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第122話 遭遇戦

 人が通った跡を見つけたと聞いて一部の人間がヴァナヘルトとグロックのもとへと向かう。


「どこですか?」

「……ここから、あちらへ向かって」


 リアンに訊ねられてグロックが奥の方を指し示す。人が通った痕跡というのは一行が進んでいた道と交差する形で続いていた。


 大型の魔物が巣くう山の中、人の足で踏まれた跡というのは分かってしまえば見間違えしようのないものであった。


「グロック殿、これはもしや……」

「……ええ、この道は定期的に使われている。おそらく人魔によって」

「じゃあここを通れば魔物には襲われないんじゃない?」


 グロックの返答を受けてアストラが気の逸った様子でそんなことを言う。

 何度も魔物に遭遇し、それなのに目的の「魔女」や人魔は尻尾すら出さない。ここで初めてそこにつながる手がかりを発見して喜びを隠せないのだ。


「かもしれねえ。だが、ここを通るということは人魔とかち合う可能性も高いってことだ。場合によっては罠、待ち伏せだってあり得る」

「それはむしろ望むところでしょ? この先に人魔がいるのなら私たちに行かないという選択肢はないのよ」


 注意を促すヴァナヘルトにもアストラは耳を貸そうとしない。危険があることは彼女にも先刻承知だ。

 しかしそれ以上に誉れ高い「魔導士」に選ばれたアストラとしては、なんとしても過去その称号を賜った先人たちに恥じない偉業を残したいと思っていた。初代の「勇者」一行に深く心酔している彼女の「魔女」討伐にかける意識は、他と違った形でまた高い。


 鼻につくアストラの言い様に眉根を寄せたヴァナヘルトだったが、機嫌を損ねる前にディラードが二人に割って入った。


「どちらの言うことも正しいでしょうなぁ。「魔女」につながる道なら無視することはできませんし、危険が高いのも事実。ならばより注意を払いながら進むというのでどうでしょう?」

「別に俺様もこの道を行くことに反対はしてねえよ。餌を得たように跳びつくなって言ってんだ」


 今度はアストラがむっとする番だった。


 ヴァナヘルトは何も好き好んで危険に飛び込みたいわけではない。リスクを冒すところとそうでないところをきちんと見極めているだけなのだ。そしてやる時には全力を注ぐ。

 ゆえにここで慎重論を唱えたのも無用なリスクを避けるためであり、決して人魔に臆したわけではない。



 結局、人魔の通った道に沿う形で一行は進むことになった。


 どこで待ち伏せされているか分からない。「感覚強化」を使うグロックはもちろんのこと、誰もが油断なく周囲に目を光らせている。


 その中心、守られる形で足を運ぶフィリアは不安を感じていた。


(……皆さん、余裕が少しなくなっています。厳しい戦いが続いているので仕方のないことなのでしょうけど……)


 目に見える衝突はない。そんな愚かな人物がここにいるはずがない。

 だが初日や二日目ではこんな些細なことを気にかけるようなことはなかった。やはり気の休まらぬ時間が続き精神が疲弊しているのだろう。


 リアンやディラードはいい。リアンは持ち前の冷静さを保ち続け、ディラードも最年長のどっしりとした気構えを崩さない。

 他の神殿騎士や皇国の騎士はもとより自分の意志を主張することがなく、忠実にそれぞれのトップに従っている。

 しかし特定の組織に所属しないアストラや縛られることを嫌うヴァナヘルトは違った。慣れない大人数での長期作戦に少しづつ鬱憤を溜めているのだ。


 フィリアの聖属性魔法に心を癒す力はない。できてもせいぜい疲労を軽減する程度だ。それも魔力の消費を考えれば道中ずっと使い続けることはできない。


(私がもっと役に立てたら……)


 そう思うもののフィリアにできることはない。戦うことがないとはいえ、疲れているのは彼女も同じなのだ。

 むしろフィリアが倒れてしまえばそのまま一行の生命線が失われることになる。彼女が無理をするのはだれも望んでいないことだった。


「フィリアさん、大丈夫?」


 考え込んでいると傍らのカナリアが声をかけてきた。フィリアは慌てて首を横に振る。


「は、はい、大丈夫です」

「本当に? つらかったらいつでも言ってね」


 カナリアは優しげな瞳で心配をのぞかせていた。よくフィリアが向けられる瞳だ。

 庇護の対象として、ただ守られるだけの存在として。何もする必要はないとその瞳が物語る。


「……申し訳ないんです」

「え?」

「後ろで守られているだけの私が、皆さんに心配をかけ続けるのは。命をかけて戦って、ずっと危険で大変なのは皆さんの方なのに」


 フィリアは弱い。それは変えようのない事実であって、それで守られることに不満はない。

 だが本当に大変な目に合っている人間を差し置いて、自分だけがより一層気にかけられるのはおかしいのではないか。そんな思いがフィリアの中に渦巻いていた。


 リアンやアストラ、アルバートにカナリア、そしてルーが問うのだ。大丈夫か、無理はしていないか、と。ただ守られ、歩いているだけの自分に。

 何度も魔物との戦いで矢面に立っているヴァナヘルト達や騎士を差し置いて。


 先の言葉はそんな胸の内を打ち明けるものだった。


「……耳が痛いわね」


 しかしカナリアは苦笑する。

 どういうことかと思っていると、小声でその意味が語られる。


「本当に申し訳ないのは私の方よ。力もないのにこの中に居続けて……」

「そんなことはありません。カナリアさんは私を守っていてくれています。皆さんのお世話もして……」

「ありがとう。でもね、それは私じゃなくてもできることなの。むしろ他の人の方がもっとうまくできる。私は戦力として数えられていないから……」


 もちろん直接言葉にする者はいない。そんな不和は崇高な目的の前では些事でしかない。

 だが目で問われることはある。ここへ何をしに来たのかと。その程度の実力でなぜここにいるのかと。

 そんな無言の問いに、カナリアはただ目を伏せ謝ることしかできない。


「きっとフィリアさんは皆に頼られているのよ。だから心配してくれる。それは悪いことなんかじゃないと思うわ」


 会話はそれで終わった。

 しかしフィリアはその後もカナリアの言ったことについて考え続けるのだった。






 ♢ ♢ ♢






 ――二夜明けて、出発から六日目。


 グロックやリアンの予想は見事に当たっていた。

 あれほど激しかった魔物からの襲撃はぴたりとなくなり、あったとしても群れではなくはぐれた個体によるものばかり。これは望んでやまない結果ではあったものの、あまりにも変化が極端だったため逆に不気味さを覚えるほどだった。


 ちなみにこの安全な道は魔物にとって、自分達よりも上位の存在である「孤狼」の領土とされている。リュビオスを始めとする人魔たちが「孤狼」の毛や糞をもってこの道を行き来し、臭いによって印しをつけたのだった。

 さらには一部の人魔はSランクの魔物であろうと退けられるだけの力を持つ。

「孤狼」に対するものと、人魔に対するもの。その両方があってこの道は守られているのだ。


 すでに一行は山の中腹を越えており、もういつ人魔と遭遇してもおかしくない状況にある。

 魔物との戦闘がなくなったため、彼らは初日のような精神的余裕を取り戻していた。




 日は傾きかけ、もうすぐ危険な夜が迫ってくる。今日の行程ももうすぐ終わると、張り詰められた緊張がほんのわずかに緩んだ、その時だった。


「敵襲!」


 索敵をしていたグロックが顔色を変え、声を張り上げた。その声の具合はこれまでの魔物に対するものとは明らかに違っている。


「どこから何がだ!」

「……前方広範囲、数は五。動きから人魔と予想する!」

「来やがったか!」


 この場にいる全員に緊張が走った。

 ついに、ついにこの時が来た。ここまでの長い道のりを経て、ようやく本当の戦いが始まるのだ。


「最大限の警戒を心がけてください! 敵は人魔。どんな狡猾な手を使ってくるか分かりません。深追いはせず、戦力の分析と撃退を目標とします!」


 リアンが指示を行き渡らせるのと木々の隙間から何かが飛んでくるのは同時だった。


「がっ!?」


 周りを固めていた騎士の一人が苦悶を上げ、転倒する。次いで、ごとりと何かが地面に落ちた。


「石……?」


 アルバートはそれを覗き見て首を傾げた。

 どこからどう見ても、飛んできたのは拳よりも少し大きめの石だった。


「ビビんじゃねえ! ただの投石だ!」


 ヴァナヘルトがそう叫びながら飛んできたもう一つの石を槍で弾き、そのまま手首を返して別の騎士を狙う石も防いだ。

 転倒した騎士も兜に守られ戦闘不能には至っていない。


 驚くほどの周到さと素早さ。動揺が早く収まったのはグロックが襲撃を先読みしていたからである。

 だが全員が落ち着きを取り戻すまでの間に人魔はすぐそこまで迫っていた。


 ローブで正体を隠した人影が躍り出る。その手には、巨大な大剣が握られていた。


「……ぬっ、おおっ!?」


 人魔と交錯したのはグロックだった。グロックは楯で大剣を受け止めたが、なんとその重さを受け止めきれずに鎧を着こんだ巨体が弾かれた。

 倒れ込んだグロックが後ろにいた者とぶつかり大きく体勢を崩す。


 しかし人魔はこの絶好の機会に攻め込まなかった。逆に一歩下がって身を離す。

 一瞬の後にその空間を貫く鋭い突きが放たれた。


「チッ……」


 ヴァナヘルトは舌打ちをして槍を引き戻す。


 相対しているのは彼らだけではない。全員で四体の人魔がローブ姿で現れ、それぞれ別の方向から攻撃を加えていた。


「う、おおお!」


 自分を奮い立たせるように剣をふっているのはフィリアの護衛でもある冒険者。

 彼を初めとして人魔を初めて見た者は、そのあまりにも人間然とした出で立ちに戸惑いを覚えずにはいられなかった。


 人魔は全員ローブ姿というのは共通だが、武器を持っているのはグロックに襲い掛かった個体だけ。そのほかは素手なのだが、そのどれもが手から腕にかけて異様な形をしている。

 鱗が生えた者、鋭い爪が伸びた者。血管が浮き出たような黒い筋は人魔のもつ明白な特徴だ。


 それを見てようやく戸惑いは消え、代わりに人類の敵を倒さねばならないという使命感が燃え上がる。剣筋は冴え、魔法も加えた油断のない攻めに転じようとした時、警戒を促すグロックの声が響いた。


「気をつけろ! もう一体いる!」


 初めにグロックが告げた人魔の人数は五体。

 今ここに居るのは四体。

 満を持して残りの一体が表れた。


「でかい……!」

「オーガか!?」


 漆黒の皮膚に人の身を越える巨体。

 その両腕には――これまた巨大な丸太、占めて三本。


「出やがったか!」

「あれは……!」


 ヴァナヘルトとアルバートは同時にある人魔を想起した。

 リュビオスという名の、強敵の名前を。


「ウオォォォォオオ!!」


 想像もつかない腕力により、雄たけびと共に一緒くたに振り下ろされようとする丸太。

 一斉にその場を離れる人魔たち。


「避けっ……!」


 回避を指示する誰かの声は轟音によってかき消された。



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