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第126話 開戦

「落ち着いてください! 相手はゴブリンです。私たちが負ける相手ではありません」


 突如湧き出した大量のゴブリンに囲まれながらリアンやアストラ、「雷光の槍」の三人に騎士たちは的確に敵を排していく。

 戦いにおいて数が重要であることは改めて言うまでもないことだが、それでもさすがにDランクのゴブリンでは彼らの前に数秒も持ち堪えることはできない。周囲への被害を顧みず魔法を使っていることも両者の差を決定づける要因となっていた。



 人魔の集落だと思っていた場所がゴブリンの集落であったという事実は、あの冷静沈着なリアンに大きな衝撃を与えるほどのものだった。

 結果だけ見ればまんまと人魔にしてやられたというところだろうが、この魔窟に低ランクのゴブリンが巣くっているはずがないという思い込みのせいでこの可能性に思い至らなかったのだ。


 同族で集まって集落をつくる魔物は珍しくないどころかむしろ一般的だ。ゴブリンを始め、オーク、コボルトなど有名な魔物は群れで生きるのがほとんどだ。

 その中でこの規模の集落にまで発展するとなると、まず確実にその種族を統べる王がいる。今回の場合で言うとAランクの魔物、ゴブリンキングだ。



「統率者を探してください! 間違いなくどこかにいるはずです!」


 そう指示を飛ばすも絶えず迫りくるゴブリンに、彼らは身動きをとることができない。家屋の中からはもちろん、地面やゴミ溜めの中からも次々と湧き出してくる。

 そのすべてがグロックに存在を気取らせなかったのだから舌を巻かざるを得ない。


 なぜゴブリンたちが身を隠していたのか――それについて考える時間は今はない。


「ちっ、どんだけ出て来るんだ、こいつらは! ボスどころじゃねえぞ!」

「私の「炎爆(ボム)」に怯えもしない! どっちかが死ぬまで続くよ、これ!」


 ヴァナヘルトとアストラが苦しげに叫びをあげる。四方をゴブリンに囲まれるこの状況は彼らと言えど少なからぬ精神的負担を強いられる。


 仲間の消耗が激しいことを感知したリアンはすぐさま決断を下す。


「ディラード殿たちに救援を要請します! 外と中、両方から崩しましょう!」


 そう言って合図の魔法を上空に放とうとしたそのとき――山頂付近から轟音が鳴り響き彼らの視線を集めた。


「こ、今度は何!?」


 不測の事態はもうたくさんだと言わんばかりにシャーリーがわめく。


 轟音はまるで大きな崩落が起きたようなもので、しばらくその名残が響き続ける。

 しかし空白も一瞬、次いで――



「――――――――!!!」



 遠吠えが空にこだました。

 完全なる復活を証明するように。

 自分の存在を世界に知らしめるように。


 巨大な黒い影が飛び出したかと思うと、ひとつ跳び、ふたつ跳び――


「た、退避ーー!!」


 岩を足場にその影は三歩目で大跳躍を見せた。着地点に定められたリアンたちの頭上から、巨大な塊が迫りくる。


 さすがのリアンやヴァナヘルトでもこれを無傷で撃退することは不可能だ。よしんばそれが叶ったとして、その死体に押し潰されるのが関の山だろう。


 ゆえに逃げる、逃げる、逃げる。少しでも遠くへ。

 落ちて来る隕石から逃れるように、「勇者」とSランク冒険者、その同行者たちは敵に背中を晒した。


 ――しかし、ここでも予想外なことが起きる。


「ギッ!」

「なっ!?」

「は、離せ! 離してくれ!」


 同じ脅威にさらされているはずのゴブリンはあろうことか彼らの逃走を全力で妨害してきたのだ。

 道を塞ぎ、隙を見せたものの背中に張り付いて地面に押し倒す。その背中にさらに別のゴブリンが積み重なり、二人の騎士の姿が埋もれて見えなくなった。


「くっ、今助け……!」

「手遅れだ! お前まで死ぬつもりか!」


 救出に動こうとしたリアンをヴァナヘルトが口で制する。実際今から二人を助け、それから安全な場所まで逃げる時間はなかった。


 壁を作るゴブリンを吹きとばしながらヴァナヘルトは警戒を促す。


「走れ、走れ! ありゃあバケモノだ!」


 ちらりと一瞬目にしただけだが、それだけで十分だった。

 冒険者として培ってきた勘が全力で警鐘を鳴らしている。


 長いようで短い時間が過ぎ、やがて――


「ぐっ、おおおおっ!!」


 凄まじい衝撃が背後から襲ってきて彼らを吹きとばす。数多ものゴブリンも風に舞うほこりのように飛ばされていた。

 先ほどは遠雷のように聞こえた轟音が、今はすぐそばで聞こえている。


 地面を転がり続けてようやく止まった時、顔を上げたヴァナヘルトの表情はこれ以上ないほどにひきつった。



 先ほどまであった集落は影も形もない。軽い素材でできていた建物は今の衝撃で全て吹き飛んでしまっていた。


 遠心上に破壊の跡が見られる中、中心に居座っていたのはまさしく王者の風格を持つにふさわしい魔物だった。

 灰色の毛並みをした巨大な狼。その種族名はヴァナヘルトでも記憶に残っていない。


 しかしそれ以上に、その狼の魔物の頭の上に立つ女性。彼女の存在が他のあらゆる疑問を上から塗り潰していた。

 風に黒髪をたなびかせる妙齢の女性。一見美しいよう人間の女性に思えるが、両頬を伝う黒い涙が彼女の正体を如実に語っている。


 彼女はすべてを身下ろしながら、口を開いた。


「「勇者」、「聖騎士」、「魔導士」、そして「聖女」。わたしたちの平穏を脅かす存在よ。今日こそ長きにわたる戦いを終わらせましょう」


 名前を聞くまでもなく全員が女性に同じ記号を当てはめた。

 伝承通りの黒髪。圧倒的な存在感。そして魔物を従える姿。


 これが、あの「嘆きの魔女」なのだと――。


「久しぶりのごちそうですよ、コロ。すべて平らげてしまいなさい」


 親しげに呼びかけられた推定Aランクオーバーの魔物は、「魔女」の言葉に従って勢いよく跳び出した。

 狙いは聖剣をもつ「勇者」、リアン・エストレッチェ。



 戦いは有利な状況を用意した「魔女」側に軍配を傾けて始まった。









「グロック! シャーリー! ぼさっとしてねえでさっさと起きやがれ!」


 ヴァナヘルトは仲間に向けてそう叫び、自らはリアンを援護すべく駆け出した。


 予想外の出来事の連続で状況は最悪だ。叶うならば一度逃げ延びて態勢を整えたいとすら思う。

 しかし戦いの火ぶたはすでに切って下ろされ、「魔女」と魔物に狙われたリアンは攻撃を凌ぐことしかできない。

 最悪の事態になる前に救援に向かわなければ――そう焦燥を募らせて激しい戦いの場へと身を投じようとする。


「お前の相手はこの私だ」

「……ッ、てめえ……!」


 しかしそれを許す人魔ではない。

 足止めとして現れたのは漆黒の肌を持つ鬼。


「リュビオスとか言ったか……どかねえなら無理やりどかすまでだ」

「やってみろ、若造。お前の槍が奥方様に届くことはない」


 上から目線に語るリュビオスだが油断は一切ない。その達人めいた雰囲気から簡単にはいかないことをヴァナヘルトは悟る。


 しかし内心ではそれでもいいと思っていた。なぜならリュビオスは敵勢力の中でかなり強いという想定がされており、それを自分ひとりで抑えられるなら間違いなく味方にとって有利に働くからだ。

 さきほどの衝撃で騎士二人は血だまりに倒れ、すでにこと切れていた。視線の奥ではアストラが複数の人魔を相手取っており、あちらも苦戦をしているようだった。

 状況は最悪だが、後方には残り半数が無傷の状態で控えている。この戦闘音なら近く駆けつけてくれることは確実であり、そこまで凌ぎきることが今の目標と言えよう。


 しかしリュビオスはヴァナヘルトの内心を見透かしたようにせせら笑いを浮かべる。


「時間稼ぎは無駄だと言っておこう。伏兵のつもりかは知らんが、外にいる方にも手勢は向けてある」

「このッ、やろう……!」

「「聖女」に出てこられては面倒だからな。先に手は打たせてもらった」


(くそっ! 下に見すぎたか!)


 それが精神的不利を悟らせるものであっても、ヴァナヘルトは渋面をつくるのを抑えきれなかった。


 何もかもにおいて先手を取られ今更ながら後悔が押し寄せる。相手は人魔、されど魔物。そんな意識が全員の頭の中から抜けきっていなかったのだ。それは今戦っている者だけでなく、討伐隊の編成を組んだ教皇メルフィスや皇都の面々にも言えることだった。


 これは断じて魔物の討伐ではない。人と人が知性を持って戦う、いわば戦争だ。

 その想定をしていなかった人員は何もかもが足りていない。情報に人員、人を相手にした際の策略も、すべてが足りない。

 個々の技量の質で何とか補ってはいるものの、そんなものは小さな綻びから脆く崩れ去ってしまう。


 そしてリュビオスは「聖女」を狙っていると言った。フィリアは一行の要であると同時に、明確な弱点でもある。

 彼女が失われた時、もはや覆し得ない敗北が決定するだろう。


 挽回の手立てを探るヴァナヘルトの耳に、ようやく追いついたグロックからさらなる悪い知らせが入ってきた。


「……ヴァナヘルト、集落の外にゴブリンが大挙して向かっている。その先には……!」


 聞かずともわかる。ゴブリンの目的は後方部隊を足止めし、殺し尽すことだ。


「ヴァナ、どうするの!?」


 同じく近くに来たシャーリーが判断を仰ぐ。妹分のように思っているカナリアやルーに危機が迫っていると知って彼女も不安でたまらないのだろう。


 ヴァナヘルトはリーダーとして二人に宣言する。


「……俺様たちでリュビオスを速攻で仕留める。その後他のやつらを助けに行くぞ!」


(持ち堪えろよ……! お坊ちゃん……いや、アルバート!)


 ほとんど初めて彼はその名を呼んだ。これまではなんとなく認めることが(しゃく)だったのだ。

 しかし青臭かったあの青年が短期間に成長を重ね、自分にも手を伸ばそうとしているのを見て認識を改めざるを得ない。

 ヴァナヘルトはアルバートを、背中を預けるに足る男だと認めた。


 ならば後ろは気にしない。自分がやるべきことに集中するだけだ。

 この世で最も信頼する仲間と共に。


「――行くぜ!」




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