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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第一章 生まれの地からの逃避
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第13話 現実

「じゃあ皆の使う武器と魔法を言っていこうか」


 パーティー名をどうするかで一騒ぎした後、アルバートはようやく実益のあることを言った。

 ちなみにパーティー名は「黄金の騎士団」とか「輝く剣閃」など、カナリアによってアルバートにちなんだものがつけられようとしていたところをアルバート自身が顔を引きつらせて反対したため保留ということになった。


 イオたちの前に置かれていたパイはもうなく、今4人は追加で頼んだ紅茶を飲みながら会議を続けていた。

 そこで先の言葉である。


「まず俺は剣を使う。魔法の属性は火で、近接・遠距離どっちもいけるけど近接の方が得意だ」


 アルバートは典型的な剣士と言ったところか。確かに彼の普段の姿勢などからも剣士として、もしくは騎士としての訓練を積んでいることは一目でわかる。使う剣もかなりの業物だろう。そして使う魔法の属性は火。すべての属性の中で一番殺傷能力が高いのが火属性だ。同じボール系の魔法でも、火と他のものでは全く違う。

 例えば土属性の「土球(アースボール)」は剣や盾で防ぐことができるが、火属性の「火球(ファイアボール)」は防いでも余波があるため迂闊に受け止めることができない。その分森や洞窟など使いにくい場所はあるが、一番攻撃力の高い属性はと問われればまず火属性があがるだろう。


 つまりアルバートは剣でも魔法でもかなりのレベルがあるということだ。

 カナリアたちもアルバートの強さがかなりのものだと理解したのか、続く声が遠慮がちだ。


「えーと、私は属性が風よ。武器は……使えません」

「私は水属性ですが、すみません、私も武器は使えません」


 カナリアとルーは魔法一筋でこれまでやって来たらしい。だが彼女たちが農村出身であることを考えれば、武器を持ったことがなくても仕方あるまい。2人はアルバートとの差に不甲斐なく感じている様子だが、アルバートは気にするなとばかりに手を振る。


「これから覚えるか、後衛専門になればいいだけだし大丈夫だよ。それでイオ、君は?」


 来た。避けられぬ展開にイオは心拍数が上がるのを感じた。

 果たして答えた後の3人の反応はどういうものなのか。場合によってはこの場でお別れという可能性もある。イオはあらゆる場合に備えて考えを巡らし、そして答えた。


「俺も剣を使いますが、独学です。属性は、無です」


 言ったとたんこの場が沈黙に襲われる。アルバートは気難し気な顔をしていて、カナリアは苦笑いで目をそらす。ルーはどう反応したらいいのか分からないようでおろおろしている。


(まあ、妥当なところだろう)


 この状況はイオの予想していたパターンの1つであったためイオ自身はそれほど動揺していない。体の細い無属性使い。一般的に見てこれほど役に立たない戦闘員はいないだろう。いや、純粋な労働力としても役立たずの烙印を押されるだろう。

 体格のない無属性の男など、無属性の女と同じで世間からは爪はじきに合う。イオの母のように。


 懐かしい背中を思い出してついイオは感傷に浸ってしまう。そしてそんな場合ではないと頭の外に追いやった。


 現実はこんなものだ。いくら逃げてもイオの本質は変わらない。生まれもった属性は変わらない。忘れていただけだ。場所が変わっても事が露見すればイオの居場所はなくなる。この世には根深い差別があるのだと。


 だがそれでもよかった。イオは自分が無属性であることを恨んだことはない。何の意味もない理屈ではあるが、母と同じ属性をもつということが、同じ苦労を負っているということが、母との確かな繋がりのように感じられて。


 いまだ沈黙を保ったままの3人を見てイオはこの場を立ち去ることを決意する。立ち上がり、言った。


「……すみません、やっぱり俺は抜けさせていただきます。代金はここに置いておくので」


 そう言ってイオは答えを待たず速足で店から出ていった。

 アルバートたちはそれを負うこともできず、暗い空気だけが残った。



 ♢ ♢ ♢



 店を出たイオはほとんど駆け足と言ってもいい速度で歩いていた。向かう先はイオの泊まっている宿屋だ。


(クアドラさんには悪いけど、やっぱり俺にパーティーなんて無理だな)


 ついイオは筋骨隆々の中年男の姿を思い浮かべる。Cランクに昇格する際に彼と約束していたのだ。いつかソロを止めると。


(調子に乗っていた。気をつけていたつもりだったけど、どこかで舞い上がっていたんだ)


 イオは自嘲する。クアドラや「雷光の槍」のようにイオを無属性と知っても認めてくれた人たちに出会えたことで、知らぬうちに思い上がっていたのだ。

 Cランクになって自分の価値が認められたような気がして。

 グロックのように無属性でも活躍できるような人がいると知って。

 成り行きに任せればうまくいくと現実を軽視していたのだ。忘れてはならない故郷での苦しみを忘れていたのだ。


 現実は残酷で、いつも通りだった。まじめで差別とは縁のないように思えたアルバートも、お気楽で楽観的なカナリアも、何気ない行動に優しさと思いやりがあったルーも、イオが無属性だと言った瞬間見る目が変わった。

 気まずそうに、腫れ物に触るようにイオをどう扱うか決めかねていた。


 イオも心の中では3人のことをおめでたい人たちなどと思っていた。しかし、そんな3人だからこそイオが無属性だと分かっても態度が変わらないのではと、どこかで何の根拠もなく期待してたのだ。


 今イオは何の冗談でもなく消えてしまいたい気分だった。何か取り返しのつかないようなことをしてしまって、後悔と嫌悪感でいっぱいになる、そんな気分。

 イオは今その気持ちに従って動いている。


 たどり着いた宿屋の扉を開けた。


「いらっしゃいませー、ってイオさん?」


 そこにいたのはこの宿屋の主人の娘だった。この宿に初めて来たとき接客してくれた人であり、それからも子供心に気安く話しかけてくれる彼女とはイオもそれなりに話す仲だった。


「お仕事行ったんじゃなかったんですか?」


 首をかしげて尋ねてくる彼女にイオは申し訳なさそうに言った。


「ごめん、急用ができて今日町を出ることになった」

「えっ、だってイオさんは、えーとまだ2日分代金が残ったままですよ?」

「ああ、急用だから。心配しなくても返せなんて言わないから」


 台帳を見て悲しそうにする彼女にイオは優しく言った。彼女はまだ何も知らない。イオを見る目は変わっていない。だからイオも心から申し訳なく思う。


「そうですか……。またこの町に来たときは泊まってくださいね」

「ああ、約束する」


 それでも彼女の切り替えが早いのは、これまで宿屋で働いてきて何度も出会いと別れを経験してきたからだろう。その淡白さが、今のイオには心地よかった。


 イオは自分の部屋に入り荷物をまとめる。といってもそれほどの量ではなく、余裕で肩に背負えられる。水や食料の補給はしていないが今はそれに費やす時間ももったいなく感じた。

 準備を終えたイオは鍵を返し、最後にもう一度主人の娘に別れの挨拶をして宿を後にした。


 向かうは西。イオが旅してきたイーストノット王国とは真逆。セントレスタ皇国の中心に向かう方角だった。






 ♢ ♢ ♢






 時は少し遡る。

 イオが突然店を出ていった後、残されたアルバート、カナリア、ルーの間には重い空気がのしかかっていた。


 それぞれが罪悪感を覚えていたため、誰も話し出そうとしない。

 それでも沈黙に耐えかねて声を出したのはカナリアだった。


「……あの、えー、……どうする?」


 それに反応したのはルーだった。


「どうするって……。どうします?」


 だがそれは何の意味もないやり取りだった。2人は答えを期待してアルバートの方を見るが、彼の顔は後悔に歪んだままだった。


(僕はなんであそこであんな顔を……。父上と同じにはならないって決めたのに……)


 そこにあるのは嫌悪感。嫌いな人物と同じ行動をとってしまったことへの怒り。植え付けられた価値観はそう簡単には変わらない。


 アルバートが反応しないのでカナリアとルーは勝手に話を進めていた。


「まあ……仕方ないよね。無属性なんだし。それにあんまり戦闘とか得意そうに見えなかったし」

「そう……だね。まだ15歳って言ってたから、もしかしたらまだ登録したばかりかもしれないしね」

「そうよね。できるなら今のうちに冒険者を止めた方がいいよ。命の危険もあるんだし」


 自分たちが格上だということを疑わずに上から目線な意見を述べる2人。そもそもそう誤解させるような態度をとっていたイオのせいというのもある。しかしいくら口でイオを心配するようなことを言っていてもその本質は自己の正当化だ。年下だから。体が細いから。弱そうだから。どんな理由を述べようともそこには無属性への隠しようのない偏見があった。同じパーティーになりたくないという本音が、向こうから抜けると言ってくれて安堵するような気持ちが漏れ出ていた。


「ね、アルバート。こうなったら新しいメンバー探しに行こう?今回は運が悪かったと思ってさ」

「……だめだ」

「まずは……え?」

「今ならまだ間に合う。イオに謝りに行こう」


 カナリアは始め何を言われたか分からなかった。そして理解が及ぶと戸惑ったように言った。


「謝るって……何を?」

「俺たちは彼に嫌な思いをさせてしまった。そのことを謝る」

「え、でも……」

「……」


 カナリアは納得がいかないようだ。だがルーは思い当たることがあったのだろう。何も言えない。


 2人の差はイオが属性を告白した後にイオの方を見ていたかどうかだ。カナリアは気まずさで目をそらしてしまったが、ルーは反応に困りおろおろとしていただけだったのでイオの表情が陰ったのをしっかり見ていた。

 そもそもルーは生来の気質から差別意識というものはそれほどない。だが、生まれ育った村で無属性を見下す風潮が残っており、それはカナリアにしっかりと根付いてしまった。幸いというべきか、村内に無属性はいなかったため誰かが被害にあったことはなかったが、ルーも初めて見る無属性を目の前にしてどう接したらいいのか迷ってしまったのだ。


「うーん、アルバートが優しいのは分かるけど。それよりも早くもう1人を探さないと依頼受けられないんじゃない?」


 カナリアは気乗りしないようだ。彼女にとってはむしろイオに対して危険がないように配慮したつもりである。


「ごめん、1人でも行く。それに連れ戻せばまた4人だ」

「え、でも、あの子見るからに戦えなさそうよ?」

「大丈夫、俺から見てイオはそれなりに戦えるように見えた。それにもし無理でもこれから鍛えればいい」

「鍛えるって言っても……あの子無属性でしょ?」

「無属性が弱いっていうのは間違いだ。やり方次第でどうとでもできる」

「それでも……」


 連れ戻そうとするアルバートと、それに反対するカナリア。このままでは平行線だ。そう思ったルーは思い切って自分の意見を口にした。


「あの! 私は賛成です。連れ戻すかどうかは関係なく謝るべきだと思います」


 これに驚いたのはカナリアだ。


「ちょっ……ルーさっきと言ってること違うじゃない」

「そうじゃないよ、カナリアちゃん。私はイオさんが危険な目に合うことは反対だけど、それは謝らなくていいってこととは別。だってあのときのイオさん、すごい悲しそうにしてたから」


 そう言われてはカナリアも強くは出られない。その様子を見たアルバートは頷いて立ち上がる。


「賛成多数だ。皆で謝りに行こう」

「……あーもう、わかったわよ。行けばいいんでしょ」


 基本自由なカナリアも窮地を助けられ好意をもった相手にここまで言われては反論できない。観念したように立ち上がった。


「これ、どうしますか?」


 ルーがテーブルの上に置かれた銀貨を指さして言う。イオが残していった代金だ。


「もちろん返そう。ここは俺のおごりだからね。それにいくらなんでももらいすぎだ」


 そう言ってアルバートは銀貨を手にとってポケットに入れた。


「行こう。まだそれほど遠くには行っていないはずだ」


 3人はイオの捜索を開始した。

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