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第118話 作戦の開始

 おそらくこれから歴史に名を刻むことになるであろう旅立ちの朝。


 出発の際に特に何か催すことはなかったが、どこから聞きつけたのか「勇者」一行を見送りにきた人々はたくさんいた。


 歴史の証人になることを喜ぶ人。

 憧れの眼差しをおくる人。

 純粋に勝利と平和を願う人。


 胸に抱く思いはそれぞれ違う。


 そんな様子を見てアルバートは思った。


 ――自分はどれほどの期待を背負っているのだろうか。


 もちろん自分が主役でないことは分かっている。

 彼らが真に声を届けようとしている相手は自国の英雄である「聖騎士」であったり、強烈な魔法の力を誇る「魔導士」であったり、名がそのまま体を表す「聖女」であったり、そしてなにより人類の希望である「勇者」なのだ。


 この中ではアルバートであっても脇役、あるいは引き立て役でしかない。

 いつもは注目を集めやすい容姿の彼だが今はそれも圧倒的な輝きに隠れてしまっていた。


 だがそれでも、こうして大勢の人の声援を聞いていると否応なく感じてしまう。


 私的な目的のためにこの立場を利用している自分の卑しさを。

 他と並び立つ力がないかもしれないのに同じ舞台に立つことへの不安を。


(……いや、俺は決めたんだ。必ずイオを助け出すと。そのためなら形振り構ってなんかいられないし、その上で結果を出せばいいだけのこと。フィリアさんを守り抜いて、イオも救う。全部成功させるだけだ)


 正面の魔境と、背後の声援。

 その二つに挟まれて委縮しそうになった心をアルバートは奮い立たせた。


「勝ってこいよ! 『神獣使い』!」


 そのとき、人の海の中から間違いなくアルバートに向けた声が聞こえる。


 はっとして目を向けるもそこからでは判別がつかない。


「『神獣使い』、お前ならやれる!」

「あの魔法を見せつけてこい!」


 それでもちらほらと耳に入る声援。

 声の元をたどったアルバートはそこに見知った冒険者の男を見た。


 十日前に起きたばかりのあの魔物との戦いでアルバートの雄姿は多くの冒険者たちの目に残っていた。


 火の粉をまき散らし煌々とした赤光を放つ獣。

 高等魔法に分類されるその魔法生物を三体も同時に使役したアルバートを、彼らが見逃すことは決してなかった。


 声は声を呼び、やがて冒険者を中心にアルバートを応援する声は広がっていく。

 それは決して大きなものではなかったが、この場にいる大半の人間の耳に『神獣使い』の名は残った。


 高ランクの冒険者に与えられる異名。それはギルド側が与えられるわけでもないただの通称であり、それ自体に特別な効力はない。

 だからこそ大勢の人々に知れ渡った異名は一種の権威ともなる。



 この日、新たな異名持ちがここに生まれた。


 アルバートは力強く握った拳を高々と掲げて声援に応える。

 個人的な目的があるからなんだ。これは自分で望み、選び取った道なのだ。

 ならば責任を果たし、期待に応えるのが筋というもの。かつてのように投げ出すことは許されない。


 誰しもが様々な思いを抱く中、アルバートは万感の思いを胸に込めてただ目指す場所を見据えていた。






 ♢ ♢ ♢






 そんなアルバートにとって劇的な出発を経て数時間。


 一行はすでに「嘆きの跡地」へと踏み込んでいた。


 木々に囲まれた緩やかな傾斜の一本道。

 彼らは隊列を組み、細心の注意を払って進む。


 人数は合計で二十二人。

 編成は中心の四人に、十人の騎士。そして残りは冒険者というものだった。


「ずいぶんと魔物が大人しいじゃねえか」

「……先の大氾濫で減ったのだろう」

「おかげで進みやすいぜ」


 先頭を行くのは「雷光の槍」のヴァナヘルトとグロック。

 もとよりこのパーティーは戦力として以上に「嘆きの跡地」の案内をする役を担っている。


 案内と言ってもそれほど難しいものではない。そもそもここには人が踏み固めてできた一本道があるだけで、分岐点があるわけではない。

 道を外れればヴァナヘルトとて現在の位置情報を知ることは困難だ。


 それに道があるのも途中まで。

 序盤を越えれば道なき道を切り開いて進むことになる。おおよそのルートは決められているとはいえ、この先何が起きるかは分からない。


 それでも何度となくこの地で討伐依頼を受けてきたパーティーがいるのといないのとでは安心感が大きく違う。

 事実、彼らを先頭にした進行は今のところ順調だった。


「フィリアさん、疲れはありませんか?」

「そんなに心配しなくても、まだまだ大丈夫ですよ」


 ルーがフィリアを案じて声をかけるも、フィリアはやんわりと首を横に振った。


 ほんの一年ほど前まで彼女は戦いとは無縁の少女であり、当時は戦闘の知識どころか基礎体力すら身に付けていなかった。

 だがそれも長い旅を経て改善されている。今のフィリアは体力はもちろんのこと、どんな環境でもやっていけるだけのたくましさも持ち合わせていた。

 真面目な彼女は自ら望んで訓練もしてきたので、その可憐な見た目ほど弱いということはない。


 だがそれも付け焼刃程度のものでしかない。あくまで進行のペースを妨げないというだけであって、人魔に手も足も出ないことは百も承知だ。

 だからこそ傍に「不死鳥(フェニックス)の翼」他、護衛のための二人の冒険者がついているのだ。


「この先に最終休憩地点があります。そこで一度足を休めましょう」


 全体の指揮をとるリアンが指示を出した。


 どのように進むかはあらかじめ決められているため、ここで反対する者はいない。

 予定よりも早い到着だが、それは想定以上に魔物が出現しなかったためである。


 そのため休憩地点に着いた一行はまだまだ気力に満ち溢れ、疲れを見せる様子はなかった。


「ここで昼食とします。準備と警戒は決めた通りに」


 再び指示を受けて彼らは一斉に動き出した。


 この場所は騎士や冒険者によってつくられた道の最終地点である。

 ここからはきちんとした道はなく、草木をかき分けて進まなくてはならない。


 見通しがいいのもここまでで、ここから先は一切気の休まらない時間が続くことになる。

 人魔たちも襲撃するならここではなく、もっと入り組んだ場所で仕掛けて来るであろうことは予想できた。


「アルバートさん、濡らしたタオルをどうぞ」

「ああ、ありがとう」


 ルーが甲斐甲斐しく魔法で濡らした布を配っていく。

 少し離れたところではカナリアが簡単な食事の準備をしていた。


 この中で圧倒的に実力が劣るカナリアとルー。異例の抜擢と言えるこの二人だが、任された仕事は護衛とは別にあった。

 それはすなわち、侵攻作戦を快適に行えるようにするためのサポートである。より限定的に言えば、フィリアの侍女のようなものであった。


 フィリアはこれまでずっとクレシュに支えられてきた旅をしてきた。だがここでその助けがなくなると支障をきたすかもしれない。

 そこで考えられたのが、いざという時には護衛にもなれる世話役だった。


 カナリアとルーにそういった教養はなかったが、本人たちの強い希望もあって数日みっちりとクレシュに扱かれている。そのため最低限の仕事はこなせるようになったのだが、彼女達はそれで終わらなかった。


 戦闘で貢献できないなら、それ以外で。二人は野営や休憩時での仕事を買って出て、その他の細やかな気配りも忘れない。

 少しでも役に立てるようにと考えた結果である。


「皆さん、聞いてください」


 食事を終えた後、リアンが全員に声をかける。


「ここまでは順調でした。ですがここからはそうもいかないでしょう。何が起きるか分からない。しかし何が起きても冷静さを失ってはいけません。また気になったことは必ず報告し、どんな些細なものも見逃さないようにしてください」


 そこで一度リアンは言葉を切る。


「注意すべきは人魔です。知能がある分魔物よりも厄介でしょう。加えて私たちが攻め込むのは敵の本陣。罠が張られている可能性は大きい。そうですね、ヴァナヘルトさん?」

「ああ、あいつらを魔物と一括りにするべきじゃねえ。といってもそれについて詳しいのはそこのお坊ちゃんだろうがな」


 ヴァナヘルトが顎で指すとアルバートに注目が集まった。

 発言する気はなかったアルバートだったが、ここは何かを言うべきだという考えに至り控えめに口を開く。


「……はい、私もそう考えます。かつて人魔と遭遇した時、私は初め彼らのことを人間だと思い込んでいました。仲間の一人が見抜いてくれなければそのまま気づくことはなかったでしょう」

「見分けるのは難しいと?」

「いえ、姿を見ることができればその限りではないかと。ただ、体型と声に惑わされてはならないと思います」


 リアンを相手にしているためアルバートも畏まった言葉使いで答えた。


 そこで「聖騎士」ディラードが会話に加わる。


「それなら問題はないでしょうなぁ。町ならともかくここは人の立ち寄らぬ魔境。我々が互いの顔と声を覚えていれば、正体が分からず混乱することはないでしょう」


 ディラードは緊張を見せない穏やかな声音で不安を取り払った。

 どっしりとした風格は「聖騎士」としての信頼感をそのまま表している。


「ただ、考慮しなければならない点もあります」

「連れ去られた人のことだね」


 ディラードの補足に「魔導士」アストラが答える。


 知らずフィリアと「不死鳥(フェニックス)の翼」の三人の表情が強張る。


「今のところ一人を除いて人魔に連れ去られたという報告は受けておりません。しかし、知られていないだけで他にいるかもしれない。その者達の保護と救助も目的の一つです。「魔女」の本拠地に乗り込んだ際にはそのことも頭に入れておいてください」


 リアンの言葉にアルバートは力強く頷いた。彼にとって優先すべき目標はイオを連れて全員無事に帰ることである。リアンからの注意は言われるまでもないことであった。



 そして全員でこれからの行程を確認した後、一行は歩みを再開した。


 まだ全体からすると彼らは入り口に立った程度でしかない。「魔女」はおろかその配下である人魔すら姿を現していないのだ。

 魔物と遭遇せず順調に進んでいることに安心感はまったく得られなかった。


「……魔物だ!」


 その時、索敵をしていたグロックが鋭く叫んだ。

 一呼吸の間に一斉に戦闘態勢に入る。


 最前線はヴァナヘルトにグロック。その後ろにディラードがつき、アストラは後方を任されている。


 一番安全な中央にはフィリアがおり、その周りをアルバート達護衛が囲っていた。最も外側に展開しているのは神殿騎士と皇国の騎士である。


 やがて魔物が姿を現す。

 人の胴周りを優に超える太さの体をくねらせるそれは大蛇の魔物だった。


「ビルドサーペント! 決して捕らわれるな!」


 騎士の一人がその正体を見抜き注意を促す。


 ビルドサーペントはリアン達の存在を初めから知っていたようで手近な人間に襲い掛かった。


 Aランクに分類されるこの魔物だが、主な攻撃手段は噛みつきや巻き付いてからの圧殺である。

 黒と緑の斑模様の皮膚にはその巨体を支える筋肉が盛り上がって見える。これに捕らわれたら最後、抵抗することもできず絞殺されることとなる。


「引き付けろ!」


 騎士たちは本能のままに動くビルドサーペントをうまく誘導して本陣には近寄らせない。Aランクだからといって委縮するような戦士はこの場にはいなかった。


 そして知能のなさ故にビルドサーペントは罠に嵌まっていくことになる。


「ふんっ!」


 いつもと違った力のこもる声と共にディラードが躍り出た。

 いくら体格に優れており鎧をきているからといって、体格や体重は埋められないほどの差が開いている。


 しかし弾かれたのはビルドサーペントの方だった。

 ディラードのもつ聖なる魔道具「反魔の楯」は、衝突した力をそのまま跳ね返すことができる。それは物理的な衝撃だけでなく魔法も対象に含まれる。

 まさしく何者も通さない「聖騎士」にふさわしい防具だろう。


炎爆(ボム)


 そしてのけぞったビルドサーペントの鼻先に突然爆発が起きる。「魔導士」アストラが最も得意とする魔法だ。

 彼女はその身に纏う「隠魔の外套」のおかげで一切の気配を遮断することができる。魔法の行使者を見つけられないというのは敵からすればかなりの脅威だろう。


 そして爆発は視覚、聴覚の両方を奪う。攻撃性はいわずもがな。


 顔面に攻撃を受けたビルドサーペントがさらした決定的な隙をリアンは見逃さなかった。


「――断つ」


 短く一息に。


 振り抜かれた「魔断の聖剣」は筋肉に鎧われた大蛇の胴を過たず断ち切った。


 そして巨体は黒い血を噴き散らしながら地に倒れる。


 持ち主を選ぶこの聖剣の能力は極めて単純。

 魔力を流すことで凄まじい切れ味を誇る。それだけだ。

 刃が通った場所だけでなく、その延長線上をも切り裂いてしまうほどの切れ味を。


 故にリアンはわざわざビルドサーペントに近づかなくてもとどめを刺すことができた。太い胴を一太刀で両断できたのもこの能力のおかげである。



 フィリアを守りながら戦いの様子を見ていたアルバートはただただ戦慄した。


 これが選ばれし者達の力なのか、と。


 彼らはAランクの魔物を相手にまったく苦戦しなかった。いや、この程度で手こずるはずがないというのは分かっているし、苦戦してほしいとも思わない。

 そもそもその力の一端は一度目にしている。


 だが三人はそれぞれ一つずつの行動だけでビルドサーペントを倒したのだ。

 攻撃を受け止め、隙を作り、とどめを刺す。

 安全で理想的な戦い方。アルバートはおろか、ヴァナヘルトも手を出す隙はなかった。


(……いける)


 アルバートは希望を持たずにはいられなかった。


 こんな力を持つ人間にいったい誰が敵うというのか。

 人魔など、「魔女」など、敵ではないのではないか。

 ヴァナヘルト達も加えれば最強の布陣だ。



 一行は魔物に襲われても難なく撃退し、この日足を止められることは一度もなかった。



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