第12話 予想外
イオの前まで来た金髪の男はまず頭を軽く下げた。
「勝手に巻き込んでごめん。その上でパーティーを組んでくれると嬉しいんだけど。もちろん強制はしない」
彼自身の口ではそう言っているが、後ろの2人、特にエメラルドの髪色をしたカナリアが断ることを許さないとでもいうような笑みを浮かべている。
この時点で3人はイオのことを年下の駆け出し冒険者だと思っている。新米ゆえに組む相手がおらず、困っているところに自分たちが手を差し伸べたというつもりだ。
これはイオ自身も予想していたことだ。イオの背格好や顔立ちは年相応のものでしかなく、体はまだ完全に成長しきっていない。金髪の男はもちろん、後ろの2人も内面はともかく外見はイオよりも年上だとわかる。
そして金髪の男の実力やランク、さらにはその背景までも未知数。ここはいつも通り下手に出るのが吉だろうとイオは判断した。
「はい、こちらこそお願いします」
イオは余計な波風を立てないために大抵の場合敬語で接する。格上や礼をもって接するべき相手はもちろん、たとえ相手が自分よりランクが下であっても年上なら敬語だ。すると相手は勝手に自分の方が上だと侮ってくれる。そうすることで無暗に相手のプライドを気付つけることを避けているのだ。
といってもこの計算に当てはめると、イオがため口で話せる相手は限りなく少なくなるのだが。この町で言うと、宿屋の主人の娘しか気安く話せる相手はいない。
「それはよかった。俺の名前はアルバート。よろしく」
「イオです」
ほっとした表情で金髪の男、アルバートは手を差し出してきた。イオも手を出して握手をする中、頭の中では別のことを考えていた。
(……さすがに家名は名乗らないか)
貴族は例外なく名字を持つ。そして彼らはその家名に誇りを持っているため、名乗る際には必ずそれを口にする。イオもそれを期待したのだが、アルバートは名前しか名乗らなかった。隠すべき事情があるのか、ただ名乗らなかっただけなのか。もしかするとアルバートという名すら偽名という線もある。イオは顔には出さず警戒を怠っていなかった。
握手を終えてアルバートは後ろの2人を見る。見られた2人は一瞬ぽかんとした後、意図を察して自己紹介を始めた。
「私はカナリアよ。よろしく」
「ルーです。よろしくお願いします」
エメラルド色の髪を後ろで一つにまとめているカナリアは年下に接するように、水色の髪を背中まで伸ばしたルーは丁寧に挨拶をした。
「イオです。よろしくお願いします」
挨拶を交わし終えて、アルバートは手をたたいて注目を集めた。
「じゃあ、今後の予定を決めたいんだけど。立ちっぱなしというのもなんだから、どこかに座ろうか。2人も疲れているだろうし」
アルバートがカナリアとルーの方を見て言う。早速アルバートがリーダーシップと気配りを発揮したようだ。
「じゃあ、どこかお店行きませんか!? 行ってみたかったところがあるんです」
ここぞとばかりにカナリアが主張してきた。イオは乗り気ではない。屋台などではなく、座席がある店というのは高級とは言わなくてもそれなりに値段のするものだ。金欠なイオには少し痛い出費だ。カナリアは余裕があるのかと思ったが、ルーの心配そうな顔を見るにそういうわけでもないらしい。アルバートを前にして舞い上がっているのだろう。
ギルドに併設された酒場は良心的な値段だが、一騒動の後なため注目されるだろう。現に今もこちらを見ている人がちらほらいる。
「へぇ。それじゃあ行ってみようか。皆もいい?」
「え……。大丈夫なの、カナリアちゃん?」
「大丈夫よ。ここ最近ずっと働いてたからたまにはいいでしょ」
「カナリアちゃんがいいならいいけど……」
心配そうなルーをカナリアが説得する。賛成多数。イオに拒否権はない。
「……問題ありません」
事なかれ主義のイオにとってこのメンバーはやりにくい相手だった。
♢ ♢ ♢
「それじゃあ、パーティー結成を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
「……乾杯」
カナリアに案内された店でイオたちはグラスをもって乾杯していた。イオだけがそのノリについていけていない。
イオたちがいるのは町の中にあるスイーツ店のようなものだった。果物をふんだんに使ったパイがテーブルの上に乗っている。グラスに注がれているのは果汁ベースの特性ドリンク。普通の果実水とは比べようもなくおいしい。その分値段も高いが。
この店は庶民がちょっとした贅沢を味わえるようつくられたものらしく、それほど法外な値段ではなかったが手痛い出費であることに変わりはない。イオが内心で溜息をついているとそれを見越したようにアルバートが言った。
「ここは俺が支払うよ」
その言葉にイオを含めた全員が驚いた。今日会ってから1時間も経たぬうちにそんなことを言うのだから当然だ。
「そんなわけには……」
ルーは申し訳なさそうに断ろうとしている。だがアルバートは首を横に振ってそれを遮った。
「いいんだ。今日はめでたい日だからね。それにパーティーに誘ったのは俺だ。これくらいのことは当然だよ」
「アルバート様……」
カナリアがアルバートに熱い視線を向けてトリップしている。ルーもその男前な発言に心を奪われているようだ。イオはこれを素でやっているのだろうかと別の意味で感心していた。
アルバートは照れ臭そうに言う。
「様はやめてくれ。同じパーティーの仲間なんだから。それに、俺にとっても悪いことじゃないから」
アルバートは自虐気味に続けた。
「ほら、俺ってこんなだから誰もパーティーを組んでくれなかったんだ。組んでくれても裏がある人ばかり。俺の剣を盗もうとか。だからこうしてちゃんとした人たちと組めてうれしいんだ」
(自覚はあったんだな)
話を聞いてイオはそう思う。そして思い浮かべるのは数日前の光景。パーティーを組んでほしいと頼み込むアルバートに対して、相手の冒険者は関わり合いにならないようにしていた。これほど目立っていて、何かあると思わせるような人とは普通組みたいと思わないだろう。実際イオもこのようなことがなければ関わるつもりはなかった。
「そんなことが……」
アルバートの苦労話を聞いて感化されたのか、ルーが悲しそうな声を発した。そしてカナリアはアルバートを元気づけようと思ったのか、やたらと明るく話し出す。
「えっと、ほら、私たちも同じですよ!私たち、同じ村の出身だったんですけど貧しくて口減らしで家を出ることになったんです。でも街に出て冒険者になっても、女2人だとうまくいかなくて……。だから、何が言いたいかっていうと、アルバート様……じゃなくてアルバートさん?だけじゃないってことです!」
詰まりながらもなんとか言いたいことは言い切ったという感じだった。
アルバートは突然の身の上話に驚いた後、自分が慰められたのだと気づき優しい声で言った。
「……ありがとう。少し楽になったよ」
その言葉に嘘はないようだった。事実、先ほどまでと違って彼の顔から陰りは消えていたのだから。しんみりとしかけた場の空気が変わる。
同じ調子でアルバートは言った。そこには少し気恥ずかしさも交じっているようだった。
「あと、アルバートでいいよ。見たところ、それほど僕と年は変わらないだろう?ちなみに僕は17だ」
その立ち振る舞いからもう少し上を予想していたイオは、思った以上に年が近かったことに少し驚いた。
「私も17歳です」
「えっと、私は16歳ですけど、もうすぐ17歳になります」
こちらは予想に違わずといったところだ。3人ともイオよりも2つ3つ年上ということになるらしい。
流れでイオも自分の年齢を言った。この場では久しぶりの発言だった。
「……15です」
それを聞いた3人の反応は様々だった。
「やっぱり見た目が若いだけというわけではなかったのか……」
「え?15歳っていったら私たちまだ村で暮らしてた頃じゃない」
「そうですね……私たちが冒険者になったのは半年前のことですから……」
同情、驚き、そして回顧。当然と言えば当然かもしれないがあまり気持ちの良いものではない。イオは3人に気にすることのないように言った。
「別に自分で決めたことですから」
しかし突き放した感が出てしまうのは隠せなかった。3人はそれを感じ取ったのか優しげな視線を向けてくる。
再び湿っぽくなった空気を変えようとアルバートが話題を戻す。
「とにかく、俺たちはもう同じパーティーの仲間で年も同じくらいなんだから、余所余所しいのはなしにしよう! 俺のことは呼び捨てにして、ついでに敬語もなし!」
「えっと、そうよね。じゃあ私もアルバートって呼ぶわ」
「私は……そういうの苦手なので……。少しずつ変えていきます」
満足げにカナリアとルーを見て、アルバートはイオにも期待するような視線を向ける。
イオは内心で強い抵抗感を感じている。なんというか、この3人のノリが合わないのだ。出会って初日でここまで意気投合することはできない。ましてや貴族疑惑のある相手に気安くなど、イオにはできない。
イオは建前を使って逃げることを選択した。
「俺は一番年下ですし、そういうわけにはいきませんよ」
「そう言わずに。俺たちは気にしないから」
「そうよ。遠慮なんていらないわ」
アルバートだけでなくカナリアもイオの態度の改善を求めてきた。ルーも笑顔で頷いている。
「……善処します」
結局イオが折れるしかなかった。それを聞いてアルバートも満足げに頷く。
「じゃあ話もまとまったところで食べようか。冷めちゃおいしくなくなる」
アルバートがテーブルに置かれたパイを見て言う。なんやかんやで話が長引き、まだ誰も手を付けていなかったのだ。
「賛成!もう我慢できない」
「切り分けますね」
カナリアがもう待ちきれないと言わんばかりにパイを見つめる横でルーがそれを切り分けていく。1人当たり1ホールの4分の1。十分な量を楽しむことができるだろう。
イオも目の前に置かれた未知の食べ物には興味がある。砂糖を大量に使うスイーツはイオの手に届くものではなく、これまで食べたことはなかった。
カナリアやルーも興味津々な様子だったが、アルバートだけは落ち着いていた。まるでこれが初めてではないというように。
そのことを冷静に観察していたイオだったが、1口パイを食べるとそのような思いも消え去っていた。口の中にふんわりと広がる甘い香り。サクサクとした生地の触感もイオにとっては初めてのものだった。
(それにしても……)
そんなおいしいものを食べながらもイオの胸中には一抹の不安が渦巻いていた。
(これ、今更抜けたいなんて言えないよな……)
そう、どういうわけかイオの予想を超えて話が進んでいってしまったのだ。アルバートたちにもそれぞれ暗い過去があり、なおさらその思いは強くなった。
今も気が早いことに3人はパーティー名を何にするかで騒いでいる。はじめは誰でも臨時でパーティーを組むだけであって、パーティーとしてギルドに申請するのはきちんと相手が信頼できるか見極めた後だというのに。
(たぶん、知らないんだろうな)
おそらく貴族出身であるアルバート。村を出て半年前に登録したばかりだというカナリアとルー。3人ともこれまできちんとしたパーティーを組んだことがないと言っているし、知らなくても無理はない。
(というか、まだ全員のランクも聞いてない)
ここにいる面々は強さの基準ともいえるランクすら教えあっていない。イオは聞かれるまで言うつもりがなかっただけなのだが。すでにイオはこのパーティーの先行きに不安しか感じていなかった。
(お気楽というか、おめでたいというか)
イオの内心のつぶやきが他の3人に聞こえることはなかった。




