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第124話 夜明け

お待たせしました。


 人魔の襲撃を退けた後リアン達は一度態勢を立て直し、これまで以上の慎重を喫しながら「嘆きの跡地」の奥へと進んでいた。


 進むべき方向は自ずと定まっている。撤退した人魔が通ったとみられる痕跡がそこここに見られ、「魔女」討伐を掲げる彼らの明確な道標となっているからだ。

 もちろん罠の可能性は拭いきれないが、そこはグロックならば早期に発見できると踏んでいる。奇襲を見破った彼の技量はもはや疑うまでもない。


(人魔……リュビオスにトーマもいた。今度こそ本気で戦うことになるだろう)


 アルバートは先の戦いを思い返しながら思考する。

 あの奇襲は互いに小手調べのようなものだったのだろう。リュビオスは明らかに本気ではなかったし、他の人魔も何としてでもこちらを殺そうとするような気迫に欠けていたように思われた。


 人間側が人魔について知らないように、人魔もこちらのことを知らない。あの奇襲で勝てたなら御の字で、戦力の分析を戦略目標にしていてもおかしくはない。

 少なくともあの戦いにおいてリアン、ディラード、アストラはそれぞれの魔道具の機能を使っている。特にアストラは魔法の系統と戦い方も知られてしまっただろう。

 対してこちらは断片的な情報しか得られていない。リュビオスが武器として丸太を使っていたのも本当の力を見せないためか。


 ならば今度こそ得た情報を活用した本当の戦いが始まるはずだ。


(イオを知っているとすればあの二人。あの時ダメ元でも聞いておくべきだったか)


 イオをどこにやったのか。それを明らかにできるかどうかで今後の対応も変わってくる。

 救出は前提として、「魔女」の本拠地にいるのなら大技を使うことはできない。最悪の場合は人質に取られる可能性もある。


 ここに至ってイオが本当は捕まっていなかったというのもあり得ないことではないが、その場合はむしろ憂いがなくなるというもの。あとは「魔女」を倒すことに全力を捧げればいい。

 そんな都合の良い話は期待するだけ無駄だとアルバートは思っているが。


(護衛の立場を考えるとあそこで目立つことはできなかった。フィリアさんに危険を及ばせるわけにはいかない)


 フィリアは彼らにとって重要な生命線であり、彼女の喪失は事実的な敗北につながる。そういった考えを抜きにしても、イオを介した友人としてフィリアを危険な状況に置くことはできなかった。

 とはいえ最後にリュビオスがフィリアを狙ったことから、彼女が戦略上重要な人物であり、同時に弱点でもあることは外から見て丸わかりだったのだろうが。



 アルバートはふとすぐ傍のフィリアに目を向ける。

 額に汗をにじませ、やや短い間隔で呼吸しつつも決して弱音を吐かない「聖女」。傾斜のある険しい道のりは彼女の細い足には負担が大きく、戦っておらずとも相当つらいと思われる。

 いや、間違いなく彼女も戦っているのだ。厳しい環境、内に潜む恐怖、そして肩にかかる期待と責任に負けないようにと、必死に踏ん張り前を向き続けているのだ。

 アルバートは感覚的にその目の先に誰がいるのか理解していた。



 恵まれない環境にありながらも決して折れない。

 強大な敵を前にしても恐怖を手なずけ、生き残る方法を模索する。

 過分な評価を嫌いながらも、責任をもって期待には応える。



 そう、フィリアにとってイオは憧れであり、目指すべき理想像なのだ。

 幼少期はその背中に守られ、あの事件以降は離れ行く背中を必死に追っていた。見失ったとしても暗闇の中で手を伸ばし、歩みを止めることはなかった。



 ただの疲労でイオ(あの人)はへこたれない。

 怖いと思う暇があったらもっと別のことを考えろとイオ(あの人)は言うはずだ。

 自分で背負った期待や責任くらいで根をあげてしまえば、イオ(あの人)には追い付けない――。



 およそ素人には耐え切れない過酷な戦いにフィリアがついていけているのは、そんな芯の通った強い思いが根底にあるからだ。

 今もがんばる彼女へ向けて、アルバートは心の中で励ましの言葉をおくる。


 ――もうすぐ、もうすぐだ。イオを助けてみんなで帰ろう。


「……集落と思える多数の建築物と、それらを囲む柵を遠方に発見!」

「少し後ろに戻ってください。これより「魔女」及び人魔を討伐するための本格的な作戦に移行します」


 戦いの時は、すぐ近くまで迫っている。






 ♢ ♢ ♢






「奥方様、報告いたします。奴らは偽の(、、)集落の手前で夜を過ごすようです」

「誘導にはうまく乗ったということですね?」

「抜かりはありません」


 日が落ちた後、リュビオスは「嘆きの魔女」にそのような報告をしていた。


「それでは明日、ということですね」

「はい。おそらく夜明けには攻めてくることになろうかと」


 敵を攻めるにあたって最も有効な時間帯を考えるとその推測は間違っていない。夜の闇に紛れて接近し、空が白み始めると同時に一気に乗り込んでくるだろう。

 夜明けは守る側にとって気の緩みやすい時間でもある。迎撃の準備を整えるのもすぐにとはいかず、もたつけばそれだけ打撃を受けることになる。


 もっとも、それらはすべて相手に気づかれていなければの話であるが。

 人魔にとって自らの拠点である「嘆きの跡地」において、彼らが侵入者の接近に気づかぬはずがない。それ以前に人間をここまで誘導したのも人魔なのだ。

 今のところ、すべては人魔にとって都合よく進んできた。


「敵戦力の情報は共有できていますね?」

「そちらも問題はございません。「勇者」の聖剣、「魔導士」の外套、「聖騎士」の楯は我らが知るものと同じでした。「聖女」の杖も、見たところ同様かと。ただこちらは使い手がいかにも非戦闘員でして、大袈裟に周りを囲う人間共を躱せば排除は容易と言えましょう」


 リュビオスは一度の戦いで「勇者」一行の弱点を的確に見抜いていた。フィリアが「聖女」であり、戦いの素人だということも一目見るだけで看破した。

 彼の考えでは「聖女」は敵の弱点であると同時に初めに除かなければならない対象である。それは彼女のもつ能力を考えれば明々白々だろう。


 ゆえに「魔女」も首肯してリュビオスに同意した。


「「聖女」がいなくなれば、いかに「勇者」と言えど限界ができますからね。……その点クルセリアは厄介でした。彼女のせいで何度アーキスの復活を許したことか……」

「……奥方様、失礼ながらなぜ今彼奴等のことを?」

「なぜでしょうね。少し懐かしく思えたのです」


「魔女」は自らの過去に思いを馳せた。彼女からすればほんの少し前のことでしかないのに、世界からすると遥か五〇〇年も昔の出来事なのだ。


 まだ互いをよく知らなかった頃、「勇者」アーキスは何度も「魔女」の道を阻んだ。彼に付き従う「聖騎士」ピレイ、「魔導士」システィベード、そして「聖女」クルセリアと共に。

 それは一歩踏み間違えればどちらかが消える激しい戦いだったが、同時に両者が互いを理解する大切な儀式でもあった。


 そしてついに分かり合えた時、身内以外で初めて理解者ができたことにどれほどの喜びを得たことか。

 そんな彼らに裏切られたと気づいた時、どれほどの絶望を感じ、この厳しすぎる世界を恨んだことか。


 人魔の多くが人間不信に陥ったのも仕方のないことだろう。

 リュビオスが主君に向けて忌々しげに眉を顰めたのは、彼ほどの男であっても胸の内に渦巻く怒りを殺しきれないからだ。


「……奥方様、お分かりかと存じますが、奴らに情けをかけようなどと考えませぬよう。間違いなく反発が起きます。

 加えて今の「勇者」は、あれと違って私情に心を揺らすような男ではございません。あの者は端から我々を、ひいては奥方様を弑すためだけにここへ踏み込んできております。たとえどのような弁明をしようともあの者がそれを聞き入れることはありません」


 リュビオスは強い口調で言い切った。前半は彼の感情的な理由だが、後半は思い込みでもなんでもない。

 実際に「魔女」討伐を使命とするリアンはたとえ命乞いをされようともそれに耳を貸すことはないだろう。なぜなら彼にとって人魔とは、人に仇為す『魔物』なのだから――。


「……分かっています。同じ過ちを犯すつもりはありません」


 そう言いつつも「魔女」は「勇者」と手を取ったことが本当に間違いだったのだろうかと自問する。

 結果としては間違っていたのだろう。彼女達は信頼していた彼らに裏切られ、封印を経て五〇〇年もの長き時を眠り続けることになったのだから。


 しかしその真意を知ってしまった今、本気で「勇者」を恨むことが「魔女」にはできない。彼は彼なりに幸せな未来を実現させようとしてくれたのだ。償いとして自らの命とその先の人生を犠牲にして。

 その結果が芳しいものではなかったからといって、どうして憎しみを持ち続けることができるだろうか。彼らもまた、ままならぬ世界という大波に呑み込まれた被害者であるというのに。


 だがそうなると「魔女」は、人魔は、無属性は、いったい何を恨めばいいのだろうか――。


(……あの記録は、伝えるべきではありませんね)


「同調」せずともリュビオスの憤然とした感情はひしひしと伝わってくる。「魔女」は初代「勇者」の真意を秘することに決めた。

 良くも悪くも今の人魔達の原動力となっているのは人間への恨みなのだ。ましてやそれが自分たちを騙した者の称号を引き継ぐ人間であれば、血祭りにあげようなどと考えていてもおかしくはない。

 ここでそんな彼らを動揺させるような事実を告げてしまえば士気に関わる。そのことが分からない「魔女」ではなかった。



「すみません、話が逸れました。「聖女」をどう排除するか、でしたね」

「はい。敵の守りも厚いことが予想されるので、可能なら私かトーマにと思っているのですが……」

「それについては適役がいます」

「適役、ですか」


「魔女」の言葉にリュビオスは疑問を浮かべる。国家でいう将軍のような立場にある彼だが、他に有効な策や人員を見落としているとは思えなかったのだ。

 だがややあって、ある可能性に思い至り口元を歓喜に歪める。


「概ねあなたの思っている通りです、リュビオス。()が力を貸してくれます」

「おお、おお……! ついに心を決めましたか! いやはや、一時はどうなるものかと思いましたが……」



 この後二人は入念に作戦を確認し、時間はすぎていった。












 そして。



 ついに夜が明ける――。






 ♢ ♢ ♢






 やや長く伸びてぼさぼさになった紺色の髪の少年は、徐々に明るくなっていく空を眺めていた。


 これから二つの勢力が互いを潰し合う、真実を知る者からすれば虚しいだけの戦いが始まるというのに、皮肉なほどにその夜明けの空は美しかった。



 人々にとって空、すなわち『天』は特別な意味を持つ。言うまでもなく「女神教」の掲げる文言にその旨が記されているからだ。


『天が誰のものでもないように、人は皆平等で何者にも束縛されない』


 これはその「女神教」の教義であるとともに、初めて会った時に「嘆きの魔女」が口にした言葉でもあった。


 なぜ彼女はこのようなことを言ったのか? 五〇〇年前、「女神教」はまだできたばかりで人々の認知度は低かったはずだ。

「魔女」は目覚めてからも封印によりこの地を離れることができなかった。よって彼女が直接「女神教」について見聞きすることもできない。

 仮にリュビオスか誰かに聞いていたとしても、それをわざわざあの時イオに言う必要があっただろうか。


 この謎に答える鍵は、初代の「勇者」が残した記録の中にあった。


『――まずクルセリアは新たな宗教を開く。ピレイはこの地に新たな国をつくり、君達の居場所を守る。システィベードは冒険者ギルドというのを……』


「女神教」を開宗したのは、初代「聖女」クルセリア。教義を掲げたのも同じく彼女である。

 しかし、クルセリアは自分が「天の女神」ではないと明言している。誉れある偉業を成し遂げ、十分に人々を導く素質や実績を持っていたにもかかわらず、だ。


 しかし初代「聖女」が「嘆きの魔女」と親交を持ち、さらに「女神教」の目的が人間と人魔の共存なのだとしたら、すべての疑問が解消される。



 ――すべては逆だったのだ。


「女神教」の教義。あれを初めに口にしたのは「嘆きの魔女」。

 初代「聖女」は後に開宗した際、それを教義として取り入れた。



 つまり、「女神教」が崇める「天の女神」と、人類の宿敵たる「嘆きの魔女」。

 その両者は同一人物であるわけで――。



「……くだらない」


 少年、イオは小さく呟いた。


 この戦いはひとつの宗教内における、世界を巻き込んだ内輪争いに他ならないのだ。

 それも「勇者」は「女神教」の教皇の命令に従って、崇め奉る対象である「天の女神」を討とうとしている。

 まさに今の状況は、イオが口にした「くだらない」という一言に集約されていた。


 しかしその渦中にいる身としてはそうも言っていられない。イオにも任された役割があり、果たさなければならない目的があるのだから。


「最後の夜明けも見収めた。……行くぞ」


 誰もいない周辺に向かってそう呼びかけると、どこからか薄い霧のようなものが現れて女性の姿を形作る。


 亡霊を付き従わせたイオの左頬には、目から首元にかけて涙の軌跡のような黒いひび割れがあった。







次の更新も遅れる可能性大です。

(最長でも一週間は空けません)


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