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無色の魔力を染め上げる-逃避の果てに見る未来-  作者: 浮谷柳太
第六章 避けられぬ戦いの支度
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第108話 試験

 イオがおそらく連れ去られたと思われていることは一般に公表されなかった。

 被害に遭ったのがただの冒険者だったということが大きいのだろう。一部の上の人間は被害者が出生も知れぬ中級冒険者だったことに安心している節すらあった。


 また、そのため皇都の人々は今もすべてが順調に進んでいるように思っており、パレード時の盛り上がりが長く尾を引いていた。


 結局、民間人は「魔女」の恐ろしさを正しく認識していない。

 彼らが望んでいるのは今代の「勇者」たちが華麗に悪人を打倒し、新たな歌物語が生み出されることである。


 おとぎ話以上の「魔女」についての情報をもっていないこともまた、そうした風潮を助長しているのだろう。


 すぐ近くに脅威が住み着いていることに不安を感じさせないためとはいえ、事情を知っている側からすれば温度差を感じずにはいられなかった。



「フィリアさん、どうしましたか」


 いつも以上に物憂げな顔をしているフィリアを心配してクレシュが声をかける。


 彼女らは今、滞在先となっている皇都の中心地、皇帝もおわす城の一室にいた。

 フィリアたっての希望で2人には同じ部屋が与えられている。


「いえ……」

「焦っているのならそれはどうしようもないことです。リアン様もディラード様も余念なく決行の準備をしているのですから、今は心と体を休ませましょう」


 フィリアの精神状態を慮ってそのような提案をする。


 主に「魔女」討伐を決行するための準備を担っているのはリアンとディラードである。

 ディラードはこの国の騎士ということで、物資の調達やそれを持っていく運搬兵の決定などやることが多い。

 リアンも全体の代表ということで毎日の予定がつまっている。


 一方でそういった集団での争いごとに疎いアストラとフィリアはほとんど何もすることがなかった。


「アストラ様を見習いましょう。今日も資料部屋に駆けこんでいましたよ」

「ふふ、そうですか。あの方もそういったところはぶれませんね」


 宝の山を目の前にしたようなアストラの姿が目に浮かび、フィリアは思わず笑みをこぼす。


 アストラは仕事がないことを幸いとばかりに、この国の重要文献を読み込むことに時間をかけていた。


 この国は初代の「聖騎士」が建国した。ならば当時について何か情報が残っていてもおかしくはない。

 初代「勇者」一行に心酔している彼女にとって、そういった資料は何よりも価値のあるものだろう。


 ただそれは「魔女」や人魔についての情報収集という意味で、全く役に立っていないかと言われればそうでもないのだが。


「でも違うんです。確かに焦る気持ちはありますが、私にできることがないということは分かっていますから」


 フィリアは自分が健常な教会の聖属性であるという理由で「聖女」に選ばれたということをよく理解していた。

 数少ない他の候補者は高齢で、とてもではないが厳しい戦いに耐えられる体をしていなかったのだ。


 そのため、それだけの理由で選ばれた自分がリアンに期待されていなくてもそれは仕方のないことだと思えたし、手に負えない仕事を押し付けられても困るだけだ。

 そう考えるフィリアは今の何もすることができない現状は甘んじて受け入れていた。


「では他に何か悩んでいるのですか?」

「そう、ですね。この先どうなるのか、何をすればいいのか、悩みは尽きません」


 フィリアは曖昧にそう答えた。


 こうして周りの状況に押され、持ち上げられるようにして崇められる存在になっていく自分に、この上ない嫌悪を覚えているという本心は口にしなかった。


 クレシュは少し間を置いて口を開く。


「……私にもこの先のことは分かりません。ただ、私はあなたが元気な姿で帰ってくるよう絶えず天に祈っています」


 ここまで長い旅に連れ添ってきたクレシュだが、さすがに「魔女」討伐には同行できない。

 最期になるかもしれない2人の別れは、刻一刻と近づいているのだ。


「もちろん、イオさんも連れて」

「……はい。ありがとうございます」


 イオのみに起きた出来事はクレシュも聞かされている。

 そしてフィリアの第一の目的が何であるのか、ということも。


 それを引き留めることは彼女のこれまでの意志を無為にすることだ。ずっとイオのために頑張ってきただけに、ここでイオを見捨てて自分の身を案じろなどとは口が裂けても言えない。


 だからクレシュは祈るのだ。信仰する「天の女神」に。

 これまで2人の身に降りかかった不幸を帳消しにするような奇跡が、今この先で起きるようにと。


「……少し外を散歩しましょうか。あまり部屋に籠っているのも良くありませんし」


 しんみりとした空気を払拭するように、フィリアは明るめな声と共に立ち上がった。


「街に降りるなら護衛が必要ですよ」

「お城の中だけです。……ところでリアンさんが仰っていた護衛は決まったのでしょうか?」

「いえ、聞いておりません。近日中に顔合わせがあると思いますが……」


 フィリアが言っているのは、「嘆きの跡地」に踏み入る際に同行する彼女専用の護衛のことである。


 戦闘能力が皆無なフィリアにはどうしても護衛が必要ということで、リアンからギルドマスターのドロシアに候補を探すよう頼み込んでいた。

 その日から、すなわちイオがいなくなったから数日が経つが、いまだに彼女から連絡は来ていないという。


 運命共同体なところがある分、その為人(ひととなり)を早めに見極めておきたいフィリアにとっては少し困ったことでもある。


「あまり恐い方でなければいいのですが」

「フィリアさん、求められるのは実力です。性格面で問題があるのは論外ですが、多少の我慢は必要でしょう」

「ですよね……」


 フィリアの脳裏に巨体で強面(こわもて)な男が浮かび、意図せずして顔がひきつる。


 人によって体格は様々であるとはいえ、そういった体を持つ者が強いというのはある種の正解である。

 ましてや護衛ともなれば自ら攻撃を受けなければならないこともあり、体格の大きい人間が選ばれるであろうことは予想できた。


(これがイオさんだったらなあ……)


 そんな好みを丸出しにした願望がよぎる。

 イオと2人で旅する光景を思い描き、フィリアはしばし現実逃避に耽るのだった。






 ♢ ♢ ♢






 その同時刻。

 アルバート、カナリア、ルーの姿は皇都の外にあった。


 3人は皆息も絶え絶えで、体中に細かい傷が見える。


 きっ、と強く睨む先にいるのは3人の人間。

 その3人はアルバートたちと違って怪我ひとつなく、衣服に汚れも付着していなかった。


「おいおい、そんなもんかぁ?」


 そう挑発するのは槍を手に持つ銀髪の美丈夫。

 気だるげにしていながらもその佇まいに隙は一切見当たらない。


「ッ、まだだ!」


 挑発に乗せられたわけではないが、アルバートは一声あげて駆けだした。


 銀髪の槍使いの前に立ちはだかるのは盾を構えた全身鎧の巨躯。

 アルバートの突撃に身を怯ませることなく正面から迎え撃つ。


 鋼鉄の壁に怯んだのはむしろアルバートの方だ。


「『火鳥(ファイアバード)』ッ」


 走りながらも魔法での攻撃を選ぶ。自分の剣ではあの盾を突き破れないと判断しての結果である。


 飛び出した小さな炎の鳥はアルバートに先行して突撃をする。狙いは男の頭上。

 最前線を死守する盾役である彼の意識をそちらに向かせるのが目的である。


 だが男は鎧兜を被ったその顔を動かすことなく、アルバートを見据え続けていた。

 まるで対処する必要はないというばかりに。


「なっ」


 その予感は的中し、炎の小鳥は男の頭上で霧散する。

 まるで松明(たいまつ)の火が強風によってかき消されるような消え方だった。


「壁は1つじゃないんだよ~」


 戦いの場にふさわしくないような声は後方の女性から聞こえた。

 上空に風の壁を生成し鎧男の頭上をカバーしているのは魔女帽を被ったこの女性である。


「くっ!」

「……ッ」


 策を潰されアルバートは身一つで鎧男とぶつかりあった。

 息をこぼすような小さな呻きが聞こえたが、ダメージを与えるには至っていない。


 隙をつくようにして横を通り抜けようとした水の鞭は、先と同様に風の壁に散らされる。


「カナリア!」

「『暴風刃(ストームエッジ)』!」


 だがここまでの展開のすべてがこの瞬間の布石。

 最大威力のカナリアの魔法が放たれ、無数の刃舞う竜巻が鎧男に襲い掛かる。


 離脱したアルバートは「暴風刃」が接触する直前、銀髪の男が槍を空に向けているのを見た。


 そして――


「おらッ!」


 直線を引くようにまっすぐ先端を振り下ろすと、延長線上にある竜巻も真っ二つに分かたれる。


 形を維持できなくなった「暴風刃」はそのまま空中に融けて消え去った。


 カナリアとルーが唖然としていると、再び間延びした声が耳に入る。


「さあ、どれくらい耐えられるかな~?」


 はっとして頭上を見ると、不可視の風の矢がいっぱいに展開されていた。

 不可視でも気づけたのは、これまでずっとこの攻撃に負けていたからだ。


「ルー、お願い!」

「『水壁(ウォーターウォール)』!」


 返答は魔法の発動でなされた。


 半球状に展開された水の壁は2人をすっぽりと覆いつくす。

 そこに降りかかるは文字通り矢の雨。しかもそれらは不可解な軌道を描くというおまけつきである。


 上から、横からと予測不可能な方向から襲い掛かる風の矢に2人は耐えることしかできない。


 遠くのアルバートも対処に追われて救援に向かえる状況ではなかった。


「うぅ……ッ!」

「ルー、耐えて!」


 壁は壁でも水の壁。どれだけ厚くても貫通性の攻撃には耐性があまりない。


 やがて限界が訪れ「水壁」が消えると、吹き荒れていた風の矢も形を失った。発動した人間が魔法を消したのだ。


 一方でアルバートは首に槍の穂先を突きつけられていた。

 身じろぎもできない状況に唾液をのみ込むことすら(はばか)られる。


「勝負ありね」


 そのジャッジは6人以外の口から告げられた。

 こちらへ歩いて来る赤髪の女性、ドロシア・ユティシーノに皆の注目が向かう。


「「雷光の槍」の勝ち。「不死鳥(フェニックス)の翼」の負けよ」


 その言葉と同時に槍が離れ、アルバートは地面にへたり込んだ。

 カナリアとルーも二人で寄り添って座り込んでいる。


「実力以前の問題ね。これじゃああなたたちに「聖女」の護衛は任せられないわ」

「俺様も同意見だ。ただでさえキツいのにお荷物なんて抱えてられねえよ」


 そう語るドロシアとヴァナヘルトは見限ったような目を向けていた。

 それを受けてアルバートは歯を強く食いしばる。


 今アルバートたちは、「嘆きの跡地」における「聖女」フィリアの護衛依頼を受けられるか否かの試験のようなものを受けているところである。

 試験官は「雷光の槍」だが、結果は惨敗。実力を引き出すこともできずに終わってしまった。


「さあアルバート君。初めに言った通りあなただけで依頼を受けるか、それとも受けないのか決めてちょうだい」


 ドロシアがアルバートに決断を迫る。


 このような状況に至ったのは数日前、アルバートたちがヴァナヘルトにあることを頼み込んだことが切っ掛けだった。



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