがその数秒でヴァナヘルトは危機的な状況を目にする。
「ぐはぁっ!」
前に出て攻撃を捌こうと試みたグロックが猛烈な力で蹴り飛ばされ、鎧の重量があるにもかかわらず軽々と宙を舞い。
「こっち来るなぁ!」
自分を守る前衛がいなくなったシャーリーにリュビオスの魔手が迫ろうとしている。魔法での迎撃は彼の魔力を削るのに功を奏しているが、すぐに枯渇する様子はない。むしろその前にシャーリーが力尽きる方が早いだろう。
近接戦になればシャーリーはひとたまりもなく、もはや一刻の猶予もなかった。
「避けろよ、シャーリー!」
そう警告を出すと槍を肩に担ぐ。そして体をひねりつつ力を加えながら、その魔法を発動した。
「『神滅の雷槍』!」
魔力が解放される。魔道具でもある槍からはまばゆい光が発せられ、内側から壊れるように悲鳴をあげていた。
そのエネルギーを速度と貫通力、さらに周辺をも吹きとばす破壊力に変えて放つ。
かつて皇都を襲った魔物の大氾濫。そこでヴァナヘルトは似たような性質を持つトロール・ゲイザーをこの技で仕留めていた。ゆえにこの魔法、この技ならリュビオスと言えど倒せぬはずがない。
「神葬の風槍」が広範囲を殲滅する技なら、「神滅の雷槍」はその力を一転に集中させたものである。文字通りヴァナヘルトの最大の攻撃は、瞬きする間もなく瞬時に飛んでいく。
戦士として培った直感か、それとも魔物としての本能か。リュビオスは破壊をもたらす槍の存在に気づいたが――
「オッ」
その頃にはすでに首だけの存在となっていた。リュビオスの胴体はどこにもなく、首と同じように手と足の先端が空しく地面に散らばった。
遅れて、槍が着弾した方からとてつもない轟音が響き地面をえぐった。シャーリーはヴァナヘルトの祈りが通じたのか全力で逃げていたものの、それでも余波に巻き込まれほこりまみれで転がっていた。




